第78話 魔物除け

 オレの本業は魔道具職人だ。魔道具を作ってお金を稼ぐのが正しい姿だ。


 なのだが、護衛中に魔道具を作るのはどうなのだろうか?リリーナさんに頼まれた魔道具を作りつつも思考が逸れる。


 昨日のことを思い出す。経緯は簡単だ。


 リリーナさんはトウモロコシを多く仕入れたい。

 ヒューはお金を稼ぎたい。

 新しく開拓した畑はその人のもの。

 魔物がいなければヒューはトウモロコシ畑を広げることができる。


 以上を踏まえてリリーナさんからの注文だ。


「魔物除けの魔道具を作ってもらえるかしら?」


 ええ、了解です。作りますよ。


 という訳で、魔物除けの魔道具を作っている。機能は単純。魔物が嫌がる音を出すだけだ。この辺りに出る魔物には虫系やゴーレム系はいないようなので、これが一番効果が高い。魔物は耳良いからな。


 動作試験で音を出してみたら、タローにめっちゃ嫌がられた。ごめんよ。あとで屋台で何か買うから許してくれ。角兎の串焼きでいい?


 タローに機嫌を直してもらいつつ、魔道具を完成させた。屋外に設置するので、盗難防止用の機能も付けている。


「よし、完成」


「うむ。相変わらず速いな。ヒュー殿のところへ向かうのか?」


「うん。設置しに行こうか。あ~、タローは留守番の方がいいな。うるさくなるから」


「わふぅ」


「お土産買ってくるからいい子で待ってろよ」


「わふ」


 さてと、ヒューの畑に向かいますかね。


 畑に行くのは、今日はオレとロゼッタだけだ。リリーナさんは領主と交渉。求婚の件はどうなるんだろうな。最悪、帰ったら豚の氷像が立っているかもしれない。

 もし、そうなってもオレはリリーナさんを応援しよう。うら若い乙女にあれを我慢しろと言う方が無理がある。


「コーサクと2人だけで歩くのは、なんだか久しぶりだな。帝国にいた頃を思い出すよ」


「ああ、最近はタローもいるしね。確かにそうか。2人で護衛依頼を受けるのも、帝国のとき以来じゃない?」


「うむ。あの頃のコーサクは危なっかしかったな」


「ええ?」


 それはロゼッタじゃない?オレはロゼッタのドジがいつ起きるかハラハラしてたよ。


 2人で話していると、すぐにトウモロコシ畑に到着した。遠目に小さくヒューらしき人影が見る。畑のさらに奥で、地面に丸太を打ち込んでいるようだ。


 並んだ丸太が新しい畑の境界のようだ。あそこまで開拓するのかあ……広くね?


 ヒューの元に向かいつつ、ロゼッタと話してみる。


「あれが畑を作る範囲みたいだけど、広すぎない?」


「うむ?そうなのか?私は農作業に詳しくないのでな。良く分からない」


 あ~、そうだよな。ロゼッタは元々良いところのお嬢さんだしな。農業に詳しくないのは当然だ。

 ヒューは畑を基本1人でやっていると言っていた。オレの目には、1人で作業できる広さには見えないんだよなあ。


 まあ、どうするつもりなのか、ヒューに聞いてみるとしよう。


 しばらく歩いてヒューの元に着いた。こちらに気づいたヒューが手を挙げて挨拶してくる。


「やあ、2人ともこんにちは」


「こんにちは」


「うむ。こんにちは」


 ここに来るまでにかなりの丸太が埋まっていたが、作業をしているヒューは疲れたようには見えない。その膨大な魔力量のおかげだろう。


「魔物除けの魔道具を作って来た。間隔を開けて丸太に設置させてもらうけど問題ある?」


「大丈夫だけど。ずいぶんと早かったね。僕はもっと時間が掛かると思っていたよ」


「魔道具の作成スピードは、オレの数少ない自慢なんだ」


「へえ、もしかして君は有名な魔道具職人だったりするのかい?」


 どうだろうか?貿易都市の商人には名前を知られていると思うが、有名という程ではない、よな?うん。普通、普通。


「別に有名じゃないよ。それよりも、この広さの土地を全部開拓するのか?1人だと無理だと思うんだけど」


「ああ、それなら大丈夫。他の子たちにも手伝ってもらうから。クルトの他にも冒険者になった子は何人かいるのだけれど、あまり稼げていないみたいだからね。ここの畑の手伝いをしてくれることになったよ」


 それなら人手は大丈夫か。だったら、あともう1つ。


「ちなみに水ってどうするんだ?川も遠いよな?」


 この場所が開拓されていない理由は、水場が遠いからだと思う。良い場所にはもう畑が作られてるからな。


「そっちも問題ないさ。僕は水と火の二重適性だからね。乾燥するようなら、僕が魔術で水を出すよ」


「そうか。それなら問題なさそうだ」


 確かに、ヒューの魔力量ならなんとかなるな。それにしても、二重適性とは珍しい。普通の人なら適性の属性は1つだ。それに少し使えるサブ属性がある。適性がなくても小規模な魔術なら誰でも使えるけど。


 適性の最大値を10とした場合、ロゼッタなら、地属性10割、風属性5、その他1ってところだろう。

 二重適性のヒューは水属性10、火属性10、その他1になる。色々出来そうだな。羨ましい。


 オレの適性はもちろんオール0だ。何もできない。


 ……悲しくなってきたな。仕事しよう。


「じゃあ、オレたちは魔道具を設置してくるから。そっちも頑張ってくれ」


「ああ、お互い頑張ろう」


 さて、じゃあ魔物除けの魔道具の設置だ。ヒューに埋めてもらった丸太は、畑の境界であると同時に、魔道具を設置する柱でもある。

 魔道具を設置する高さを決めて、釘を打ち込んで固定すれば終了だ。魔力の補充はヒューだけでも十分だろう。ヒューが無理でも、他の手伝いがいるなら問題ない。

 基本はただ音を出すだけの魔道具だ。消費魔力は少ない。


「ロゼッタ、ちょっと魔道具支えててもらえる?」


「うむ。任せろ」


 最近理解したのだが、ロゼッタは身体強化の発動と停止の切り替えが下手くそらしい。やらかすのが多いのは、戦闘終了時などの身体強化の強度を変えるときだ。頭で考えている状態と体の状態が上手く合っていないっぽい。

 それと、複数のことを同時に行うのが苦手な性質が合わさり、致命的なドジっ子が発動する。


 なので、簡単な手伝いに集中してもらえばいい。そうすれば、そうそうミスはしない。そのことに気付いてから、オレの家の中は少し平和になった。具体的に言うと、割れる皿の数が減った。


 ああ、犠牲になった食器たちは無駄ではなかったのだ。


「む?」


「ん?」


 ロゼッタが何かに反応した。心読まれた?


 もちろん違ったようで、ロゼッタの視線の先には数人の人影が見える。先頭にいるのはクルトだ。

 一緒にいる連中は、若いな。10代半ばくらいだ。少年少女が6人いる。さっきヒューが言っていた、稼げない冒険者たちか。畑を手伝いに来たのだろう。


「やあ、こんにちは。ヒューなら向こうにいるよ。開拓頑張ってね」


「うむ、大変だと思うが頑張るといい」


 オレたちの挨拶に若者たちが元気よく答える。2人ほど、ロゼッタに見惚れてやがるな。美人なのは分かるが、あんま見んなよ。

 この様子だと、リリーナさんとか見せたら魂抜けるんじゃないか?


 で、1人だけ挨拶を返さないヤツがいる。クルトだ。じっと、オレを睨み付けてくる。


「どうかしたのか?クルト」


「……俺には無理だっつったよな」


 うん?…………ああ、昨日の話?強くならないと守れないって言った件かな?それがどうかしたのか?


 状況が分からないオレに向かって、クルトが言葉を続ける。


「そう言うテメエはどのくらい強えのか、俺に教えてくれよ」


 …………ああ~。


「それはつまり、オレと戦ってみたいってことでいい?」


「そうだ」


 なるほど。なるほど?


 オレを睨み付けるクルトの目からは、ごちゃごちゃした感情が見え隠れする。苛立ち、焦燥。そんなものだ。

 そう言えば、クルトの歳を聞いてなかったな。かってに20歳くらいだと思ってたけど。なんだろう。悩みを抱える思春期か。拗らせてるな。


 まあ、いいか。生きていれば、たまに暴れたくなることもあるさ。


「いいよ。やろうか」


 年下の面倒を見るのも年長者の務めだ。あんまり歳は離れてないだろうけど。

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