第293話 別れと再会
秋晴れの午後。屋敷の前でオレは改造馬車の荷物を整理している。
今日は出発の日だ。予想外のイベントが盛り沢山だったが、当初の予定である初孫の顔見せは無事にできた。
オレも肩の荷が下りた気分だ。
……まあ、下ろした分、別な仕事と心労を背負い込んだけど。これは自業自得というものか。
家に帰ったらまた忙しい毎日だ。頑張ろう。
「……しかし、荷物が多い」
大容量なはずのオレの馬車が満杯に近い。原因は、と下を見る。
地面にはいくつもの布袋が並んでいる。中身は芋だ。この領地で栽培している甘い芋。
シェルブルス領から載せてきた海産加工品に加え、この芋が大量にあるせいで荷物が馬車内を圧迫している。
そして何故こんなにも芋があるのかと言えば……発端はリーゼの言葉だ。
子供らしくリーゼはとても甘い物が大好物で、ここの甘い芋もいたく気に入ったらしい。
で、素直なリーゼは当然、隠すことなく『おいしい!』と感想を言うわけだ。とびっきりの笑顔つきで、初孫を可愛がる祖父母に。
――結果、こうなった。お土産に大量の芋である。
こんなに食べきれない、と伝えても「いいから持って行きなさい」で押し切られてしまった。
まだ幼いリーゼに甘い物ばかりを食べさせる訳にはいかないので、どう考えてもオレの家だけでは消費しきれないのだが。
デュークさんもロザリーさんも尊敬できる義父母なのだけど、なんでこう、リーゼのことになると手加減がなくなってしまうのか。謎だ。
さて、この大量の芋はどうしよう。と考えながら馬車に積み込んでいく。
ちなみに作業はオレ一人だ。ロゼとリーゼは、別れ前に最後の会話をしに行っている。
オレはともかく、ロゼにとってここは生家。別れの挨拶にも時間は要るだろう。
リーゼも義父母にとって初孫だ。デュークさんもロザリーさんも、少しでも長く顔を見たいはず。
「そういえば、リーゼは意外と平気そうだったなあ」
リーゼは祖父母をはじめ、屋敷の方々にとても懐いていた。帰ると言えば「いやだ」とぐずるかと思ったが、思ったより平気そうで驚いた。
寂しくない? と聞くと、どうやら自由貿易都市の友達に会えないのが気になり始めたようだった。
まだ小さなリーゼだが、オレとロゼが色々と連れ出すので友達は多いのである。
むしろ帰ると聞いて少し嬉しそうだった。そして、そんなリーゼを見て、デュークさんは非常に悲しそうな顔をしていた。
……なんだか申し訳なかった。
「でも、リーゼはここを出発した後に泣きそうな気がするなー」
丸2日くらい経ったあと、思い出したように寂しくなって泣きそう。
……甘いデザートを作る準備でもしておくか。
「幸いなことに材料はいっぱいある、と。さて、これで帰りの支度は終了!」
ぴっちりと荷物を詰め込んだ。これならカーブでも崩れる心配はないだろう。
さて、オレも最後の挨拶に行こうか。
正面玄関から屋敷の中へと入る。重厚な扉を閉めたところで、横から声がかかった。
「なあ」
散々迷ったような呼び掛けに、思わず笑ってしまった。
「やあ、言葉遣いはそれで大丈夫?」
言われたジュリアは、痛いところを突かれたような顔をした。
「少々お時間よろしいですか、お客様!」
「いいよ」
改めてジュリアに向き直る。モリーさんたちと同じ使用人の服装だ。ただロザリーさんに
ジュリアのドレス姿は見たことがあるが、可愛いより綺麗な系統だったので少し新鮮だ。
「似合ってると思うよ」
「……」
睨まれた。
可愛らしい恰好が苦手なのか、それとも素を知られているオレにきっちりした姿を見せるのが嫌なのか、とにかくつれない態度だ。
「それで、どうかした?」
「……礼を言いにきた。アンタにはまだちゃんと言えてない」
ジュリアが深く、滑らかに腰を折る。あやふやなオレの記憶が確かなら、最上級の謝意を示す礼だったはずだ。
「私の故郷を救っていただき、ありがとうございました」
「どういたしまして?」
ジュリアが顔を上げる。びしりと指を差された。
「この借りはいつか返す。忘れんなよ」
恰好いい。でも。
「別にいらないよ。そもそも手を出したのは自分のためだし。それに、救われるかどうかはシェルブルス領の人たちの働き次第だからね。お礼の言葉だけ受け取っておくよ」
「な……っ?!」
驚かれた。
「それじゃあアタシの気が収まらねえだろ!」
やっぱりまだまだ子供だなあ、と思う。あと言葉遣い。
「気が収まらないなら、他の人を助けなよ。君が助けた誰かが、いつか巡り巡ってオレを助けてくれるかもしれないから」
「……無理だろ」
「もしかしたら、縁の精霊が気を利かせてくれるかもよ?」
助けられた誰かが、別な誰かを助けていけばいい。この世で唯一の幸せなネズミ算だ。
……所詮ただの理想論だけど。それでも因果は回るもの。情けは人の為ならず、と。
「というか、まずは自分のことを優先しようか。まだ先は長いんだから」
行儀見習いは始まったばかり。たぶん覚えることは多いだろう。教育に関してはモリーさんも厳しそうだ。
あとは、ジュリアが本気ならデリスさんを落とすための行動も必要になるか。
やることが盛り沢山だ。頑張れ若人。
「言われなくても、自分で決めたことはやる」
気の強い視線に射抜かれる。これは心配いらないかな。
最後にジュリアに頑張ってと伝え、オレは別れの挨拶へと向かった。
なんだかんだと一時間ほど話した後、オレたちは出発するために外へと出た。
玄関前ではディシールド家の人々が見送りに来てくれている。
その中で、特にデュークさんとロザリーさんは寂しそうにリーゼを見ていた。
「やれやれ。この歳になってこれほど別れが辛くなるとはね……」
「リーゼちゃんが帰っちゃうと寂しくなるわー。元気でね、リーゼちゃん」
2人は別れを惜しむようにリーゼを構っている。
デリスさんがそんな両親の様子を若干苦笑気味に見つつ、オレに話しかけてきた。
「もうすっかり孫を溺愛する祖父と祖母だ。僕も気持ちは分かるけどね。――コーサク君、今回は色々と世話になったね。君がいなければもっと後味の悪い結末になっていたはずだ。ありがとう」
差し出された手を握る。
「いえ、面倒事を運んだのはオレたちですから。それに、予定外の仕事を増やしてしまってすみません」
「元々あった火種だよ。気にしなくともよいさ。予定外、というより予想外だったのは確かだけれどね。これも当主としての良い経験だと考えているよ」
デリスさんは穏やかに微笑んでいる。
「ああ、そうだ。今日の夕食用にいくつか料理を包んである。受け取ってくれ」
デリスさんが背後に視線を送ると、使用人姿のジュリアが大きなバスケットを抱えてやってきた。
「どうぞ」
「うん、ありがとう」
受け取ると、ジュリアは控え目に礼をして下がって行った。
その後ろ姿を、デリスさんが複雑な視線で見送る。
こちらに向き直ったデリスさんと目が合った。
若干の沈黙。
「ええと……頑張ってください」
「ははは……」
ちょっと気まずい感じで笑い合う。さて、こちらはどうなるのやら。
「む? どうかしたのか?」
ロゼが不思議そうな顔でやってきた。
「いや、大したことじゃないよ。そっちの挨拶は終わり?」
「うむ。言葉は十分に交わした」
ロゼはすっきりした顔で頷いた。肩越しに見える使用人の方々も穏やかな表情だ。
「そっか。……それじゃあ、そろそろ出発しよう」
さすがに行動しないと、ずるずると今日も泊まることになりそうだ。誰も拒否しなさそうで怖い。
義父母からリーゼを受け取り、ようやく家族全員で馬車へと乗り込んだ。
「それでは皆さん、お世話になりました」
「お父様、お母様、またいつか顔を出します」
「いつでも来なさいね」
「ああ、遠慮はいらないとも。むしろ、私たちから会いにいくかもしれない」
デュークさんは家督を譲って身軽になったので、本当に夫婦揃って孫の顔を見に来そうだ。
ロゼもそう思ったのか、苦笑しつつリーゼを抱き上げていた。
「リーゼ、みんなに挨拶だ」
「ばいばーい!」
リーゼが元気に小さな両手を振る。リーゼが全員に手を振ったことを確認して、オレは改造馬車を発進させた。
手を振るディシールド家の人々の姿が徐々に小さくなっていく。
完全に見えなくなるまで、リーゼはずっと後ろを見つめていた。運転しているオレからは表情が窺えない。
リーゼがどんな感情を抱いているのかは分からない。だけど、大切な経験になったのは間違いないと思う。
楽しい出会いも、寂しい別れも、全て君の糧にすればいい。
小さな君の成長が、オレにとっては何より嬉しい。
――2日後。
馬車を走らせる。今日も一昨日から続いて良い秋晴れの空だ。
ずっと集中して外の景色を見ていたリーゼが、夢から覚めたように声を上げた。
「パパどこいくのー?」
不思議そうな声色。確かに今通っている道は自由貿易都市への帰り道ではなく、リーゼにとって初めて見る景色だ。もしかしてそれが分かったのだろうか。
うちの娘、もしかして天才なのでは……?
「いや、急に森に入ったから気になったのだと思うぞ?」
「そっか……」
オレの思考にロゼが冷静に突っ込みを入れてくる。
その言葉通り、つい先ほどオレたちは森へと入った。目指す場所はこの森の中にある。
そして目的は、
「リーゼ、今からパパの友達に会いにいくんだ」
「おともだち?」
「うん、そう。大切なお友達」
リーゼにそう返して、オレは改造馬車を走らせる。
幸いなことに、到着するまでそう時間はかからなかった。
前方に村が見える。並ぶ家々はまだ新しい。家の配置がオレの記憶と異なるので、一から建て直したのだろう。
ちょうど収穫祭の日だったのか、村の中央には幾人もの村人が見えた。
目に付いた全員が楽しそうに、誇らしそうに笑っている。その光景に思わず涙腺が緩みそうになった。
馬車を進ませる。
村の入り口付近に、2人の人影を見つけた。男女の2人組だ。仲睦まじい様子で寄り添っている。
馬車の速度を落とし、その2人の前で停車した。
扉を開け、懐かしい土を踏む。
数年ぶりに会う友人は、重ねた苦労からか貫禄のある雰囲気になっていた。
オレの顔を見て懐かしそうに笑っている。オレもきっと同じような表情だろう。
「――やあルヴィ、久しぶり。……ところで、突然で悪いんだけどイモ食べない? ちょっと食べきれないくらいあるんだ」
「――お前は相変わらずだな」
そう言ってルヴィは破顔した。
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