第53話 閑話 第3話

 この村に来てから1か月以上が経った。固い寝床にも、あまり美味しくない食事にも、川での水浴びにも慣れて来た。

 この1か月で1つだけ分かったことがある。どうやら、ここは地球ではないらしい


 そう思ったのは、大きく2つの出来事があったからだ。


 1つ目は、ルヴィが水瓶に手をかざして、何も無い空間から水を出して注ぐのを見たことだ。

 なんで水を出せるの?よりも、なんでオレ水汲みする必要があったの?という疑問が先に出た。つい昨日、覚えたての片言で聞いたら、力は節約?する必要があるらしい。力ってなにさ?

 良く分からないけど、ここの人は水を出したり、火を出したりできるらしい。


 2つ目の出来事は衝撃的だった。あれは、この村に来て5日目だったから、もう4週間前か。



 ~4週間前~



 オレは村のすぐ横にある川に来ていた。その川でひたすらに野菜を洗っている。この村の奥さん方と一緒だ。

 水汲みの1件以来、オレは力仕事に向かないとルヴィさんに判断されたらしく、日中帯は奥さん方に預けられた。そこで野菜を洗ったり、野菜の皮を剥いたり、洗濯物を叩いたりしている。


 オレの感覚だとこの村の人が力強すぎるのだが、この村基準では人並に働けないのでしょうがない。


「―――?――――!――――」

「――。――――!―――――?」

「―――!――――!――――!?」


 そして相変わらず言葉が分からない。横で爆笑する奥さん方は何の話しをしているのだろうか?


 会話に入ることができないので、黙々と仕事をこなす。一応、分からないながらも会話は聞いている。その内、耳が慣れることに期待だ。


 ちなみに、ここの人達は昼ご飯を食べないらしい。昼には軽くお茶をする程度だ。オレも休憩時にお茶をもらうが、お茶の味は……健康になりそうな味だな。とりあえず渋い。


 ルヴィさんは昼を少し過ぎたくらいに森から帰ってくるようだ。ここ数日は野鳥や兎を狩って来ていた。捌いた肉は村全体で分けるようで、食事にはほとんど入らない。


「――――!」


 噂をすれば影。村の入り口にルヴィさんが見えた。今日の狩りは終わったようだ。遠目だが、手に何か持っているのが見える。


 あの形は……カニ?ザリガニ?にしては巨大だ。オレの肘から指先くらいある。そんなのが生息しているのか?


 ルヴィさんがこちらに近づいてくる。


 近づいてくるにつれて、手に持ったものが見えてくる。


 ……オレは勘違いをしていたようだ。あれはザリガニじゃない。


 6本ある脚、2本の触覚、光を鈍く反射する甲殻、これは。


「虫ぃ!?」


 でっか!!そして気持ち悪ぅ!!


 オレの気持ちに関係なく、ルヴィさんが笑顔で近づいてくる。

 ちょ、なんで笑顔!?そして近づけないでくれませんか!?うわあ、足ピクピクしてるう!!


 これは、ここもう地球じゃないだろ。地球に、触覚込みで1m近い虫はいないよ。自重で潰れるだろ。


 ところで、その虫どうするんだろう?


「――――、―――」


「―――。―――――!」


 うん?その虫を?奥さん方の1人に手渡して?受け取った恰幅のいい奥さんが?両手で持って?


 バキィ!!


 真っ二つに!?ええ!?そ、そして包丁を手に持って?


 ベキベキ!!


「うひゃあ」


 グチグチ!!


「うひぇえ」


 ズルン!!


「うひゅう」


 手際良く解体してしまった。グロい。かなりの衝撃映像だった。ちょっと下流に行って吐いて来てもいいですか?


 というか。オレの目が腐ってなければ、今解体された虫の肉?が食材を入れるカゴに入れられたんですけど。

 もしかして、それ……食べるんです?




 人生、嫌な予感ほど良く当たるものです。


 今、オレの前にはルヴィさんが焼いた虫肉がある。ふつうの蒸し肉だったら良かったのに。


 ルヴィさんは普通に食べているが、オレは目の前の光景を受け入れられない。オレの中で虫は食品にカテゴライズされていないのです。


「―――?」


 固まっているオレを見て、ルヴィさんが話し掛けて来る。ニュアンス的に「食わないのか?」かな?


 ははは、食べたくないです。オレの中の常識が悲鳴を上げている。


 しかし、しかしだ。我が家の家訓にこういうものがある。「出されたものは残さず食べなさい(体質的に無理なものは除く)」だ。


 そして、だ。今現在オレの身分は居候。しかも大して役に立たない居候だ。この状態で出された食事を食べないという選択肢はあるだろうか。


 いや、だが、虫……。


 ………………むう。結論、食べます。


「いただきます……」


 ああ、生まれてからこの方、これほど念を込めた「いただきます」があっただろうか。


 震える腕を押さえつけて、焼かれた虫肉を木匙で持ち上げる。ふうう~……いざ!!


 口に入れた。吐きたくなる。味が分からない。脳が味覚の受け入れを拒否しているようだ。これは食べ物じゃないよ!と脳内でアラートが鳴っている。口内の感覚が希薄だ。オレは何を食っている?


 意識を半分飛ばしながら、噛んで飲み込んだ。胃の中に異物感がある。全身に鳥肌が立っていた。心なしか体も震えている。


「―――?」


 ルヴィさんが再び話し掛けてくる。「美味いか?」かな?


「お、おいひかったです」


 たぶん?オレが10000人いたら、1人くらいは美味しいって言うかもしれない。とりあえず吐いていいですか?


 諸々の感傷を抑え、引きつった顔でオレはルヴィさんに答えた。この日、オレは自身の常識の断末魔を聞いた。



 ~ 現在 ~



 ああ、あれは衝撃体験だった。あの日以来、虫が食卓に上がっていないのが救いだな。


 今もオレがいるのは川だ。今日も奥さん方の手伝いをしている。野菜の皮剥き中だ。この1か月で上達した皮剥きも、ベテランの奥さん方には遠く及ばない。おばちゃん速過ぎ。


 それと、この1か月でここの言葉も覚えることができた。


「それで、――――――が、―――だったのよ!」

「まあ、うちの旦那なんて、――――」

「あっはっは。―――――――――、だろう?」


 うん、ちょっと言い過ぎた。ゆっくり話してくれれば、なんとか単語を拾えるくらいにはなった。

 奥さん方の高速おしゃべりは、まだ聞き取れない。

 前後の会話から話の流れを掴もうにも、一瞬で話題が変わるんだもの。追いかけられないよ。


「お~い。戻ったぞ~」


 この声はルヴィだ。覚えたての言葉で聞いたら、ただのルヴィでいいって言われたから「さん」付けは心の中でも止めたのだ。


 今日は何を狩って来たんだろうか?背負ったカゴに何か入っているようだ。

 兎だといいなあ。ここの食事の中では比較的美味しい。ほとんど量はないけど。


 ルヴィが近づいてくる。


 ?カゴから音がする。なんだ?耳障りな音だ。ギチギチ?……嫌な予感がする。


 ルヴィが降ろしたカゴの中には、いっぱいの虫。気の弱い人なら失神しそうなホラー映像だ。オレも気を失いたい。目覚めたら日本の自宅だったらパーフェクトだ。


 奥さん方がすばやく身を取り出していく。いや、オレに教えなくていいです。これは勘弁してください。




 分けられた虫肉を持ってルヴィの家に2人で帰る。


「ははは。コーサクはなんでそんなに虫が苦手なんだ?」


 あー。え~と。


「オレ、いた場所、虫、食べる、ない」


 覚えた単語で返答する。まだまだぎこちない。早くすらすら会話したいものだ。


「そうなのか?食いでがあるのに。不思議だな」


 味とか見た目よりも、食いでがある、の部分が重要なのだろう。1か月過ごしたが、この村は裕福じゃない。食べ物もカツカツだ。力強い村人のおかげで畑はとても広いのに。色々気になるが、詳しく聞くのには、まだオレの語彙が足りない。


「ルヴィは、虫、すき?」


「ああ、慣れると美味いよ」


 慣れたくないなあ……。


「はははは!」


 オレの微妙な顔を見たルヴィが笑う。ツボに入ったらしい。


 オレは今日の夕食が憂鬱だ。



 ああ、家に帰りたい。美味しいご飯が食べたい。あの日、しょうが焼きが食えなかったのが残念だ。


 せめて、お米が食べたいなあ。

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