第135話 情報屋

 ルヴィに会った翌日。雨は上がった。肌寒いが、太陽は出ている。レックスも復活だ。


 オレはルヴィを探す準備のために、改造馬車を漁っている。


「う~ん。一番上手くいったのは……これかな?」


 取り出したのは燻製した豚肉の塊。自作ベーコンだ。その中でも、綺麗に出来たものを選ぶ。


「酒は……揺れたからなあ。買った方がいいか」


 貿易都市からいくつか持ってきているが、馬車の振動で味は落ちているだろう。


「よし。レックス、お酒買いに行こうか」


「おう。……おう?なんでだ?」


 必要だからだよ。





 帝都を巡り、値段の高い酒をいくつか購入した。とりあえず、これでいいだろう。


「準備完了。それじゃあ行こうか」


「結局、どこに行くんだ?」


 レックスが不思議そうな顔で聞いてくる。そうだった。気が逸って、ちゃんと説明してなかった。


 オレはルヴィに会う必要がある。だけど、『白の蛇』なんて組織は知らない。この広い帝都で、目立たないルヴィの魔力を追い掛けるのは無理だ。


 知らないことは、誰かに聞くしかないだろう。だから、向かう先は。


「情報屋だよ」


 裏の組織のことは、裏の人間に聞くしかない。





 帝都の街並みを人気のない方へ向かって歩く。進むごとに建物は古くボロくなり、見かける人の人相は悪くなる。

 好意的ではない視線をいくつも感じるが、ここではいつものことだ。


 足元は、ヒビの入った石畳から、完全に土へと変わった。昨日の雨でぬかるむ地面を踏みながら進む。


 湿った足音を立てながら更に歩き、ようやく目的地に着いた。


「……人が住んでんのか?ここ」


 目の前の建物を見ながらレックスが呟く。そんな感想が出るほどに、その建物は古びていた。見た目はただの廃墟だ。

 中に人がいることを知らなければ、オレも入ろうとは思わなかっただろう。


「よし、行こう」


 魔力の反応で、中にいることは分かっている。前に来たのは3年も前だが、住所は変わっていなかったようだ。


 ボロ屋に向かって足を踏み出し、力を入れると壊れそうな扉に手を掛ける。ノックは不要だ。馬鹿正直にノックをしても、居留守を使われるだけだ。


 軋んで不快な音を立てる扉を開け放ち、中の住人に声をかける。


「こんにちはー!」


 オレの声が廃墟同然の建物に響く。一拍後に反応が返ってきた。


「うるせえ!でかい声を出すな!頭に響くだろうが!」


 怒りの混じる太い声を聞き流しながら、薄暗い部屋の中に入る。


 正面に見えるカウンターの後ろで、頭を押さえる人影が見えた。中年の男性だ。中肉中背。記憶に残らないような平凡な容姿をしている。


「おっちゃん久しぶり」


 この人が帝都の情報屋だ。名前は知らない。教えてくれたことがないからだ。


「おお?なんだ黒坊主か。生きてたのか。いつ戻ってきたんだ?」


「死んでないから生きてるよ。帝都に着いたのは2日前」


 オレが帝都にいるのを知らなかったような口ぶりだが、たぶん嘘だ。2日もあって、オレの情報が入ってないなんてあり得ない。


 この人は基本的に本当のことは言わない。その口が真実を語るのは、対価を貰って情報を売るときだけだ。


 ちなみに、オレが黒坊主と言われるのは、3年前は全身黒い服を着ていたからだ。冒険者だった時代、オレは最低でも2日に1回は“手”を使って魔物を爆発させていた。その結果、かなりの頻度で全身血だらけになっていた。


 洗っても落ちない血痕に、洗濯が面倒になったのだ。黒い服なら、血の斑模様もあまり目立たない。

 まあ、黒目黒髪に黒い服で、どっちにしろ目立った訳だけど。当時は服を買う余裕もなかったのだ。


「おっちゃん。これお土産」


 カウンターの上に買ってきた酒とベーコンを載せる。


 オレがこの人について知っている真実は、酒好きであるという一点のみだ。それすら嘘だったら、もう尊敬するしかない。


「中々いい酒を持ってきたじゃねえか。ありがとよ。それで?『斬鬼』なんて引き連れて、なにしに来たんだ?」


 カウンターに並ぶ酒を嬉しそうに見ながら、おっちゃんが言う。さて、交渉の開始だ。まあ、手間を掛けるつもりはないんだけどな。

 腹の探り合いは時間の無駄だ。


「この帝都で活動してる『白の蛇』について情報が欲しい。目的、規模、構成員、アジト、その他全部。あるだけ聞きたい」


「ははは。高くなるぜえ?」


「レックス」


「ほらよ」


 レックスが背負った鞄から革袋と取り出す。中から硬質な音が聞こえるそれが、ドン、と、カウンターの上に置かれた。

 その口を開いておっちゃんに見せる。


「ほお」


 中から金色の輝きが溢れている。ぎっしりと詰まった金貨が、弱い灯りの下で煌めく。


「情報は言い値で買う。足りないなら追加する」


「はは。いいぜ。その袋だけでお釣りがくる。売ってやるよ。交渉成立だな」


 おっちゃんが笑う。好意も悪意も感じない笑みだ。取引が成立したのなら、嘘の情報を教えられることはないだろう。

 あえて言わない情報はあるかもしれないけどな。真実を話すことと、嘘を言わないことは同じではない。


 まあ、そこはレックスの威圧に期待だ。騙されて黙っているほど、オレ達2人はお人好しではない。

 レックスと一緒に情報屋に来たのは、護衛という面もあるが、情報に不備があった場合には『斬鬼』が暴れるぞ、という脅しでもある。

 この人も、レックスの強さは知っている。その暴力を、自分で浴びたいとは思わないだろう。


「それじゃあ、『白の蛇』の目的から話すか」


「お願い」


 貴族の統治からの脱却とルヴィは言っていたが、あのアルビノ野郎からは、そんな高尚な意思は感じなかった。


「『白の蛇』は貴族という身分を廃止することを目的に掲げた組織だ。魔力が多いだけの奴等が、平民を支配するのはおかしいって考えだな」


 言い分はおかしくはない。


「まあ、その目的は表向きのものだな。実態はただの強盗だ。貴族やその屋敷を襲撃して、金品を奪うことが目的の奴がほとんどだ。中には、真面目に貴族を廃止させようとしている奴もいるみたいだが。それは少数派だ」


 ルヴィは、その少数派の1人だと。


「代表はバイサーって言う奴だ。3年前にお前等が潰した『双頭蛇』の頭の弟だな。構成員も、『双頭蛇』の下部組織にいた奴が多い」


 ……は?


「……あ~、それはつまり。人攫いの組織が、強盗に転身して、正義を騙りながら悪事を行っているってこと?」


「よくあることだろうよ」


 よくあってたまるかよ。


「そんな目をしたって事実だぜ?それで『白の蛇』だが、最近金回りがいいらしい。入手経路が分からん装備や魔道具をよく持っている」


「どこから流れてきたのか追えないの?」


「そいつは難しいな。十中八九、貴族の後押しだ。深入りはできねえ。まあ、最近は狙われる貴族が偏っているからな。もう少し観察すれば、大体の見当は付くだろうよ」


 帝位を巡るゴタゴタか。敵対する貴族への攻撃だろう。


「そんで規模とアジトだが、はっきとは分からねえ」


「なんで?」


 情報を入手していない訳ではないだろう。


「協力者の多さが原因だな。平民の中でも、貴族に不満を持つ者は多い。構成員とまではいかなくても、組織に力を貸す奴が結構いるんだよ。それに加えて、アイツらは一ヶ所に集まることがない。実質、アジトはないようなもんだな」


 面倒な……。ルヴィを探す手掛かりがない。


「……分かった。なら知っている限りの構成員の情報をくれ」


「おう、それじゃあ……」


 判明している構成員の情報を聞いていく。あの水使いと氷使いの情報も得た。ただ、バイサー本人はまったく魔術を使わないらしく、適性すら分からないようだ。


 その他にも細かい情報を聞き、情報屋の元を後にした。





 乾いてきた地面の上を、レックスと2人で歩く。一先ずは、宿屋に戻って考えをまとめたい。


「アジトが分からねえんじゃ面倒くせえな」


 レックスが詰まらなそうにぼやいた。


 たぶん、アジトが固定されていないのは、『双頭蛇』の教訓を活かしてのことなのだろう。3年前は、オレとレックスでアジトを強襲して潰したのだ。

 レックスの前では、ほとんどの守りは意味を成さない。攻め込まれた時点で負けだ。


「どうする?1人ずつ見つけて締め上げっか?」


「う~ん、それしかないかも」


 確かに、構成員に直に聞くのが手っ取り早いかもしれない。ただ、それだとちょっと迂遠だし、やり過ぎると衛兵に捕まると思う。


 帝都の衛兵は貴族には逆らえない。『白の蛇』が犯罪組織でも、貴族と繋がっているなら見逃すくらいはするだろう。

 その場合、捕まるのはオレ達だ。


「ちょっと方法は考えるよ」


「おう、分かった」


 何かいい案はないだろうか。

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