第238話 夏の贅沢品

 夏の日差しに汗ばみながら、馴染みの魔道具店へと小さな姉弟を連れて歩く。黙っているのも何なので、世間話がてら2人の事情を聞きながらだ。


「じゃあ、この都市には村の人達と一緒に来たんだ?」


「そうなんです。ここだと必要な物が安く買えると聞いたので。それに、王都よりもこっちの方が近かったみたいなんです」


 答えたのは姉のエルだ。はきはきとした話し方からは、本人の真面目さが窺える。


 2人は王国にある小さな村から来たらしい。村で使用している農具や工具などが古くなって来たので、何人かの村人と一緒にこの都市に買いに来たとのことだ。魔道具も買う物の一部らしい。


「確かに、王都は物価が高いからねえ。魔道具はもっと高いし」


「そうなんですか? 私たちは行ったことがなくて。でも、綺麗な場所だというお話は聞きました」


「ああ、綺麗なのは本当だよ。お城とか遠目に見るだけでも凄いからね」


 オレもお米を探すために一度行ったことがあるが、一国の首都だけあって華やかだった。帝都はどちらかと言えば実用的で武骨な造りだったので、それとは正反対だ。


「お城ですかぁ。一回くらいは見てみたいです」


 エルが夢見るような口調で呟く。脳内では王都の華やかな情景が浮かび上がっているのだろうか。


 王都は表向き綺麗でも、裏側は意外とドロドロしているものだが……まあ、わざわざエルの想像に水を差す必要もないだろう。何事も、憧れている内が華というものだ。


「とりあえず、買い物にこの都市を選んだのは正解だと思うよ。華やかさなら王都の方が上だけど、機能性と商品の数ならこの都市が一番だからね」


 初代リリアナさんから続くこの都市は、大量の貿易品と人の流れを阻害しないように、かつ魔物の襲撃にも適切に耐えられるように設計されている。

 その計算された街並みは、一つの芸術品だと言ってもいいくらいだ。王都の装飾的な美しさよりも、オレはこっちの方が好みである。


 とはいえ、都市内の馬車の動線うんぬんの話をしても、若いこの2人は興味ないだろう。


 なので、話題作りがてら水分補給でもしようと思う。今日も暑いしね。


「2人とも、甘くて冷たいのは好き?」


 オレの言葉に不思議そうに首を傾げた2人は、姉弟らしくそっくりな表情をしていた。




 夏の季節は、氷使いの稼ぎ時だ。市場まで来れば、作り立ての氷を売る元気の良い声が聞こえてくる。氷の用途は、涼を取るためだったり、食材の保存のためだったりと様々。昼間ならいつ行っても人が並んでいるほどの人気っぷりだ。


 人気の秘訣には氷の安さもあるだろう。なんせ、氷売りの元手は水だけ。あとは自前の適性と魔力があればいい。その値段は、子供の小遣い程度でもそれなりの大きさの氷が買えるくらいだ。

 夏の間を通して氷を買っても、冷蔵の魔道具を買うよりも余程安い。


 オレの家の冷蔵室も、未だにここから買った氷を使用している。魔道具化しようかとは思うのだが、家にある氷を詰めただけの簡単な冷蔵室は、オレが魔力を得る前から使用しているものなのだ。

 魔石のやり繰りにいつも悩んでいた頃から使っているので、何だか愛着が湧いてしまって改良の手が伸びない。まあ、そのうち手を入れようとは思う。たぶん。


 さて、家の冷蔵事情は置いておいて、今日は氷を買いに来た訳じゃない。わざわざ2人を連れて来たのは、ちょっとした水分補給のためだ。


 この時期には、夏に収穫される果物が市場に出回る。その果物のうち、傷があったり虫に食われたり何かしたものは、その分を取り除いた上で加工へと回させる。夏場は喉を潤すために絞って果汁にすることも多い。


 そしてその果汁の一部は、氷屋のところにも来るのである。


 新鮮な果汁と、氷の魔術。この2つの組み合わせなら、作られるものは一つしかないだろう。


「冷たっ……!」


「美味しい……!」


 という訳で、2人に奢ったのは夏の人気商品、アイスだ。金属製の容器に果汁を注ぎ、小さな木の棒を突っ込んでそのまま凍らせた、この都市では馴染みの品だ。

 まあ馴染みの品とはいえ、氷そのものと違ってそれなりの金額はするんだが……せっかくの機会だからいいだろう。


 アイスが与えてくれる爽快感は、高めの値段に相応しいくらいだ。夏の気温で汗をかいた体に、冷たさと酸味、微かな甘味がちょうどいい。


 通行人の邪魔にならないように避けた道の端で、2人の姉弟もアイスに夢中になっている。


「これを食べると、夏だって感じがするんだよね」


 口の中で溶けた冷たい果汁が喉を通り、体の熱が収まっていくような感覚が心地いい。


「すごいですね! はじめて食べました! シャリシャリで冷たくて美味しいです! 都会って、やっぱりすごいですね!」


 エルのテンションも高い。食べたことはないだろうと思っていたが、やっぱりそうだったらしい。


 オレの知っている限り、果物を作っている場所というのはそう多くない。栽培するのなら、腹の膨れる穀物や野菜の方が優先されるのが普通だからだ。小さな村では尚更だろう。

 広い農業地帯に加え、陸と河それぞれに太い交易路を有するこの都市は、とても豊かな場所なのだ。


 外から来た人間には、ついついそのことを自慢したくなる。まあオレも、立派にこの都市の住民だということだろう。


「喜んでくれたようで何よりだよ。ここには他にも安くて美味しい物があるからね。買い物が終わるまで色々と見て回るといい」


「はいっ、そうします! これなら、村の人達にもいっぱいお土産話ができそうです!」


 元気の良いエルの様子に、自然と笑みが浮かぶ。自分の食欲よりも、故郷の村人のことを先に考える様子はとても健気だ。もう少し何か奢ってもいい気分になる。


 オレが一番好きなお米の料理を勧めることが出来ないのが残念だ。お米まだまだ収穫量が少なくて希少な上に、値段も高いので普通の店には売っていないのだ。


 パンに並ぶ主食の候補にするために、オレはもっと頑張る必要がある。何年かかるかは分からないが、中々遣り甲斐があって楽しい目標だ。


 さて、それはそれとして、さっきから黙ってアイスを舐めているルカへと目を向ける。


 元々食べるのが遅いのか、好物は少しずつ食べる派なのか、ちょっとずつアイスを食べて行く様子は小動物のように見える。


 だが、今は気温が高い夏で、食べているのはアイスだ。


「ルカ。味わって食べるのはいいけど、そろそろ溶けるぞ?」


「っ!?」


 オレの言葉にルカは無言でビクリと反応する。それと同時に、溶けた果汁が垂れて来た。


 それを見たルカが、慌ててアイスへとかぶりつく。


「あまり勢い良く食べると頭が痛くなるからな。気を付けろよ」


「むうっ……!?」


 なったらしい。


「もうっ、なにやってるのよ。ルカったら」


 仕方のなさそうな口調で言いながら、エルがハンカチを取り出して果汁で濡れたルカの手を拭いていく。

 涙目で頭痛を耐えるルカはされるがままだ。


「ありがとう、お姉ちゃん……」


「どういたしまして」


 姉弟仲が良いようで何より。




 アイスを食べ終えたオレ達は、魔道具店へと向けて再び歩き出した。アイスのおかげか、姉弟の足取りは軽い。


「ふわあ、やっぱり人がたくさんですねー」


 大通りへと出ると、行き交う人の数にエルが感嘆の声を上げた。ルカは不安そうにエルの手を握っている。

 まあ、冒険者やら職人やら荷運びの労働者やら、ガタイが良くて怖そうに見える人間も多いので仕方ないだろう。


「魔道具は高価だからね。どこに行っても、店はそれなりに大きな通りにあるもんだよ」


「そうなんですか。知りませんでした」


 寂れた場所にある魔道具店もなくはないが、そういう店は盗品なんかの後ろ暗い商品を売っていたりするか、店主が変り者のかのどちらかだ。


「さて、ここまで来たらもうすぐだ。迷子にならないようについて来てね」


「はい!」


「はい……」


 2種類の返事を聞きながら、オレは遠目に見える魔道具店へ向かって姉弟を先導した。

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