第123話 どら焼き
コトコトと豆を煮る。プラントキメラから採取し、アンドリューさんに栽培してもらった小豆(仮)だ。
既に一度煮てアク抜きは終わった。今はたまに水を足しつつ、様子を見ながら煮込んでいる。さっき一粒手に取って潰してみたが、感触的にまだのようだった。もう少し煮る必要があるだろう。
作るのは当然ながら餡子である。これが上手く行けば、小豆(仮)から(仮)を取ってもよくなる。
餡子の使い道を考えながら煮込んでいると、豆もいい感じの柔らかさになったようだ。別の鍋に水を注いで、砂糖を思いっきり投入する。
砂糖は質の良いものを購入してきた。ただでさえ高い砂糖の値段が跳ね上がったが、ここで妥協してはいけない。
弱火にかけた砂糖がだいたい溶けたら、そこに煮た小豆(仮)を投入。強火にして木べらで練っていく。
ついでに今練習中の身体強化も発動。全力で手加減しつつ木べらを操る。かなりの集中力が必要だが、なんとかこなす。強火のため沸騰した餡子が飛び跳ねてくるが、身体強化のおかげでそこまで熱くはない。強化された皮膚は火傷もしていなさそうだ。助かる。
好みのかたさになるまで練ったら、塩を一つまみ加えて完了。大皿に移して冷ます。
「よし。これで完成」
うん。見た目は見事に粒あんだ。さて、お味の方は、と。
「うお~!甘い~!」
久しぶりの日本的な甘さが舌を刺激する。超甘い。豆と砂糖の量が同じだから当然だな。でも、これでこそ餡子だ。粒が残る豆の食感もいい。上出来だな。
「これで小豆(仮)は正式に小豆と呼ぼう」
おめでとうー。ははっ。
「よし。じゃあ、今日のデザートを作ろうか」
餡子をどう使うか。それはずっと悩んでいた。オレはまだお米を見つけていない。もち米は手元にない。餅を作ることはできない。
もう冬に入るから、餅かお汁粉を作りたかったのだが不可能だ。
ならばどうするか。羊羹もありかとは考えたが、食べるのはオレだけではない。ロゼも食べるのだ。初めて食べるのが、ほぼ餡子100%では驚かれてしまうのではなかろうか。
なるべく、これまで作った甘味から外れていないものがいい。オレ達がよく食べる甘味は洋風のもの。材料は小麦と卵を使用するものが多い。そこまで考えて、一つの候補が浮上した。
餡子を使いつつ、小麦粉と卵が入った生地を用いるもの。そう、どら焼きである。
「という訳で、どら焼き作り開始~」
材料は全て揃えてある。
ガタガタと調理器具や食材を準備していると、リビングでロゼに撫でられていたタローが起き上がったのが見えた。
玄関の方を見ている。この反応はお客さんだろう。誰かな?
「ふむ。客か?タロー」
ロゼも気が付いたようだ。そのままソファから身を起こす。
「コウ。私が行ってこよう」
「うん。よろしくー」
エプロン姿のオレは手が離せなかったので、対応はロゼに任せる。いつもよりゆっくりと、ロゼが玄関へ歩いていった。タローも一緒だ。
それを見送りながら、オレはどら焼きの生地を混ぜる。材料の中で重曹だけは入手に手間取ったが、ここは貿易都市。探せば大抵のものは手に入る。
生地を混ぜ終わったところで、ロゼが戻ってきた。
「ありがとう。誰だった?」
「リックだ。魔道具の材料を配達しに来てくれた。物は倉庫に置いてもらっている。あと、コウ宛に手紙だ」
生地は少し寝かせる必要があるので、ちょうど手は空いた。ロゼから手紙を受け取る。
「都市運営から?なんだろう」
特に心当たりはない。税金も抜けなく納めたはずだ。
「まあ、あとで読もう。ちょっと倉庫の整理してくる」
「ああ、いってらっしゃい」
一応、注文したものに抜けがないか確認しないとな。それと、材料の仕分けもしないと使いづらい。
倉庫を軽く片付けて戻ってきた。どら焼きの生地は良い頃合いだろう。
熱したフライパンに油を敷き、生地を入れて焼き始める。柔らかく甘い香りがし始める。
状態を見て裏返し、反対の面も焼く。いい茶色だ。ちゃんとどら焼きの生地になっている。
焼きあがった生地は皿に移して濡れ布巾を被せておく。やっぱりどら焼きの生地にはしっとりさが必要だよな。
生地ができたら、粒あんを2つの生地で挟んでいく。うん。これでよし。
「どら焼き完成!懐かしい!」
凄まじく懐かしい造形だ。見るのは何年ぶりだろうか。最低でも5年半以上は見ていないはずだ。もちろん食べるのも。
ちょっと感動しつつも、食べる準備をする。今は午後。ちょうどおやつの時間くらいだ。
どら焼きを皿に載せ、コップも持ってリビングに移動する。飲み物は豆乳だ。
「できたよー」
「ああ、ありがとう」
ロゼが柔らかく笑っている。それだけで幸せな気分だった。
テーブルにどら焼きと飲み物を並べ、オレもソファに座る。では。
「「いただきます」」
しっとりとした生地を手に持ち、モグリと一口。最初に感じる生地は柔らかい。混ぜ込んだ蜂蜜の風味が舌に届く。懐かしいどら焼きの生地の味だ。餡子もいい。素朴な甘さと豆の食感が生地に良く合う。
「うん。美味い」
「ふふふ。初めて食べる味だが美味しいな。これがコウの故郷の味か」
ロゼはゆっくりと噛み締めるように食べている。気に入ってもらえたようでなによりだ。
最近、ロゼの食欲が落ちている。元々肉好きだったロゼだが、今は肉の匂いが駄目らしい。オレもなるべく肉を使わずに、栄養を考えて料理を作ってはいるが、いつもの半分も食べられていない。それでも、オレと同じくらいの量ではあるけれど。
最近は大豆が大活躍だ。アンドリューさんに育ててもらっているので簡単に手に入る。昨日は豆腐ステーキにした。大豆食品なら今のロゼでも食べられる。
オレは妊婦にについても知識が薄いので、頼れるアリシアさんに妊娠中の食事のことを聞きに行ったのだが、とりあえず、肉や魚はちゃんと火を通すことと、良く噛んで食べることの2点を注意された。
後は、そんなに神経質に心配をしなくても良いと。十分な魔力と栄養があれば、この世界の人は危険な状態になることはあまりないらしい。
それには少しほっとした。今のオレなら、ロゼに魔力を分け与えることもできる。あの悪魔に感謝だ。
とはいえ、ロゼの食欲が落ちているのは確かだし、好物も食べれなくなっている状態でもある。本人は見せないが、ストレスは溜まっていると思う。
なので、たまに甘いものを間食用に作っている。糖分の摂り過ぎはよくなかったはずなので、いつもより小さめだけど。
心と身体は繋がっている。心が弱れば身体も弱る。オレの作る甘味がロゼの気晴らしになってくれることを願う。
夜。健康的な夕食を摂った後に、都市運営からの手紙を開封する。その綺麗で簡潔な文章を追っていく。
「…………なるほどなあ」
中身は調査報告書だった。氷龍対策のときに、オレへの報酬として提示されたものの一つ。帝国でのお米の調査に関する報告だ。
結論から言うと、見つかった。確定ではないが、オレが渡したお米の情報の大半と一致する植物の記録があることが判明した、という内容だ。
帝国内にある魔境の1つ。帝都の北西にある山の近くで、冒険者が見つけたことがあるらしい。現物はなし。魔境故に周辺住民もいないため、栽培されている訳でもない。野生の植物のようだ。
……今すぐ行きたいと思う気持ちは確かにある。だけど、それよりも、今はロゼの傍にいたい。いるべきだという想いが強い。
帝都を越えるとなると、この都市からはまた数か月かかる旅になる。ロゼは連れていけない。そして、それだけの期間、ロゼから離れることはできない。
だから、今はいい。希望は繋がったのだ。今は、この想いに蓋をしよう。オレにはやりたいことが、やるべきことがある。
「……コウ?どうかしたのか?」
オレの様子を見ていたロゼが聞いてくる。大丈夫だ。手紙の中身は口に出していない。表情も抑えている。
今はこの情報をロゼに知らせなくてもいいだろう。
「いや、なんでもないよ。とりあえず、急ぎの内容じゃないみたいだ」
「そうか」
それだけ言って、ロゼは再びソファに身を沈める。力を抜いて、控えめに尻尾を振るタローを撫でている。
怪しまれてはいなさそうだ。今はこれでいい。これが正しい選択だと思う。
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