第96話 ベリータルト

 ロゼッタと2人でアリスさんの喫茶店に来ている。女性客ばかりで居心地が少し悪い。甘い物が中心のこの店は、男の数が極端に少ない。

 ついでにオレの風貌のせいで更に目立つ。黒いからな。


「お二人さんお待たせー。今日の日替わりケーキセットだよー」


「アリスさん、どうも」


「ありがとう。美味しそうだ」


 ケーキセットと言いつつ、出て来たのはタルトだった。彩りの良い赤と紫。ラズベリーとブルーベリーのタルトだ。ベリータルトと言うんだったか。どっちも夏が旬だしな。それに紅茶が付いている。


「2人とも今日はデートぉ?仲いいねえー。ごゆっくりー」


 そう言い残して、アリスさんは小柄な体を上手く使い、他のテーブルに注文を聞きに行ってしまった。


 デート……。


 ついこの間まで王国に出掛けていたため、オレ達はしばらく甘味を食べていなかった。そこでケーキでも食べようかと、2人でアリスさんのところに来た訳だけど。


 デートかあ……。


 特に付き合っている訳ではないけれど、若い男女が一緒に出掛ければ、それはデートというものだろうか。つまり、これはデート?

 ……ちょっと、そこは怪しいな。お互いに、今日の動機は食欲だったし。

 なんというか、オレ達にとっては微妙なところだ。ロゼッタと一緒に暮らすようになってから、そこら辺は曖昧なままにしている。


「「……」」


「……食べようか」


「う、うむ。そうだな」


 意識すると少し気恥しい。誤魔化しがてら、タルトにフォークを突き立てた。

 サクッと、タルトの生地が割れる。小さな2色の実が載った生地を口に運ぶ。


 生地はサクサクでほろりと崩れ、ベリーの甘味と程よい酸味が口に広がる。うん。


「美味いね」


「うむ!美味しいな!」


 紅茶も合うなあ。美味しい。


 2人で食べ進めていくが、ロゼッタのスピードが速い。オレはまだ半分にも行っていないのに、ロゼッタはもう食べ終わりそうだ。

 甘い物好きな上に、ロゼッタはオレより食べるからなあ。そりゃ足りないよなあ。


「むう。美味しかった……」


 少し寂しそうにロゼッタが食べ終わる。


「追加で頼むといいよ。確か、ロゼッタはチーズケーキ食べたことないよね。美味しいよ。おススメ」


「む?そ、そうか?なら注文させてもらおう」


 ロゼッタがアリスさんを呼ぶ。スイスイと、混雑している席の間をアリスさんが泳いできた。


「はいはーい。ご注文はー?」


「チーズケーキを1つ。いや、2つで」


 2つなんだ。


「承りましたー」


 オレの生暖かい目に気づいたのか、ロゼッタが少し慌てた様子で話してくる。


「も、もちろん、コーサクにも分けるぞ。さすがに1人では食べない!」


「ははは。オレは少しでいいよ。甘い物はそんなに沢山は食べないから」


 甘い物は好きだけど、腹いっぱい食べるほどじゃない。適量でいいよ。


「あははー。そうだー。2人に相談したいことがあるんだけどー」


 アリスさんからの相談ごと。店のメニューかな?


「いいよ。オレはいつでも」


「私も大丈夫だ」


「えーとぉ。今は話しにくい内容だからー。お店が終わったあとにしてもいいー?」


 珍しく、アリスさんが困った顔をしている。厄介事だろうか。


「もちろん」


「うむ」


「ごめんねー。今は楽しんでねー」


 申し訳無さそうに、アリスさんが離れて行く。


「何があったんだろうね?」


「アリスの事情は分からないが、力になるべきだろう」


「そうだね」


 いつもお世話になっているし、オレの数少ない友人だ。困っているなら手を貸そう。





 そして、その日の夜。


「え~と?つまりアリスさんはストーカーの被害を受けていると?」


「んー。被害はとくに無いのー。でも、最近視線を感じることが多くてー。あと、部屋がある2階のベランダに、知らないうちに花が置いてたりー。寝てるときだから、ちょっと怖いなあってー」


 それは思いっきりストーカーでは?結構ヤバくない?


 アリスさんの容姿を見てみる。小柄だ。幼いと言っても良いくらいの外見をしている。今も着ている仕事着が、可愛らしいアリスさんにとても良く似合っている。

 つまり、犯人はロリコン……?


「コーサクくーん?どうかしたー?」


 いつもより、若干低い声でアリスさんが聞いてくる。笑顔だけど目が笑ってない。アリスさんの見た目が子供だと思ってるのがバレた?誤魔化そう。


「いやいや、なんでも。確かにアリスさんは可愛いから、変な虫が寄ってきてもおかしくないなあって、思っただけ」


「そうー?ありがとー」


 誤魔化し完了。セーフ。


「ふむ。しかし許せないな。陰からコソコソとアリスを狙うとは。犯人を捕まえるべきだろう。街の警備隊には言ったのか?」


「行ったけどー。実際に被害が出ていないなら、動けないってー」


 うーん。警備隊には頼れないか。


「じゃあ、オレ達でストーカーを捕まえるしかないね。アリスさん。ちなみに、ベランダの花ってどのくらいの頻度で置かれてるの?」


「へ?毎日だよー?」


 ……ヤベーじゃん。それじゃあ、ストーカーは毎日アリスさんが寝ている近くまで来てるじゃん。


「むう……。それは、かなり危ないのではないか?」


「うん。不味いよね。アリスさん。今日、店の中に泊まっていい?そのストーカー捕まえる」


「うむ。そうしよう」


 喫茶店の2階がアリスさんの家だ。住居兼店舗。1階にいれば、すぐに対応できるだろう。


「いいのー?ありがとうー。2人なら安心できるよー」


 うし。ストーカー捕縛作戦開始。ああ、ちなみに。


「そういえば、アリスさんは、最近ちゃんと眠れてるの?大丈夫?」


 ストーカーが毎日来てたら不安で寝れなくない?睡眠不足じゃない?


「へ?毎日ぐっすりだよー?」


 強い。つえーな、アリスさん。オレの知り合いの女の人は、強い人ばっかりだな。





 深夜。アリスさんの店の中でじっとしている。


 座った膝の上にいるタローが温かい。1回家に戻って連れて来た。タローの目は半分閉じている。

 ロゼッタはアリスさんの部屋で待機している。万が一、ストーカーが暴れてアリスさんを狙ったら大変だからな。


「タロー。寝てもいいけど、ストーカーが来たら教えてくれよー」


「ぅわふぅ」


 タローには、ベランダに置かれていた花の匂いを嗅いでもらった。ストーカーの匂いも付着しているはずだ。その鼻に期待したいと思う。


「くふぅ……」


 眠そう……。期待できないかも。まあ、まだ子供だしな。夜更かしはきついか。


 なら、オレが頑張るしかないか。感じる魔力に意識を戻す。途端に膨大な情報が流れ込む。


「うへえ。酔いそう」


 貿易都市は魔力の反応が多すぎる。人口が多い上に、魔道具の設置個数も膨大だ。照明の魔道具のおかげで、夜でも働いている人が多い。

 持久戦のために身体強化をしていないので、情報の波を処理するのがきつい。


「まあ、仕方ない。アリスさんのためだ」


 いつもは無意識的に切り捨てている魔力情報を拾い上げる。とりあえず、範囲を狭めて、近づいてくる人だけをチェックしよう。




「むむ?」


 不審な動きをする魔力を見つけた。店の周辺を行ったり来たりしている。


「これがストーカーかな?タロー?」


「くぅ」


 寝てる。お休み中だ。仕方ないので膝から降ろす。最近タローが重い。


「さて、行きますか。身体強化『全身:中』で発動っと」


 全能力が向上する。魔力の察知精度も増した。今、ストーカーはアリスさんがいる部屋のベランダの下にいる。さらに、魔力の集中を感じる。魔術を使うつもりのようだ。


 そっと、店の扉を開けて、森の中を往くように無音で近づく。


 はて?それにしても、どこかで見た魔力のような?


「まあ、同じ都市に住んでれば、魔力を感じることもあるだろ」


 小声で呟き、ストーカーの背後に回る。静かに。音を殺し。気配を殺し。予想よりも小さな人影に忍び寄る。

 暗闇の中。花を片手に持ったストーカーが、魔術の詠唱をしているのが見えた。ベランダに侵入していたのではなく、魔術で花をベランダまで移動させていたのだろうか?


 さらに近づき、射程距離内に入った。


「『防壁:檻』」


 魔力の檻が、ストーカーを閉じ込める。


「うわあっ!なんだ!?」


 ミッション完了。さーて、犯人はどんな奴かなっと。照明の魔道具でストーカーを照らし出す。


「眩しいっ!」


「って。あれ?」


 聞き覚えのある声。初心者丸出しの装備。幼さの残る表情。貴族の血筋を感じる相貌。ついでに常人並みの魔力量。


「ストーム君?」


「コーサクさん!?なんでここに!?」


「いや、それはこっちのセリフかな?」


 魔力の少なさが原因で家を追い出された、元貴族の長子、ストーム君だ。内臓大好きな変態『切裂き男』スライの弟子をしている。


「コーサク!無事か!」


「コーサクくん大丈夫ー?捕まえたー?」


 頭の上から声がする。見上げると2人がベランダに出ていた。


「オレは無事ー!」


 だけど、これはどうしようか?





 灯りの付いた店の中。ストーム君が正座していた。その目の前にはアリスさんが座っている。ストーム君の顔が真っ赤だ。


「えと、その、初めて見たときから、気になってて、それで……」


 いたたまれない……。聞いているのが辛い。


 要約すると、ストーム少年はアリスさんに一目惚れしたらしい。そこから、どう行動すれば良いのか分からず、ストーカー染みた行動をとってしまったと。


 個人的には、同情の余地があると思う。ストーム君は元貴族だ。貴族に恋愛結婚などというものは無い。あるのは家同士の事情だけだ。

 当然、家のためにならない恋愛感情は、いけないものだと教育されているはずだ。特に元長子だしな。

 誰かに相談するにしても、近くにいるのはスライだし、役に立たなかっただろう。

 結果、ストーム君は暴走して今に至る。


 というか、経緯を含めて、恋愛感情を抱いているアリスさんの前で全てを白状させられたストーム君が可哀そうでならない。罰ゲームかよ。

 いや、一応犯罪スレスレの行為をしたから、罰があるのは正しいのだろうけど。


 羞恥心で燃え上がりそうなストーム君を見ているのがきつい。


「え、えと、だから」


 ストーム君の言葉が続く。うん?何やら、覚悟を決めた目をし始めた。おいおい大丈夫か?


「その、ぼ、僕と、けっこ……」


「ターイム!!!」


「「「っ!?」」」


 急に大声を上げたオレに、全員の視線が集中する。


「タイムを要求します。ちょっと借りるね」


「うんー?」


「うむ?」


 ガシッとストーム君の肩に腕を回して壁際に連行する。


「よし。ストーム君。ちょっと深呼吸だ。吸って~。吐いて~」


「え、は、はい」


 ストーム君が素直に深呼吸する。


「自分のことが『私』から『僕』に変わってたけど、なんかあった?」


「え、はい。師匠から、貴族を辞めたなら、変えた方がいいと……」


 ほう。なるほど。まあ、実際はもっと適当に言われたと思うけど。


「ストーム君、今何歳?」


「14歳です」


 若いなあ~。


「ちなみに、アリスさんは何歳に見える?」


「え?同じ年くらいだと……」


 おおう。確かに。見た目だけなら、アリスさんそのくらいに見えるけど。


「アリスさん。今年で26歳だよ」


「……はい?」


 オレより1つ年上なの。だから、さん付けで呼んでるんだけど。うおっと、背後から鋭い魔力が。え、聞こえてる?


「本当、ですか?」


「本当。嘘じゃないよ」


 干支が一回り違うね。この世界に干支はないけど。


「そうですか……。それでも、僕はアリスさんが好きです!」


「お、おおう」


 決意の籠った、純粋な目が眩しい。これは……どうしようも出来ないな。


「はい!年の差は気にしません!僕、アリスさんに結婚を申し込んできます!」


 速い。速いよ、ストーム君。


「そ、そうか。ただ、いきなり求婚はやめた方がいいと思うな?その前からにしよう」


「え、と?結婚の前って、なんですか?」


 これが、貴族か……!ちょんとフォローしろよ!スライよお!


「恋人かな?一般的には、付き合ってください、と告白します」


 オレは今なにをやっているんだ?いったい何をしているんだ?


「分かりました!行ってきます!」


 ストーム君がオレの腕を抜けて、アリスさんの元に歩いて行く


「ああ~~…………頑張って……」


 オレは、無力だ。何もできなかった。


「アリスさん!初めて見たときから目が離せませんでした!好きです!僕と付き合ってください!」


 ストーム君がアリスさんに愛を伝える。一瞬の間が空き。そして。


「え~と。ごめんねー?」


 オレは無力だった。顔見知りの少年が傷つくところを、何も出来ずに見ているだけだった。



 まあ、ですよね~。


 ストーム君が崩れ落ちるところまでは見届けた。





 ということで、アリスさんのストーカー事件は解決した。

 その後、アリスさんの喫茶店には常連客が1人増えたとか。


 ストーム君の今後の頑張りに期待したい。

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