第29話 平穏の終わり

 ギルバートさんは、そのままの勢いでこの都市の中枢、リリアナ都市会館に入っていった。この都市の役所だ。見た目は小さな城。

 もちろん、オレを肩に乗せたままだ。


 行政に携わる職員達が、慌ただしく動いている。見覚えのある商会長がちらほら見える。普段は忙しく自分の商会で指示をしているはずなのに。

 本当に何があったんだろうか。


 職員さんも商会長さんも、オレのこの姿を見ても全然動揺しない。みんな肝が太すぎる。誰かつっこんでくれ。


 ギルバートさんはそのまま、ずんずん進んでいき、広く豪華な部屋に着いた。

 中央にある大きな円卓が特徴的だ。円卓を囲むように壁際にも机が置いてあり、既に何人か座っていた。

 円卓の周りにある5本の柱には、それぞれ異なる旗が掲げられている。質のいい高額そうな調度品たちが、この部屋の重要そうな雰囲気を伝えてくる。

 ここまで入るのは初めてだ。


「うおっ」


 オレを円卓の椅子に降ろし、左隣にギルバートさんもどすんと腰を下ろした。


 え~と、とりあえず一番乗り?円卓に他に座っている人はいない。


「ギルバートさん、結局何があったんですか?」


「もう少し待っていろ、今だと説明が二度手間になる」


「えぇ~」


 情報くださいよ。


「じゃあ、ここ何の部屋ですか」


「ここは俺たちが、都市の運営について協議するときに集まる場所だな」


 この都市の中枢も中枢じゃないっすか。


「あら?ごきげんよう、コーサクさん」


 うおっ!背後から鈴の鳴るような声がした。


「ご、ごきげんよう、リリーナさん。と、ジルさん」


「ええ、こんにちは」


 びっくりした。いつの間に。


 ジルさんに椅子を引かれ、リリーナさんが優雅に座る。オレの右側に。なんで?

 椅子を引いたジルさんは円卓ではなく、壁際の机に移動した。ジルさんそっちなの?

 え~と、オレも壁際の席に移動した方がいいのでは?


 ギルバートさんに声を掛けようとしたときだ。


「おう!待たせたな!」


 日焼けで浅黒い顔に眼帯を掛けた男を先頭に、部屋に人がぞろぞろと入ってきた。

 その中の3人が円卓に腰を下ろす。他の人達は壁際の席に向かった。さっき見た商会長さんもいる。

 話すタイミングを逃してしまった。


「今日、集まってもらったのは、この都市の危機への対策を話し合うためだ!」


 日焼けの眼帯男、この都市でもっとも多くの船舶を所有するウェイブ商会の商会長カルロスさんが声を上げた。


 ……円卓に座っているのは、ギルバートさん、リリーナさん、カルロスさん、ガルガン親方のこの都市のトップ4人、それに冒険者ギルドのギルド長コルスじいさん……+オレだ。


 柱に掲げられた旗は、それぞれの商会と冒険者ギルドに対応しているらしい。


 この都市を運営しているのは4つの商会だ。決め方は単純、納めた税金の量、つまり商会の売り上げが多い順に4つの商会が選ばれる。

 トップが4人じゃ多数決ができないじゃん、と初めて聞いたときは思ったが、この都市の創設者リリアナさん曰く「商人たるもの意見が対立したときは、相手も納得できる利を示せ!」とのことで多数決は無いらしい。リリアナさん強い。


 ここに座ったトップ4人は、この都市最上位の自分の商会を持ちながらも、都市の運営を両立させる傑物たちである。


 ギルバートさん何でオレをここに座らせたんだよ。圧がすごいよ。場違いだよ。

 オレの動揺に構わず会議が進む。


「大河を利用した輸送を行う俺らは、知っての通り帝国との商売も行っている。ついさっき入った情報だ」


 帝国の話し?戦争でも吹っ掛けてくるのか?


「既に把握していると思うが、帝国は最近代替わりの準備をしている。次期皇帝は予定どおり現王太子だ」


 ……知らなかった。他の人達は、当然知ってるみたいな顔をしている。オレだけ?


「そこで、だ。ある貴族がその王太子に騎龍を贈るために、何を思ったか北の氷龍に手を出したらしい。当然の様に失敗したが」


「えぇぇ」


 やべ、声出ちまった。いや、バカすぎる。龍種なんて生きた災害みたいなものだ。人の手には負えない。

 しかも氷龍は基本休眠してるから、人間への危険性も少ない部類なのに。


「……お前もリードのところを通して魔道具を売っていただろう」


「はい?」


 小声でギルバートさんが話し掛けて来た。


 いや、オレは魔道具の売り先まで関与しない……ん?待てよ、リードが王太子のために貴族が魔物をとか言ってたな。あれか!ワイバーンじゃなく氷龍を捕らえようとしたのか!

 重ねて言うがバカだろう。龍種は纏う魔力濃度が高過ぎて、近づいたら魔術も魔道具もまともに使えない。

 その貴族の頭はカボチャで出来てるのか?


「不味いのはここからだ。……帝国にちょっかいを掛けられた氷龍が目覚めて、卵を産んだらしい」


 そう言った途端、部屋の中が騒然となった。卵を産むと何かあるのか?だれか解説してくれ。


「こっから先は冒険者ギルドに説明を任せる。頼んだ」


「ううむ、任された」


 言葉を引き継いだのは、冒険者ギルド長コルスさん。御年70歳ながら筋骨隆々。今でもギルドの訓練場で若い冒険者を転がす妖怪のような爺さんだ。


 コルスさんの後ろからすっと、トールさんが紙を差し出す。トールさん今までいた?


「帝国の冒険者ギルドからの情報じゃが、氷龍の目覚め受けて冒険者へ偵察を依頼したところ、卵が産まれていることが確認されたとのことじゃ。この都市で育った者なら知っておろうが、氷龍は400年ごとに目覚めて卵を産み、卵が孵るまでは南の海の向こうに消え、子龍が巣立つと戻ってくる」


 ……氷龍のいる氷龍山脈はこの都市の真北だから、飛んでいくときこの都市の上を通る、よな?


「今回、帝国が手を出したせいで氷龍は50年早く目覚めて卵を産んだ。卵を産んだ以上、この都市の上空を飛んで海の向こうに行くじゃろう。そうなれば、この都市は雪と氷に閉ざされる。前回の記録では、この都市では大人の身長ほどの雪が積もり、10日間は水が氷る寒さになったそうじゃ。氷龍が飛び立つまでは遅くとも7日ほどと予想されておる。」


 は?


 やばいな。何がやばいって、やばいことが多すぎて、やばいとしか言えないくらいやばい。


 この都市は、そもそも雪が降らない。もし、降ったとしても少し舞う程度だ。

 そんなところに、大人の身長くらいの雪が降る?問題しかないだろ。

 しかも、たった7日で?


「コルスじいさんありがとう。さて、現状は理解できたと思う。雪が降り始めるまで長くて7日だ。早急に手を打つ必要がある。でないと、最悪、都市が潰れる。問題点の洗い出しから始めるぞ」


 強張った顔で無理やり笑みを作りながら、カルロスさんが宣言した。


 都市の命運を掛けた会議が始まる。

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