第102話 収穫祭

 貿易都市を出発して10日。前方に街が見えている。法国との境界にある街。ドルドーだ。ここを過ぎれば法国はすぐそこだ。

 聖都までは、まだまだ遠いけどな。


「今日はあの街に泊まろうか」


「うむ。街に入るのは久しぶりだな」


 ずっと野宿だったしな。人里に泊まるのは10日ぶりだ。改造馬車での移動が普通より速すぎて、宿場町の位置と上手く合わなかったからだ。ほぼ素通りしてきた。


 ドルドーの街に近づいていくが、何やら賑やかな様子だ。なんだろう。


「なんか、賑わってるね」


「うむ。演奏の音も聞こえるぞ」


 んん?確かに。耳を澄ませばなんとなく陽気な音楽が聞こえる。


 これはあれかな?祭かな?




「ああ。今は収穫祭の最中だよ。それにしても、兄さん変わった馬車に乗ってるな」


 街の入り口で、兵士のおっちゃんが教えてくれた。なるほど。収穫祭か。秋だしな。


「馬車は貿易都市で作ったんですよ。魔道具職人なので、魔道具は自作です。ちなみに、この馬車と従魔を入れても大丈夫な宿ってありますか?」


「う~ん。少し値段が高くてもいいなら、この先を真っすぐ行くといい。赤い鳥の看板が目印の宿だ」


「分かりました。ありがとうございます」


 値段は高くても構わない。というか、高い方がいい。改造馬車に何かあったら大変だからな。高級な宿だったら、それなりに盗難防止の策を行っているだろう。オレもトラップは仕掛けておくけど。

 あと柔らかいベットで寝たい。風呂があればなお良い。




 混雑している街の中を進む。誰も彼もテンションが高い。店の呼び込みも絶好調だ。


「油が乗った豚肉だよ!安いよ、安いよ!」

「おいアンタ!酒はどうだい!今ならおまけも付けるぞ!」

「焼き栗~。焼き栗だよ~。焼きたて~」


 焼き栗……。心が引かれる。あとで寄ってみよう。


 陽気な演奏の音も近づいてきた。隣の通りだろうか。一区切りごとに、酔っ払いたちが杯を振り上げて乾杯している。すぐに酔いそうな勢いだ。


「大盛況だね」


「うむ。皆楽しそうだ。良いことだな」


 明るく笑う街の人達を、ロゼッタが楽しそうに見ている。


「何か食べたいのあった?」


「私は奥に見える豚の丸焼きが良いな。良い肉付きをしている。美味しそうだ」


 丸焼き?え~と、あった。頭から尻まで杭の刺さった豚が、回転しながら火に炙られている。でけえ。豪快だ。見た目のインパクトがすごい。

 豚は自身の油で皮目が照っている。確かに美味そう。


「宿に馬車を置いたら食べにいこうか。どれも美味しそうだね」


「ふふふ。楽しみだ」


「わふ!」


 タローもキョロキョロと顔を動かしている。食べたいの決めておけよ?




 宿で手続きをし、馬車を預ける。個人的にも防犯用の魔道具を発動させておいた。手を出したやつは後悔するだろう。


 部屋で着替えを済ませ、街に繰り出す。馬車から降りて低くなった視線には、楽しげな街の人々が同じ高さで映る。


「まずは丸焼きの店に行ってみようか。焼けてるといいね」


「ふふ。そうだな」


 さっきの豚の丸焼きの店まで来ると、ちょうど捌き始めていた。壮年の店員が汗だくで切り分けている。

 出来始めた行列に並び、順番を持つ。近づくにつれ、肉の焼ける良い匂いがしてくる。値段は……そこそこ高いな。祭価格だ。


「はいお待ち!」


 店員から肉を受け取って、横の飲食スペースに移動する。混んでいたが、2人用のテーブルを見つけることができた。

 丸焼きは酒場の出し物だったようだ。忙しなく動き回る看板娘さんに酒も注文する。


 出てきた酒は、ワインかな?木製のコップの中で透き通る赤が揺れている。


 さて、酒も来たことだし。


「「乾杯」」


「わふ」


 ロゼッタとコップを鳴らす。目の前にある豚肉からは肉汁が溢れている。美味しそうだ。早く食べよう。


 丸焼きにされた豚肉は、持ち上げるとプルプルと震える。柔らかそうだ。いただきます。


 豪快に齧り付くと、驚くほどに柔らかい。長時間炙られただろう皮目はパリッとした食感があり、その下の脂肪は半ば液体のようだ。口の中に油の旨味が広がる。

 そして、その先。肉の部分はしっとりと柔らかい。余計な水分が抜け、肉の味が凝縮されている。


「うん。美味いね!」


「うむ!美味しいな!」


「わふ!」


 全員、あっという間に食べ終わってしまった。美味しかった。


「やはり、丸焼きは手間がかかる分美味しいものだな」


「そうだね」


 さすがに、オレも個人じゃ丸焼きはできな……くもないか。やろうと思えば出来るけど、オレ達だけじゃ消費しきれないな。帰ったら、孤児院でやってみようか。きっと大騒ぎだな。


「よし。次に行こうか」


 肉一切れでは満腹にはならない。せっかくの収穫祭だ。もっと楽しもう。


「ふふふ。そうだな。コーサクは何か食べたいものがあったか?」


「え、焼き栗?」


「そうか。ふふふふ。では、行くとしよう」


 アルコールが入ったからか、ロゼッタも楽しそうだ。肩を並べて人混みを歩く。栗、貿易都市の周辺に生えてないんだよね。昔からの好物だけど、食べる機会があまりない。

 家の庭に植えてみようかな。3年だっけ?


 焼き栗の屋台に着いた。店主のおっちゃんから、焼きたて熱々をもらう。かなり大ぶりの栗だ。形も良い。

 腰の小物入れからナイフを出して割って食べる。


「うん。美味い」


 茶色い皮の中にある黄色い実は、甘くてホクホクだ。この素朴な甘さがたまらない。栗ご飯にしたい。


「わふ」


「はいよー」


 尻尾をぶんぶんと振って見上げてくるタローにも、実をくり抜いて口に入れてやる。うん。タローもご機嫌だな。


「貿易都市でも栗の木育てようかなあ」


「ふむ?すぐに収穫できるものなのか?」


「いや。確か何年もかかるけど。家でも毎年食べたい。沢山採れるようになったら、ケーキでも作るよ」


 モンブランケーキ。栗きんとん?出来たらアリスさんにもレシピ渡さないとな。


「それは楽しみだな。私も協力しよう」


 エイドルにも協力を依頼しよう。最近少し暇そうだったし。アイツは暇になると変な薬作るからな。


 そんな話をしている間に、焼き栗も食べ終わった。


「うん。栗美味しかった。他も回ろうか。さっき美味しそうな茸もあったよ」


 ゴロリと大きな茸が、網で焼かれていた。この街では、どんな味付けで食べるのだろうか。気になる。


「茸か。それも良いな。うむ。楽しみだ」


 焼き栗の店を離れる。まだまだ食べれそうだ。


 その後も、買ったお酒を片手に屋台を巡った。売っている酒はほとんどワインだった。近くに葡萄畑があるらしい。

 度数は少し高いが、フルーティーで飲みやすい。あと肉と合う。


 うん。ちょっと飲み過ぎた。


「食べたし、飲んだねえ~。そろそろ宿に戻ろうか」


「うむ。そうだな。その方がいいだろう。少しふらついているぞ?」


 満腹の上にアルコールが回ってきて、非常に眠い。食べ物が美味しかったから、調子に乗ってしまったな。反省。


 今日はぐっすり眠れそうだ。宿に戻ろう。


「おーい!そこのお二人さん!守護の石はいかがかね!」


 宿に向かってのんびりと歩いていると、露店のおっちゃんから声を掛けられた。


「守護の石……?」


 聞き覚えの無い言葉だ。


「そうさ!この街で昔から伝わるお守りでな!願いを込めて相手に贈れば、精霊が守ってくれるもんだ!」


「へえ~」


 ちょっと気を引かれたので売り物を見ている。宝石、というか、綺麗な石の付いたアクセサリーが並んでいる。

 特に魔力は感じないので、言葉通りお守りなのだろう。たぶん、効果はない。


「まあ、いいか。おっちゃん、これちょうだい」


 並んだアクセサリーから1つ選ぶ。ネックレス型で小さな石が先端に付いているものだ。効果はないだろうけど。精霊は感情に寄ってくる。願いを込めたら、もしかしたら少しは助けてくれるかもしれない。


「おう!まいどあり!」


 代金を払って、商品を受け取る。高いのか安いのか、よく分からないな。普段装飾品買わないし。


「ロゼッタ、後ろ向いて?」


「う、うむ」


 買ったばかりの守護の石のネックレスをロゼッタの首にかける。うん。これでよし。え~と、願いを込めるんだよな。


「ロゼッタがいつでも健やかでありますように」


 祈る。深く、深く。今度は守れますように。


「よし。じゃあ、戻ろうか」


「むうう……」


 なんだか唸っているロゼッタの胸元には、青い石が揺れている。ロゼッタの瞳の色と同じ色彩だ。


「ん?ロゼッタも酔った?」


 アルコールが回ったのだろうか。顔が赤い。


「コーサク、少し待て。店主。私もこれをもらおう」


「はっはっは!まいどあり!」


 んん?


 黄色い石の付いたネックレスを購入したロゼッタが近づいてくる。正面から。


「じっとしていろ」


「いえっさー」


 首に回される細い鎖の感覚。少し冷たい。ロゼッタが近い。睫毛ながいな~。


 至近距離で、ロゼッタが目を閉じて守護の石に触れる。


「コーサクが、いつでも無事に帰ってきますように」


 不思議な願いだ。この世界で、真にオレが帰る場所はないのに。


「うむ。これでいい」


 いいのかな?


「わふ!」


 タローがオレの脚に前足をかけ、期待した目で見つめてくる。


「おおう、そうだ。タローも仲間外れは駄目だよな。ロゼッタ、タローの分も選ぼうか」


「ふふふ。そうだな。スカーフに合わせて緑はどうだろうか」


 毛が白だからな。何色でも似合う気がする。


「タローは何色がいい?」


「わふ!」


 なるほど……ごめん。何言ってるか全然分かんないや。

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