第201話 戦いの狼煙

 真上に昇った太陽の下、オレとゴルドンは森の中で作業をしている。


 何をしているのかと言えば陣地作りだ。水田と暴食蟻の進路上に作っている。ここが最終防衛ラインだ。ここを越えられたらオレの負けとなる。


「おおおお!!」


 ゴルドンが気合を入れて大剣を振るう度に、特大の粉砕音が響き樹木が倒れていく。さっきからバキバキ、ベキベキと大音量だ。

 おかげで周囲の生き物は逃げていった。その方がやりやすい。


 ゴルドンが倒した木は、オレが荒く加工して設置している。逆茂木に、柵に、トラップに。合わせて手持ちの魔道具も配置する。


 資材を持った魔力アームを縦横無尽に操作する。発動している魔力アームの数は20本。高過ぎる脳への負荷に頭痛がしてきたが無視だ。この程度は少し眠れば治る。


 無茶はしないが、無理はしようと思う。自分も冒険者たちも誰も失わずに、水田を守り切ってみせる。そのために全力を尽くそう。全身全霊で全開だ。




 大急ぎで進む作業の中で、森の奥から来る魔力を察知した。数は2つ。大丈夫だ。この反応は魔物じゃない。


 木々の間から姿を現したのはスライとストーム君だ。2人とも、鹿の魔物の首を担いでいる。

 まだ血の滴る首は、鹿が死んで間もないことの証だ。


「よオ、肉と内臓は、テメエの言い付け通り撒いて来たぜえ」


「はい。ちゃんとこの場所まで辿れるように置いてきました。……師匠はちょっと内臓を食べてましたけど」


 2人ともちゃんと仕事をしてくれたようだ。スライの味見くらいは問題ない。


「2人ともありがとう。助かるよ」


 この場所に陣地を作っている関係上、暴食蟻に迂回されるのは困る。ここを素通りされて水田に突撃されたら、何の意味もない。


 2人に置いてきてもらった鹿の肉と内臓は、この陣地への案内だ。さあ、蟻ども、お前らのエサはここにいるぞ。




 作業を続けていると、今度は背後から魔力反応。数は……たくさん。これは依頼を受けてくれた冒険者たちだろう。


 振り向けば、『黄金の鐘』のグレイ達を先頭に、冒険者たちが走ってきていた。その人数は50人ほど。時間がなかった割によく集まった。グレイ達には感謝だ。


「コーサクさん、遅くなりました!」


 全然遅くないよ!


「いや、この短時間でこれだけ集めたのはすごいよ。ありがとう」


 魔力アームを操作しながら礼を言う。本当に助かる。


「いえ、コーサクさんの知名度のおかげですよ。依頼主の名前を聞いて受けてくれる人も多かったです」


 知名度……?


 首を傾げたオレを見て、グレイが軽く笑う。


「コーサクさんは元々、評判の良い依頼主でしたよ。それに氷龍の一件でも活躍されましたからね。知っている冒険者は多いです」


 ……なるほど。確かに、思い返せば色々とやった気がする。それに恩を感じて来てくれたならありがたい。


「……うん。理由がなんであれ、来てくれたのは嬉しいよ。それで、さっそくだけど、準備を手伝ってもらえるかな」


 感傷に浸る時間もない。


「弓とか魔術を使う後衛の人用に、土塁を作って欲しい。あとは必要だと思えば、何でも好きにやってくれ。倒れた木も使って良いよ」


「ええ、分かりました」


「頼んだ」


 グレイが冒険者たちの元に行く。屋外で活動する冒険者たちは、役に立つ魔術を多く会得している。オレが指示を出すより自由に動いてもらった方がいい。その力量に任せよう。




 太陽の位置が下がってきた。ほとんど残されていない時間に焦りが募る。迎撃の準備は完璧とは言えない。だがそれでも、出来る限りのことはした。


 冒険者たちによる土塁もでき、簡易な櫓も建てられた。地適性のある人が魔術で作ってくれた堀もある。


 そして、最後の悪足搔きを続ける中、櫓に登った冒険者が声を上げた。同時に、オレの背中に悪寒が走る。


「木が倒れるのが見えた! 来たぞ!」


 確かに、遠くから破砕音が微かに聞こえる。巨体を持つ女王蟻が押し潰しているのだろう。


 だが、その音よりもなお、肌を突き刺す魔力の感触が、オレに敵が近づいてくることを知らせてくれる。


 感じるのは、中央にある巨大な魔力と、それを囲む数え切れない程の魔力たち。この存在たちを、オレはここで防ぎ切らなければならない。


 そして、もう1つ理解した。コイツ等を都市へ近づけてはいけない。感じ取れる魔力には、純粋な殺気が強く混じっている。相手を喰らうという原初の殺意。食欲という本能に根付いた害意だ。


 オレの背後には水田がある。その後ろには広大な農場が、その更に奥には都市がある。


 オレは水田を守りたいと思った。だが、今はその感情を越えて、オレの家族のいる都市へ、コイツ等を絶対に近付けたくないという想いが燃えている。


 コイツ等は、ここで滅ぼすべきだ。リーゼに害が及ぶ可能性を、オレは認めない。大切なモノを守るためならば、オレは全ての障害を打ち壊してみせる。


 覚悟を決めて顔を上げれば、周囲の冒険者たちがオレを見ていた。ああ、そうだ。依頼人らしく、開始を宣言する必要がある。


「……オレは、都市も、人も、農場も、水田も、背後にある全てを守りたい」


 そうだ。オレは何も失いたくない。理不尽に失うことを許容しない。あるべき平穏を守りたい。


「だから、力を貸してくれ!!」


 その感情を隠さずに、想いのままに叫んだ。


「「「「おおー!!」」」」


 反応も叫びだ。重なった声が、森の中へと響いていく。


 その反響を聞きながら、オレは胸の奥から魔力を汲み出した。そのまま右手を空へと伸ばす。


 その腕の延長上、即席の陣地の上空で魔術を発動させる。


 ドオオンッ、と空に大輪の紅蓮が咲く。戦いの狼煙だ。暴食蟻への宣戦布告でもある。その爆発と同時に、冒険者たちが動き出した。


「さあ、守るために戦おう」


 魔術も、道具も、人との縁も、全て使って、オレはこの戦いに勝ってみせる。

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