第90話 閑話 第10話

 並んだ墓に花を手向ける。大き目の石を削った墓石はまだ新しく、掘り返した土も地面と馴染んでいない。


 墓の中には、亡くなった人の骨と灰、そして魔核が埋まっている。人にも魔核があることを、つい先日、オレは初めて知った。


 この世界では、人は死んだら精霊になって、いつかまた人に生まれるらしい。

 新しく村長になったジョンさんが教えてくれた。


 それが本当なのか、それともただの迷信なのかはオレには分からない。ただ、皆の旅路が安らかな物であれば良いと思う。

 それを一心に祈った。


 祈り終わって、墓所を後にする。空は変わらず青く晴れている。オレ達にどんなことがあっても世界は回るし。


 ぐううう。


 生きていれば腹が減る。それが自然の道理だろう。


「ハラ、減ったな」


 ここ数日、まともに食べれていない。


 数日前の祭の日、魔物が村を襲ってきた。村の人達の半数近くが犠牲になり、村は半壊した。

 貯めてあった食料も、魔物に食い散らかされた。


 今は、畑に種を植えたばかりで、収穫できる作物はほとんどない。税の麦を支払ったばかりだというのも災いした。


 現状、食料が不足している。食べるものがない。


 散発的に襲ってくる魔物の対処に、男手も取られている。


 ジョンさんは事態を収拾するために、若い人を何人か領主への伝令で走らせている。行商人のゼツさんにも助けを求めた。


 どちらも、この村に来るまでには数日必要らしい。


 空きっ腹を抱えてルヴィの家に帰る。正確には家の跡、だ。魔物によってルヴィの家は壊された。ここ数日は、ほとんど野宿のような生活をしている。

 頑張って育てた酵母菌も、数少ない元の世界での物品も、今は全て瓦礫の下だ。


 ルヴィは村の周辺に罠を仕掛けに出ている。村の人と協力して魔物対策だ。


 オレに出来ることは無い。力仕事ではむしろ邪魔だし、食材が無ければ料理も出来ない。森に入るのも禁止された。

 正真正銘、オレは役立たずだ。




 2日が経った。

 まだ助けは来ない。蒸かしたイモしか食べるものが無い。栄養の偏りを感じる。




 4日が経った。

 まだ助けは来ない。空腹で眠れない。夜が長い。




 6日が経った。

 まだ助けは来ない。体がふらつく。

 久しぶりにルヴィが昼間に帰って来た。魔物はほとんど森の奥に移動したらしい。


「ルヴィ、ハラ減ったね……」


「ああ、そうだな。これやるよ」


 ルヴィが何かを投げ渡して来た。反射的に掴む。


 パシ、ぐにっ。


 ……ぐに?


 手の中に温かい物体がある。ついでにもぞもぞ動いている。手を開くと芋虫がいた。白い。でかい。

 これは……食えと?


「………………せめて、焼いていい?」


「その方がいいな。コーサクだと、腹壊すかもしれないし」


 崩れた家の前で焚火をする。熱に必死に身をよじる芋虫を、何の感慨も浮かべずに眺めていた。


 けっこう食える味だった。




 10日が経った。

 行商人のゼツさんが先に村に来た。荷台には食料が山積みになっている。


 ジョンさんとゼツさんが交渉し、食料の代金は後払いで良いことになった。久しぶりにまともな食事が摂れることに、村中が沸いている。

 ゼツさんは救世主扱いだった。というか、オレ達にとっては救世主そのものだった。


 当面の食料さえあれば、この村は立ち直せる。みんなの顔に希望が戻った。




 その日の夜。3人の男性の話し声が聞こえていた。村長のジョンさんと、行商人のゼツさん、そして村の狩人ルヴィの声だ。

 オレが近くにいることには気づいていないらしい。


 ジョンさんの声が聞こえる。


「コーサクのことだ」


 自分の名前が呼ばれて、思わず固まってしまった。


「ゼツのおかげで、次の収穫までは食いつなげそうだ。だが、食料に余裕は無い。これから村の復興のために動かなければならない。力仕事が出来ない者を村に置く余力は無い」


 息を飲んだ。


「ゼツ。コーサクを隣の都市まで連れて行って欲しい。礼は後で払う」


「いいぜ。だが、礼はいらねえよ。馬車の荷物が1つ増えるだけだ」


「そうか。助かる」


「「……」」


「……あ~。コーサクには、俺から言ってやろうか?同じ村で暮らしてたんだ。理由があっても、出て行けなんて言い辛いだろう」


「いや……それは俺が伝えるよ。アイツと一番長く一緒にいたのは俺だから。俺が説明する」


「分かった。すまない、ルヴィ。頼んだ」


「ああ。明日話す」


 分かっていた。理解していた。オレが役には立たないことを。何も出来ないことを。

 それでも、心の痛みだけはどうしようもなかった。



 翌朝、ルヴィが神妙な顔をして話し掛けてきた。


「なあ、コーサク。大事な話があるんだ」


「うん」


 少し辛そうなルヴィの話を受け入れる。ルヴィがそんな顔をする必要な無いのに。

 悪いのは、弱いオレなのだから。





 ガタガタと、ゼツさんの馬車の荷台に乗って、村を後にする。


 何人かの村の人が見送りをしてくれた。まだ、手を振っている姿が見える。オレも手を振り返した。


 オレの荷物はほとんど無い。ジョンさんがくれた欠けた銅貨が数枚あるだけだ。


 何も持たずに、何も残せずに村を離れる。


 村の人達が、木々に隠れて見えなくなった。オレも手を振るのを止める。


 涙はあの日に枯れ果てたのか、悲しいのに出てこなかった。


 誓いの通りに、オレは強くなる方法を探そうと思う。次は誰かを守れるように。






 村には結局、領主からの助けは来なかった。


 森から魔物が溢れて来たのは、村周辺を治める領主が、たった1枚の絵画を買うために、兵の巡回費用を削ったことが原因だと知ったのは、少し後になってからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る