第214話 小旅行

 薄い雲が流れる冬の空の下を、オレの改造馬車で走り抜ける。目的地は、お酒が名産のサリトアの街。数時間前に始まった、初の家族旅行だ。


 御者台、というか運転席と言うべき場所にはオレが座っている。隣ではタローが外の風景を見つめていた。ロゼとリーゼは後ろ、馬車の中だ。


「リーゼの様子はどうー?」


 少し声を張って、背後へと問いかけてみる。


「大丈夫そうだ。酔った様子もない。むしろ、外の景色を楽しそうに見ているな」


「そっか。それならいいや」


 リーゼは馬車に乗るのが初めてだが、特に問題はないらしい。一安心だ。


「コウのおかげだな。これだけ揺れない馬車ならば、そう負担も掛からないだろう。うむ、掛かった費用については、目を瞑っておくことにしよう」


「……はははー」


 笑って誤魔化した。


 リーゼの安全のために自重をなくしたオレと、悪乗りしたガルガン親方たちが全力で改良した結果、この改造馬車は大幅なパワーアップを果たした。魔道具を起動すれば、上級の魔物すら轢き飛ばせるレベルだ。特級が相手でも、無事に逃げるくらいは出来ると思う。


 その代わりに、材料費だけで目が飛び出る金額になった。うちの家計はオレとロゼの2人で管理してるから、ロゼにはすぐにバレたのだが。あんなに困った顔をしたロゼは初めて見たなあ。怒るに怒れないって表情だった。


 まあ、後悔はしていないけど。家族の安全は、金には代えられないのだ。


「金で安全が買えるなら、安いもんだよな。タロー」


 オレの言葉にタローは尻尾を振って応えた。その黒い瞳に呆れの色が見えるのは、たぶんオレの気のせいだな。





 陽が暮れる前に、余裕を持って馬車を停めた。街道脇の何もない原っぱが、今日の宿泊場所だ。たまに通り過ぎていく普通の馬車は、もう少し先まで進むのだろう。


 馬車から降りたリーゼは、タローと一緒に見知らぬ景色を探索することにしたようだ。寒さ対策のためのふっくらとした服装で、興味深そうに周囲を見ている。歩く度に揺れる帽子の飾りが可愛らしい。


 ロゼはリーゼを追い掛けながら、周囲の安全確認をしてくれている。そっちは任せるとして、オレは夕食を作るとしよう。


 はしゃぐリーゼから目線を戻して、改造馬車を見る。


「うーん、ゴツくなったなあ」


 改造馬車は、傾きかけた陽の光を浴びて鈍く輝いている。外側に使った暴食蟻の甲殻による、艶のある黒色だ。大きさ自体も前より一回り大きくなっているので、けっこう威圧感がある。


「……この旅行が終わったら、ちゃんと塗装しよう」


 本当は、普通の木製馬車に見えるように茶色に塗装しようと思っていたのだが、調子に乗って色々と詰め込んだ結果、旅行までに塗装が間に合わなかったのだ。


 さすがに黒塗りの馬車は目立つ。というか、オレの感覚だと黒塗りの装甲車に見える。一応、運転席部分の装甲は畳めるので、色さえ変えれば普通の馬車に見えるようになるだろう。たぶん。


「さてと、とりあえず料理を始めるか」


 雪は降っていないとはいえ、さすがに気温は低いし、今日の夕食は鍋だ。簡単でいいな。




 出汁を取って具材を煮込み、その間に馬車の中で食事を摂れるように準備をする。親方たちと改良を重ねた馬車の中は、あっちの世界でのキャンピングカーを思い出す造りになっている。テーブルを展開すれば、親子3人で食事を摂るくらいは余裕だ。


 展開したテーブルの上にコンロを載せ、鍋を移動する。あとは食器類を並べれば準備は完了だ。2人と1匹を呼ぶとしよう。


 馬車から顔を出すと、少し離れた場所で、タローがリーゼを乗せて歩いているのが見えた。いつものあれだな。


「ロゼ! リーゼ! タロー! ご飯できたよー!」


 ご飯という単語に、リーゼとタローが仲良く反応する。その揃った動きに、ロゼがおかしそうに笑うのが見えた。


 少し速足で、タローが馬車まで歩いてくる。当然ながら、タローの背中に乗ったリーゼも一緒だ。


 手が届く距離まで来たリーゼを抱き上げる。また少し重くなった柔らかさに、つい頬が上がった。


「よーし、リーゼ。ご飯の前に手を洗うぞ?」


「らうー!」


 舌足らずな返事に笑みを深め、リーゼを抱いて馬車へと入った。




 そして夕食だ。照明の魔道具によって、鍋の具材が照らされている。味付けは薄くしたので、リーゼでもそのまま食べられる。オレとロゼは好みで調味料を追加する形だ。


 少し下を向けば、タローは鶏のつみれを美味しそうに食べている。


「コウ、今日も美味しいぞ。野菜が良いな」


 リーゼの様子を見ながらも、ロゼが感想を言ってくれた。


「うん、キャベツとネギが旬だからね。野菜の優しい甘さがいい感じだよ」


 やっぱり旬の食材は美味しいものだ。余計な手を加えなくても十分に美味しい。リーゼも黙々と食べている。


 鍋の具材を食べ終わる頃には、体の中から温かくなった。やっぱり冬は鍋だな。だけど、これで終わりじゃない。


「今日はシメのおじやを作ろうと思いまーす」


「うむ。楽しみだな」


 ロゼの声を聞きながら、鍋の出汁に炊いたご飯を入れてほぐす。コンロを起動し、鍋が軽く沸騰したのを確認して、溶いた卵を回し掛けた。うん、柔らかい良い匂いがする。


「お~」


 湯気を立てる鍋の様子に、リーゼはテーブルに両手をついて興味深そうに覗き込んでいる。ロゼがその様子に微笑みながら、リーゼの体を支えた。


「リーゼ、あまり鍋に近付くと危ないぞ?」


 2人の様子に笑いながら、火を止めて蓋をする。少し蒸らせば完成だ。



 時間を見て蓋を開ければ、鍋から大量の湯気が上がった。一緒に美味しそうな匂いも広がる。中を確認すれば、卵の固まり具合も良い感じだ。


「うん、いい出来じゃないかな」


「ああ、美味しそうだ」


「お~」


 出来上がったおじやを全員に配る。リーゼの分は、ロゼが風の魔術で軽く冷ました。ロゼから深皿を渡されたリーゼは、スプーンを握り締めて、ちょっと不器用におじやを口に運ぶ。丸い頬が柔らかく膨らんだ。


「リーゼ、おじやは美味しい?」


「ん~!」


 リーゼが口を開かずに頷いた。好みの食べ物のときの反応だ。リーゼの口にも合ったらしい。うん、良かった。


 リーゼの様子を見てから、オレも自分の皿へと向き合う。とろみのあるご飯と卵を口に運べば、熱と出汁の香りが口内に広がった。はふりと息を吐き、少し冷ましながら噛んでいく。ご飯と卵の柔らかい味と食感がいい。


「うむ、優しい味だな」


「うん、出汁が体に染みて来そう」


「ふふ、コウの体には染みるのか?」


「……感覚的に?」


 ロゼに笑われた。楽しそうで何よりです。


 自由におじやが作れるのはいい。少し前まではどうやっても無理だったのだから。今は家族と一緒にシメのおじやが食べられるのだ。オレは幸福だな。




 食事も終わり、明日に備えて後は寝るだけだ。リーゼの初旅行は順調だなあ。


 ……と、思っていました。


「おほん~!」


「リーゼ、絵本は明日だ。もう寝る時間だぞ?」


 いつもなら寝ている時間だが、リーゼが寝ない。旅の興奮で眠気が飛んでしまったらしい。あとは、馬車での移動で体を動かす時間が少なったことも原因だろうか。


 結局、ロゼがおとぎ話を聞かせている間に、リーゼは無事に寝入った。その愛らしい寝顔を見ながらロゼと小声で話す。


「明日はオレが昔話でも語ろうか?」


「……コウは全力で話し過ぎて、リーゼが寝なくなるから駄目だ」


 駄目らしい。リーゼの反応が可愛くて、オレはついつい話を盛り上げてしまうのだ。


「それはごめんなさい。明日もお願いします」


「うむ、任された」


 リーゼを挟んで2人で笑い合う。さてと、明日も運転を頑張ろう。





 貿易都市を出発して丸2日。サリトアの街が見えてきた。少し離れた場所には高い山も見える。あの山からの水が、お酒造りには使われているらしい。


 その光景を見ながら、隣でロゼがポツリと呟いた。


「お酒造りが盛んな街、か……」


 チラリと隣を見れば、ロゼはちょっと困った顔をしている。


「リーゼも自分で食べられるようになって来たし、ロゼもお酒飲んでいいんじゃない?」


 ロゼはけっこうな酒好きだが、かれこれ2年以上もお酒を飲んでいない。当然、リーゼがいるからだが、そのリーゼも最近乳離れが済んだ。もう大丈夫だろう。


「ロゼが飲みたいときは、オレがリーゼを見ておくから問題ないよ」


 そう笑って伝えれば、ロゼは少し迷った末に口を開いた。


「……そうか。……それなら、コウに少し甘えさせてもらおう」


 運転中のためにちゃんと顔を見ることは出来ないが、ロゼの声色はとても嬉しそうだった。うん、いつものお礼も兼ねて、街で良いお酒でも買ってあげようか。


 お酒の種類を思い浮かべながら、オレは改造馬車を街へと走らせた。





 そして街の入り口まで来た、のだが……何か様子が変だ。


 街の大通りで、住民達が何かを叫びながら行進しているように見える。何あれ、デモ?


「……これ、どういう状況なんだろう?」


「分からないが、平穏ではなさそうだ」


 来た道を引き返すことを選択肢に入れつつ、御者台の装甲を畳む。遮るものがなくなったことで、住民達の声が聞こえるようになった。


『町長の横暴を許すなー!!』


 やっぱりデモなの?


『俺達にも酒を飲ませろー!!』


 ???


 町長の横暴とお酒が繋がらない。いったいどういう状況なんだ?


 混乱しているオレ達の元へ、入り口付近に立っていた年配の兵士が近寄ってきた。


「馬のいない馬車とは珍しいもんに乗ってるな。お前さん達、どっから来たんだ?」


「ええと、近くの貿易都市リリアナからです。あれ、何があったんですか?」


 都市の名前を伝えてから、どうなっているのか聞いてみた。オレの質問に、年配の兵士は顔を顰めながらも答えてくれた。


「ああ、町長が飲酒を禁止する命令を出してな。酒好き達が抗議しているところだ。……まったく、仕事終わりの一杯をなしに、どうやって働けってんだ」


 その不満の混じった説明に、隣でロゼが呟いた。


「飲酒の、禁止……?」


 珍しく呆然とした顔だ。さっきまで楽しみにしてたからな。


 というか、酒造りが盛んな街で、まさかの禁酒法? どういうことだ?

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