第259話 モグラ狩り

 放牧地は村のすぐ近くだった。なだらかな緑の丘がいくつも続き、牛と山羊がのんびりと草を食んでいる。


 長閑な光景だが依頼主の言う通り、斜面に黒く開いた穴が見える。あれがモグラの仕業のようだ。

 ざっと見渡しただけでも10箇所以上。巣はかなり広いらしい。


 というか、穴そのものがかなり大きいな。直径1メートル半はありそうだ。


「確かにこれだと、牛や山羊が落ちたら大変ですね」


 隣にいた依頼主が大きく頷く。


「そうなんだよ。特に夕暮れなんかは危なくてなあ。何とかできそうかい?」


「ええ。大丈夫ですよ。すぐに終わらせます。牛と山羊の誘導はお任せしますね」


「ああ、もちろん。そっちは頼んだよ」


 依頼主はオレに手を振って、穴の近くにいた牛のところへと歩いていく。狩りの邪魔にならないように、牛と山羊を遠ざけてくれるのだ。


 その姿を見送って、オレとタローは近くにある穴へと近づく。


「なあタロー。今更だけどこの依頼、ロゼの方が得意だよな」


「ヴォフ」


 タローが同意するように吠えた。


 ロゼの一番得意な魔術は地属性。地面の下にいる相手への攻撃手段は多い。それに、ロゼなら戦闘後の後処理もできるだろう。土を操れば穴を埋めるのもすぐだ。


「でもロゼを連れて来るとリーゼも一緒だからなあ。さすがに、リーゼにはまだ狩りの様子を見せない方がいいだろ?」


 タローは狼だから、狩りの際には野生の凶暴さを見せる。リーゼと一緒にいるときには出さないタローの本能から来る一面だ。

 吠えるし噛み付くし、白い毛が相手の血で赤く染まったりもする。慣れていなければ凄惨な光景だ。リーゼには刺激が強すぎるだろう。

 たぶん泣く。


 タローが両耳をペタンと下げた。リーゼに泣かれる場面を想像したらしい。

 少し屈んで頭を撫でておく。


 オレは元冒険者だし、ロゼは現役の冒険者。そしてタローは狼だ。必要とあれば狩りをして肉を食べる。

 だけど、それはすなわち生き物を殺めるということだ。


 リーゼには命は大切だと教えている。しかし、人は他の命を殺して食べなければ生きてはいけない。

 この矛盾した生命の理をどうリーゼに伝えるかは、まだロゼと2人で悩んでいる最中だ。


 いちおうリーゼが5歳になったら、一度狩りに連れて行こうとは思っている。人生なにがあるか分からないから、単独でのサバイバル技術を教えるためだ。

 リーゼはオレと違って一通りの魔術を使えるようにはなるだろうけど、狩りやその後の解体は知識がないと難しいものだ。


 その頃には、オレ達もリーゼが納得できるような答えを用意できているだろうか。


「ヴォフ」


「ん? ああ、ごめんタロー。穴に着いたか」


 タローの一声で考え事から意識を戻せば、ぽっかりと開いた穴はもうすぐそこだった。緑が無残に捲れ上がり、穴の周りには黒い土が盛り上がっている。


「やっぱりけっこうデカいね。これだとモグラ自体もそこそこの大きさか……」


 地中にいる巨大なモグラを想像する。普通の村人では相手が厳しいかもしれない。


「まあ、オレとタローなら大丈夫だな。タロー、まずは相手の様子を探ろうか」


 オレの視線を受けたタローが、ピンと尻尾を張って穴の周囲を嗅ぎ始める。

 その様子を横目に、オレも魔力の感覚に集中した。


 地面の下の魔力を探れば、明らかに魔物と思われる魔力がある。


「ん~……数は、一頭か。意外と近くにいるね」


「ヴォフッ」


 タローも同じ答えのようだ。


「さて、じゃあどうやって狩ろうか。さすがにタローも穴の中では戦えないだろ?」


「ヴォッ」


 できるぜ! というようにタローがビシリと座る。


「いやいや、戦えても穴の中じゃタローの速い脚が生かせないだろ。それにあんまり汚れるとリーゼに抱き着いてもらえないぞ?」


 タローの尻尾がふにゃりと下がる。リーゼと遊べないのは嫌らしい。


 まあ、どの道狩りの後はタローを洗うつもりではあるけど、汚れは少ない方がいい。毛の間に土とか入ると大変だし。


「よし、じゃあタロー。役割分担をするか――」


 周囲への影響が少ない方法で、手早く終わらせるとしよう。




 モグラがいる地点を挟んで、オレとタローは別々の穴へと移動した。


「始めるぞタロー! 頼んだー!」


 オレが手を振ると、タローは穴の中へと半分体を突っ込んだ。

 その状態で――


『ウオオオォォォォン!!』


 タローが遠吠えを上げる。オレの足元の穴からも、くぐもった音が響いてきた。

 遠くでのんびりしていた山羊が、驚いたように顔を上げた。


 そして、タローの声を最も大音量で聞いたであろうモグラは……想定通りオレがいる方向へと逃げてくる。


「さすがタロー、いい声してる。じゃあオレも、『戦闘用魔力腕』発動」


 武骨で巨大な魔力の腕が、オレの隣に現れる。その腕を開いた穴へと突撃させた。

 向かってくるモグラの魔力を感じながら魔力の腕を操作。五指を開いてモグラを掴む。


「さあて、これも一本釣りでいいのかなっと!」


 握る指に力を籠めて、全力で腕を引く。モグラの巨体を引き摺り出す!


「せえのっ!」


 ゴゴンッ! と、穴の縁を壊し、土を飛び散らせながらモグラが姿を現した。オレの身長よりもデカい大物だ。体重は何倍かも分からない。


 空中に吊るされたモグラは目を閉じたまま、混乱したように凶悪な爪のついた前脚をばたつかせている。

 多量の土を掘り、武器になるはずのその爪も、空中にいる今は意味がなかった。


「タロー、あとは任せた!」


「ヴォフッ!」


 穴から出たタローが走って来る。黒い目は爛々と輝き、剥き出しになった歯が鋭く光る。


 白狼としての迫力を見せるその姿に向けて、オレはモグラの巨体を放り投げた。


 弧を描いて宙を飛んで行くモグラ。タローが風のように加速する。

 白い体が軽やかなステップでモグラの側面へと回り込み、さらに速度を上げて宙にいるモグラの首筋へと噛み付いた。


 食い込む狼の牙。振り回されるモグラの爪を器用に躱し、タローは全身を使ってモグラを地面へと叩き付ける。


 ドズッ、と鈍い音を響かせながら、モグラが頭から地面に突き刺さった。

 衝撃で動けなくなったモグラの首元を、タローは自らの牙で圧迫し続ける。


 そして数十秒後、タローがゆっくりと牙を放した。モグラは息絶えたようだ。

 タローが血で赤く染まった口元をひと舐めする。白い毛が赤く染まっている姿は、中々に迫力がある。

 やっぱり、リーゼに見せるのはまだ早いな。


 ともあれ、これで無事に依頼は達成だ。周囲に余計な被害を出すこともなく、スピード解決。上々の結果だろう。


「タロー、お疲れさま。いい動きだったよ」


「ヴォウ」


 走り寄って来たタローの首元を撫でる。まだ興奮が収まっていないのか、呼吸がかなり速かった。落ち着かせるように、ゆっくりと毛を梳いていく。


「久しぶりだったけど完璧に決まったね。グレンさん直伝の“弧月落とし”」


「ヴォゥ」


 タローが使った叩き付けは、灰色狼を有する冒険者チーム『赤い牙』のリーダー、グレンさんから教わったものだ。

 相手の魔物を上空に弾く必要があるせいで難易度は高いが、決まれば二頭分の落下の勢いが相手の頭部へと集中する。

 プロレス染みた派手な協力技だが、威力はかなり高い。


 タローの呼吸が落ち着いて来たことを確認して立ち上がる。丘の上から、依頼主が嬉しそうに走って来ていた。


「タロー、今日の夕食はいい肉だぞ」


 タローが満足そうに尻尾を揺らす。


 依頼主は未だ口元が赤いタローから少し距離を取りつつ、オレの近くまでやって来た。


 モグラの大きさに「おお~っ」と声を出している。


「あんたらすごいなあ。こうも早く済むとは思ってもなかった。本当は高名な冒険者だったのかい?」


 答えづらい質問だ。高名ではない……はず。


「それなりには活動しましたが、ただのいち冒険者でしたよ」


 嘘じゃない、嘘じゃないっと。


「ええと、モグラの方の処理はお任せしてもいいですか?」


「おお、それはもちろんだとも。報酬も持って来るから、広場で待っていてくれ」


「分かりました」


 依頼主はタッタと走って行く。心配事がなくなったためか足取りも軽い。


「ふう。それじゃあタロー、広場に戻って……まずは顔を洗おうか」


 口の周りが赤いタローを撫でる。リーゼに会う前に、狩りの痕跡は消しておこう。

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