第258話 食材調達

 野菜の代金を村人に渡す度に、大喜びで「これも持ってけ!」と別な野菜を渡される。

 それに「いやもらい過ぎですよ」と追加で金を払う。

 何故かさらに野菜が増える……もらい過ぎなので金を追加する……さらに野菜が増える……。


 ……そんなことを繰り返していたら、いつの間にか野菜の数がもの凄いことになった。




「……デュークさんとロザリーさんにお土産だな」


 満杯になった改造馬車の前で呟いた。隣に座るタローが、心なしか呆れた目をしている気がする。


「うん……いい。大丈夫。食べるものがあるのはいいことだ。お腹空くのは辛いし」


 旅に出る前より多くなった荷物から目を逸らし、そんな自己暗示をしてみる。

 …………いやまあ、やっぱり買い過ぎたな。イモとか豆とか、日持ちするものが多いのが幸いだ。ちゃんと消費しよう。


 実際、旅は復路も含めて旅だからな。行って来ての往復だ。帰りの分の食料を事前に買ったと考えれば悪くない、はず。


「うん。この言い訳ならロゼも納得してくれるかも」


 言い訳とか言ってる時点であれだけど。


「……ヴォフ」


 タローが「駄目だろ」という目をしている。やっぱり駄目か。仕方ない。素直に叱られるとしよう。


「ちゃんと適正価格で買いたかっただけなんだけどなあ……」


 稲作を始めてから農業の大変さが身に染みているので、野菜へと対価はちゃんと払いたいと思ったのだけど……ちょっと失敗だ。


 ここは買った作物で美味しいものを作って名誉挽回としよう。

 今は吹く風も冷たくなって来た秋の中頃。何種類ものイモと野菜、それにチーズがあれば、旅の食事としては贅沢なものが作れる。


 牛乳も手に入るなら、もらったイモをたっぷり使ったグラタンでも作るかな。チーズが軽く焦げるくらいまでオーブンで焼けば、中のイモもホクホクだ。

 うん、美味しそう。


「よーし、美味しいご飯のために、まずはモグラ退治だ。タロー、久しぶりの狩りだぞー」


「バフッ」


 狼としての本能が騒ぐのか、タローは嬉しそうに声を上げた。

 その首元を軽く撫でて、一緒に村の広場へと移動を開始する。依頼主はさっきの広場で待ってくれているのだ。


「それにしても、みんなに怖がられなくて良かったなあ、タロー」


 オレの言葉にタローは機嫌よく尻尾を振った。


 さっき馬車まで野菜を運んでもらったときに、村の人にタローを見せたのだが、大人しく座るタローを珍しがることはあっても、怖がることはなかった。


 どうやら、この辺には狼が出ないらしい。そのせいで、狼が危険だ、という意識が薄いようだ。代わりに熊は出るらしいけど。


 とりあえず、オレとしてはタローを怖がられないことはありがたい。味方がいない旅先でのトラブルは面倒なのだ。


 あとは牛と山羊がタローに驚いて怪我をしないように、依頼主さんと調整するとしよう。





 再び広場に戻って来ると、オレとの取引を終えた男性陣は酒盛りをしていた。つまみは塩茹でした豆のようだ。今日はもう仕事にならないと開き直ることにしたらしい。


 その騒がしい場所から視線を逸らせば、女性陣が固まった一角がある。中心付近でチラチラと赤みかかった金髪が見えるので、ロゼはすっかり囲まれているようだ。

 こちらもとても賑やかだ。奥さん方の高い笑い声が聞こえてくる。


 オレが野菜の取引を終えて、さらに積み込みまで済ませても会話の勢いが衰えないとは、ロゼはずいぶんと気に入られたようだ。


 モグラ討伐の件を話したいけど、さてどうするか……。


「タロー、あそこに突っ込んで、無事に出て来られると思う?」


「ヴォゥ……」


 諦めるようにタローが息を吐く。厳しいと。オレもそう思う。この世界での経験からしても、辺境の村の女性というのは非常にパワフルだ。オレも勝てる気がしない。


「でもなあ。戦闘するときは、お互いに事前に報告するって約束なんだよなあ……」


 無茶をしない。勝手に戦わない。この2つが夫婦間での戦闘に関する約束だ。細かい部分は適宜相談。


「強引に突破するしかないか……。よし、タロー。オレはちょっと突撃してくる。ここで留守番しててくれ」


 タローが同情するようにオレを見上げ、オレの膝へと頭を擦りつけて来た。応援してくれるらしい。助かる。


「さて、行くか」


 辺境の村の逞しいご婦人方の集団へと単身で歩み寄る。聞こえる黄色い笑い声。アウェー感がすごい。


 外側にいた若い奥さんがオレに気付いた。何故か好奇の視線と黄色い声を向けられる。

 なんで……?


 内心で疑問を覚えながらも足を進めると、他の奥さん方もオレの存在に気が付いたようだ。


「おや、噂の旦那さんの登場かい?」

「ははは、若いってのはいいもんだねえ」

「たくさん買ってくれてありがとねえ」


「はあ、どうも」


 なにがどう噂なのかは分からないが、集まる視線の多さに気圧される。

 たぶん、ロゼが昔の話でもしたのだろうけど、いったいどれを話したのか。


 困惑しながらも奥さん方の間を通してもらい、ようやくロゼがいる中心地まで来た。


 ロゼは恰幅のいい奥さんの隣にいた。リーゼはすぐ近くで別の奥さんに抱かれて笑っている。人見知りしないリーゼは逞しい。


 さらに足を進めたことで、少し顔の赤いロゼと目が合う。

 ロゼはオレの顔を見て、何だか照れたように笑った。


「コウ。お疲れさま。手伝えなくてすまないな」


「気にしなくていいよ。オレも野菜を見るのは楽しかったし」


 貿易都市では出回らないような野菜もいくつかあった。どんな味なのかとても気になる。食べ方は聞いたので、旅の間に試すのが楽しみだ。


「パパー!」


 オレに気が付いたリーゼが、村の奥さんの腕の中から手を伸ばしてくる。たくさん遊んでもらったのか、かなり機嫌の良い様子だ。


 リーゼを抱いていた奥さんが、楽しそうに笑いながらリーゼを地面に降ろした。


「素直で可愛い子だねえ」


「ははは。遊んでもらってありがとうございます」


 リーゼを抱き上げながら礼を言う。リーゼが可愛いことには激しく同意だ。語ってもいいなら語りたい。けど、今は別の用事がある。


「コウ。もう村を出るのか?」


「いや、それなんだけどね。買い物の途中で、魔物の討伐依頼を請けたんだ。牛と山羊を放牧している場所で、地面に穴を開ける魔物が出たんだって。毛があったって話だから、たぶんモグラだと思う」


 恰幅のいい奥さんが顔を寄せてくる。


「ああ、そりゃヤレンとこの話だね。牛も山羊も村の大事な財産だ。なんとかしてくれるなら助かるよ」


「ふむ、なるほど……私も出るか?」


「いや、いいよ。オレとタローでやってくる。ロゼはリーゼをお願い。あ、報酬にはチーズと牛乳と肉をくれるって」


 ロゼの口元が小さく動く。旅の途中では手に入りにくい食材に、ちょっと嬉しそうだ。


「分かった。私はリーゼと待っている。コウ。怪我はしないようにな」


「もちろん分かってる。じゃあ行って来るよ」


 抱いたリーゼをロゼにあずける。


「うむ、気を付けてくれ。リーゼ、パパがお仕事に行くから“行ってらっしゃい”だ」


「パパいってらっしゃい! がんばって!」


 小さな手をいっぱいに振ってくるリーゼに、オレのやる気は十分だ。


「行ってきます。リーゼが応援してくれるなら、パパは龍だって倒せるよ」


 リーゼに手を振り返して一歩離れる。オレの言葉がウケたのか、周囲の奥さん方が大笑いしていた。


「いやあ、頼もしいねえ。頼んだよ!」

「細いナリしてるのに、本当に戦えるんだねえ」

「その調子で嫁さんも落としたんだろ? やるねえ旦那さん!」

「アタシもお姫様みたいに守られてみたいもんだよ!」


 背中や腰をバンバン叩かれる。というか言葉の端々から、ロゼがオレの冒険者時代の話をしたのが分かった。

 無茶をしていた若い頃の話なので、かなり恥ずかしい。


 羞恥で上がる体温と、じわりと滲んでくる汗を自覚しながら、誤魔化すように笑ってオレは退散した。



 秋の涼しい風で顔の熱を冷ましながら、タローがいる場所まで戻ってきた。周囲では、村の子供達が興味津々という表情でタローを遠巻きに見ている。

 興味はあってもさすがに狼に触る勇気は出なかったようで、近くまで寄って来ていないようだ。


 タローは暇そうに寝そべっている。


「タロー、ただいま。ロゼには話して来たから、依頼主さんに会って狩りに行くよ」


「ヴォフッ」


 若干興奮した目のタローの頭を撫で、一緒に歩き出す。依頼人がいるのはすぐそこだ。


 旅の食事を豊かにするために、軽く一狩りするとしよう。

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