第239話 魔道具店

 大勢の人が行き交う大通りを横断し、オレ達3人は目的の魔道具店まで辿り着いた。建物は小さ目だが、品の良い雰囲気をした店だ。

 その見た目に、姉弟2人は少し緊張した表情を浮かべている。


 その初々しい反応を見ながら、オレはガラスの嵌め込まれた扉を開けた。扉に取り付けられたベルが、軽やかな音を立てる。


 そして、ベルの音に気が付いたように、店の奥にいた女性が顔を上げるのが見えた。目尻に少し皺があるが、凛とした雰囲気の綺麗な人だ。オレの親くらいの年齢とはとても思えない。


「いらっしゃい。おや? あんたかい。納品日以外に来るなんて珍しいねえ、コーサク」


 切れ長の目が不思議そうに細められる。


「こんにちは、ベティーナさん。今日は買い物に来ましたよ。まあ、買うのはオレじゃないんですけど」


 オレの言葉に、この店の店主であるベティーナさんが群青色の瞳をすっと動かした。穏やかな視線だったが、ルカはオレの背後に隠れるように移動する。


 反対に、姉のエルは一歩前へ出た。


「こ、こんにちはっ」


 緊張した様子ながらも元気の良い挨拶をしたエルに、ベティーナさんは優しい笑みを浮かべる。


「こんにちは、小さなお客さんたち。ギルバートのとこの子……でもなさそうだね。遠くから来たのかい?」


「はいっ、隣の王国の、あのっ、山の方から来ました」


「そうかい、そうかい。それは良く来たねえ。少し待ってな。いまお茶を淹れてくるから」


「え、あの、そんな……」


 エルの返事も聞かず、ベティーナさんは店の奥へと行ってしまった。オレ達の他に客がいないからまだいいが、少し不用心だろう。相変わらず自由な人だ。


「あ、あの、お兄さん……?」


 ベティーナさんの突然の行動に、どうすればいいのか分からないような表情で、エルがオレを見上げてくる。ルカもオレの服の裾を掴んで固まっていた。


「ああ、大丈夫だよ。お茶のお金は取られたりしないから。ああ見えてベティーナさんは意外と子供好きな人なんだ」


 10数年前に夫を亡くして以来、都市の大通りに面した店を1人で切り盛りするベティーナさんは、他の商人や職人たちと長年渡り合ってきた女傑だ。相手を見透かすような群青色の瞳は、その分の圧力がある。


 とはいえ、雰囲気に慣れてしまえば、商売の上手い親しみやすい女性だ。亡くなった夫との間には子供が出来なかったためか、子供に接するのが好きだったりする。

 店には戦闘系意外の魔道具は大抵置いてあるので、エルとルカにはちょうどいいだろう。


「そうですか……」


 ほっとしたように、エルが息を吐く。魔道具店に来るのは初めてだから緊張しているのだろう。掌を載せるように、軽く頭を撫でておく。もちろんルカも一緒にだ。


 そうしている内に、店の奥からベティーナさんが戻って来た。ポットとコップ、クッキーを載せたお盆を持っている。

 そして、何故かオレを眇めた目で見ていた。威圧感のある視線に、自然と背筋が伸びる。


 何かしたっけ?


意外と・・・、は余計だよ、コーサク」


「聞こえてました……?」


 オレの意味のない質問に、ベティーナさんは口の端を軽く上げる。その表情はとても似合っているが……自分に向けられると少し怖い。ただの戯れだと分かっていてもだ。


「あんたの分の焼き菓子はなしだね。2人とも、コーサクの分も食べていいよ」


 優しい微笑みを浮かべるベティーナさんの言葉に、2人は困惑した顔でベティーナさんとオレの顔を見比べた。


「オレの分まで味わって食べてくれよ、2人とも?」


 肩をすくめ、おどけたように2人に言う。ルカに視線を向けると、ふふ、と小さく笑ってくれた。


 少しは緊張が解けたようで何よりだ。





 店の隅にあるテーブルに着き、ベティーナさんに勧められたお茶を飲む。夏にちょうどいい、程よく冷えたお茶だった。元々作って冷やしてあったのだろう。どうりで戻って来るのが早かった訳だ。


「遠慮せずにお食べなさい。お茶のおかわりもあるからね」


「ありがとうございます!」


「ありがとう……ございます」


 エルは元気よく、ルカはおずおずとお礼を言いながらクッキーへと手を伸ばした。オレもお情けでもらえることになったので、ありがたく一枚もらう。シンプルなクッキーだが、バターの香りと柔らかめの食感がいい感じだ。


「美味しいです!」


 眩しいくらいの笑顔を浮かべてエルが声を上げた。ルカも大切そうにクッキーを噛み締めながら何度も頷いている。


「そうかい。口に合ったようで良かったよ」


 そう言いながら、ベティーナさんは目尻の皺を深めて笑う。2人を見る目は、とても柔らかだ。



 エルとルカがお茶を飲んで落ち着いたのを見計らい、ベティーナさんが2人に質問をする。


「それで、どんな魔道具を買いに来たんだい? コーサクの紹介なら、少しは安くしとくよ」


 オレがいなくても値引きしてくれそうな表情だ。


「あ、えっと、ちょっと待っててください……」


 エルがごそごそと、肩に掛けていたカバンを探る。「あった」という呟きと共に出てきたのは、折り畳まれた粗末な紙だ。買い物のメモらしい。


「これに書いてある魔道具なんですけど……」


 文字が見えるように紙を開き、エルはそのままベティーナさんへと渡す。


「どれどれ……。ふうむ、なるほどねえ……」


 受け取った紙へと目を通したベティーナさんは、独り言のように呟きながら頷いた。それから視線を上げ、オレを見る。


「コーサク。この子たちの保護者とは顔見知りかい?」


「いえ? この2人とも今日会ったばっかりですよ」


 オレの回答に、ベティーナさんは少し呆れたように目を細める。


「あんたは相変わらずだねえ……」


 相変わらず、の中身はお人好しだろうか。迷子になった子供を助けるくらいは普通だろうに。


「ほら。これ読んでみな」


 ベティーナさんがエルの紙をオレに渡してくる。


「はあ」


 良く分からないまま受け取り、中身へと目を通す。メモ書きのように書いてあるのは、魔道具の種類と個数だ。魔道具はどれも生活に必要そうなものばかり。魔物除けのための物もあるが、田舎の村なら普通だろう。


 ただ、問題は――


「ちょっと、多いですかね……?」


 予想よりも数が多い。魔道具は高価だし、子供2人に買いに行かせるくらいだから、古くなった魔道具を何個か買い替えるだけだと思っていたんだけど……どうやら違うらしい。


 ざっと計算してみた合計金額は、子供におつかいを頼むような額ではない。


「やれやれ。あんたがこの子たちの親とでも知り合いなら、ここに呼び付けてやろうかと思ったんだがねえ」


 オレに姉弟の保護者と顔見知りかどうか聞いたのはそのためか。


 そう心の中で納得していると、エルが不安そうな表情で謝って来た。


「あの、ごめんなさい……。あたしたちのお父さんとお母さんは、ルカが小さいときに死んじゃってて……。それに、村の人達も忙しいみたいで……。でも、お金はちゃんと預かって来てます」


 言いながら、エルは再びカバンの中へと手を入れる。


「ああ、あんたたちを責めている訳じゃないんだ。脅かして悪かったね。それと……それ・・はまだ仕舞っておきな。むしろ、あまり簡単に人に見せるんじゃないよ」


 ベティーナさんが言った“それ”は、エルがカバンから取り出した荒い麻の袋だ。エルの小さな両手では包み切れないくらいの大きさで、エルが不器用に開けた口からは金色の輝きが見えた。夏の日差しを反射するその輝きは、あまりにも眩しい。

 眩しくて、眩し過ぎて、きっと良くないものまで惹き付けるだろう。


「えっと、はい……」


 ベティーナさんの言うことを素直に聞いて、エルは麻袋をカバンに仕舞う。そのときの俯いた横顔があまりにも不安そうだったので、手を伸ばして頭を撫でておいた。エルは一瞬驚いた表情を浮かべた後に、ほんの少しだけ笑みを浮かべて体の力を抜いた。


 その様子に少し安心して視線を変えれば、弟のルカも泣きそうな顔で口元を震わせていた。撫でるには微妙な位置だったので、そのわななく唇にクッキーを咥えさせてやる。甘い物を食べて落ち着くといい。頑張れ男の子。


 それにしても、人の不幸を聞くのはあまり良い気分じゃない。魔物が闊歩するこの世界、子が親を亡くすことも、親が子を亡くすことも珍しくはない。ない、が、子供を持つ親となった今、話を聞くだけでも心が痛くて仕方なかった。


 オレの手でエルとルカが落ち着いたのを見て、ベティーナさんが安心させるような表情で話し掛ける。


「2人とも、一緒に来た村の人達は、今日はどうしているんだい?」


 返答に悩むように、エルの視線が動く。


「あの、すみません……分からないです……。やることがたくさんある、って言ってました……」


 優し気な表情のまま、ベティーナさんの細い眉がピクリと動く。


「そうかい。じゃあ、夜、宿に戻ったら会えるのかい?」


 踏み込んだ質問に、エルはとても困った顔をした。嫌な予感がする。まさかだろう。


「その……宿も違うので……。次に会うのは、村に帰る日なんです……」


「そうかい、そうかい。聞かせてくれてありがとうねえ」


 そうお礼を言って、ベティーナさんは目を閉じる。それは鋭くなった視線を隠すためだろう。子供好きな故に、ベティーナさんは他の村人たちの行動に怒りを覚えているらしい。


 それはオレも同感だ。この都市は治安が良いが、それでも危険がない訳じゃない。子供2人が無防備に大金を持ち歩いているとなれば、巻き込まれそうな犯罪は、深く考える必要もないくらいに多い。


「さて……」


 ベティーナさんが目を開ける。再び見えた群青色の瞳からは怒りが消えていたが、代わりに真剣な色が浮かんでいた。


「コーサク。最後まで面倒を見るつもりはあるのかい?」


 ベティーナさんが聞いてくる。


 今日出会ったばかりの2人の姉弟。完全な見ず知らず、まったくの他人だ。それでも、オレがオレである限り、返答に迷うことはない。


「もちろんですよ。ここまで関わったんだから、最後まで面倒を見ます」


 ベティーナさんには伝わらないだろうが、袖振り合うも他生の縁、というやつだ。全ての人を救おうだなんて思わないが、目の前にいる幼い姉弟の手助けくらいはしてみせる。


 だいたい、ここで2人を放り出して、オレはどうやってリーゼに道徳を教えることができるのか。そんなことをしたら、ロゼにも怒られてしまうだろう。


 悩むことなく答えたオレを、ベティーナさんが見透かすように観察して、それから短く息を吐いた。呆れたような視線には、少しだけ優しさが乗っているように見える。


「あんたは本当に相変わらずだねえ。まあ、それならいい。あんたに任せるよ」


 言いぶりから、オレが了承しなかった場合には、ベティーナさんが自分で面倒を見るつもりだったらしい。


 オレの言質をしっかりと取った敏腕の女店主が、楽しそうに口の端を上げた。


「さて、それならまずは、この子達のために魔道具を作ってもらわないとねえ」


「……はい?」


 魔道具を、何で……?


「あんた達が来る少し前に、大口の注文が入ってねえ。その紙に書いてある魔道具を売るには、在庫が足りないんだよ。しかも、ここ最近の職人達は動きが悪いと来たもんだ。コーサクが来てくれて良かったよ」


「魔道具職人の動きが悪い……?」


 なんで? 何かあったっけ?


「おや? あんたは聞いてなかったかい? 海の向こうで一旗揚げるって、ここ最近は大盛り上がりだよ。おかげで腕試しだなんだのと、職人どもが浮足だってるところさ」


 ベティーナさんは目を細めて、「客を蔑ろにするなんて、ちょいとお灸を据えてやる必要があるねえ」と小声で付け足した。うわあ、職人さん達は大丈夫だろうか。


「な、なるほど。話は聞いてましたけど、そんなに影響が出ているとは知りませんでした。分かりました。足りない分はオレが作りますよ」


 オレも在庫はないが、家に帰ればすぐに作れる。そう思って返事をしたオレを、ベティーナさんがからかうように笑って眺める。


「そもそも、あんたなら自分で作った魔道具を売った方が早かっただろうに。あんたは店を構えちゃいないが、1人で職人と店を兼ねているようなもんだろう?」


 まあ、もっともな意見だ。商売は客の取り合い。わざわざ他の職人が作った魔道具も並ぶ店に、2人を連れて来る必要はないと言えばない。

 とはいえ、いちおう理由はある。


「オレも職人として生計を立ててますからね。もちろん、自分が作った魔道具に自信はあります」


 実際、値段や魔力効率ならトップクラスだろう。その自負はある。


「それでも、オレが作った魔道具が一番いい、とは言いませんよ。それを決めるのは使う人ですからね」


 オレの作る魔道具は性能がいいが、デザイン性やメンテナンスの容易さを考慮するなら、他の職人が作ったものの方がいい場合もある。それに、オレの魔道具は小型、高性能を目指した故に、冗長性が皆無だったりもする。


 まあ、せっかく高い買い物をするなら、選択肢は多い方がいいだろう、という話だ。


「ああ、あと、今は1人じゃないです」


 オレの回答に、ベティーナさんは愉快そうにくつくつと笑う。


「そうだったねえ。あんたにも嫁と娘ができたんだったか。やれやれ、歳を取ると季節が過ぎるのがはやくていけないねえ」


「ベティーナさんもまだまだお若いと思いますけどね」


 妖怪染みたギルド長に会ったばかりだから、本心からそう思う。だが、ベティーナさんはお世辞だと受け取ったらしい。目を細めて軽く鼻を鳴らされた。

 それからベティーナさんは表情を優しいものへ変え、エルとルカに向き直る。


「さて、2人とも。聞いてた通り、足りない分の魔道具はコーサクが作ってくれることになったよ。頼りない見た目をしているが、この都市でも指折りの魔道具職人だ。安心するといい。なんなら、全部コーサクから直接買っても構わないよ。店を通すより、職人から直接買った方が安いからね」


 それは魔道具店の店主として言っていい台詞なんだろうか。というか、オレの見た目は頼りないのか……。渋い大人は遠いなあ……。


 まだまだ精進が足りないと目を細めていると、横から視線を感じた。視線の元へと目を向ければ、2人の姉弟がキラキラとした目でオレを見ている。この都市でも指折り、の辺りで、オレの評価がかなり上がったらしい。まあ、2人にとってこの都市は都会だ。その都会で上位の腕利きとなれば、姉弟にとってはすごい人だろう。純粋な目がとても眩しい。


 これは期待を裏切る訳にはいかないな。


「よし。じゃあ、2人とも。この都市にいる間は、オレが色々と手を貸してあげよう。まあ、悪いようにはしないよ。これでもオレは、人を助けるのが好きなんだ」


 好き、というか、トラウマと一緒に刻まれた行動原理だけど。まあ、とっくの昔にオレの性格の一部だ。今更悩むことなんてありはしない。


 オレの言葉に、2人は安心したように表情を緩める。なんとなく、その2つの頭を撫でておいた。


 さあて、今年の夏もなんだかやることがいっぱいだな。ちょっと気合を入れようか。

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