第273話 散歩、のち

 ロゼが作った巨大ザリガニ料理を食べた翌日、オレたち家族は3人で町へ出ていた。


 観光、というかまあ散歩だ。頭巾を深く被ったロゼに案内されて、町の中をゆっくりと見て回る。


 ロゼは昨日一日かけて行われた家事の試験で、モリーさんから一通り及第点はもらえたらしい。それでも課題は言い渡されたらしいが、今日の日中はお休みだ。


 なので、家族3人で心置きなくのんびりと歩いている。リーゼが先頭だ。

 小さなリーゼは知らない景色の中を、パタパタと楽しそうに走り回っている。


 文化財にできそうな古い家々を不思議そうに見上げ、道の横を流れる細い水路に自分の顔を映し、露店に並ぶ見慣れない果物を指差す。

 元気いっぱいで追い掛けるのが大変だ。


「おや、初めて見るお嬢ちゃんだな。一つ買ってくかい?」


 リーゼの注目に気付いた果物屋の店主が、何かの実を掲げてみせる。知らない果物だ。デカいキウイのような見た目をしている。


 気になって仕方ないらしいリーゼを抱き上げて露店に近付く。自然とどこから来たのか聞かれたので答えた。


「へえ、ずいぶんと遠くから来たんだなあ。じゃあ、これも食ったことねえだろ?」


「ないですね。どんな味ですか?」


 店主は、へへへっ、と笑った。


「そいつは食ってみた方がはやいな」


 そう言うとナイフを取り出し、慣れた手つきであっという間に皮を剥いて一口サイズに切ってしまった。さらに細い木の串を刺す。早業だ。

 ちなみに中身はキウイとは違って真っ白な実だった。


「はいよ。お嬢ちゃん、食ってみるか?」


「うん! いただきます!」


 店主が差し出した白い実を、リーゼは遠慮なくもらって口にする。

 一切躊躇のない滑らかな動きだった。今日も食欲が全開だ。


「おいしい!」


 笑顔満開のリーゼの愛らしさに、果物屋の店主も相好を崩した。


「そうかそうか。そりゃあ良かった。親父さんもどうだ?」


「ありがとうございます」


 親父さんとか呼ばれるの、地味に初めてだなあ、と思いながら果物を口にする。

 シャクッ、と軽い音。かなり瑞々しい。……梨、が近いかな? けっこう甘い。


 隣ではロゼも果物を受け取っていた。一口食べて小さく微笑んでいる。好物だったのかもしれない。


 さて、味見までさせてもらったら買わない訳にはいかないよな。


「すみません。これ5個ください」


「あいよ! 毎度あり!」


 義父母にもお土産だ。今日の夕食後にでも出してもらおう。


 愛想の良い店主から果物を受け取って露店を後にする。


「ロゼはこれ好きだった?」


「うむ。この時期には良く食べたものだ。訓練で汗をかいた後には、水気と甘さが体に染みるようでな」


「リーゼもすきー!」


「パパも好きだよー」


 リーゼの笑顔に脳を使ってない会話になった。


 ちょっと戻って来よう。さて、ロゼの好物だとして、この領地まで来ないと入手できない果物な訳で……種植えたらあっちでも育つかなあ。気候が違うから無理か?

 それならグラスト商会に運んでもらうとか……。


「む? メリーがいるな」


 ロゼの声に思考を中断する。露店が並ぶ通りの先に、確かにメリーさんがいた。買い物帰りのようだ。


 向こうは気が付いていないようなので、オレたちから近づく。残り数歩のところでメリーさんも気が付いた。


「あ、おじょ――ぴゃっ!?」


 メリーさんが「お嬢様」と言い掛けたところで、ロゼが右の拳を一瞬撃ち出した。超高速のジャブだ。身体強化に使った魔力の流れは美しいほどの精密さ。

 拳の風圧がメリーさんの顔面に当たり、小さな悲鳴を上げさせる。


「メリー」


 ロゼが名前だけ呼んだ。ちょっと迫力がある。


「は、はいっ、ごめんなさい! ええと……お客さま?」


 まあ、領主の館に泊っているので間違っていはいない。


「え、ええと、そそそれでお客さまっ。ど、どうされました?」


「ふむ……?」


 メリーさんの目が泳ぎまくりだ。凄まじく挙動不審。秋で涼しいのに額には汗が浮かんでいる。


「……メリー、何をやらかした?」


「な、なんのことデショー……」


 嘘が下手すぎる……。メリーさんはちょっと抜けているらしい親しみ易い人だ。いったい何をしたのだろうか。


 メリーさんがロゼから視線を逸らし、奇妙な沈黙が落ちる。そのタイミングで、オレは近づいてくる気配を捉えた。


「メリーの犯した失敗は私が説明いたします」


「む、ミザか」


 涼しげな声と共に現れたのは、ロザリーさんの護衛兼使用人のミザさん。リーゼが産まれたばかりの頃は、ロザリーと一緒にうちに滞在していたこともある人だ。


「みじゃー!」


「はい、リーゼロッタ様。ミザです」


 リーゼが嬉しそうにミザさんに抱き着く。あまり表情を変えないミザさんも、これには嬉しそうに微笑んでいた。


「ミ、ミザ? ちょっと内緒にして欲しいなー、なんて」


「駄目です」


 メリーさんの提案は無残に切り捨てられた。ミザさんがこちらを向く。


「申し訳ございません。少し場所を移しましょう」


 周りを見れば、いつの間にか視線を集めていたようだ。道行く人が不思議そうに見てくる。

 詳しい話は移動してからの方が良さそうだ。


 ミザさんに連れられて町を歩き、ちょっとした広場のような場所に着いた。


「コーサク様、ロゼッタ様。使用人を代表して謝罪いたします。大変申し訳ございませんでした」


 ミザさんが深く頭を下げる。


「ふむ。まだ謝罪の原因を聞いていないのだが、結局メリーは何をやったのだ?」


 全員の視線がメリーさんに集まる。メリーさんは誤魔化すように笑っていた。

 この人からは駄目っぽいオーラを感じるな。ミザさんとは対照的だ。


「メリーですが、ロゼッタ様とリーゼロッタ様にお会いできたことに感激し過ぎたようで、ロゼッタ様がいらっしゃっていることを馴染みの兵士に漏らしました」


 なるほど。いちおうロゼの滞在はお忍びだ。使用人が情報を漏らすのはアウトだろう。


「大変申し訳ございません。兵たちには他言無用と周知いたしました。ですが、使用人が過ちを犯したのは覆らない事実、メリーのことは煮るなり焼くなり好きになさってください」


「あれ!? この流れで私見捨てられるんですか!?」


 メリーさんが驚いたように声を上げる。う~ん、人は煮ても焼いても食えないからなあ……。別にいらないなあ。


「……メリーの教育はモリーに任せるとして、知られたのであれば兵に顔を見せておくか」


「よろしいかと。領主様には許可をいただいて参りました。皆も喜ぶでしょう」


「ふむ。では……コウ、いいか?」


 断る理由はもちろんない。


「いいよ。ロゼがお世話になった人達だしね。挨拶に行こう」




 と、軽い気持ちで兵士たちの宿舎に来たのだが……何故かオレは訓練場のど真ん中に立たされていた。


 ミザさんが申し訳なさそうに眉を下げている。


「申し訳ございません、コーサク様。メリーが余計なことまで伝えたようで、皆コーサク様の腕を確かめたいと……」


 つまり模擬戦的なあれだ。


 周囲を見渡せば、ロゼの少女時代を知っていると思われる年頃の方々が、ギラギラとした目でオレを見ている。


 心の声を言葉にするなら「俺らのお嬢様と結婚したんだ。守れるくらいの力はあるんだろうなあ。ああン?」みたいな感じ。


 ……ロゼは可愛がられてたんだなあ。おかげで、オレは馬の骨を見るような目で睨まれるっていう貴重な経験をしてるよ。


 遠い目をしていると、オレを囲う兵士の中から屈強な男性が歩み出て来た。唇の横を走る傷跡のせいで迫力がある。体重はオレの倍くらいありそうだ。


「すみませんね、ダンナ。うちの奴らは血気盛んなモンが多くて」


「ああ、いえ。魔境に近い土地ですもんね。むしろ頼もしいですよ」


 はははは、と笑い合う。

 目を細めながらお互いの装備と身体を確認した。なんでオレは奥さんの実家で、兵士さんと腹の探り合いをしてるんだろうか。


「それでダンナ、どう進めましょうか。武器の有り無し、魔術の有り無し。こっちは合わせますぜ」


「あー、そうですね。参加できる兵士の方は何人くらいいますか?」


「全部で50、ってところですよ」


 既に数え終えていたのか、周りを確認することなくサラリと言われた。50人か……。


「……そういえば、領主様から『防壁』の魔道具は届きましたか?」


「ええ、昨日。作ったのはダンナだとか。良い魔道具でしたよ。今の装備の邪魔にもならない上に、使い勝手がいい」


「それは良かったです」


 さて……情報収集はこんなもんか。


 相手は全部で50人。特出した魔力の持ち主はなし。装備はほぼ統一。

 そして、ある程度年上の人はロゼに向けて良い笑顔を向けている。若い人はなんかやる気だ。


 ふむ、ふむ、ふむ……きっとここの人達も、領地を出たロゼを心配していたことだろう。


 そういう人達と模擬戦とはいえ手合わせするならば、まあ――本気でいくか。


「条件はオレに合わせてくれるんですよね?」


「ええ、なんでもどうぞ」


 やってみやがれ、とでも聞こえて来そうな顔。やってやろうかな。


「お互いに武器あり、魔術あり、魔道具ありで――ついでに50人全員一気に来ていいですよ」


 ギラリ、と兵士さんの目が光る。


「そいつはダンナ、少し冗談が過ぎませんかね。50人いれば、俺たちは特級の魔物も止めますぜ」


 鋭い眼光に笑みを返す。にこやかに笑ってみせる。ああ、きっと悪い顔だなあ。


「――オレなら、特級の魔物くらい一人で狩りますよ?」


 一瞬の沈黙。至近距離からの殺気と魔力が痛いぜ。


「……っは。分かりました。乗りましょう。――お前ら、全員で行くぞ! 対魔術型特級陣形!!」


 地鳴りがするほどの声と足音で、兵士たちが動いていく。


 オレを半包囲するような扇の陣が高速で完成した。


 1対50。さすが、迫力がすごいな。


「ダンナ、武器は持たねえんで?」


「ええ。魔道具があれば十分なので」


 そう言ったら、兵士たちからのプレッシャーが膨れ上がった。

 ……今のは煽ったんじゃないよ? これがオレの本気装備だよ?


 困っているとミザさんが横から出てきた。


「合図は私が」


 ミザさんが手を挙げる。審判をやってくれるらしい。そのまま少し視線を逸らせば、ロゼは少し困ったように笑っていた。

 抱かれたリーゼは元気に手を振っている。よーし、パパ頑張るよ!


「始め!」


 ミザさんが手を振り下ろす。


 同時に、前列の兵士たちが突っ込んできた。凄まじく早い踏み込みだ。食らったら大怪我必至の武器が、オレ目掛けて振り被られる。


 ――当然、食らわないけど。


「『爆破』」


 カウンター。襲ってきた兵士たちを全て弾き返す。吹き飛んでいく兵士たち。だが怪我人はいないようだ。

 みんな防御が上手い。さすが、巨大な魔物との戦闘を想定しているだけはある。


「なら、安心して攻撃できそうだ――開け『武器庫』」


 久々に全力で魔力を流す。連動する魔道具たち。本気の戦闘態勢。


「発動『戦闘用魔力腕:10』」


 ゴッ、と爆破の土煙を払いのけ、10の巨腕が出現する。鮮明になった視界の先には、驚いた顔の兵士たち。


 さて、ロゼをもらった身として、全力で力を示そうか。

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