第103話 茄子の煮浸しと挽肉のはさみ焼き
収穫祭で賑わう街を出発し、街道を進む。人通りはほとんどない。法国との貿易はあまり活発ではないし、法国の人達は国外に出ることが少ないから当然だろう。
魔境に繋がる森も遠いから魔物も出ないはずだ。人通りが少なければ野盗も出ない。しばらくは平和な道行だな。
遠くの山では、木々が色付き始めている。紅葉が見事なグラデーションを作り上げていた。秋が深まってきているのが見える。いい景色だ。ピクニックでもしたら気持ちいいだろう。
「ロゼッタ、昼になったら運転代わるよ」
「うむ。頼んだ。」
昨日の酒はほとんど抜けた。昼には完全に問題ないだろう。この世界に飲酒運転の罰則はないけどね。
「この先には村があるのだったか」
「そうだね。法国の一番端の村だって。宿で聞いた感じだと、夕方くらいに着きそうだ。村の隅にでも泊めてもらえるよう、交渉してみるよ」
馬車の中で眠るにしても、村の中と草原では、必要な警戒が大違いだ。当然、村の中の方が良く眠れる。
法国の人達は基本穏やかだし、危害を加えられることもないだろう。むしろ、警戒されるのはこっちだな。
村には予想より早く到着した。夕方には少し早い時間だ。村では案の定、警戒の視線を向けられた。
まあ、法国の人は光の神とやらを信仰しない人間が好きじゃないからな。当然と言えば当然だ。
色々と交渉した結果、滞在は許可された。村の端にある空き家も使っていいらしい。交渉が終わった後には、ご高齢の村長も笑顔で見送ってくれた。
その笑顔は、たぶん、村の農作物をそこそこの高値で買い取ると伝えたのと関係するだろう。
何を信じていようと、人として生活するならば、お金は大切である。
ちなみに、法国では通貨が違うので、ドルドーの街で両替しておいた。変に高いものを購入しなければ足りるはずだ。
村の若い衆に案内されて、農作物を見せてもらう。秋だけあって、ここでも収穫の時期だったようだ。採れたての野菜が並んでいる。
「おお~。いい茄子だ。美味しそう」
茄子だよ茄子。秋茄子だよ。黒々と光を反射している。いいね、茄子。煮浸しに、麻婆茄子に、漬物!全部お米に合うね!お米ないけどね!
……まだアルコール残ってるかな。少し変だ。
後はイモ類が多いなあ。まあ、いいか。保存が効くし、少し買っていこう。
数種類の野菜を買い込んで、教えてもらった空き家に向かう。その途中、大きな建物を見つけた。
「おっ。教会だ」
「ふむ。これが……。初めて見るな」
大きく白い建物。白は光の神の色らしい。法国では、どんなに小さな村でも教会がある。教義と生活は同一なのだ。
オレは光の神の教えをあまり好ましくは思っていないが。まあ、人の信仰に口出しはしない。それは個々人の自由だと思う。
そのまま通り過ぎようとしたら、教会の扉が開いて人が出てきた。バッチリと目が合う。
女の人だ。かなりの美人さん。若葉のような緑の髪で、白と黒の服に身を包んでいる。あのモノクロの装いは、確か巡礼者の恰好だ。村を巡っているのだろうか。
一人旅なら危ないと思うが、感じる魔力は結構大きい。魔術の心得があるなら平気か。
む。何故かその女性が近づいてくる。人を安心させるような笑顔で接近中だ。
「こんにちは。外国に方ですか?」
「こんにちは。ええ。自由貿易都市から来ました」
ロゼッタは無言で会釈している。
「まあ。そんなに遠いところから?大変でしたでしょう。この村を通ると言うことは、聖都に向かっているのですか?」
「ええ、はい。そうです」
何だろう。これは尋問かな?まあ、オレの見た目は珍しいからな。怪しまれるのには慣れた。
「ああ、ごめんなさい。私ったら名乗りもせずに。私はマリアと言います。巡礼の旅をしている聖職者です」
「コーサクです」
「ロゼッタだ」
「ええ、よろしくお願いしますね」
何をよろしくされたのだろうか。マリアさんはほんわかした雰囲気で、いまいち意図が読めない。
「お二人は、何の目的で聖都に向かうのか、お聞きしてもよろしいですか?」
う~ん。まあ、隠すことでもないか。逆に変に怪しまれても困る。
「聖都にある、結界の魔道具の修理依頼を受けまして。向かっている途中です」
マリアさんが驚いたように、両手を口元に当てる。まさにビックリという表情だ。
「まあ!まあ、まあ!コーサクさんは優秀な職人なのですね。素晴らしいです!聖都の結界は、私達にとってとても重要なものですから」
優秀。まあ優秀か?
「ええ、と。はい。それなりには」
自分に出来ることは普通だという認識があるが。まあ、たまに化け物とか言われるから、優秀でいいだろう。
「ぜひ、頑張ってください。ええ。ところで、会ったばかりのお二人に申し訳ないのですが、お願いを聞いてくださいませんか?」
マリアさんが豊かな胸の前で両手を組んで、お願いとやらを言ってくる。瞳も少し潤んでいるように見える。う~ん、あざとい。ちょっと警戒レベル上げておこう。
「なんでしょうか」
お願いされる内容は特に思い浮かばない。何だ?
「私の巡礼は、この最果ての村で終わりなのです。これから聖都に帰る必要があるのですが、馬車の隅でもよいので、乗せていただけませんか?」
……普通の。真っ当なお願いだった。ちょっと拍子抜けだ。ここから聖都まで、徒歩はきついだろう。
チラリと、ロゼッタの方を見る。どうだろうか。
「ふむ。良いのではないか?女性の一人旅は危ないだろう。私は構わないぞ」
まあ、ロゼッタならそう言うよなあ。オレも特に反対する理由はない。人の世は持ちつ持たれつ。袖振り合うも他生の縁というやつだ。
オレも聖都までは行ったことが無かったからな。道案内が増えたと思おう。
「オレもいいですよ。乗せる代わりに、色々と教えてください。この国は不慣れなので」
「はい!ありがとうございます!もちろん、協力させていただきます!」
花が咲いたような、というやつか。いい笑顔だ。
「ところでお二人は、夕食はどうされる予定ですか?」
作るよ。今日は茄子を使うつもりだ。口の中がもう、茄子の予定になっている。
「自分達で作るつもりですよ。村長さんから、空き家も一晩借りたので」
「そうなのですか~」
キラキラと、何か期待したようにマリアさんがこちらを見てくる。
「……」
「……」
「……夕食、よければ一緒にいかがですか?」
「まあ!いいのですか!ありがとうございます!」
意外とぐいぐい来るぞ、この人。逞しいな。いいけどね。聖都までだと、あと10日以上は一緒にいることになるのだ。早めに仲良くなるべきだろう。それには、一緒にご飯を食べるのが一番だ。
という訳で、マリアさんと一緒に空き家に向かうことになった。食材を置いたら、タローを迎えにいかないとな。今は、村の入り口に停めた改造馬車で留守番してもらっている。
軽く雑談していると、マリアさんが切り出して来た。
「コーサクさん。私には敬語を使っていただかなくてもいいですよ?」
オレは初対面の女性には、基本敬語で話すことにしている。この世界の女性は、外見から年齢が分かりづらいからだ。男なら分かるんだけどなあ。
子供かと思ったら年上だったり(アリスさん)、同い年くらいかなと思ったら、大きな子供がいる人妻だったり(アリシアさん)するのだ。
一々深く考えるのも面倒なので、初手は敬語が安定である。
まあ、敬語がいらないと言うなら、そうしよう。
「じゃあ、よろしく。マリアさん」
「はい。こちらこそ」
嬉しそうに笑うマリアさんは、今のところ問題を起こしそうな人には見えない。まあ、大丈夫だろう。
「まあ、まあ、まあ!可愛らしいですね!」
マリアさんがタローを見た第一声だ。瞳が輝いている。獣好き?
「白狼のタローです」
「わふ!」
「マリアです。よろしくね?」
マリアさんの手が微妙に動いている。撫でたいのだろうか。そこら辺は、タローに任せよう。見た感じ、タローはマリアさんを警戒していないようだし、素直に撫でさせてくれると思う。
オレとロゼッタで、暇を見つけてはタローをブラッシングしてるからな。白い毛はふわふわだ。撫でたくなる気持ちは分かる。
さて、マリアさんはタローに任せて、オレは夕食を作ろうか。今日の主役は茄子だ。
まずは、茄子の煮浸しだな。茄子はヘタを取って縦に4分割し、皮目にすっすっすっ、と切れ込みを入れていく。
切った茄子を水にさらしている間に、生姜をすり潰しておく。出汁に使うのはめんつゆだ。蕎麦を見つけてから、頑張って再現した。
海の魚から出汁を取っているので、輸送費の関係で地味に高い。あと、みりんが欲しいです。
度数の高い芋のお酒を使って誤魔化しているが、微妙に雑味を感じる。
みりん、作り方知らないんだよな。ただ、材料にお米が入っていた気がする。それなら、どっちみち作れないんだけど。お米見つけたら、色々と試してみよう。日本酒も欲しい。
料理の続きだ。フライパンに油を敷いて、すり潰した生姜を投入。そしたら切った茄子を並べて炒める。最初は皮目が下な。
ひっくり返して、全体に焼き目を付けていく。軽く焼けたらめんつゆを投入。そのまま少し煮立たせる。
うん。こんなものだろう。完成!
じゃあ、次だ。やっぱり肉も欲しいよね。という訳で、茄子で挽肉のはさみ焼きだ。
ドルドーの街で購入した豚肉を叩いてミンチにし、塩と胡椒で味付け。あとは切れ目を入れた茄子に挟んで焼くだけ。
うん。ミンチにするのが一番大変だ。今度、それ用の魔道具でも作ろう。
挽肉の面から焼き始める。肉から油が溢れてくる。ちょっともったいない。全体に焼き色が付いたら、蓋をして少し蒸し焼きに。
蓋を開けると、食欲をそそる良い香りだ。内側の挽肉まで火も通っただろう。フライパンから取り出して、一口サイズに輪切りにする。
あとは、フライパンに残った肉汁に、醤油と砂糖を加えてさっと煮てソースにする。それを、輪切りにしたはさみ焼きに回し掛けて完成だ。
さて、夕食にしようか。
村の空き家のテーブルの上には、茄子料理とパン、度数の低い葡萄酒が並んでいる。
それらを前にして、1人の信徒が祈りを捧げていた。
まあ、マリアさんだ。
「―――――」
口の中で呟かれる祈りは、小さすぎて良く聞こえない。その内容は分からないが、マリアさんの顔には真摯さが見て取れた。これは大事なものなのだろう。
「――――。我らの神に感謝を」
すっ、とマリアさんが目を開ける。食前の祈りは終わったようだ。
「お待たせして、申し訳ありません」
「いえいえ、いいですよ。じゃあ、食べましょうか」
さて、オレもオレなりに祈るとしよう。チラリ、とロゼッタと目が合う。いつも通りでいいよね。
「「いただきます」」
「わふ!」
パチクリとマリアさんが目を瞬いた。はははっ。まあ、気にせず食べようか。
煮浸しを一口。お~。茄子がとろっとろ。出汁も良く染みている。いい。美味いね!さすが旬の野菜だ。生姜の風味も良く合う。
はさみ焼きはどうだろうか。一口大に切られたそれを、そのまま口に入れる。咀嚼。うん。こっちも美味い。
こっちの茄子は、まだ食感を残している。歯の通りが心地よい。蒸し焼きにした挽肉も柔らかい。その肉汁を茄子が受け止めている。うん。いいな。
「さすが、旬の食材。美味いね」
「うむ。良い味だ。素材の良さが分かるな」
「わふ!」
「っ……!っ……!」
1人。なにやら悶えている。マリアさん、何してるんです?
「だ、ダメですよ!コーサクさん!これは堕落の味です!!」
知らんがな。
「うちは、常に美味しくがモットーなので。マリアさんって、普段何食べてるの?」
「え、私ですか?基本的に、パンと葡萄酒と野菜の酢漬けです。たまに野菜スープをいただきます」
質素だ。これだからこの国は。美味しいものを食べない人生に、喜びがあるだろうか。いや無い。
「野菜スープの味付けは?」
「塩だけですよ?」
寂しい。心身ともに痩せそう。
「これが通常だから、オレ達と旅をする間は諦めて?」
「ええ!?そ、そんな……!」
何やら愕然としている。そんなに問題なのだろうか。教義的に食べていけないものとかは、特になかったはずだ。清貧を~、の部分に引っかかるのだろうか。
「マリアさんが食べないなら、残念だけど料理は廃棄になっちゃうね」
食材となった生命を無駄にしてまで、清貧を貫くのだろうか。
「そ、それは……もっと許されないことです。た、食べます」
悲壮な覚悟を固めたように、マリアさんが食事を再開する。自分の中の何かと戦っているようだ。一口食べる度に、表情が変わって面白い。
え~と、とりあえず、オレの勝ち?
聖都まで。同行人+1
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