第76話 閑話 第5話

 この村には、2ヶ月に1回くらいのペースで行商人がやってくる。村の人たちは日持ちする野菜や、村の近くに繁殖する薬草、木製の小物なんかを売って、塩や布、鉄製品などを購入する。


 行商人は、ゴツイおっちゃんだ。商人より傭兵の方が似合う姿をしている。名前はゼツさん。オレが会うのは2回目だ。


 ルヴィと一緒に売り物を持って、ゼツさんの元に向かう。ルヴィは狩人なので、売り物は鞣した毛皮に、角や牙などの素材だ。

 素材の中には赤い宝石のようなものもある。獲物の体内からとれるらしい。魔核と呼ばれている。

 なんなのか良く分からないが、この魔核が一番高く売れるとルヴィが言っていた。


 ゼツさんの元に行くと、両手を広げて歓迎された。もちろんルヴィが。


「よう、ルヴィ。待ってたぜ。今回はどれくらい狩ったんだ?」


「ゼツのおっちゃん、久しぶり。ぼちぼちだよ。売り物はこれだ。確認してくれ」


 ルヴィが背負った大量の毛皮を下ろし、小さな革袋に入れた魔核をゼツさんに手渡す。オレも苦労しながら背負った籠を下ろした。中には丸まった毛皮が詰められている。


 ゼツさんが魔石を数え、毛皮を確かめている。その目は真剣だ。


「いつも通りいい処理だな。買い取り額には色付けとくぜ。ちょっと待ってろ……こんぐらいだな」


「分かった。それでいい。じゃあ、品物見せてくれよ。矢尻で良いのがあれば買わせてもらう」


「おう!こっちだ!」


 ここでは行商人相手でも物々交換が主だ。村の中にはお店なんて無いから、当然と言えば当然か。金持ってても使う場所ないしな。


 さて、ルヴィが買い物している間、オレは暇だ。今のところ、オレに稼ぐ手段は無い。なので、売る物もない。当然買い物はできない。

 この村での生活は足りないものだらけではあるが、今すぐ必要なものは別にないな。


 強いて言うならそろそろお米が恋しいのだが、無い物は買えない。まあ、食えるだけありがたいんだけど。


「おう。コーサクだったか。なんか買うもんはあるか?」


 ぼうっとしていたオレにゼツさんが話し掛けてきた。


「ゼツさんこんにちは。いえ、特にはないです。買い物はルヴィに任せます」


「お、ずいぶんと話すの上手くなったな。大変だろうが頑張れよ。精霊の悪戯はどうしようもねえもんだ。おう、そうだこれやるよ。サービスだ」


 何か小さな袋を胸に押し付けられた。中には石が入っている。なにこれ?


「火打石だよ。火付けの魔術使えねえんだろ?たまに適性の関係で火を使えねえヤツはいるからよ。いくつか持ってんだ。まあ、ほとんど売れねえんだけどな!はっはっは!」


「うえ!?ありがとうございます!」


 マジで!?これで料理のたびにルヴィに火を点けてもらう必要なくなるじゃん!


「おう、次はなんか買ってくれよ」


「はい!」


 返事しちゃったけど、どうしよう。まずは売る物考えておかないと。


「ん?なんかあった?あ、おっちゃん、これ買うから」


 ルヴィがいくつかの矢尻を手に、こっちに来た。


「毎度あり。いや、コーサクに火打ち石をやっただけさ。今後ともよろしくってな」


「いいのか?」


「どうせほとんど買うヤツはいねえからな。気にすんなよ。次はもっと買い物してくれりゃあ、うれしいがな!はっはっは!」


「ははは、そうさせてもらうよ」


 その後もルヴィはいくつか買い物をした。その荷物を持って、家に向かっている。


「良かったな、コーサク」


「うん。もっと美味いもの作るよ」


「はは、楽しみにしてるぜ」


 これで、オレ1人でも火を使うことができる。今までは、料理関係で試したいこともあっても、ルヴィがいないと出来なかった。居候の身で一々火を点けてもらうのも申し訳なく思っていた。


 火打ち石のおかげでルヴィの負担を少し減らせる。うん。料理の味の向上と、ゼツさんへの売り物が今後の課題だ。頑張ろう。


 なお、現代人のオレは、火打ち石の使い方を習熟するのに少し時間が掛かった。




 さて、ゼツさんが来ると、この村では宴会が始まる。ゼツさんを囲んで酒盛りだ。ゼツさんから聞く村の外の話は、ここでの数少ない娯楽なのだ。


 もちろん、オレは料理の手伝いに回った。パルメさんの指揮の下、ひたすら野菜の皮剥きをしている。

 ふふふ、見ろよ。この速さと皮の薄さ。これが修行の成果だ。


 オレが皮を剥いた野菜たちを奥さん方が持って行く。そして凄まじいスピードで切られ、鍋の中に投入される。無駄のない動き。さすがだ。


 調理方法は煮るか、炒めるかの二択。一気にまとめて作られ、豪快に皿に盛られて宴会の場へと運ばれていく。


「コーサク、あんたも行ってきな。ここはもういいよ」


 オレに話しかけて来たのはパルメさん。村長の息子の奥さんだ。恰幅の良いご婦人である。


「今日は助かった。あっちに混じって、酒でも飲んできな」


 バシンッと笑いながらオレの背中を叩いて、宴会の場所へ送り出してくれる。背中が痛いです。


「げふっ。あ、ありがとうございます。行ってきます」


 ここの人たちは力が強い。オレの背中には紅葉の跡が付いていることだろう。パルメさんなんかは、さっき盾かよってくらいのフライパンで炒め物してたからな。すごい筋力だ。オレには無理だと思う。


 すでに盛り上がっている村の広場に移動する。もう夜だ。篝火は焚かれているが、暗くて人の顔が良く見えない。ルヴィはどこだろうか。


「お~う、コーサク!飲んでるか?」


 キョロキョロしていると、横から声を掛けられた。ルヴィではない。長身でムキムキの男性だ。隣の家のダンさんだな。

 酒に弱いのに酒好き。奥さんと2人の子供を持つ木こりさんだ。商売道具の大きな斧を持つと強そうに見える。


「こっち座れよ!こっち!」


 むう。仕方ない。誘ってくれるならお邪魔しよう。一緒に飲んでいる村の人にも挨拶して、地面に敷かれた敷物に腰を下ろす。


「ダンさん、飲みすぎじゃないですか?まだ始まったばかりですよ」


「んあ~?こんくらいじゃ、飲んだうちに入んねえよ~」


 既に酔っ払いだ。呂律が回っていない。ちょっと相手をするのが面倒だな。


「ほっとけ、ほっとけ。その内勝手に寝る」

「そんでカカアに引きずられて帰るんだ」

「ははは!違いねえ!」


「うるせえぞ、お前らあ~」


 オレもお酒をもらった。濁った酒だ。くせが強い。ちびちび飲みながら、ダンさんの相手をしつつ、広場の中心で他の街の様子を語るゼツさんの声に耳をすませる。


 慣れているのか、ゼツさんは話の仕方が上手い。村の人も盛り上がっている。


「おう~、聞いてのんかよ、コーサク~。うちの娘がよお、最近冷たいんだよ~」


「はいはい、聞いてますよ」


 ダンさんを適当にあしらう。ちょっと鬱陶しい。娘さんが反抗期になったようだ。レンちゃんか、オレと話すときは普通だったけど。


 今はそれより、ゼツさんの話が聞きたい。


 この村の人から聞いた話と、ゼツさんの話を合わせると、この村は帝国という国の領土にあるらしい。

 この大陸を唯一統べる国だから、ただ帝国というんだそうだ。でも、他にも国はあるみたいなので、言い分が良く分からない。唯一じゃないじゃん。


 今は、帝国の騎士団が魔物?なるものを討伐する様子をゼツさんが語っている。


 「飛び立とうとした翼竜の翼を!騎士団長が槍で地面に縫い付けた!それでも暴れる翼竜に、立ち上がった騎士たちが突撃を行う!翼竜の最後の抵抗により、弾き飛ばされる騎士たち!だが!一瞬の隙を見逃さなかった騎士団長が、翼竜の首に剣を突き立てる!そして、力付きた翼竜は地に倒れ、騎士団が勝利の声を上げた!」


 うおおおお、と、すごく盛り上がっている。んだけど、翼竜って何?そんなのいるの?


「ダンさん、翼竜ってなに?」


「んお?あれだよ、あれ~。空飛んで、強いやつ。すげえなあ、騎士団~。オレも入ってみたかった~」


 駄目だ。酔っ払いに聞いたオレが間違っていた。


 ゼツさんの話の中では、オレの知らない単語や、良く分からない物が出て来る。オレが理解できるものは多くない。あれもこれも分からない。


 はあ、まだまだ知らないことだらけだ。


 ここはどこで、何故オレはここに来たのか。オレの疑問に答えをくれる人はいない。

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