第79話 閑話 第6話
ふん~ふふんふふーん、と。鼻歌を歌いながら森から出て村に向かう。
背中の籠には数種類の香草と野苺。いっぱい採れた。
ルヴィに森の歩き方や植物などをたまに教えてもらい、ついこの間、森の浅いところなら1人で行っていいと許可をもらった。
もっとも、まだ分かるのは香草と薬草がいくつかだけだけど。茸は難しすぎて無理だ。見分けがつかない。
採ってきた香草は乾燥させて、行商人のゼツさんに一部売るつもりだ。大した額にはならないだろうけど。火打ち石をもらった分、ゼツさんの行商に貢献したいと思う。
野苺は貴重な甘味。なんだけど、我慢して別の用途に使いたいと思う。
この村では麦が主食なのにパンがない。パン種、つまり酵母菌がないからだ。なので、酵母菌作りに挑戦したいと思う。
野苺はあまり多くないけど、成功するとうれしい。
さて、家に帰る前に村長さんちに寄っていこう。村長の息子夫婦である、ジョンさんとパルメさんにはとてもお世話になっている。
日頃のお礼に、今日採ってきた香草をお裾分けだ。
心地よい陽気の中、村を歩く。ここの季節は良く分かっていない。ルヴィに聞くと寒くなることはほとんどないらしい。雪も見たことがないのだとか。
分かっているのは、この村では1年を通して作物を育てることが出来るということだ。そろそろ次の種まきの時期だと次期村長のジョンさんが言っていた。
村長の家に向かって歩いていると、小さな人影がいくつも見えた。村の子供達が遊んでいるようだ。
オレに気づいた子が声を上げる。
「コーサクだあー!」
チビッ子数人がオレに突撃してくる。ここでは子供たちも力が強くて、無防備に体当たりを食らうと痛い目を見る。
なので、オレも両手を前に出して全力で挑んでくるチビッ子に応える。
「ふん!」
「やー!」
「おりゃー!」
「たー!」
魔力による体の強化は子供でも出来るらしく、オレの全力は5歳くらいの子と同じくらいだ。
子供たちからすると、オレは大人なのに自分たちと同レベルの力しかない存在であり、頑張れば勝てる相手として見られている。
そのため、村の中を歩いていると、今みたいに力比べを強制される。
そして、チビッ子数人相手に負けるのが日常だ。既にオレの中には筋力に関するプライドはない。そんなものはどっか行った。
今日もチビッ子たちの息の合ったタックルに負けた。背中の籠を潰さないように倒れるのが、オレに出来る精々だ。
「やったー!」
「かったー!」
「あはははは!」
「負けたー。ので、どいて?」
オレの体に乗ってくる子供たちを下ろしていく。力は強いが体重は軽い。持ち上げるのは簡単だ。
起き上がって、服に付いた土を払う。
「じゃあ、オレは村長さんのとこに行くから、怪我しないように遊べよ」
ここの子はあまり怪我しないけど、一応言っておく。だけど、オレの話は聞いていないようだ。オレの少し後ろを注目している。
はて?なんかあった?
後ろを見ると、野苺が落ちていた。さっき倒れた拍子に籠から飛び出たのだろう。その野苺を子供たちが見つめている。
この村では、当然ながらお菓子などはない。甘いものと言えば、蜂蜜か森の果物くらいだろう。そして、子供は甘いものが好きだ。それはどこでも一緒だな。
オレが拾い上げた野苺を、チビッ子たちが無言で見つめてくる。プレッシャーがすごい。下手に動けない。
オレとチビッ子たちの緊迫した様子に疑問を持った、年上の子達も近づいてきた。
その中の1人の女の子がチビッ子の頭をはたく。
「こら。あまりコーサクさんに迷惑をかけちゃだめでしょ」
隣の家のレンちゃんだ。反抗期に入ったらしい10歳。しっかりしている。叩かれたのは弟のユン。5歳でやんちゃ盛りだ。
……まあ、いいか。
「レンちゃん、ありがとう。でも、いいよ。野苺、みんなで分けるつもりだったから」
嘘だけど。パン酵母用だったけど。
「いいの?」
首を傾げながらレンちゃんが聞いてくる。
「いいよ」
また採ってくればいいや。籠から野苺を取り出して、子供たちに配っていく。
「ほら~、欲しかったら並べ~」
わー!と、オレの元に子供たちが殺到する。並べや。
なんとか並ばせて、全員に配った。もちろんレンちゃんにもだ。1回断られたけど、明らかに欲しそうにしてたし。
残った野苺はほんの少しだ。この量じゃ、酵母菌の実験には使えないな。夕食後に食べるか。パンが少し遠のいたな。
よし。気を取り直して、村長さんちに行こう。パルメさんに香草をお裾分けしないと。
村長さんの家が見えてきたところで、誰かが走ってきた。あれは……村長の息子のジョンさんだな。かなり急いでいる。何かあったのだろうか?
走っているジョンさんと目が合った。オレを見て驚いたような顔をする。え?オレなんもしてないっすよ。
勢い良く走ってきたジョンさんが、オレの前で急停止する。
ガッと肩を掴まれた。心当たりがない。というか、肩が痛い。
「コーサク。悪いが少しの間、家の中に居てくれ。―――が来た。税の時期には早いはずだが。疚しいことはないが、コーサクの姿を見られると面倒なことになるかもしれない」
???なんて?
「え、はあ、はい?分かりました?」
何も分からないまま了承したオレの背を、ジョンさんが村長宅に向けて押す。
そのまま家の中に入った。
「パルメ!いるか!」
「はいはい。そんなに慌ててどうしたんだい?」
奥からパルメさんが出て来た。ジョンさんの様子に不思議な顔をしている。オレにも分からないです。
「―――が来た!コーサクを隠してくれ!俺は親父を呼んでくる」
「っ、分かった。コーサク、こっちだよ」
パルメさんは分かったらしい。聞いたことのない単語で話されてもオレには分からん。
とりあえずパルメさんについていくと、家の1室の戸棚に案内された。
「しばらくこの中に入ってておくれ。説明はあとでするから」
「はあ、分かりました」
狭っ。体を折り曲げてなんとか入った。パルメさんが戸を閉める。暗い。自分の手すら見ない。隙間から差し込む細い光だけが光源だ。
さて、と。状況がまったく飲み込めていないけど、ジョンさんはさっき「税の時期には早い」と言ったはずだ。
税の単語は分かる。前にルヴィが言っていた。税は麦で払うから、狩人の自分はその分の毛皮を村長に渡していると。
つまり、来たのは税を取りにくる人、だと思う。ただ、それとオレを隠すことが繋がらない?なんでだ?
「――――、―――」
「―――。――」
ん?誰か家に入ってきた。村の家の壁はただの木の板だ。遮音性はほとんど無い。
「どうぞ、こちらへ」
「ふん。相変わらず、ボロい家だ」
2人分の声。片方は村長の声だ。もう片方の声には聞き覚えがない。そっちが税の取り立てに来た人かな。徴税人でいいんだっけ。
第一声から嫌いなタイプだと思った。この家はボロくないよ。
戸棚の中で出来ることもないので、会話に耳を澄ませることにする。
「税の内容はさっき言った通りだ。さっさと払ってもらう」
「しかし、こちらとしても、急に払えと言われても困りますのう。例年であれば、税の徴収はまだ先のはず。こんなに早く、それも、去年の倍近くなど。何故、ですかな?」
「領主様のお達しだ。拒否は許されない。払うか、逆らって首だけになるか、だ」
ムカムカしてきた。脅しじゃないか。
「……分かりました。払いましょう」
「ふん。最初からそう言えばいいものを。税の期限は10日だ。それまでに持ってこい」
「ええ、ええ。それまでには。今日は泊まっていかれますかな?」
「こんなド田舎に泊まる訳がないだろう。すぐに帰る。期限忘れるなよ」
ガタガタと、家から人が出ていく気配がする。静寂の中を1人で待つ。
……オレはいつまでこのままなのか。
うん?近づいてくる足音がする。オレのいる戸棚の前まで来た。戸が開けられる。明るさに一瞬目が眩んだ。
「ほっほ。コーサクや、狭くなかったかの?」
戸を開けたのは村長のジャックさんだ。白い髭が特徴のご老体。
「ちょっと狭かったです」
戸棚から這い出す。体の緊張がようやく抜けた。
「それはすまんかったのう。コーサクは税には関係ないんじゃが、見た目が目立つからのう。余計な言い掛かりは避けたかったのじゃ」
「はあ」
まあ、確かに。会話を聞いただけでも、こちらを尊重しようという意思は微塵も感じなかった。オレの見た目はこの村の人とは完全に違うからな。余所者だと騒がれる可能性があったのだろう。帝国に戸籍があるのかは知らないが、今のオレは不法滞在人ということになるのか。
それにしても。
「嫌な感じでしたね」
「ほっほ。仕方あるまいて。この村も国の庇護を受けておる。税はその対価じゃよ」
「庇護、ですか?」
この村に来てから国との関わりを見たことはないけど。
「領主様が兵を出し、近辺の魔物を狩っているおかげで、この村も平和なのじゃよ」
「そうなんですか」
魔物。どうやらルヴィが狩っているのも魔物というものらしい。赤い宝石みたいな魔核がある生き物をそう呼ぶのだとか。ちょっと変わった動物にしか見えない。
領主が手配して狩っているのか。
「そうじゃよ。では、今日は帰るといい。ルヴィが待っているじゃろう」
「はい。ああ、そうだ。香草のお裾分けです。使ってください」
「おお、これはありがたい。パルメに渡すとしよう」
香草をいくつか渡し、村長宅を後にした。家に戻ってルヴィに今日あったことを話す。だいたいのことは他の人からも聞いたらしい。
「来た人の態度はかなり悪かったね」
「役人なんてそんなもんだ。俺たちのことなんて、同じ人間だとは思ってねえよ。コーサクは合わなくて正解だな。会ってたら、絶対に難癖を付けられたぜ」
それは国として大丈夫なのだろうか?あまり良い感じはしない。
あれが普通なのだろうか。まだ見たことのない、他の国ではどうなんだろう。少なくても、帝国は貴族がいて、身分の違いがあるらしい。
オレはそれを受け入れられるのだろうか。
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