第87話 急転直下

 没入していた意識を浮上させる。両手には魔石を持っている。


「よし。完成」


 出来上がったのは、空調の魔道具の魔石だ。交換用の魔石が出来上がった。


 執事のハイドさんから、屋敷の空調の魔道具の修理依頼を受けて2日が経過した。交換用の魔石の準備も出来たことだし、修理する旨を伝えに行こう。


 夏の熱が籠る屋敷の廊下を歩く。たまに風を感じる。どこかの窓が開いているのだろう。


 窓の外は快晴だ。雲すらない青の中で、太陽が輝いている。


 ハイドさんの部屋の前まで来た。中から魔力を感じるので在室しているだろう。


 扉をノックする。


「どうぞ」


 中から疲れた声がした。許しを貰ったので部屋に入る。


「失礼します。空調の魔道具について、修理の準備が出来ました」


 要件を伝えながら、ハイドさんを見る。2日前より疲れた様子だ。というより、やつれたか。顔色も悪い。


「ああ、そうでしたか。コーサク様、ありがとうございます。では、こちらへ」


 薄くなった背中に案内されて、再び空調の部屋へ入る。魔石の抜かれた魔道具の外装が、変わらず横たわっている。


「では、新しい魔石を設置しますね。すぐに稼働できるようになりますよ」


「はい。よろしくお願いいたします。」


 魔石を取り付けながら、今回もハイドさんと雑談する。


「ハイドさん。顔色が良くないですけど、何かありましたか?」


「……いえ。なんでもありません。少し疲れただけでしょう」


 一体何に疲れたのか。


「そうですか。領主様の執事長ですもんね。色々大変ですよね。特に今は商談中ですし。忙しいんじゃないですか?」


「そう、ですね。忙しいのは確かです」


 その酷い顔を見れば、大変なのは誰でも分かるだろう。


「この商談が終わったら、ゆっくり休めるといいですね。そういえば、前にリューリック商会に手を出した貴族がいたんですけど、一切商売が出来なくなって領地が潰れたんですよ。怖いですよねえ」


「……そう、です、ね」


 ハイドさんの顔色がさらに悪くなる。額に汗が滲んでいる。ハイドさんは、媚薬の件を知っているな。


「ハイドさんは、領地のために働いているんですよね」


「はい、私は……この領地のために、この身を捧げると決めております」


 リリーナさんに手を出すのは、この領地のためになんねえよ。


「ぜひ、頑張ってください。ああ、修理が終わったので、起動してみてもいいですか?」


「はい……よろしくお願いいたします」


 んじゃ、起動っと。


 魔道具が唸る。風の音が聞こえる。冷房に設定された魔道具が、冷えた空気を各部屋に送っていく。


 う~んと、魔石の連結に問題はなし。動作も正常だな。修理完了だ。


「動かしてみた感じも大丈夫そうですね。これで修理完了です」


「ありがとうございました。代金をお渡しいたしますので、わたくしの部屋の方までお願いいたします」


「了解です」


 ハイドさんに先導され、再び廊下を歩く。


「ご領主様は……」


 前を向いて歩いたまま、ハイドさんが呟く。


「決して、悪いお方ではないのです」


「そうですか」


 何を言っているのか。意味が分からない。人の生死を左右する立場でありながら、責任を果たさない者が、悪ではないはずがない。


 飢えた民の一部は野盗になる。当然だ。凡その人間は、生きるためなら、追い詰められた状況なら手を汚す。

 人を襲った野盗は、即刻打ち首だ。それが、ここでは当たり前だ。人を襲うのは罪だ。


 ならば、飢える原因を作った者は、それ以上の重罪だ。


 この街で出会ったキリィは、最初、痩せてオレの力すら振りほどけない位だった。領主が孤児院を潰したからだ。


 それを、『悪いお方ではない』だと。寝言は寝て言えよ。


「それは、ここの領民に対しても言える言葉ですか?」


「っ……!」


 ハイドさんは答えない。ただ背中を震わせるのみだ。


 気分が悪い。オレは貴族が嫌いだ。無能な、オレたちを人とは見ない貴族達が。


 はあ。さっさと修理代を貰って、ヒューの畑に行こう。ロゼッタとタローは先に行っている。この暗い感情は、早くリセットするべきだ。


 だが、オレの感情に、さらに燃料を投下するヤツがいた。


「おお、ハイド!いたか。今日の交渉は終わりだ。まったくあの小娘め、早く頷けば良いものを。ワタシとの結婚が名誉だと分からんのか」


 ああ゛?潰すぞ豚が……!!


 オレの目も気にせず、豚が囀る。


「うん?後ろにいるのは誰だ?」


「リューリック商会のコーサク様です。空調の魔道具の修理をしていただきました」


「ほう!そうか!道理で涼しくなった訳だ。おい、お前。いい腕のようだな。ワタシが雇ってやってもいいぞ」


 怒りを抑え込みながら、豚へと回答する。


「申し訳ありませんが、遠慮いたします。ここで雇われるには格が足りないでしょう」


 テメエの格がな。


「ふん。そうか。気が変わったら言うといい」


 そう言って、豚が廊下を歩いていく。


「ハイド!茶菓子を用意しろ!」


 オレを案内していたハイドさんが、非常に困った顔をした。豚とオレ、どちらを優先させるか迷っているようだ。


「オレは後でいいです。では」


 あの豚と同じ空間にいるのも不快だ。早く屋敷から出よう。


「申し訳ございません」


 ハイドさんの謝る声が、背後から聞こえた。




 屋敷の外に出る。いい天気だ。心が洗われる。苛立っているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。


 ああ、これで、オレの行方を遮る・・・・・ように、領主の騎士が現れなかったら完璧だったな。


 目の前に、初日に見た騎士の1人が立ち塞がっている。


「こんにちは。何かご用ですか?」


 名前は……確かヴィクトルだ。態度が悪い方の騎士。しばらく見てなかったから、存在すら忘れてた。


「最近、街の外れで何かしているようだな」


 挨拶くらい返せよ。


「畑を手伝っているだけですよ。それが、どうかしましたか?」


「はっ。護衛の身分で土弄りなど、ずいぶんと暇なのだな」


 暇なのは否定しない。結局なんの用だよ。


「慣れると楽しいものですよ。騎士様もご一緒されますか?」


「ふん。誰が畑仕事などという下賤なものに手を出すか。騎士をなんだと思っている」


 あ?


「あ゛?」


 何が下賤だって?テメエは普段何食ってんだよ。野菜食わねえのか?


「なんだその態度は?はっ。所詮、国ですらない場所の商会か。護衛の教育がなっていないな」


 ……確かに今のオレはリリーナさんの護衛だ。ふぅ~。こいつは無視だ。早くヒューの畑に行こう。

 我慢、我慢。


「用が無いのなら、失礼します」


 目の前の騎士を避けて、敷地の外へと向かう。何言われても無視だ。


「やれやれ。何も言い返してこないとは。弱いのは罪だぞ。ちっぽけな魔力しか持たない貴様には何も守れん。あの小汚いガキどもも、一緒にいた女もな」


 早く移動しよう。


「ああ、あの女は中々美しかったな。お前には勿体ないくらいだ。俺がもらってやろう」


 …………潰す。


 身体強化を発動しながら振り返る。腰の銃型魔道具に手を伸ばす。


 ヴィクトルも、醜く笑いながら腰の剣に手を伸ばしていた。コイツ、初めからオレと戦うつもりだったな。

 狙いは不明だ。情報が足りない。意図は見えない。だが、いい。関係ない。叩き潰す……!



 しかし、一触即発になったオレ達は、外部の要因で動きを止めた。


 ガン、ガン、ガン、ガン、と高らかに鐘が鳴る。どこの国でも一緒の、緊急事態を知らせる鐘の音。これは……。


「魔物が襲ってきた、だと……!!」


 ヴィクトルの言う通り、魔物の襲来を知らせる合図だ。


 認識した次の瞬間には走り出した。騎士など相手にしている暇はない。強化した体のまま、屋敷の中に飛び込んだ。

 目指す先はリリーナさんの元だ。


 高価そうな絨毯に足跡を残しながら、屋敷の中を疾走する。リリーナさんの部屋が見えた。全員集まっている。


 ノックもせずに、扉を開け放つ。


「許可するわ」


 部屋に入った瞬間、リリーナさんがオレに言う。


「ヒューさんの畑は、私にとっても大切ですもの。行っていいわよ」


 オレは一言も話すことなく、聞きたい言葉を貰った。


「っありがとうございます!」


 すぐに部屋を後にする。


「ええ、行ってらっしゃい」


 行き先はヒューの畑だ。ロゼッタもタローもいる。急がないと。


 改造馬車に寄り、魔道具と魔石を装備する。これでいい。戦える。


 屋敷の敷地を飛び出して、街の外に向かう。街の中はパニックだ。皆、家や店の中に急いで入っている。


 その中で、オレの進行方向から逆流してくる兵達が見えた。この領地の兵のはずだ。

 何故、街の中心に向かっている?


「おい!」


 1人の兵士の胸倉を掴んで、無理矢理止める。


「うおっ!なんだ!?」


「どこに向かってる!?街の外で戦うべきだろ!!」


 魔物が侵入してきたら被害が拡大するぞ!


「じ、自分に言われても。う、上の方から領主様を守れとの命令が……」


 感覚を広げる。領主の魔力はまだ屋敷から動いていない。


 領主が指揮を執らずに、あまつさえ自分を守るために兵を集めるだと……!


「ふざけんなよ!!くそ豚があっ!!」


 兵士から手を離し、再び走り始める。あの豚に期待することはない。せめて邪魔をするな。


 くそっ。逃げてくる領民のせいでスピードが出せない。ならば。


「『防壁』!『風除け』!」


 防壁で足場を作り、空中を走る。広くなった視界の中、遠くに火柱が見えた。畑の方向だ。規模から考えて、たぶんヒューの魔術だろう。


 無人の空を全力で走る。強化された視力が、先の様子を見せてくれる。


 開拓中の土地の更に奥、森から魔物が溢れている。見える範囲では森狼、黒熊、風虎。全て森の奥にいるはずの魔物だ。


 ロゼッタを見つけた。魔物相手に戦っている。無事なようだ。


 地属性の魔術で魔物の足場を崩し、風を使った高速機動で魔物の急所を切り裂いている。細く美しい剣が鋭利な弧を描く。


 魔物達が無様なステップを踏む中で、ロゼッタだけが優雅に踊っている。


 ロゼッタは大丈夫そうだ。ヒュー達は……。


 炎の上がる場所に目を凝らす。いた。全員見つけた。小さな白い毛も見える。タローも一緒だ。


 炎を攻撃に、水を防御に使い魔物と戦うヒューと、その背を守るクルト。ヒューとクルトに守られるように、若い子達が集まっている。


 ヒュー達の周りには、森狼の群れ。巧みな連携と素早い動きに、ヒューが少し押されている。

 まずは、こっちに加勢だ。


 空中で一層加速し、足場の防壁を蹴る。浮遊感。『風除け』のおかげで失速することは無い。全力で走った勢いのまま、森狼たちの斜め上空から強襲する。


「開け『武器庫』!『戦闘用魔力腕:6』!」


 オレの周囲に魔力の腕が浮かび上がる。いつもより太く、強靭なそれと共に、森狼の群れに落下する。


 落下の勢いを込めて、一番大きな森狼の首元を踏みつける。骨が粉砕される音が足から伝わった。


 一瞬遅れて、魔力腕が森狼たちを叩き潰した。生き物が壊れる音と、血の匂いが広がる。驚愕に動きを止めた他の森狼たちには、魔力腕で同胞だったものを投げ付ける。

 避けたヤツは、魔力腕で握り潰した。


 少しだけ空白地帯が出来上がる。だが、時間はあまりない。魔力腕を消して、ヒューの元へ駆け寄る。


「ヒュー!無事か!?」


「ああ、なんとかね。誰も怪我してないよ」


 それは、良かった。とても良かった。


「今のうちに子供達を逃がすぞ。クルト!街まで守れ!」


「……分かった」


「に、兄ちゃんたちは大丈夫なの?」


 キリィが不安そうに聞いてくる。

 知らん。だけど、知り合いを死なせたりはしない。


「大丈夫だ。オレはこう見えても強いんだぞ。安心しろよ」


 強くても、死ぬときは死ぬけど。態々それを伝える意味はない。


「う、うん」


「タロー。子供達を頼んだぞ」


「わふ!」


「よし!さっさと行け!」


 街に走っていく姿を見送り、残ったのはオレとヒューだけだ。


「オレはロゼッタのところに行く。ヒューもヤバいと思ったら、街に逃げろよ」


「いや、それは出来ないな。僕にはこの街を守る義務がある」


 一番義務のある豚は引きこもってるけどな。だけど、ちらほらと冒険者の姿も見えてきた。街への侵入を防ぐくらいは出来るだろう。


「そうか。なら、無理をしてでも生き残れ。またな」


「ああ、また」


 ロゼッタの元へと走る。地面には、首元を斬られた魔物だらけだ。


「ロゼッタ!」


 オレに気づいたロゼッタが、軽い動きで下がってくる。下がりながら出した土の壁が、魔物の行方を遮った。


「怪我は!?」


「ない。これ・・のおかげだな」


 ロゼッタが、剣に嵌った魔石を見せてくる。オレが機能を追加したものだ。


 今、ロゼッタは鎧を着ていない。直前まで畑で作業をしていたから当然だ。だが、ただの服の上に、魔力の感触がある。


 魔道具でもある剣の効果だ。オレと同じように、魔力の鎧を作れる。

 それでロゼッタを守れたなら良かった。


「怪我が無くて良かった」


「コーサクは心配性だな。私なら、このペースでも丸2日は動けるぞ」


 それでも、心配なものは心配だ。


 話している間に、ロゼッタの土の壁にひびが入る。

 破砕音とともに、土と他の魔物を弾き飛ばして巨大な影が現れた。灰色熊だ。しかも2頭いる。


 壁を壊した四足歩行のまま、こちらを睨んで唸っている。


「ロゼッタ!」


 声を掛けて走り出す。


「うむ。任せろ。―――――」


 ロゼッタの詠唱を聞きながら、灰色熊に突撃する。

 灰色熊の攻撃範囲に入る直前で、ロゼッタが魔術を発動する。


「『揺れろ!』」


 地面が揺れる。オレは防壁で足場を作って退避。不安定な地面に、2頭の灰色熊が驚きの咆哮を上げる。


 その口に、銃口を合わせる。発射。


 魔石の弾丸が、灰色熊の大きな口に吸い込まれる。


「『爆破』!」


 爆音が重なる。内側からの爆発に、灰色熊の頭部が吹き飛ぶ。頭部を失った巨体が音を立てて地面に倒れた。討伐完了。


 再びロゼッタの元に移動する。


「ロゼッタ!おかしいぞ!さすがに出て来る魔物が強すぎる!これは……」


 ゾクリ、と、背筋が泡立った。なにかくる・・・・・


「コーサク?」


 巨大な魔力。体を縛るほどの圧。ヤバいのが来る。


「っ……!ロゼッタ!たぶん特級の魔物がいる!オレが行く!ここは任せた!」


 ロゼッタの配置は変えられない。大量に魔物が押し寄せれば、この街の弱い冒険者では受け止められないだろう。

 行けるのは、オレしかいない。


「分かった!コーサク!無理は駄目だぞ!」


 森に突入する。感じる魔力は森の中だ。魔物をかわしながら、森の中を疾走する。


 いる。近い。地面が振動している。地響きが届く。森が開けた――。


 視界いっぱいに、その巨体が映る。


 ――巨大な亀だ。亀の魔物が、森の木を薙ぎ倒しながら進んでいる。存在感に押し潰されそうだ。


 身体強化のレベルを上げる。


 分割された思考が、対象の情報を割り出す。


 “体長約50m” “体高約30m” “魔力量により特級と推定”


 バカでかい。その体重を支える足は、ふざけた程に太く力強く、あまりにも重厚な甲羅には、攻撃的な突起が乱立している。

 顔はもはや岩石のようだ。絶望的な頑丈さを伝えて来る。


 そして、何故か甲羅に穴が開いている。いや、違うな。あれは、穴というよりは、まるで何かを打ち出す砲口・・のような……。


 あの穴に爆弾を突っ込めば倒せるか? “不可。内部に魔力による障壁あり”


 どうするか。巨大な口も閉じている。目でも狙ってみるか。


 オレが戦い方を考えながら亀を観察していると、亀の横から灰色熊が現れた。街の方角に向かって走っている。


 くそっ。仕留めるか。


 灰色熊に銃口を向けた瞬間、ボッという音と共に灰色熊が消えた。


 消えた灰色熊の行方は、亀の口の中だ。ゴリゴリという咀嚼音がオレまで届く。


 コイツ……!?


 直前の光景を記憶から引っ張り出す。灰色熊が横を通った瞬間、その巨体ではあり得ないスピードで、亀の首が伸びた・・・

 そのまま、口で灰色熊を咥え込んでいる。


 これでは顔の周辺には近づけそうにない。というか、亀のくせに肉食かよ!草食ってろよ!


 肉食の巨大な亀が街を目指して進んでいる。行かせない。この亀を通す訳にはいかない。


 ここで止める!


 そのために、まずは情報収集だ。その体はどのくらい硬い?


 銃型の魔道具を構える。撃つのは3発。威力偵察だ。狙いは目、脚、甲羅。


 大盤振る舞いだ!行くぞ!


「おっしゃあ!必要経費い!」


 3発の弾丸が空気を貫いて飛ぶ。遅くなった世界の中で、ギョロリ、と亀の目が動いた。目蓋が閉じられる。

 着弾した。


「『爆破』!」


 亀の体に3つの爆発が咲く。効いたか? “全箇所損傷なし”


 嘘だろ!目を狙ったものでさえ、分厚い目蓋に遮られてダメージが無い。それどころか、目蓋には傷すら付いていない。


 どうする……。危険を冒して、口から体内を狙うか……?


“警告” “仮称砲口部に魔力の集中を確認”


「は?」


 亀が背負った甲羅。そこにある穴に、魔力が集まっている。暗い穴の中で、魔力の塊が光っているのが見えた。

 感じる魔力に背筋が震える。


 まさか本当に砲口なのかよ!くそっ、避けるぞ!


“不可”


 あ?


“街への直撃軌道”


 ……くそが。


 踏み出した足を止める。避ける訳にはいかなくなった。ここで防ぐ。


 動きを止めたオレを見て、亀が目を細める。そこにあるのは愉悦。


 ……嗤ってやがる。オレを見て。オレが、小さなヒトが動けないのを楽しんでやがる。ふざけんなよ。


 砲口の中で魔力が収束されていく。


「ぜってえ、殺す」


 砲口が、巨大な光を放った。


「『防壁:100』展開!」


 空気を押しのけて、光が迫ってくる。真正面から受けるのは駄目だ。耐えられない。


 受け流せ。想像するのは船だ。波を割り進む流線形。防壁を変形させる。街へ被害が出ない角度で。


 船を逆さにしたような形の防壁が、オレの前面に展開された。


 破壊の光と防壁が衝突する。周囲の音が消し飛んだ。


「ぐうっ」


“防壁破損30、31、32、33――”


 防壁が割れていく。受け流してもなお、破られる。


“54、55、56、57――”


 耐えろ!あと何秒だ……!


“計算中…残り10秒”


 くそっ、足りねえ……!


「『追加:100』!」


 防壁を追加し、さらに耐える。加速された思考の中では、10秒はあまりに長い。

 破損した防壁の情報から、より良い形を探る。展開中の防壁にフィードバックする。必死に最適解を考える。

 

 周囲の地面が抉れ、木が吹き飛んでいく。その中で、荒れ狂う暴力の波を割る。


“残り時間2秒、1秒、0”


 光の奔流が消えていく。オレの両脇に続く2本の破壊の跡。だけど、オレの後ろには、背後の街には届いていない。

 耐えきった。


「はあ、はあ、はあ、はあ」


 酷使した頭が痛い。それでも、この亀を止めないと。コイツを倒す方法は。


“魔力不足” “討伐は不可能”


 ……ちくしょう。これだから、オレは駄目だ。誰かを守ることに向いていない。


 強化を受ける肉体の耐久と、魔石に貯めた魔力量。2つの制限がオレを縛る。


 コイツを本当に殺したいのなら、足を止めてはいけなかった。短時間で全力を出し切るべきだった。


 誰かを守っていたら、勝てないのは知っていた。


“魔力の再収束を確認” “発射まで残り120秒”


 亀が嗤う。何もしないオレを見ながら、もう一撃を準備する。


 くそったれが……。

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