第28話 平穏な日々
視界いっぱいに曇り空が映る。オレは今、地面に倒れている。起き上がることはできそうもない。
「起きてー」
「コーサク、もっとー」
「もいっかいやってー」
「もう、無理。疲れた」
場所は孤児院の中庭だ。倒れたオレの上に、子供達が乗ってくる。重い。
なんでチビッ子は体に登ろうとするのだろうか。
「ほら、あなたたち、あまりコーサクくんに迷惑をかけてはダメよ?」
長く青い髪を揺らしながら、たおやかなご婦人が近づいてきた。
「「「はーい」」」
「ぐへっ。あ~、アリシアさん、ありがとうございます」
最後に腹を踏まれた。こいつら、アリシアさんの言うことは良く聞くな。
「ふふふ、こちらこそ、いつもありがとう。助かっているわ」
「いえいえ」
相変わらず、アリシアさんは大きな子供がいるとは思えないくらい美人で若々しい。娘のイルシアは17歳だっけか。不思議だ。
子供達はボールを蹴って遊び始めた。適当な古着を丸めて柔らかい革で包み、さらに上から魔物の革で覆って、太い糸で縫い合わせたものだ。製作:オレ。
「この間はお肉をありがとう。おかげで子供たちも喜んでいたわ」
「どの道、オレじゃあ食いきれない量だったんで。気にしないでください」
「ふふふ、そう?でも、ありがとう」
「あ~、はい。どういたしまして」
アリシアさんの母性パワーに負けそう。
「そういえば、最近涼しいですよね。もう夏なのに」
「そうねえ。熱くなると、子供たちが倒れないように気をつけなきゃいけないから、私としては楽だけど、知り合いの農家の方なんかは、作物の生長が少し良くないって言っていたわ」
「う~ん、農作物に被害が出ると困りますねえ」
「そうねえ、困っちゃうわね~」
アリシアさんが右手を頬に当てつつ、困ったような表情をする。
そのポーズ、似合いますね。
バンッ
子供達の方から何やら不穏な音が聞こえた。
「あ~~~!!」
「マルコがボールこわした~~!!」
「けったらわれた~~!!」
OK、見なくても分かった。
「いってきます」
「うふふ、いってらっしゃい」
騒いでいる子供達の元へ向かう。
「お~し、お前らボール見せてみろ」
壊れたボールを見てみる。外側の革が剥がれているが、穴は開いていない。縫い糸が切れただけのようだ。これならすぐに直せる。
「ボールなおる~?」
「だいじょうぶ?」
「ごべんなさいぃ~~!」
「直る、直る。すぐできる。だから泣くなマルコ。……オレの服で顔を拭うんじゃねえ!」
危ねえ。なにしやがる。
マルコにハンカチを渡して、アリシアさんのところに戻る。
「戻りました」
「ええ、おかえりなさい」
小物入れから裁縫セットと革手袋を出して、ボールを縫い直す。
魔物の革は厚くて、それ用の針も太い。縫うにも素手だと手が痛くなる。それに、力を入れるから、革を貫いた針が勢いよく出て来ることもある。
手に針がささったら大惨事だ。めっちゃ痛てえよ?
「よし、完成」
子供達も身体強化を使って遊ぶからな。強い素材を使っても、壊れるのはしょうがない。
いつの間にか近くでオレの作業を見ていた子供達にボールを渡す。
「ほら、マルコ。怪我すんなよ?」
「うん!」
子供達はまたボールで遊び始めた。
「ふふふふ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
アリシアさんも何やらゴキゲンだ。
平和だなあ。
「おい!!リックはいるか!!」
平穏を破って孤児院に入って来たのは、人相の悪い山賊、では無く、この孤児院の運営者にしてアリシアさんの夫、ギルバートさんだ。
顔の左側に大きく走る傷跡が、今日も顔の迫力増加に貢献している。
一瞬、強盗でも来たかと思った。
なんだろう。リックを呼んだってことは、急ぎの配達かな?
おや、目が合った。のしのしと大股でこちらに来る。
「コーサクもいたか、ちょうどいい」
「はい?うお!?ぐへっ」
流れるように、ギルバートさんに肩に担がれた。何?最近オレを肩に担ぐの流行ってるの?
「来たっす!」
「リック!この手紙を届けて来てくれ!大至急だ!」
「了解っす」
リックが風を纏い、文字通り飛んで行った。
「アリシア、緊急事態だ。しばらく忙しくなる。孤児院は任せた」
「ええ、分かりました、あなた。いってらっしゃい」
「お父さん!」
イルシアも中庭に出て来た。
「イルシア、しばらく帰ってこれん。母さんを支えてくれ」
「うん、任せて。いってらっしゃい」
母子そろって、似た強い目で2人はそう言った。
オレ、置いてけぼりなんですけど。
「ギルバートさん、何事ですか?」
「着いてからまとめて話す!」
そう言って、ギルバートさんが走り出した。街中で出すスピードじゃない。道行く人も驚いて振り返ってくる。
見た目は完全に、人攫いと拉致される町人だろう。
……さっきまで平和、だったのになあ。
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