第4章 帝国未踏域_悪龍討伐編

第122話 魔核の効果

 自由貿易都市の冬は厳しくない。日本に比べれば快適だと思う。雪も降らず、道も凍らず、氷柱もできない。少し寒い程度だ。


 そんな貿易都市の冬の始まりを感じる今日この頃。都市のすぐ近く、元気がなくなった草達が埋め尽くす草原で、オレは盛大に吹っ飛んでいた。


「うおお!!ぐほっ!ぐっ!はっ!ほっ!」


 受け身をちょっとミスった。制御に失敗した体が、草の上を数度跳ねてゴロゴロと転がっていく。


「ふはあ。あっぶねえー」


 やっと止まった。全身に衝撃を感じるが、怪我はなさそうだ。柔らかい草の上で良かった。コンクリの上だったら、紅葉おろしになってたところだ。


「ムズイな~」


 草の上に大の字に寝転がる。見上げた空はいつもより白い。冬の色をしている。


 その空を見ながら改善方法を模索する。が、いい考えは思い浮かばない。首筋にチクチクと刺さる草の感触が思考の邪魔だ。


 首の位置を変えつつ対策を考えていると、足音が近づいてくるのが聞こえた。顔を上げると、歩いてくるのは1人と1匹。どちらも見慣れた顔だ。


「大丈夫か?コウ・・


「大丈夫だよ、ロゼ・・。ちょっと受け身は失敗したけど、ちゃんと衝撃は逃がしたし」


 オレに声をかけてきたロゼは暖かそうな恰好をしている。重ね着をしたその腹部に、つい目をやってしまう。


「それなら良かった。ふふふ。そんなに見つめても、まだ目立つような時期ではないぞ?」


「それは分かってるんだけどね。なんだか気になるんだ」


 まだ、あまり実感は湧いていない。それでも確かに、オレ達の子供がそこにいるのだ。どうしたって気になる。


「それにしても、身体強化は難しいね。こんなに手古摺るとは思ってなかった」


「ふむ。私達は幼い頃から自然に使っているからな。すまないが、良い助言はできそうにない。慣れるしかないと思うのだが」


「まあ、そうだよね。よっと」


 勢いを付けて起き上がる。慣れるまで地道に練習を続ける必要がありそうだ。


 悪魔を召喚したあの日。オレ達に子供ができたと判明したあの日に、オレは魔核を手に入れた。


 今も胸の奥で、魔力を生み出しているその器官を感じることができる。


 魔核を得たことで、オレは自分の魔力を手に入れた。貴族並みとはいかないが、その手前ほどの魔力だ。

 一般の人に比べればかなり多い。


 そのおかげで、オレは魔道具を自分の魔力で使用できるようになった。これまで燃料用に購入していた魔石がいらなくなったのである。これはとてもありがたい。

 それに加えて、継続戦闘時間が飛躍的に伸びた。これまでは持っている魔石の量が戦闘時間に直結していたが、その枷はなくなったのだ。これも嬉しい。


 だけど、失ったものもいくつかある。


 その1つが魔道具による身体強化だ。


 どうやら、オレが外部からの魔力で身体強化を発動できていたのは、オレに魔力がなかったかららしい。

 自分の魔力を得た今、身体強化の魔道具が供給する魔力は、オレが自分で生み出す魔力と反発するようになった。


 身体強化の魔道具が、まったく使用できなくなってしまったのである。


 だからこうして、自分の魔力で身体強化を発動して練習しているのだが、あまり上手くはいっていない。失敗ばかりだ。


 自分の魔力を操るという感覚が、オレにはそもそもないのだ。


 現状、オレに使えるのは、以前の基準で言えば『弱』程度の身体強化だ。『中』で発動した結果、さっきは草原を転がることになった。

 『強』での発動は、今は不可能だろう。制御しきれる気がしない。


 元々、オレの戦い方は、脳を魔力で強化・拡張し、自分の体と複数の魔道具を操るものだった。

 『弱』までしか使えない身体強化では、『武器庫』の魔道具を使いこなすのも不可能だ。


 ついでに、精霊に記憶を捧げるドーピングも、脳を強化できない状態ではそれなりの時間の集中が必要になる。戦闘中にはとても使えないだろう。


 さらに言うと、オレは魔術を使えるようにはならなかった。魔力を得たが、オレの適性は相変わらず全て0なのだ。使用できる属性がなにもない。その面は強化されていない。


 つまりオレは、魔核を得てかなり弱体化している。


 今の状態では満足に戦えない。誰かを守ることができない。だからこそ、早く身体強化を使いこなす必要がある。

 それには慣れあるのみだ。ロゼが言ったように、コツなんてものはないのだと思う。


 自転車と似たような感覚だろう。乗れるようになったら乗れるのだ。オレの体と脳が、魔力の感覚を覚えるまで続けるしかない。


「よし。もう一回行ってくる」


「ああ、無理はしないようにな」


「わふ」


 ロゼとタローに応援されながら、身体強化を発動する。胸の奥から溢れる魔力を全身に広げる。そして、そのまま走り出す。

 暴れる自分の体を制御する。力が溢れすぎて加減が難しい。転ばないように、まずはゆっくりとランニングをする。


 走りながら、オレを見守るロゼを横目で見る。


 悪魔を呼んだ日から、オレ達の距離は近づいた。告白もした。結婚も申し込んだ。今のオレ達の関係は婚約者だ。


 この世界の結婚は、元の世界より簡単なものではない。結婚したと認められるためには、精霊の前で誓わなければならないのだ。

 永久とわに共にいるという契約を、精霊の前で結ばなければならない。立会人も必要だ。あとは互いに贈り合う装飾品も。


 立会人はギルバートさんが手を挙げてくれた。グラスト商会と都市運営で忙しいはずだけど、時間を空けてくれるらしい。ありがたい。


 装飾品はこの辺では指輪が一般的なのだとか。地球とは違い、嵌めるのは左手の中指らしいけど。

 指輪はガルガン親方に依頼した。気合を入れて作ってくれるらしい。こっちも嬉しい限りだ。


 2人分の指輪が完成するのにはまだ時間がかかる。ギルバートさんとも時期を調整する必要があるし、オレ達の結婚は、少なくとも1ヶ月は先になるだろう。


 オレは今幸福だ。この世界に居場所ができた。受け入れてもらうことができた。こんなに幸せでいいのかと戸惑うほどだ。


 だから、オレは強くなる必要がある。強さを取り戻さなければならない。この幸福を守るための力を得なければならない。

 幸せというのはいつだって、多大な努力の上に維持されているものなのだ。幸福だからこそ、オレはオレに甘えを許してはいけない。


 気を抜いてしまえば、日常なんてあっという間に消え去ってしまうのだから。オレはそれを知っている。


 だから、今は走る。自分の魔力を体に馴染ませる。地道な鍛錬こそが、いつだって一番の近道だ。





 太陽が沈みかけるまで走った。転ぶ回数は減ってきている。成長の速度は緩やかだが、確実に前には進んでいる。

 オレは自分の魔力を十全に扱えるようになるまで、自分を鍛えなければならない。


 そのためにも今日は帰ろう。自分を鍛えるためにも、ちゃんと食事を摂って、ちゃんと休むべきだ。


 冷え込んできた空気の中を、ロゼと手を繋いで歩く。タローはオレ達の足元をぐるぐると走り回っている。


「寒くなってきたから、今日は煮込み料理でも作ろうか」


「ふふふ。いいな。楽しみだ」


「わふ!」


 笑いながら歩く。幸せだった。だからオレは、この幸せを守るためなら何でもしようと思った。

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