第237話 打ち合わせ

 どうも。美味しいカレーを作るために、他国のスパイを捕まえることになったコーサクです。


 ……何も間違ってないのに、何かが致命的に間違っている気がするな。不思議だ……。


「コーサク様。よろしいですか?」


「あ、はい。すみません」


 トールさんに声を掛けられて我に返る。


 今日はギルドの支部建設の交渉があった翌日で、今いる場所はギルド内の個室だ。シンプルな部屋の中にいるのは男3人。

 オレとギルド職員のトールさん、そしてグルガーさんだ。今日はスパイ捕縛に向けた打ち合わせのために集まっている。


 ちなみにグルガーさんがいるのはあれだ。自分の故郷に冒険者ギルドの支部を建設するためなのだから、ただ見ているつもりはない、ということで、スパイ捕縛の協力に名乗りを上げたからだ。

 グルガーさんの戦闘力は高いので、荒事になった場合には活躍してくれるだろう。まあ、やる気があるようで何よりだ。


 一方オレはと言えば、残念ながらあまりテンションが上がっていない。何故かと言えば、昨日家に帰って今回の件を説明した結果、ロゼに困ったような顔で怒られたからだ。


 無茶をしないという約束がありながら、ほとんどタダみたいな案件で厄介事に首を突っ込むことになったのだから、ロゼとしては当然だろう。

 とはいえ今更引ける仕事でもないので、オレにできるのは誠心誠意謝ることだけだった。しばらくは夕食にロゼの好物でも作ろうと思う。


 そして何より、今回の仕事では、オレは傷一つ追わない覚悟だ。これ以上、ロゼに心配を掛ける訳にはいかないのである。

 カレーとロゼの機嫌のために、スパイには悪いが本気で行かせてもらう。


 そんな決意を固めながら、トールさんの説明に耳を傾ける。


「現在、間諜として確定しているのは2名です。どちらも男で年齢は30前後。依頼を出すでも受けるでもなく、ギルド周辺を窺っている様子が数回確認されております」


 それは見事な不審者だ。


「そして、その2人との接触が確認されたのが5名ほどおります。こちらは顔を隠しており、詳しい素性は分かっておりません。また、確認されている他にも協力者がいる可能性があります」


 つまり全体像は不明、と。


 少し疑問が浮かんだので、はい、と手を挙げて聞いてみる。


「王国の人間だと判断した根拠はなんですか?」


「先ほどの2名を尾行し盗み聞いた会話から、王国のものである訛りが確認されました。その他、いくつかの裏付けも取ってあります」


 トールさんの落ち着いた目は、全て聞きますか? と言外に語っている。聞いたら不味そうな情報なので、もちろん止めておく。


「分かりました。ありがとうございます」


 世の中には、知らない方がいい事もたくさんあるのだ。それはギルドの諜報部隊の能力だったりする。


「いえ、疑問に思うことがあれば、適宜聞いていだいて大丈夫です」


 そう言って、トールさんは再びスラスラと話し出す。


「今回の最終目標は、王国の間諜を全て捕らえることとなります。そのために、コーサク様には間諜の拠点捜索に協力していただきます。そして、拠点が判明したのちにはグルガー様にも捕縛の協力をお願いいたします」


 拠点を制圧しての一網打尽が目標らしい。オレなら相手の魔力が追えるから、スパイを追跡するのはそう難しくはないだろう。

 とはいえ、人や魔道具が多い場所では魔力を感じるのが辛くなるし、そこは気を付けた方が良さそうだ。


 説明に頷いていると、隣に座るグルガーさんが手を挙げた。


「……怪しい2人を先に捕まえないのは何故だ。敵の根城など、捕まえてから吐かせれば良いだろう」


 武力優先の考え方だ。時と場合によってはそっちの方が早いが、今回は微妙だろう。


「グルガー様。間諜と言うのは本来、相手に存在を知られてはいけないのです」


 トールさんの言葉を、グルガーさんは無言で聞く。


「現在判明している2名は、情報収集と共に囮役を兼ねている可能性があります。その場合、どちらかを捕縛した時点で、他の人員は逃亡を図ることが予想されます」


 貿易都市は人の出入りが激しい。顔も分からない内に逃げられては、さすがに捕まえるのは無理だろう。


「我々に敵対する者達を、この都市から逃がす選択肢はありません」


 気負いもなく、トールさんは無表情でそう言い切った。淡々としたその物言いが恐ろしい。これまで敵対してきた人間の末路がどうなったのかは、絶対に知らない方がいいだろう。


 オレは表情が引き攣らないように苦労したが、グルガーさんは変わらぬ様子で口を開く。


「何故だ」


 重々しく出て来た言葉は疑問だった。


「魔物とて痛い目を見せれば襲って来なくなる。だがそれは、逃げ帰ったものが巣で同胞に伝えるからだ。何故、敵を逃がさぬことにそこまで拘る」


 グルガーさんの考えはとても合理的だ。魔物は本能で生き残る方法を知っている。だけど残念だ。人間は合理的な生き物じゃない。


「……魔石の加工技術は、莫大な富を生み出します。手にすることが出来れば、ただの貴族が王になることも可能でしょう」


 大袈裟な話ではない。人の生活には魔道具が不可欠で、魔道具作りには魔石が必要なのだ。


 国や貴族たちが冒険者ギルドに表立って手を出さないのは、魔石の供給を止められたら困るからでもある。魔石の加工技術を手に入れたら、きっとギルドを潰しに動くだろう。


 冒険者ギルドを潰すことが出来れば、魔石という資源を独占することが可能になる。そうなれば魔石の供給を断つことを盾に周囲を脅し、大抵の要求を通すことが出来るのだから。


「人の上に立つためならば、自分以外の全てが犠牲になってもいい。そう考える者は、この大陸に少なからず存在します。魔物の食欲には限りがありますが、人の欲望には限りがありません」


 そう言ったトールさんは、一瞬だけ憂いを帯びた目をしたように見えた。


「……そうか。説明、感謝する」


 この大陸に来て日が浅いグルガーさんがどう感じたのかは、その厳めしい顔からは分からない。

 だが、この後からは、認識のすり合わせをするための質問しか出なかった。





 諸々の打ち合わせを終え、家へ向かって歩く。


 今回の件で、オレはとりあえず待機だ。スパイが姿を見せたら呼びに行くから、普段通り生活をしてくれ、と言われた。


 まあ、スパイは毎日現れる訳じゃないらしいし、何よりオレの容姿は目立つ。張り込みには向かないから妥当なところだろう。


 今日は帰って仕事して、後は装備の確認だな。ここ最近はまったく戦っていないから、魔道具の調整がてら軽く体を動かそうと思う。

 そういえば、最後に『武器庫』を起動したのはいつだったか……。


 記憶を遡りながら家へと続く道へと曲がると、ちょうどこちらへ走ってくる見知らぬ少年と目があった。


「お」


「うわっ」


 オレは完全に気を抜いていたので反応が遅れ、少年は走っていた勢いで止まれなかった。


 ボスッ、と腹部へ衝撃。体重の軽い少年は跳ね返って行く。


「おっと」


 宙を掴むように動く少年の手を慌てて掴む。セーフ。転ぶのは防げた。


「ご、ごめんなさい。止まれなくて……」


 オレに支えられた少年が、何やら怯えた様子で謝ってくる。オレの顔を見て怖がる人間は珍しい。


「こっちこそ悪いね。少し考えごとをしていて避けられなかった」


 少年を立たせながら謝る。やっぱり体が鈍ってるな。たまには戦闘訓練もした方がいいかもしれない。今度ロゼと相談しよう。


 まあ、それは後にして、今はこの少年だ。たぶん怪我はないとは思うけど……。


「どこか痛いところはある?」


「い、いえ。大丈夫で――」


「ルカ! やっと見つけた!」


 少年がおどおどと答えようとしたところを、少女の高い声が遮った。


 声の主を探してみれば、少年が来た方角から、少年に似た少女が走って来るのが見えた。2人とも光沢のある緑色の髪と目をしている。少女の方が年上に見えるので、たぶん姉弟だろう。

 歳は……少女が12、3歳で、少年が10歳くらいだろうか。


 その少女の気の強そうな顔と、ぱっちり目が合った。少女がオレを見て、それからルカと呼ばれた少年を見る。

 それからもう一度、とても申し訳なさそうな顔でオレを見た。


「ごめんなさい! うちの弟がなにかしましたか?」


 このルカ少年が人にぶつかるのは良くあることなのだろうか。


「ぼうっと歩いていたら、弟君にぶつかってしまってね。謝っていたところだよ。怪我がなさそうで何よりだ」


 フォローしたつもりなのだが、少女はルカ少年を怒った顔で見た。ルカ少年はビクリと震える。うん。中々迫力のある顔だった。


 怒り顔から表情を一転させて、少女は再び申し訳なさそうな顔でオレを見る。


「ごめんなさい。弟のルカは初めて都会に来たせいではしゃいでいて。こらっ、ルカも謝りなさない!」


「ご、ごめんなさい!」


 ルカ少年に指示を出す少女も、すぐに反応したルカ少年も、とても慣れたやり取りだった。普段は仲が良いのだろう。


「気にしなくていいよ。オレも特に被害はないからね」


 今のに比べれば、むしろリーゼの飛び込みの方がダメージは大きいくらいだ。寝ているときにあれは痛い。


「でもまあ、あまり道で走るのは止めた方がいいよ。この都市は馬車が多いからね。ぶつかったら危ないし」


 大人として、一応注意はしておく。


「はい。気を付けます。どうもありがとうございます」


 オレの言葉に、少女はルカ少年の手を握る。姉の方はしっかり者らしい。たぶん大丈夫だろう。


「それじゃあ、2人とも気を付けてね」


 笑みを作って手を振り、再び家に向かって足を進める。


 が、背後から声が掛かった。


「あの、お兄さん! ちょっと道をお聞きしたいんですけど!」


「うん?」


 2人へと振り返る。声を発した少女は、少し緊張した顔でオレを見ていた。


「魔道具を売っているお店って、どこにあるか知りませんかっ?」


 知っているかどうかを聞かれれば、もちろん知っている。この都市の魔道具店は、オレが商品を卸す先でもあるのだから当然だ。


 ただ、最寄りの店までの道順は、口だけで説明するのは難しい。


「ふむ……」


 手を繋ぎ合った、仲の良さそうな姉弟を見る。保護者がどこにいるかは知らないが、2人だけでは、この都市を歩くのは大変だろう。


「まあいっか……。魔道具店なら知ってるよ。ただ口で説明するには遠いからね。案内してあげるよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 オレの言葉に、姉弟2人は嬉しそうな表情を浮かべた。この近くにはロクに店もないので、たぶん既に道に迷っていたのだろう。


「あ、あたしエルって言います。こっちは弟のルカです」


「オレはコーサクだよ。よろしく2人とも」


 ちょっと予定は変わってしまったが、どうせトールさんならオレに連絡役くらい付けてるだろうし、仕事の方は大丈夫だろう。


 それにいつも通りに過ごせって言われたしな。これがオレのいつも通りだ。

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