第176話 群れの強さ

 血の匂いが溢れる湿地の中で、大型の走竜が暴れ回る。その凶悪な顔面には大きな傷ができていた。

 カルロスさん達がぶつけた魔術の結果だ。


 頭部を襲う痛みに、怒りと憎悪に満ちた目を光らせた大走竜が、その巨体を以って突進する。


 だが、その攻撃は十分な効果を発揮できない。


「盾!! 構えろ!!」


「「「「おう!!」」」」


 カルロスさんの声に船員たちが動く。一糸乱れぬ壁となる。体から魔力を立ち昇らせ、船員たちが巨体の突進を迎え撃つ。

 ぶつかり合った盾と鱗のある巨体が、盛大な衝突音を響かせた。圧倒的に小さな人間たちが作る壁は、しかし巨大な暴力を前にして崩れない。


 大走竜の勢いが止まる。


「攻撃ー!!」


 その指示に、残りの船員たちが巨体に向かって突撃する。


「食らえやー!!」

「おおおお!!」

「爪に気を付けろ!」

「行くぜー!!」


 剣を手に、槍を手に、思い思いの獲物を手に、船員たちが泥濘の上を駆け抜ける。頑強な男たちが、風のように飛んでいく。


 剣が鱗を切り裂き、槍が肉を抉る。流れる血に、錆色の匂いが強くなっていく。


 自らを傷付ける小さな生き物に、大走竜が怒りを籠めて噛み付きを行う。だが、その鋭い牙が届くことはなかった。

 一撃を与えた船員たちは、すぐさま撤退している。


 苛立ったようにガチガチと牙を鳴らす大走竜。その前に、盾を構えた船員たちが並ぶ。


 怒りに染まった目が、壁となった船員たちを睨み付ける。牙をむき、大走竜が再び突撃する。そして、当たり前のようにそれを止める船員たち。

 後はその繰り返しだ。


 勢いを止めた大走竜に傷を負わせ、確実に弱らせる。誰も失わせるつもりのない手堅い戦法。全員が一つの生き物のように動く様は、荒々しくも美しい。

 カルロスさんらしい戦い方だと思う。ここまま行けば、問題なく勝てるだろう。


 だからオレは、邪魔をするものを排除しよう。


 オレの隣で青い顔をしている期待の若手、ジャス君に話しかける。


「ジャス君、ちょっと移動したいから手伝って」


「……え? あ、はい。あの、コーサクさんはあれと戦わないんですか?」


 暴れ回る大走竜から視線を逸らさずに、ジャス君が聞いてくる。


「そっちはカルロスさん達に任せるよ。上手く連携を取れないと邪魔になりそうだし。それに、オレは仲間が近くにいると攻撃しづらいんだよね」


 近くに人がいると爆弾が使えないのだ。


「だから後詰め……のつもりでいたんだけど。来たみたいだからね」


「来たって、何がですか?」


 ジャス君の疑問に、魔力の感覚を広げる。大走竜が来た方向からやってくる魔力を感じる。数は8。普通サイズの走竜だろう。ボスを追ってきたか。


「別な走竜が8頭くるよ。だから、2人で狩ろうか」


「本気ですか……?」


 ジャス君が引き攣った顔で聞いてくる。本気だ。オレ一人で行ってもいいが、戦闘経験の少ないジャス君を放置するのも不味いだろう。

 ここに1人でいるよりは、オレの近くの方が安全だ。


 一緒に来るジャス君は少し大変かもしれないが、怪我はしないだろう。させるつもりもない。


「大丈夫だよ。オレは結構強いから」


「……分かりました」


 不安を抑え込んだ表情で、ジャス君が返事をする。その顔には、船員の1人としての覚悟がある。いいね。怯えがあっても立ち向かえるのは素晴らしい。


 ジャス君から了解も取れた。カルロスさんにも伝えよう。戦闘のただ中に向かって声を張る。


「カルロスさーん!! 追加の走竜が来るので、2人で狩って来まーす!!」


「頼んだ!!」


 カルロスさんが戦闘の指揮を執りながら返答する。これでよし。


「さて、ジャス君。移動は任せた」


「はい……やりますよ」


 ジャス君が軽くしゃがむ。その背中にお邪魔した。そのまま背負われる。移動はジャス君。戦闘はオレが担当するスタイルだ。


 あまり恰好いいとは言えない形だが、人に運ばれるのは良くあることだ。もう慣れた。

 それに、魔石もオレ自身の魔力も節約しなければならないのだ。仕方ない。


「……コーサクさん、魔力少なすぎじゃないですか?」


 オレに触れたジャス君が不安そうに言う。まあ、今のオレの魔力はかなり少ないので、その感想はもっともだ。でも。


「大丈夫だよ。さっきも言った通り、オレは結構強いんだ」


「…………まあ、行きます」


 顔は見えないが、不安な表情をしているだろうジャス君が走り出す。「大丈夫かなあ……」という呟きが、小さく聞こえた。





 ジャス君が勢いよく湿地を駆けていく。優秀なのは本当らしい。流れる魔力に淀みがない。水上歩行の魔術が綺麗に発動している。期待の若手というだけはある。


 まあ、今は余裕がないみたいだけど。


「コーサクさん!! 後ろ!! 来てますよ!!」


 オレを背負って走るジャス君の後ろを、3頭の走竜が追い掛けて来る。かなり速い。四足歩行は便利だな。


「ちょっと待ってて」


 焦るジャス君に応えつつ、手元を動かす。持っているのは、海で手に入れたタコの身と、爆弾の魔道具だ。

 その握り拳サイズのタコの身に切れ込みを入れ、爆弾を埋め込む。準備は完了。


「よっと」


 そのまま後ろに放り投げる。ぼちゃりと泥の上に落ちるタコ足。それに、走ってくる走竜の1頭が噛み付く。


「『爆破』」


 湿った音とともに、走竜の頭が吹き飛ぶ。血と肉が弾けた。その衝撃に他の2頭も足を止める。


 その隙に魔術を使う。座標は驚愕に開いた眼球付近だ。魔力を多めに籠めて、一撃で殺すつもりで発動する。


「『爆破!』」


 2つの爆発が湿地の泥を揺らす。脳まで届いた衝撃が、走竜の命を刈り取った。討伐完了だ。


「よし。次に行こうか」


「……コーサクさん。その魔道具をばら撒けば、すぐに終わるんじゃないですか?」


 少し疲れた顔でジャス君が言う。まあ、その通りではある。遠くから口の中を狙って射出すれば簡単に終わるだろう。


「確かにそうだけど、ここだと補充ができないんだよね。だから、必要最低限しか使わないつもりだよ。帰りの航海で、弾が足りなくなったら困るし」


「……まあ、それはそうですね」


 船の上での出来事を思い出したのか、ジャス君は素直に頷いてくれた。船上では節約が基本だ。もしもの時を想定して準備した物なんて、余るなら余る方がいい。


「じゃあ、行きます。次はどっちですか?」


「ええと、あっち。よろしく」


「了解です……!」


 返事をしながら、力強くジャス君が走り出す。次の獲物はすぐそこだ。





 追加で接近してきた走竜も全て狩り、カルロスさんのところに戻ると、大走竜も討伐されていた。

 10メートルを超える巨体が、半身を泥に埋めて息絶えている。


「コーサク、ジャス。よくやった。怪我はないか?」


 オレ達に気づいたカルロスさんが声をかけてくる。


「オレ達は無事ですよ。2人とも怪我もありません。そちらはどうでした?」


 見渡した感じ、怪我人はいなそうだが。


「こっちも無事だ。何人か、泥の中に飛ばされた奴はいたがな。怪我はない」


「それは良かったです」


 本当に何よりだ。


「そうだな。ああ、コーサク。この走竜の体を調べてみたんだが、どうやらコイツは雌のようだ。グルガー殿に聞いても、この大きさの走竜には遭遇したことがないらしい。走竜が急激に増えた原因は、コイツかもしれないな」


「おお、なるほど」


 変わった魔物の個体が産まれて来るのは珍しいが、たまにあることだ。『白の蛇』バイサーが連れていた、大型の白い翼竜とかもそうだ。

 この大走竜もそんな個体だったのだろう。


「それなら、これで走竜の増加は止まるかもしれませんね」


「ああ、そうだな」


 この依頼の達成も、もう少しだろう。




 翌日も同様に走竜の討伐を行い、同行したグルガーさんから、ここまでで良いとの判断が出た。


 討伐は終了。力を見せたカルロスさんの言葉を、長は真面目に聞いてくれるらしい。聞き入れるとは言わなかったが。

 まあ、耳を貸してもらえるようになったので前進だ。この先はカルロスさんの戦いである。


 そして、オレの戦いも始まる。オレ1人での地龍の試練への挑戦だ。

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