第217話 情報共有
宿の解約手続きをカーツさんの部下の男性へ任せ、オレ達家族は町長の屋敷へと向かっている。街中なので改造馬車は徐行運転だ。ゆっくりと進む馬車の上で、ロゼにも見聞きした内容を伝える。
「――っていう状況らしいよ」
「ふむ……なるほど。飲酒の禁止は、外部への在庫確保のためか」
「うん。この街にはお酒好きの人が多いから、お酒の消費量も多いんだって」
「それはそうだろうな」
お酒を売らないと金を稼ぐ手段がないとはいえ、かなり苦しい方法だ。まあ、厳しい状況だからこそ、オレみたいな部外者にも助けを求めたんだろうけど。
「それにしても、祭をやらないと精霊が怒るとか、本当にあるんだねえ。」
「うむ。祭りは大切なものだぞ。精霊への感謝を欠かしてはならないと、私も子供の頃から良く教えられたものだ。精霊の怒りについては、伝承などにも多く残っているな」
「なるほどなあ……。オレはそこら辺、こっちで育った訳じゃないから、ちょっと実感できてないんだよね」
あっちの世界でも祭りはあるけど、そこまで真面目に祈ったりしたことはなかったな。一般的にもそうだろう。まあ、こっちの世界と違って、普通の人が精霊を感じ取れる訳じゃないから仕方ないとは思う。文明が進んで不安が減れば、何かに祈ることがなくなるのも当然のことだろう。
そう考えると、この世界では祭りが廃れることがなさそうだな。人が魔術を使う限り、精霊との関係が切れることはないはずだ。
「コウはもう少し常識についての勉強が必要だな。それではリーゼに教えられないぞ?」
ロゼがオレをからかうように話し掛けてくる。確かに、オレはこっちの常識に疎い部分がある。ちゃんと教わった訳じゃないから当たり前だな。こっちに来てから旅に出ることも多かったし、当事者として祭りに参加したことも少ないのだ。
リーゼはこれからもっと喋るようになるし、何かを聞かれることも増えるだろう。そのときに正しい内容を教えられないのでは父親としての沽券に関わる。
「……帰ったら、リーゼに教えなきゃいけない内容について話し合おうか。それで、そのときに色々と教えてください」
「ふふ、いいぞ。任された」
夫婦の助け合いは大事だね。
「さてと、事件の捜査に話を戻そうか。まあ、とは言っても一通りは伝えたし、あとは実際に捜査を頑張ってみるだけだね」
「うむ、もちろん私も協力しよう。……それにしても、ふふ、コウは有名になったものだな」
運転中のため視線を向けられないが、ロゼの声に喜色が混じっているのは分かった。
「オレが有名だと嬉しい?」
「いや、有名であることが嬉しい訳ではないが……。コウの良い所を知っている者が多い、というのは妻として嬉しいな」
お、おおう……。ストレートだ。なんか照れるな。ちょっと顔が熱くなった気がする。
「……そういうもんですか」
「そういうものだ」
そういうものらしい。まあ、それはいい。
「オレの評価は置いておいて、元騎士のロゼとしては、こういうときの調べ方とか知ってたりする?」
「いや、私の専門は武力関係だったからな。治安維持は専門外だ。すまない」
「大丈夫だよ。知ってたら参考にしようかな、くらいだったから」
さて、そうなると素人2人という訳だ。仕方ないね。やれることをやろう。
そう考えていると、ロゼが思い出したように話し出した。
「そういえば、お兄様が読んでいた本に似たようなものがあったな」
「お義兄さんの本?」
未だに会ったことのないお義兄さん。ちょくちょく話を聞くに、苦労人気質っぽいんだよな。実際に会えるのはいつになるだろうか。
……今年も稲作で忙しいから、最低でも次の冬だよな。
スケジュールを思い浮かべているオレへと、ロゼが説明してくれる。
「ああ、お兄様はよく本を読んでいたのだが、その中に、身分を隠した領主が領内の事件を解決する、という物語があったのだ。何冊もあって、お兄様のお気に入りだったな。私も勧められて読んだことがある」
「へえ。領主は身分を隠したままなの?」
「いや、毎回犯人を暴く際には正体を明かしていたぞ?」
なんだろう、時代劇みたいな感じかな。それか推理モノ?
「ちなみに、その本を参考にすると、犯人はどんな人になるのかな?」
「うむ。一番怪しくない者が犯人だ」
……まあ、そりゃそうだろうな。
「なるほどなあ……」
仮に怪しくない人が犯人だとすると……。
「いや、今のところ全員怪しくない気がするな……」
オレの呟きにロゼが反応する。
「ふむ、全員か。町長のレズリー殿は?」
「町長が宝玉を盗む理由はないよね。むしろ、一番の被害者はレズリーさんじゃないかな。そもそも、犯人だったらわざわざオレに依頼しないと思うよ」
自首した方が早いよね。
「では、秘書のカーツ殿はどうだろうか」
「カーツさんもレズリーさんと同じじゃないかな。自分達が運営する街の害になることはしないんじゃない? あとは、あの疲れた表情が演技だったらすごいよね」
苦労が顔に出てたよ。
「ふむ、確かにあれが演技であればかなりの役者だな。では、弟のロニー殿はどうだろう」
ロゼの言葉に、ロニーさんの様子を思い出す。レズリーさんとは仲が悪そうだったが……。
「う~ん。ロニーさんも酒造りに情熱を掛けてる感じだったから、水が来ないと困ると思うよ」
酒造職人が自分の首を絞めたりはしないかな。
「ふむ、なるほど。では、妹のケイト殿はどうだろうか」
ケイトさんか……。常時お酒を飲んでた変わった人だったな。でも、
「ケイトさんもお酒に関する仕事をしているみたいだし、お酒好きな人がこんな事件を起こしたりはしないんじゃないかな」
ケイトさんもお酒が飲めなくなったら困るだろう。うん、4人とも動機が見当たらないな。
「……むう、4人とも犯人ではなさそうな気がするな」
ロゼもオレと同じ考えらしい。まあ、今ある情報だと、酒造りが出来なくなって得をする人はいないんだよな。動機も証拠も何もかも不明だ。
「今ある情報から犯人を捜すのは無理そうだね。さっきの4人も、あくまで金庫の鍵の場所を知ってる人ってだけだし。あまり気にせずに捜査を進めて行こうか」
「うむ、そうだな。出来る限りのことはしよう」
オレの方針に賛同しながらも、ロゼは少し声を落として言葉を続けた。
「……それはそれとして、コウ、もし犯人を捕まえることが出来なかった場合はどうするつもりだ? 私達は本来部外者だが、依頼を受けた以上、失敗した場合には恨みを買う可能性もある。それを踏まえても受けたのだろう?」
ロゼの心配はもっともだ。人は理性だけで生きている訳ではない。期待が勝手なものであろうとも、裏切ってしまえば恨まれる場合もある。オレの評判は良いモノとして広がっているようだし、下手なことをすれば評価はすぐに逆転するだろう。
まあ一応、オレとしても考えている最終手段はある。
「うん。犯人が捕まえられなかった場合はね、“山水の精霊”に直接事情を説明に行くつもりだよ」
「む?」
ロゼが疑問の声を上げる。それも当然だろう。例え精霊に意思があろうとも、普通の人間には精霊を見ることはできないのだから。だけど、オレは違う。
「オレにはボムがいるからね。ボムに仲介してもらえば、“山水の精霊”とも話せるよ。あとは何とか謝って、新しい宝玉を作ってもらうと思ってる。レズリーさんだって、祭りをやりたくなくてやってない訳じゃないんだし、何とかなるんじゃないかな」
海で管理者の鯨を相手にしたのと同じ方法だ。レズリーさんは祭りを行いたくて、“山水の精霊”は祭りを行って欲しいんだから、対話さえできれば行けると思う。
「なるほど……。それはコウにしか出来ない解決方法だな。確かに、それなら最悪犯人を見つけられずとも、祭りは再開できるかもしれない」
ロゼが感心したように頷くのが、視界の端に見えた。
「とはいえ、犯人を捕まえるのが一番良いんだけどね。野放しにした結果、また宝玉を盗まれても困るし。でもまあ、捜査が失敗しても最後の手段はある訳だからね。あまり気を張らずに行こうか」
「そうだな。2人で頑張るとしよう」
オレ達2人は初心者。気負い過ぎても良いことはないだろう。だから保険があるのは幸運なことだ。
あまり肩肘張らずに、視野を広くして挑もうか。
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