第177話 試練の始まり
村で最も大きい屋敷の一室で、一人の老人と向かい合う。眼光鋭い琥珀色の目。この村の長であるグンジさんだ。
走竜を討伐したことで、ようやく名前を教えてもらえた。
「……」
「……」
広い部屋の中には2人きり。グンジさんは、さっきからずっとオレを睨むように見つめるのみだ。視線と沈黙が痛い。ついでに正座しているので足も痛くなってきた。
喋ってもいいんだろうか。
そろそろ話し掛けようかと思ったとき、グンジさんの口が開いた。低く、重く、掠れた声で話し出す。
「……地龍様の試練は、この村じゃ大切なもんだ。それを汚すような真似をしたら……どうなるか分かってんだろうな?」
グンジさんが、視線だけで人を殺せそうな顔をして聞いてくる。後ろ暗いことはなにもないが、かなり怖い。
その圧力に引き攣りそうな顔を、無理矢理固定する。
「ええ、分かっています。誠実に、正々堂々と挑むことを誓います」
「……」
じっと見つめられる。視線を逸らしたら負け、という言葉が頭をよぎった。何の勝負なのかは知らないが。
そのまま重さを感じそうなほどの視線を受け止めていると、ふいにグンジさんが力を抜いた。
フンッと鼻を鳴らして話し出す。
「外から来る奴は変なのばかりだ」
自覚はあるので“変なの”への反論はできない。
「……案内にグルガーを付ける。明日の朝、ここに来い」
……試練を受けさせてくれる、ということですよね?
「はい! ありがとうございます!」
許可は下りた。ありがたいことに、明日にでも試練を受けられる。オレの準備は既に万全だ。
さあ、気合を入れていこう。
翌日。グルガーさんと2人で山道を歩いている。
地龍の居場所までは、走って2日くらいかかるらしい。オレは長時間の身体強化ができないので、その倍は時間が必要なはずだ。
というか、この島はかなり広いんじゃないだろうか。正確な大きさは分からないが、この世界の人が2日走ったら、かなりの距離だぞ。島って呼んでいいのか?
いや、まあ、周りを海で囲まれてたら島なんだろうけど。大陸と島の違いって何だっけなあ。
そんなことを考えつつ、無言で足を進める。
「……」
「……」
草を踏みつける音だけが響く。グルガーさんは無口だ。基本的に必要なことしか話さない。
そして、オレもあまり話す余裕はない。喋るとその分体力を使う。無駄話にエネルギーを使う余裕はない。
黙々と、ただひたすらに歩く。山を越え、川を越え、原っぱを越えて歩く。道と呼べる物はほとんどない。疲労が溜まった足は棒のようだ。
グルガーさんが休憩に付き合ってくれるのがありがたい。きっと、オレの歩くペースを非常に遅く感じていることだろう。
巌のような顔は常に厳しいので読み取れないが、苛ついているかもしれない。
食事の時間には、グルガーさん達の主食が判明した。芋っぽい外見の謎植物だ。大きさはカボチャ並み。地上で実を付けるらしい。
魔物の骨を焼いた灰を畑に撒けば良く育つのだとか。育つのが早く、年に3回収穫できるとのこと。
なんとなく、魔物産の植物のような気がする。
焚火に丸ごと突っ込んで焼いたその正体不明の穀物と、干し肉や干しタコが道中の食事だ。
かなり味気ないが、お米を手に入れるためと思えば気にならなかった。
そして5日目。地龍の棲む谷の入り口へと着いた。大地が裂け、100メートル以上の幅を持つ巨大な谷を形成している。
生き物の姿は全く見えない。草すら疎らだ。寒々しい岩や土だけの光景が視界に入る。遠くに小さく見える岩は、オレの何倍の大きさだろうか。
周囲の魔力は濃く。奥には巨大な魔力を感じる。氷龍や鯨と同規模の、背筋が震えるほどの魔力だ。これが地龍だろう。
眼前の景色と魔力に圧倒されるオレに、グルガーさんが声を掛けてくる。
「この先に進んだ時点で試練の開始だ。今ならまだ戻れるぞ」
最後の意思確認だ。
「今更やめるなんて言いませんよ」
始まってもいないのに、諦める理由がない。
「そうか……。ならば試練の開始だ」
一応、試練の内容を確認しておこうか。
「ええと、地龍様にお会いして、お話を聞いて戻ってくればいいんですよね?」
未だに少し疑っているのだが、地龍は人語を話せるらしい。長であるグンジさんからの情報だ。
「そうだ。無事に帰ってくれば試練は達成だ」
「分かりました」
無事に帰ってくる。生命活動に魔力を使うこの世界の人では、地龍の濃すぎる魔力は毒だろう。
だけどオレには関係ない。魔力濃度の影響を受けないオレは、この試練で有利だ。
少しズルい気もするが、代わりに身体強化をほとんど使えないので勘弁して欲しい。
「では、行って来ます」
「ああ」
グルガーさんが短く頷く。それを確認して、オレは歩き出した。巨大な谷へと足を踏み入れる。
周囲は土と岩と石。無機物だらけの空間だ。人語を解す地龍とは、どんな存在だろうか。
大小の石が転がる谷の底を歩く。谷の底部は薄暗く肌寒い。顔を上げれば、陽が当たっている場所が上の方に少しだけ見えた。この谷はとても深い。上から落ちて来たら、魔物でも即死しそうだ。
「まあ、魔物は棲んでなさそうだけど」
陽の当らない谷の底には、餌になりそうなものがない。食べるものがないなら、魔物も近づかないだろう。
それでも、気を付けるのに越したことはない。魔力の濃いこの場所では、オレの魔力察知の精度は著しく落ちている。慎重に行こう。
あとは、ここら辺でボムも起こすか。地龍との対話ではフォローして欲しいし。
自分の魔核へと意識を向ける。
「起きろボム」
『……やあ、おはよう。僕の宿主よ』
ふわふわと、ボムがその姿を現す。衝撃を無理やり人の形にしたような姿だ。
「地龍と話に行く。協力よろしく」
『もちろん。任せてよ』
地球人としての特性も、精霊も、装備した魔道具も、全て使わせてもらう。オレの全力で、この試練を越えよう。
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