第216話 状況確認

 重厚なテーブルを挟んだ対面で、真剣な表情をしたレズリーさんが口を開く。


「代々続いてきた酒造りの伝統を、私の代で絶やす訳にはいかないのだ。報酬は望みのままに支払おう。どうか、我々に協力して欲しい」


 そう言ってレズリーさんは頭を下げた。


 酒が造れないのは大事だ。この街には酒の他に特産物はなかったはず。酒が売れなければ、レズリーさんが言った街が滅ぶという言葉も大袈裟ではないだろう。


 町長のレズリーさんにとっては、わらをも掴みたい状況という訳だ。つまりオレはちょうど良く流れて来た藁だ。役に立つかどうかはオレ自身にも分からないけど。


 まあ、とりあえず危機的状況なのは理解した。あとは依頼を受けるかどうかだけど……受けてもいい、とは思う。


 この街のお酒にはロゼが好きな銘柄もあるし、アリスさんから頼まれたお土産もある。ここの酒造が止まれば貿易都市にも影響が出るはずだ。

 それに、目の前の不幸を見逃すのは寝覚めが悪いからな。あとは、無事に解決できたら、町長から酒造職人へ口利きしてもらえばいいし、オレとしてもメリットはある。


 うん、受ける方向で詳細を聞いて行こうか。


「とりあえずの状況は分かりました。ご協力できるならしたいと思います」


 オレの言葉に、レズリーさんの肩の力が抜けたのが見えた。上げた顔には疲労が見える。


「ああ……ありがとう、コーサク殿。その高潔な精神に心から感謝する。……それでは、詳しい状況を説明させてもらいたい」


「はい。お願いします」


 レズリーさんの目が、記憶を思い起こすように遠くなる。


「そうだな……それでは、まずはこの街の祭事ついて話そう。この街では、毎年秋に収穫祭を行っている。その中で、町長には重要な役割があるのだ」


「重要な役割、ですか?」


「ああ、先ほど言った“山水の精霊”への祈祷だ。その年で一番良い出来だった酒を捧げ、感謝の意を伝えるのだ。そうすることで、精霊は清らかな水を与えてくれるようになる」


 ガチの祭りじゃん。正しくまつってるよ。


「そして、その際に使用するのが、盗まれた宝玉だ。“山水の精霊”の加護を受けた貴重な祭具であり、宝玉がなければ“山水の精霊”への祈祷は成立しないのだ」


「なるほど……。すみません、ちょっと整理させてください」


 ――ボム、起きてるか?


『起きてるよ。面白そうな話をしているね』


 ボムの声が脳内に響く。話は聞いていたらしい。


 ――精霊から見て、今の話はあり得るのか? “山水の精霊”がいる山は、何もしなくても綺麗な水が出そうなものなんだが……。


『う~ん、その精霊は、明確な意思を持つ精霊なんじゃないかな? それならあり得ると思うよ』


 ――ボムと同じ、最初の精霊ってことか?


『どちらかと言えば、人々の信仰が集まったことで意思を持った精霊だと思うよ』


 ――何それ……。初耳なんだけど。


『僕らは人の精神の影響を受けるからね。長い間“そう在れ”と願われれば、その意思に応えて在り方を変えるさ。僕が君の魔核に宿って余剰な感情をもらっているように、その精霊は山そのものを依り代にして、街の人々からの祈りを集めてるんじゃないかな』


 ――山そのものとか、スケールがデカいな……。それで、何で意思のある精霊だと今回の事態があり得るんだ?


『意思を持つ精霊は、祝福と呪詛、2つの力を扱えるんだ。表裏一体の力だよ。精霊を崇め、その祝福を得ていれば、それを裏切ったときには呪詛が降るんだ。今回は祭りを行わなかったせいで、その精霊が怒ったんだと思うよ』


 ――いやそれたたりじゃん……。まあ、とりあえず祭りの必要性は理解した。ボム、ありがとう。助かったよ。


『どういたしまして』


 さて、レズリーさんとの話に戻ろうか。


「すみません、お待たせしました。ええと、宝玉が盗まれたのは、去年の秋でいいんですよね?」


「ああ、秋の終わりのことだ」


 ふむ、1ヶ月半くらい前か……。宿屋の主人も秋頃から酒の流通が減ったと言ってたな。まあ、そこら辺は後で聞こう。今は行方不明の宝玉の話が優先だ。


「宝玉って、どこに保管していたんですか?」


 “盗まれた”と言うのなら、どこかに保管していたはずだ。


「この屋敷の宝物庫、その中の金庫で保管していた。祭りの準備段階では、金庫の中にあったことを確認している」


 なるほどなあ。金庫に入れていたなら、誰かが盗らない限り無くならないか。


「金庫の鍵は誰が持っているんですか?」


 オレの質問に、レズリーさんの顔が少し険しくなった。


「金庫の鍵は、私の執務室の机に保管していた。そのことを知っているのは――」


 レズリーさんの視線が左右に動いた。


「私を含めたここにいる4人だ」


 レズリーさんの言葉に、日焼けの男性は「ふん」と鼻を鳴らし、酔っ払いの女性は「ふふふ」と笑った。秘書のカーツさんは沈黙を貫いている。


 オレに視線を戻したレズリーさんが口を開く。


「遅れたが、この2人を紹介しよう。私の愚弟と愚妹だ」


 レズリーさんの言葉を受けて、弟さんの視線がオレを向いた。


「ロニーだ。酒造職人をやってる」


 ……終わり? それだけ?


 短いが終わりだったらしく、妹さんが口を開いた。


「ケイトよ。お酒の味を確かめて、等級を決める仕事をしているわ。お酒を飲むのが仕事なの。もちろん、お酒は大好きよ」


 そりゃ、現在進行形で酒を飲むくらいだから、よほどの酒好きなんじゃないですかね。


 まあ、アル中疑惑のケイトさんは置いておいて、金庫の鍵がある場所を知っているのは、町長のレズリーさん、秘書のカーツさん、弟のロニーさん、妹のケイトさんの4人か。


 ……どうしようか。アリバイや動機を聞いてみるにしても時間は掛かりそうだし、個別に聞き取りさせてもらおうか。


「ええと、宝玉が盗まれた前後の行動なんかを、後で一人一人聞かせてもらってもいいですか?」


「ああ、構わない」


 代表してレズリーさんが答えてくれた。なら、別なことを聞いてみるか。


「盗賊なんかに盗まれた可能性はどうでしょう」


「その可能性は否定できない。だが、我々の伝手を使って調べた範囲では、宝玉らしい物は売りに出されてはいない。それに、宝玉以外の物は盗まれていないのだ」


「それは確かに変ですね……」


 宝物庫に侵入できたなら、他の物も盗んでいくだろうに。宝玉だけ盗まれたのは謎だ。


「宝玉って、かなり高価な物なんですか?」


「いや、元の素材はただの石だ。あくまで祭事に使用される物であって、他の何かに役立つものでもない」


「そうですか……」


 う~ん、でも貴重な物なのは確かだし、変なマニアが欲しがる可能性はあるかな。精霊に関するアイテムをコレクションするのが趣味の変人も、世の中にはいるのかもしれない。

 とりあえず、外部の盗賊も可能性の一つとして持っておこう。先入観を持つのは駄目だとか、刑事ドラマか何かで言っていた気がするし。


「ちなみに、街の住人で怪しい人はいなかったんですか?」


「我々が調査した限りでは見つけられなかった。そもそも、街の住人達で宝玉について知っている者はいないはずなのだ」


 まあ、抗議のデモを行っている辺り、宝玉の紛失も水の異常も、住民には知られていないのか。でも、それだと捜査しづらいよな。


「ここの住民の方々には事件の内容が知られていないようですが、周知した方が事件に関する情報を得られやすいのではないですか?」


 オレの言葉に、レズリーさんは一瞬だけ沈黙した。


「……大きな理由は街の評判だ。酒が造れないとなれば、この街の評判に傷が付く。そうなれば、商人達は離れるだろう。一度切れた繋がりを戻すのは容易ではない。私は事件が解決した後のことも想定しなければならないのだ」


 まあ確かに。商人はシビアだからな。この状況を知れば、さっさと別な仕入れ先を探すだろう。


「それに加えて、“山水の精霊”への祈祷は街の代表のみが行うという伝統がある。それは守らなければならない」


 そういう仕来しきたりなのか。


 と、オレが納得しかけたところで、レズリーさんの言葉に反応した人物がいた。


「ふんっ、伝統に縛られて動けねえんじゃあ意味ねえだろ」


 酒造職人だと言う弟のロニーさんだ。不機嫌そうにレズリーさんを見ている。仲悪いのかな?


「……我々は、先祖代々伝えられて来た伝統を継ぐ立場だ。ロニー、遊んでばかりいるお前が口を挟むな」


 レズリーさんが感情を抑えるように言う。それに対応するのは、ロニーさんの反発だ。


「遊びじゃねえって言ってるだろ! 俺がやってるのは酒の可能性の模索だ! 伝統を守るってのは進歩しねえってことじゃねえだろ!」


 何か熱い人っぽいなあ、ロニーさん。伝統を守ることに重きを置くレズリーさんと、新しい物に挑戦するロニーさんって構図なのかな? 相性は悪そうだ。


 第三者目線で兄弟喧嘩を眺めていたところで、小さな咳払いがした。レズリーさんの背後に控えていた秘書のカーツさんだ。


 ロニーは、カーツさんに振り向き、


「チッ」


 不機嫌そうに舌打ちをして黙った。兄弟喧嘩は中断らしい。


 さて、何だか話が切れてしまった。大まかな状況は聞いたし、後は個別に聞き取りさせてもらおうかな。ああ、でもその前に、


「そういえば、宝物庫と金庫って見せてもらってもいいですか?」


 オレの質問に、レズリーさんが答える。


「ああ、もちろんだ。カーツを案内に付ける。屋敷の中は自由に行動してもらっても構わない」


「ありがとうございます」


 礼を言ったオレに対し、レズリーさんはチラリと秘書のカーツさんを見た。視線を受けたカーツさんが口を開く。


「コーサク様、よろしくお願いいたします。私におっしゃっていただければ、街のほぼ全ての場所にご案内できるかと思います」


「よろしくお願いします」


 “ほぼ全て”なのは、さすがに一般家庭に急に踏み込むことはできないからだろう。


 さらにカーツさんが言葉を続ける。


「そして、コーサク様にご提案なのですが、当屋敷にご宿泊してはいかがでしょうか。調査の点から考えましても、こちらを拠点とされた方が動きやすいかと思います」


「ええと、宿はもう取ってしまったんですが」


「宿については、こちらの方で手続きいたします。もちろん、代金についてもお返しいたします」


 ……う~ん。特に困ることはない、かな?


「分かりました。では、こちらでお世話になります。さっそく家族を連れて来ても大丈夫ですか?」


「ええ、もちろんです」


 宿を移動するなら改造馬車も持って来ないといけないし、移動しながらロゼの意見も聞いてみようか。


 そういえば、リーゼは生まれて初めての旅行で、宿泊先が町長の屋敷になるのか……。


 なかなか刺激的な家族旅行になって来たな。

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