第77話 茹で・焼きトウモロコシ

 豚領主がリリーナさんに求婚?した次の日。今日もヒューの家に向かって歩いている。


 なぜか、リリーナさんと一緒に。


 なんでも、あの豚に商談よりも妻になる件についてゆっくり考えて欲しいと言われたらしい。なので、今日の商談はなくなった。

 豚野郎はリリーナさんの1日がどれほど貴重か理解していないのだろう。商会のトップはそう暇な身ではいなというのに。

 そもそも、どれだけ考えてもリリーナさんが豚と結婚することはありえない。時間の無駄だな。


 今は道案内のためにオレとロゼッタが先頭を歩き、後ろに護衛に囲まれたリリーナさんがついて来ている。物々しい。昨日のオレたちより目立ってるな。


 それにしても。


 「なあ、ロゼッタ。なんでこんなことになったんだろうな」


 「む。それはコーサクのせいだろう。コーサクがトウモロコシの話をしたからだ」


 しょうがないじゃん。機嫌の悪いリリーナさんの気を逸らしたかったんだよ。


 リリーナさんにこの街ではトウモロコシが安く買い叩かれていることを話したら、興味を持たれた。

 食料品を扱うリリーナさんなら反応すると思って話したが、その興味が自分で見てみたいと言い出すほどだとは思ってなかったんだ。


 ヒューが驚かないと良いなあ。無理かな。リリーナさん超美少女だしな。オレも初めて会ったときはビビった。今でも色々と怖い。


 先に心の中では謝っておこう。ごめんヒュー。頑張ってくれ。





 予想よりもヒューはできる奴だったみたいだ。急に来たリリーナさん一行に、最初は驚いた顔をしたものの、普通に接している。

 すごいな。素直に感心する。リリーナさんが発する圧はかなりのものだ。その美貌と、上に立つ者としての独特の迫力に、一般人では平静を保つことは難しい。


 今は皆でヒューの説明を聞きながら畑の様子を見ている。リリーナさんが時折質問をしているが、内容が商談になって来ている。


 背後に護衛を従えながらリリーナさんが提案を始めた。答えるヒューの背後にはクルトが警戒した様子で立っている。


「そのくらい収穫できるのなら、私の商会で何割か買わせてもらいたいわ」


「それはありがたいけれど、トウモロコシは街の外に売る場合の税率が決まってないんだ。領主様に話を通さないといけない」


 リューリック商会は国外の商会だしな。そこら辺は面倒だ。ただ、トウモロコシが金になると分かったら、あの豚はロクなことをしなさそうだけど。

 オレと同じ意見のヤツもいたようだ。クルトが声を上げる。


「ハッ、あの領主に話を通しても、どうせ俺らには儲けが出ねえようにされるだけだ」


「クルト、お客さんの前だよ」


「チッ」


 ヒューがクルトを窘める。リリーナさんは聞かなかったことにするようだ。ただ微笑みだけを浮かべている。領主への批判は、下手をすると反逆罪と見なされる。口に出すものじゃない。オレみたいに心の中で罵倒するならセーフだ。


「とりあえず、すぐには売ることが出来ないよ。領主様次第だね。でも、せっかく来てもらったからね。トウモロコシの味を見て行かないかい?購入の判断には重要な部分だろう?」


「ええ、ありがたい提案ね。そうさせてもらうわ。でも、もう少し聞きたいことがあるから……コーサクさん、お願いできるかしら?」


 リリーナさんの蒼い瞳がオレに向く。否はない。雇い主の仰せのままに。


「分かりました。少し時間をください」


「ああ、それならクルト。鍋の場所とか教えてあげてくれ」


「……チッ。分かった」


 オレなら防壁の設定をいじれば鍋としても使えるのだが、まあ、実物があった方がありがたい。魔力もただじゃないからな。

 クルトがこっちに向かってくる。機嫌が悪いそうだ。いつもなのかな?


「こっちだ。ついて来い」


「よろしく」


 ずんずんと進むクルトを追い掛ける。家の軋む扉を開け、台所に案内された。鍋は大きいサイズのものもある。壁際には燃料用の薪が積まれていた。ふむ。料理するのに問題はなさそうだな。


 オレが台所の様子を確認していると、クルトがトウモロコシを抱えて持ってきた。ガタついたテーブルに乗せてオレを睨む。


「後は好きにしろ」


「ああ、ありがとう」


 さて、味見と言うならばシンプルでいいだろう。茹でたものと、焼いたものを作る。簡単だな。まずはお湯沸かさないとな。


「おい」


「ん?」


 入り口に立つクルトが声を掛けてきた。


「俺はテメエらを信用してねえ。ここの奴になんかあったら、俺がテメエらを潰す」


 クルトが強い目でオレを見る。自分の家族を守るという意思を感じる。だけど、ああ、悲しい。悲しいなあ。それじゃあ足りねえよ。


「お前じゃ無理だよ。守りたいものがあるのなら、もっと強くならないと駄目だぜ。まあ、オレたちに害意は無いから安心しろよ」


 クルトは冒険者らしいが、弱い魔物しか相手にしていなからだろう。脅威を感じない。弱いヤツは、何も守れやしない。ただ失うのみだ。


 オレを睨み付ける視線を見つめ返す。ただのアドバイスだよ。


「チッ」


 舌打ちをしてクルトが出て行った。ヒューのところに戻るのだろう。


 オレは料理をしますかね。まあ、料理と言うほどの物でもないけど。


 普段は魔道具のコンロを使っているが、ここにあるのは薪を燃やすかまどだ。自分で火を付ける必要がある。


 薪をかまどに放り込み、火付け用のボロい縄をほぐして置く。腰の小物入れから取り出した、使い古した火打ち石を打ち鳴らした。飛んだ火花が、ほぐした縄に着地して火がつく。

 その小さな火が乾いた薪に移り、燃え上がっていく。これでかまどは良し。


 かまどに鍋を設置して、水瓶から水を注ぐ。地味に重い。塩の場所が分かんねえな。自分のを使うか。小物入れには簡単な調味料も入っている。いつでもどこでも料理ができるぞ。人生、急に遭難することもあるからな。準備は大事。


 沸騰した鍋に塩を入れてトウモロコシを茹でる。茹で時間は様子を見ながらだ。


 もう一つ、焼きトウモロコシを作る。鉄の網とかは……ないな。しょうがない。見つけた鉄串をトウモロコシの芯の部分に刺して焼いていく。


 焼き目が付いたら、取り出すのは醤油のビン。少しずつトウモロコシに垂らしながら焼いていく。焦げた醤油の匂いが食欲をそそる。美味そう。


 さて、茹でトウモロコシも、焼きトウモロコシもいい感じだ。リリーナさん達のところへ持っていくとしよう。





 夏の日差しは強いが、吹き抜ける風のおかげで不快なほどではない。そんな屋外で、リリーナさん付きの商会員がどこからか出した敷物に座り、皆でトウモロコシを試食している。


「美味しいわね。いい品質だわ。丁寧に育てられたのね」


 リリーナさんの言う通り美味い。シンプル故に、素材の良さが分かる。

 リリーナさんは優雅に茹でトウモロコシを口にしている。手掴みで食べているのに所作が綺麗だ。実際に見ているのに意味が分からない。手掴みと優雅さは両立するのか……?


「ははは、どうも」


 ヒューは照れたように笑っている。自分が育てたものを褒められるのはうれしいのだろう。


「うむ!甘くて美味しいな!」


「わん!」


 ロゼッタとタローにも好評のようだ。確かに甘い。粒も大きく食べ応えもある。みずみずしい実は食感が心地よい。

 オレは特に焼きトウモロコシが美味いと思った。焦げ目に染みた醤油が、トウモロコシの粒の甘さと合わせり、甘じょっぱい味が口に広がる。めちゃくちゃ美味い。


 目の前には実ったトウモロコシが広がっている。風に揺れるそれを眺めつつトウモロコシを食べる。鮮やかな黄色い実を歯でそぎ落としながら、気になっていたことをヒューに聞いてみた。


「そういえばヒュー、ここの畑には魔物が来なかったのか?」


 ここの畑には荒らされた跡がない。森から遠い訳でもないのに。


「魔物はここにも来たけどね。僕とクルト達でなんとか追い払ったよ。氷龍が通る前から、この近くには魔物が出ていたからね。それなりに慣れているんだ。魔物の心配がなくなれば、もう少し畑を広げられるんだけどね」


 氷龍が通る前から……?


 疑問を抱くオレをよそに、リリーナさんが発言をする。


「街の外で畑を広げた場合、その所有者は誰になるのかしら?」


「新しく開拓した場合、その土地の所有者は開拓を行った人になるね」


「そう。そうなのね。ありがとう」


 何かを納得したリリーナさんが、にこやかにオレの方を向く。太陽の光を浴びて微笑む美少女は絵になりますね。オレは警戒レベルを上げた。


 これはあれだな。仕事振られるヤツだ。


 持ってきた魔石の数を思い出しながら、オレはリリーナさんの次の言葉を待った。

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