第260話 旅の再開
モグラ退治を終えて村へと戻り、井戸でタローの体を洗わせてもらった。口元の赤い血も、体に付いた土も落ち、いつも通りの白いタローが復活だ。
これでリーゼに怖がられることはないだろう。
「よし、タロー。広場に戻ろうか」
ひと暴れして機嫌の良いタローを連れて広場へと向かう。
広場に到着すると、依頼主は既に待っていた。依頼主の隣には小さな荷車があり、今回の報酬が載っていた。
依頼主からモグラ退治の件が伝わっているのか、広場を進む度に村人から機嫌の良い声をかけられる。
「おう、お疲れさん!」
「兄さん、助かったぜ!」
「仕事が速いねえ。どうもありがとう」
一人一人に立ち止まっていては進めないので、連続で会釈しながら通り過ぎる。
隣ではタローがいつもより凛々しい顔で歩いていた。オレより称賛の声に慣れてるな。恰好いいぞ。
タローを見習って気持ち胸を張って歩き、依頼主の前まで来た。
「やあ。あらためてありがとう。報酬を用意させてもらった。どうぞ持って行ってくれ」
「ありがとうございます。お役に立てて良かったです」
お互いに礼を言った後に、依頼主が報酬の説明を始めてくれた。荷車へと寄り、依頼主は初めに一抱えもある黄色いチーズの塊を手で軽く叩く。
「こっちが牛の乳で作ったチーズだ。まだ若くて癖がないものを選んだから、あんたの子供でも火を通せば食えるだろう。それで、こっちが山羊乳のチーズだ」
次に示された山羊乳のチーズは、見た目が手乗りサイズの石だった。言われなければチーズだと認識できなかったかもしれない。
「こっちのチーズは酒に合うんだ。嫁さんと楽しんでくれ。ああ、見た目より柔らかいから気を付けてくれよ」
「分かりました。楽しみですね」
依頼主が笑って顔に皺を作りながら、次の説明のために腕を動かす。
「子山羊の肉はこの中だ。まだ柔らかいから、香草と一緒にただ焼くだけでも美味いぞ。村だと祝いのときにそうやって食う」
「それは美味しそうですね」
子山羊の丸焼きとか美味そう。質が良いようなら、デュークさんとロザリーさんへのお土産にしようか。
「最後が乳だ。牛の乳と山羊の乳の2つ。今朝絞ったばかりだが、あまり日持ちするもんでもないから、早いうちに使ってくれ」
依頼主が、2つある素焼きの壺を手で示した。
「はい。気を付けます。どれも美味しく食べさせてもらいますね」
「ああ、そうしてくれると嬉しいよ。それにしても本当に助かった。普通の魔物なら村の人間だけで追い払うくらいはするんだが、土の中じゃ手が出なくてなあ。いや、本当にありがとう」
「ええ、どういたしまして」
オレが応えると、隣でタローも胸を張った。依頼主が笑う。
「ははは、そっちの狼もありがとうな」
「ヴォフ」
タローが自慢気に尻尾を振り、場が穏やかな雰囲気になったところで、村の顔役のドネルさんがやって来た。
酒が回っているのか顔が赤いが、足取りは確かだ。
「おう兄さん、お疲れさん。こんなに早く終わるとは驚いたなぁ。どうもありがとよう。今日はぜひ泊まってってくれ。狭い村だが、美味いもんでも作らせるからよぉ」
「ええと……」
宿泊、かあ……。
悩む姿勢を見せながら空を見上げてみる。太陽の位置はまだ高い。改造馬車なら、今日のうちにかなりの距離を走れるだろう。
そして、もし泊まった場合には、夜には村総出の宴会になると思われる。当然、酒も出る訳で……馬車を運転するのに二日酔いは避けたい。
飲酒運転を禁止する法律なんてこの世界にはないが、家族を載せている以上、アルコールが残ったままでの運転なんて論外だ。
となると、
「すみませんが、先を急ぎたいので遠慮させてください」
先を急ぎたいのは事実。今回の旅の一番の目的は、リーゼの魔術の暴走を封じることだ。リーゼ本人の安全のために、なるべく早くロゼの実家に向かいたい。
オレが言うと、ドネルさんが残念そうに肩を落とした。
「そうかあ。そういや、嫁さんの実家に孫の顔を見せに行くんだったなぁ。そんならまあ、爺さん婆さんも首を長くして待ってるか……。おう、分かったぁ。せめて見送りはさせてもらうから、気を付けて行ってくれえ」
表情を切り替え、ドネルさんは奥さん方が集まっている場所へ向けて声を張る。
「おうい! 先を急ぐから帰るってよぉ! 嫁さん放してやれえ!」
おお、言い辛かったことを言ってくれた。ありがとう、ドネルさん。
「もう帰るのかい?」
「泊まって行けばいいのに」
「何日いてもいいんだよ」
奥さん方からは不満混じりの声が上がるが、ドネルさんは気にせず女性陣の群れを割って歩く。その後ろをオレも進んだ。
「孫の顔を見せに行くんだぁ。早えほうがいいだろうよう」
「そりゃまあねえ……」
「小っちゃいのなんて、あっという間だもんねえ」
納得する雰囲気が広がったところで、ロゼとリーゼの下へと着いた。リーゼは元気だが、ロゼは少し疲れた顔をしている。娯楽に飢えた奥さん方に、興味のある話題を語るのは大変だったようだ。
それでも、ロゼは微笑みを浮かべてオレを見た。
「コウ、お疲れさま。怪我がないようで何よりだ。タローも活躍したようだな」
「タロー、こっちー!」
リーゼがタローを呼び、タローは嬉しそうにリーゼの前まで移動した。
リーゼからオレへの「お疲れさま」はないらしい。パパは悲しい。
「……タローとオレの連携で、モグラ退治は順調に終わったよ。報酬ももらったから、そろそろ出発しようか。お義父さんとお義母さんが待ってるからね」
「うむ。そうだな。旅に戻るとしよう。――それでは皆さん、楽しい時間をありがとうございました」
ロゼが綺麗に微笑んで周囲を見渡す。一瞬空気が止まった気がした。
「こっちも楽しかったよ!」
「色々聞かせてくれてありがとね!」
「また帰りも寄りなよ!」
さすが元貴族。オレよりも社交性があるなあ。振る舞いが如才ない。
ロゼが奥さん方と別れの挨拶をしている間に、オレはリーゼを抱き上げた。
「よしリーゼ、馬車に戻ろうか」
「うん!」
機嫌が良いようで何より。「まだいたい!」とか言われなくて安心した。
リーゼを抱いて奥さん方の集まりを抜けると、手が塞がったオレを見て、村の人がモグラ退治の報酬を運ぶと言ってくれた。
助かる。魔力アームは出すとけっこう目立つし。
ロゼも挨拶を終えて来たので、家族揃って村の中を進む。ドネルさんは隣にいるが、他の村人は後ろにゾロゾロとついて来ている。
背後からの圧がすごい。というか、見送りに来る人が多いな。村人総出という感じだ。
村の入り口付近に置いた改造馬車の元まで戻って来て、運んでもらったチーズ等を馬車へと積み込む。
改造馬車の中を見たロゼが、少し呆れたように囁いた。
「コウ……買い過ぎだ」
知ってる。
「ごめんなさい」
言い訳は後でさせてもらおう。
荷物を全て固定し、家族全員で改造馬車に乗り込む。最後に別れの挨拶のために窓を開けた。
「それでは失礼します。野菜、どうもありがとうございました」
「こっちこそ、いっぱい買ってくれてありがとうよぅ」
ドネルさんに続いて、他の村人たちからも声が上がる。
「モグラ退治も助かったよ。ありがとう」
「またいつでも来てくれよな!」
「今度は泊まっていきなよ!」
「また話しましょうねえ」
振られる手に、リーゼが楽しそうに反応した。
「ばいばーい!」
オレとロゼも手を振り返し、改造馬車を発進させる。さて、旅の再開だ。
徐々に改造馬車のスピードを上げ、村が見えなくなったところで、ロゼが小さく息を吐いた。
「ロゼ、疲れた?」
「うん? まあ、そうだな。少し話し疲れたかもしれない」
「それなら、村に泊まったら大変だったかもね」
きっと陽が暮れても、奥さん方との会話は終わらなかったことだろう。
「ふふ。そうかもしれないな。実は、コウが泊まらないと言ってくれてほっとした」
ロゼが困ったように笑う。本当に疲れているようだ。ふむ。精神的に疲れたときには、やっぱり美味しい食事だろうか。
「ロゼ。今日の夕食は牛乳を使う予定なんだけど、シチューとグラタンどっちがいい?」
「ふむ、そうだな……リーゼはどっちが食べたい?」
「リーゼはぐらたんがいい!」
「だそうだ」
ロゼの好みを聞いたんだけど……まあ、ロゼもリーゼも嬉しそうだからいいか。
「了解。それなら牛乳と、さっそくチーズも出番だね。どんな出来になるか楽しみだ」
「ふふふ、そうだな」
ロゼの実家まではあと半分ほど。少なくとも食事の面で不自由することはなさそうだ。
引き続き、頑張って運転するとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます