第215話 街の危機
酒造りが盛んな地での飲酒禁止と、何やら良く分からない事態になっているようだが、幸いなことに街自体は平和らしい。
行進している人々も、暴力に訴えるようなことはしていない、ということを中年の兵士から聞き出し、オレ達は一先ず街の中へと入った。
改造馬車をゆっくりと走らせながら、隣に座るロゼと会話する。
「とりあえず危険はないみたいだし、まずは宿を取ろうか」
「うむ、そうだな。それにしても、飲酒を禁ずるなど、いったい何があったのだろうか」
この不思議な事態に、ロゼも困惑の声だ。
「もう少し詳しい話を聞きたかったけど、さすがに入口で止まってる訳にはいかなかったからねー」
オレの改造馬車は大きいので、ずっと停車していては迷惑だ。
「うむ、それは仕方ない。宿の従業員にでも聞くとしよう」
「そうだね」
酒造職人を勧誘するにしても、状況が分からないと動き辛い。まずは情報収集と行こうか。
宿屋の中で宿泊の手続きを行う。受付のカウンターで対応してくれるのは宿屋の主人だ。
「あいよ。一部屋で3泊。馬車の預かり付きだね。前払いだけどいいかい?」
提示された金額を財布から取り出す。
「はい、お願いします。ところで、急にお酒が禁止されたらしいですけど、何があったのか聞いてもいいですか?」
オレの質問に、宿屋の主人は硬貨の枚数を数えながら答えてくれた。
「ああ、ちょうど抗議してる連中を見て来たのか。俺らもどうなってんだかって感じだよ」
宿屋の主人も困り顔だ。この街の人も詳しく知らないの?
「秋くらいから酒が出回る量が減って来てね。飯屋の連中と町長に聞きに行こうって話してたところで、酒を飲むなって言われたんだよ。街の外には売りに出してるらしいんだけどねえ。中では手に入らないのさ」
外には売りに出してる……? まあ、そりゃそうか。貿易都市だと普通に出回ってるからな。
……いや、アリスさんが花の酒の流通が減ったとは言ってたか。
「ここの住民は酒好きが多いってのに、町長は何を考えてるんだか」
状況がさっぱり分からない。うーん、オレの目的はあくまで酒造職人だし、そっちをちょっと聞いてみるか。
「酒造職人の人達は、普通に過ごしているんですか?」
「うん? ああ、職人連中なら……」
話している途中で、宿屋の主人が「おや?」という顔でオレ達の背後を見た。オレの後ろは宿の入り口だ。誰か珍しい人でも来た?
こちらに近づいてくる気配に振り向けば、きっちりとした恰好の中年男性がいた。顔には濃い疲労が見える。誰だ?
「会話の途中で申し訳ありません。
おお? なんか名指しされた。町長の秘書さん?
「ええ、はい。そうですけど。何かご用ですか?」
町長さんとは面識はないし、心当たりが全くないぞ?
「今し方ご質問された件で、町長よりコーサク様にご依頼したい内容がございます。どうか、お聞きいただけませんでしょうか」
そう言って、秘書のカーツさんは深く頭を下げた。現状が謎すぎて、隣のロゼへと視線を送る。ちょうどロゼもこちらを見ていた。
『なにこれ?』『私にも分からん』
だよねー。
あ~……情報が足りな過ぎて判断が難しいな。とりあえず聞くだけ聞いてみようか。
「ええと、カーツさん? こちらとしては、この街の状況を理解できていないので、お話を聞かせてもらってから判断してもいいですか?」
オレの言葉に、カーツさんは頭を上げた。疲労が刻まれた顔に、希望を見つけたような表情を浮かべている。本当に何なんだ?
「ええ、ええ……! 勿論です……! ありがとうございます……!」
カーツさんの様子は、切羽詰まった、というのを体現しているようだ。
良く分からないが、無茶をしなくて済む内容だといいなあ。
早速、ということでカーツさんに案内された町長の屋敷。あれよあれよという間に、豪華な応接室まで通されてしまった。迎えてくれたのは金が掛かっているだろう調度品と、3人の男女だ。
ちなみにこちらは一人。オレ以外は宿屋で留守番だ。リーゼも同席させる訳にはいかないだろう。
さて、部屋にいた3人だが、立ったままこちらを待っていた。中央に立っている男性が町長だろうか。豊かな口髭が特徴的だ。町長と言うから年配の人かと思ったが、意外と若いな。
今更だけど、一個人がこんなに簡単に町長に会って良いものなのか。
というか、何やら重要人物扱いな気がするけど、なんなんだろうか。オレ、ここに縁もゆかりも無いよ?
頭から疑問符が消えないオレの前で、町長らしい男性が口を開く。口髭が一緒に揺れた。
「はじめまして、コーサク殿。私が町長のレズリーだ。急な呼び付けに応じてくれたことを感謝する」
「はあ、いえ」
曖昧な返答になった。どういたしましてと言っても良かっただろうか。いや、まず話を聞くだけだしなあ。
呑気に考えているオレの前で、レズリーさんが部屋のテーブルを手で示す。
「どうぞ座ってくれ」
視線の先には、巨大な石材から削り出したらしい光沢のあるテーブルと、座り心地の良さそうな革張りの椅子がある。
もしかして長くなるのかなあ……。
テーブルに着いたのは4人。町長のレズリーさんと残りの2人、そしてオレだ。秘書のカーツさんはレズリーさんの後ろに控えている。
正体が分からない2人に一瞬だけ視線を向ける。1人はオレより少し年上くらいの男性。何やら不機嫌そうな目をしている。日焼けと引き締まった体から、外で働く人だろうか。
もう1人の女性は特徴的だ。見た目はロゼと同年代っぽいが、かなり頬が赤い。目尻と口元は楽しそうに曲がっている。そして、手元には酒瓶らしきものとグラスがある。というか、現在進行形で飲んでいる。何だこの酔っ払い。アル中か?
2人とも部屋にいる理由が不明だが、顔のパーツに町長との類似点がある。親族だろうか。というか、飲酒の禁止はどこ行った?
困惑が深まったオレの対面で、町長のレズリーさんは重々しく口を開いた。
「まずは、コーサク殿を呼んだ理由から話そう。今、この街は未曽有の危機に陥っているのだ。その解決への協力を、コーサク殿には依頼したい」
相変わらず、状況が分からん。そして疑問が増えた。
「……私はこの街に縁がある者ではありませんが、何故私を指定するのですか?」
期待されている理由が謎だ。
オレの質問に、レズリーさんは考えるように眉を寄せてから答えた。
「……理由については大きく分けて2つある。まず第一に、信用の面だ。今回の危機は人為的なものだと、こちらとしては考えている。この街にいる者の全てを疑う必要がある状況だ」
人為的……?
「その点、コーサク殿であれば問題ない。街に来たばかりで犯行に加担するのは不可能であり、何より、その潔白さは広く知られている」
「んむ……!?」
変な声が出た。いやそれより、潔白さが広く知られているって何!? オレ有名なの!?
オレの声に、レズリーさんは怪訝そうな顔で言葉を続けた。
「……氷龍飛来時の尽力や、先日の暴食蟻の防衛など、この街でも活躍は耳に入るものだ」
「は、はあ……」
活躍したって意識はあまりなかったが、あれだな。オレの見た目の珍しさも手伝って話題になったんだろう。
内心むず痒いオレの前で、レズリーさんの話は続く。
「第二の理由は先ほど言ったものに関わるが、コーサク殿の行動力と発想への期待だ。我々とは別視点での捜査を期待している」
……さっきから「犯行」とか「捜査」とか出て来る辺り、何か事件があったのか。この世界には科学的な捜査の概念とかないからなあ。事件があっても犯人が特定できないとかは、良く聞く話ではある。
「なるほど……。私に依頼したい理由については分かりました」
ああ、それは理解した。だから肝心の部分だ。
「それでは、この街が陥った危機とは、いったい何ですか?」
オレの質問に、レズリーさんは苦悩の色を浮かべながら口を開いた。
「この屋敷から、祭事に使用する宝玉が盗まれたのだ。その結果……」
絞り出すように言葉が続いた。
「“山水の精霊”に祈祷することができずに、山から流れる水は減り、濁っているのだ」
それはつまり……?
「我々は今、新たな酒を仕込むことができていない。売る酒がなくなれば、この街に待っているのは滅びだけだ」
レズリーさんは、そう言い切った。
なるほど、なるほど。お酒が名産な街で、酒造りが止まっている状況だと。
……大事件じゃん。
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