第274話 模擬戦決着

 1対50の大戦闘。武器持ちの兵士は跳んでくるし、隙間を縫うように魔術も飛んでくる。


 火の矢、土の槍、水の檻、時折移動を妨げるように風。意外と殺傷能力高めな魔術群。向こうも本気を出して良いと判断したのか、攻撃に躊躇がなくなった。


「その方が! 読みやすくていいけど!」


 魔物は本能で動くが、人は思考し戦術を練る。ここの兵士たちの連携は見事の一言だ。

 だけど連携が上手すぎてタイミングが分かり易い。


 まあ、分かってても躱しづらいんだけど!


「進路を塞げ! 足を使わせるな!」


 兵を指揮する声が飛ぶ。周囲360度に兵士と攻撃魔術、ついでに魔術トラップ。


 八方塞がり、どころじゃない。


 けど、


「“上”の包囲が甘いですよ、と」


 脚力に任せた垂直跳び。同時に『防壁』で足場を展開。蹴って宙を駆ける。


 眼下には、オレを見上げる兵士たち。飛んでくる魔術を躱して跳ねる。


「新作爆破魔術、『手榴弾』」


 両手に爆破の魔術を発動。掌サイズ。渦巻く赤と黒の塊が2つ。


「投擲!」


 下に向かって投げる。当然のように魔術で迎撃された。爆風が体を叩く。


 ダメージなし。だけど問題なし。上を向いたら足元がお留守だぜ。


「座標指定『爆破』」


 兵士たちの足元に魔術を構築。怪我をしない程度の爆破規模。見えない位置から衝撃を食らった兵士たちが体勢を崩した。


「ぶっ飛ばす!」


 魔力の巨腕を操作。五指を広げて倒れ込む兵士たちを掬い上げ、そのまま全力で放り投げる。


 訓練場の外まで飛んで行く兵士たち。どんなに力が強くても人は人の重さしかない。魔物を投げるよりも遥かに楽だ。


 あとは受け身を頑張ってもらいたい。一応、大丈夫そうな方向には投げた。


「さてと――」


 空中から見下ろす先には少し数の減った対戦相手たち。このまま続けて行けば互いにほぼ怪我なくオレの勝ちだ。


 飛んでくる魔術を軽く避けながら再び『手榴弾』を構築する。


 空を自由に移動できるというのは対人戦で非常に有利だ。真上は人間の死角。行動を視覚に頼る人間は、空を見上げたままでは走ることさえできない。


「くっ、魔術の密度を増やせ! 魔術班! 面で攻撃しろ!」


「ま、魔術が発動しません!」


 魔術妨害。規模の大きな魔術は霧散させる。無駄のない綺麗な魔術は干渉しやすい。

 泣いたリーゼが暴走させた魔術よりよっぽど楽だ。あれは読めないからな……。


「……っ、何が出来ようとも相手は一人だ! 対応できなくなるまで続けろ!」


 魔術の数が増える。ついでに地の魔術で足場を作り、兵士たちも跳んで来た。爆破の衝撃で叩き落としておく。


 撃ち上がって来る魔術は宙を跳ねて躱す。縦横無尽どころではなく、三次元的に空を駆ける。空中と地上からの魔術の撃ち合い。


 空は広い。完全に面で攻撃するなど不可能だ。オレには攻撃が当たらず、兵士たちにはオレの攻撃が当たっていく。一方的に兵士たちが減る。


 そして、十分過ぎるほどに兵士たちの意識が空へと集まった。


「それじゃあ一気に決めますか」


 瞬発力。一瞬の爆発力こそがオレの強みだ。


「『魔力鎧』」


 防壁の魔術を重ねた鎧を身に纏い、オレは地上に向けて跳ぶ。落下中に火の矢が鎧に当たり、弾かれて飛んで行った。

 中身に被害はなし。


 地面に着地。むしろこっちが痛かった。勢いが強すぎて足が痺れる。


 着地で屈んだオレの周囲には、驚きに体を固めることなく襲ってくる兵士たち。


 殺到、という言葉の見本のようだった。


 だが兵士の剣がオレに届くより速く、オレは爆破の魔術を行使する。

 オレは爆破の精霊の宿主。後天的な精霊使い。魔術の行使に詠唱は不要。魔術は意思一つで発動する。


 一瞬で、オレの周囲全方位に爆破の魔術を配置。


 ちなみに、爆破の魔術は使用者に近いほど威力が高い。


「『爆破』」


 魔力の鎧を爆破の衝撃が叩く。同時に衝撃を受けた兵士たちが吹き飛ばされていく。


 そして飛んで行く兵士が壁となって、他の兵士にはオレを攻撃することができない。

 オレが空にいれば狙い放題だったが、地上には味方という障害物があるのだ。


 その落差に、兵士たちは一瞬だけ硬直する。


 当然、その隙を逃しはしない。


「追加で『爆破』」


 地面を舐めるように爆破の魔術を発動。食らって転ぶ者。跳び上がって避ける者。魔術で防ぐ者。様々。


 それを全て関係なく、魔力の腕で撥ね飛ばす。10本の巨腕が竜巻のように周囲を一掃した。


 大半の兵士たちが巻き込まれ、場外まで飛んでいく。


「まだだっ!!」


 大半に含まれなかった兵士が5人、全力で肉体を強化して突っ込んで来る。


 歴戦の兵士たち。年嵩の者が多い。たぶんロゼッタを良く知っている世代だろう。


 だからこそ、完璧に封じる。


「捕らえろ『防壁:檻』」


 4人を魔力の檻に閉じ込める。1人は直前で避けた。最初に会話した人だ。


 気迫に満ちた目と視線が合う。


「せめて一太刀っ!!」


「『戦闘用魔力腕:追加1』」


 振り下ろされる大剣を、新たな魔力の腕で迎撃した。そのまま剣ごと全身を握り込む。拘束。


「ぐうっ」


 刃を潰した剣だ。苦しそうだけど切れはしない。


 周囲を見渡す。近くに動ける者はいない。遠くから、場外へ飛ばされた兵士たちが戻ってくるのが見えた。


 審判役のミザさんを見る。


 さて、実は勝敗の条件を決め忘れてたんだけど、場外は脱落判定になるのだろうか。


 ミザさんは訓練場の中を確認し、こくりと頷いた。


「そこまで! コーサク様の勝利です!」


 ほっと息を吐く。さすがにこれ以上の戦闘は色々と厳しいところだった。


 空中で戦うのは強いが三半規管が辛い。最近はまともに三次元機動なんてやっていなかったので、実はけっこうヤバかった。帰ったらたまに訓練しておこう。


 ともあれ、これでお互いにほぼ無傷での決着だ。ロゼを守れる強さを示せたと思いたい。


 オレは魔力の檻と腕を解除し、兵士たちに向かって歩き出した。




 ――で、何故か屋外で宴会が始まった。


 訓練場には野営の際に使うと思われる調理器具が並び、そこかしこで肉が焼かれている。ついでに酒も開けられていた。


 ちなみに、まだ日は高い。勤務中では……?


「いやあ、コーサク殿は強いですなあ! 詳しく聞けば冒険者としても名を残しているとか! 我々もこれで安心というものです!」


「文武両道とは、お嬢様も良い方を捕まえられた!」


「ご息女も実に愛らしい。今日の酒は格別に美味いですなあ」


 さっきまでけっこう本気で戦っていた兵士さんたちが、かなり機嫌よく笑っている。

 みんな親戚の娘でも結婚したような雰囲気だ。


 というか、オレの周りはオジサンたちばかりだった。ガタイの良いオジサン兵士に酒を注がれている。


 ちょっとむさ苦しい。これはこれで楽しいけど。


 酒を一口飲む。かなり甘口の果実酒だった。ここに来る前に食べた梨っぽい果物の香りがする。


「皆、料理ができたぞ。簡単なものだがな」


 ロゼが大皿を両手に持ってやって来た。

 オレが戦ったばかりと言うことで、今日の料理担当はロゼになったのだ。


 ちなみにリーゼはミザさんに抱えられて他の兵士に挨拶をしている。リーゼは人見知りしないので、行く先々が明るく盛り上がっていた。


 ロゼが料理をしているが、使用人のメリーさんの姿はない。領主の館まで知らせに行ったのだ。

 領主一家もこの宴会に呼ぶらしい。……フレンドリーだな。


 まあ、狭い領地だし、普通なのかな。と思いながらロゼの作った野菜炒めを食べる。良い火の通り方。美味い。


 同じ料理を口にした兵士さんたちが、しみじみと頷いた。


「まさかロゼッタお嬢様の料理を食べ、美味いと言える日が来ようとは……!」


「生きている内に機会があるとは思っておりませんでしたなあ。やはり愛は人を変えるものです」


「お嬢様の料理は基本消し炭だったものなあ」


「ああ。剣以外は本当に不器用だった……」


 好き放題言う兵士たちに、ロゼはとても良い笑顔で話し掛ける。


「ふふふ。皆、次は私とも模擬戦をするか?」


 迫力のある微笑みに、兵士たちは揃って首を横に振った。


 良い判断だ。ロゼの装備は全てオレが徹底的に強化しているので、たぶん同じルールで戦うと酷いことになる。

 手札が全部バレているとはいえ、オレ相手でもロゼは長期戦に持ち込めば勝てるのだ。

 マジで強い。


「コウ、お代わりはいるか?」


「ああ、うん、もらうよ」


 料理をよそってもらう。


 何故かオジサン兵士たちが目を潤ませていた。


「……ううむ、お嬢様が妻として、母親として過ごす姿を見られるとはなあ」


「我々も歳を取りましたなあ」


「ああ、近頃は涙もろくて困る。この間など孫娘に名前を呼ばれただけで泣いたぞ」


「それなら孫が嫁に行ったら泣き崩れるだろうに」


 オレもリーゼが嫁に行ったら泣き崩れる。


「まったく、皆もまだまだ若いだろう」


 ロゼが困り顔で笑いながら、兵士さんたちの皿にも料理を追加していく。


 なんというか、平和な秋の午後だった。

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