第104話 ホワイトシチューとマッシュポテト

 乗せる人数が増えた改造馬車が街道を進む。法国内に入って早6日。マリアさんによると、このペースなら聖都まで10日は掛からないとのこと。


 貿易都市から聖都まで25日か。元々一月の予定だったから、5日短縮だ。やっぱり改造馬車が速い。でも普及するのは当分無理だな。普通魔力が足りねえよ。あと高額たかすぎ。


 今はオレが運転中。まあ、カーブもほとんどない直線だ。気を付けることも少ない。歩いてる人なんていないしな。


 マリアさんは中々話せる人だった。頭の固い神官だと会話も疲れるが、マリアさんはこちらの習慣も尊重してくれる。

 この国では、ちょっと珍しい気がする。聖典の内容が完璧ではないということへの理解が、言葉の端々から感じる。


 マリアさんは聖都の教会で働いているらしいが、どのくらいの役職なのだろうか。現状、聞いても曖昧な回答しかしてくれない。

 まあ、お互いに、会ったばかりで完全に警戒を解くのは無理だろうけど。


 ここ数日は、そのマリアさんから光の神の信仰内容について聞くのが日課になっている。この国について、ちょっと詳しくなった。

 今もマリアさんが講義中だ。


「つまり、神力、コーサクさん達の呼ぶ魔力とは、光の神の加護なのです。神は、生きとし生ける全ての命を照らしています」


 らしい。その理屈だと、オレは照らされてないよね?魔力無いし。オレの周りだけ暗いよ。


「ふむ。なるほど。国によってここまで考え方が違うのだな。驚くことばかりだ」


「ふふ。そうですね。ちなみに、ロゼッタさんは入信いかがですか?いつでも歓迎しますよ」


「いや、それは止めておこう。私が信じるのは遍く精霊たちだ。すまないな」


「いえいえ。残念ですが仕方ありません。コーサクさんはいかがですか?」


 やだよ。オレは美味しいものを食べたい。清貧は却下だ。


「オレも遠慮しておくよ」


「そうですか……。とても残念です」


 マリアさんが残念そうに肩を落とす。そもそも、日本人として一神教は何か苦手だ。

 日本なんて神様だらけだしな。善人も悪人も獣も、山も川も、道具でさえも神になる。どっかの救世主だって、その1柱って認識だ。


 強いて言うなら、お米に関係する神様を信仰しています。お米が見つかったらお供え物をしよう。こっちの世界まで影響力あるのかな?


「それでは次のお話しに……あら?」


 話を続けようとしたマリアさんが、周囲を見渡して声を上げる。


「コーサクさん。そろそろ次の村が見えるはずですよ」


 その言葉と同時に、視界の先に畑が見えた。小さく粒のように、働いている村人も見える。今日の宿泊先はこの村か。





 マリアさんを改造馬車に乗せる代わりに、その対価をもらっている。お金じゃない。マリアさんはほとんどお金持ってなかった。


 お金のない理由を聞いてみたところ。


「えーと、その、お腹を空かせている子供達に、施しをし過ぎまして……」


 とのことだ。それで馬車に乗るお金も無くなり、オレ達に声を掛けたらしい。ずいぶんとお人好しだ。


 この話を聞いている間、何故かロゼッタから視線を感じた。いや、オレはちゃんと自分の金を残すよ?


 まあ、それはいい。さて、マリアさんから貰っている対価は何か。それはマリアさんが自分で稼いでいる。

 今もちょうど目の前でやっているな。


「はーい!調子の悪い方から並んでくださーい!」


 村の広場で、マリアさんが村人を治療している。治癒の魔術を使用してだ。


 この世界の人は頑丈とは言え、怪我をしない訳じゃない。生きていれば、怪我もすれば病気にもなる。


 マリアさんがお年寄りに治癒の魔術を発動する。この国では『治癒の祈り』と呼ぶらしいが。


 魔力の流れに意識を集中する。綺麗だ。マリアさんから目の前の老人に、綺麗に魔力が流れている。緻密に、過不足なく、そして一定だ。高い技量が伺える。

 あと、なんだろう。感じたことのない魔力がある。


「おおぉ。おお!膝が!動くようになりましたわい!ありがとうございます!神官様!」


 元気になったご老体が、しっかりとした足取りで籠を持って来る。中に入っているのは野菜だ。マリアさんの治癒の対価だ。お金ではなく、無理のない程度の現物で受け取っている。

 ほとんど慈善事業だな。


 そして、マリアさんが受け取った野菜はオレに渡される。この野菜が、マリアさんがオレ達の馬車に乗る対価だ。


 まあ、金額にしたら安いが、旅では生の野菜は貴重品だ。むしろありがたい。あと、村人にお米を知っているかも聞いてもらっている。オレ的には、そっちが本題だ。今のところヒットはないけど。


 さて、今日の夕食は、マリアさんが受け取った食材次第だな。何が作れるだろうか。





 マリアさんの診療が一通り終わった。なんと、牛乳が手に入った。牛乳はさすがに今日使わないとな。

 他に貰った食材は、キャベツに生姜、芋、名も知れぬ葉野菜たち。葉野菜は煮て食べるらしい。初めて見る。


 最近、料理をするのが楽しい。いや、元から好きなのだが、楽しく感じることが1つ増えた。

 原因はマリアさんだ。基本粗食しか摂って来なかったマリアさんに、美味しいものを食べさせるのが楽しい。

 とても良いリアクションをしてくれる。


 清貧を重んじる聖職者が、食欲に堕ちていく姿に、ちょっと危うい楽しさを感じている。変な扉を開きそうだ。

 ちょっと落ち着こうと思う。料理は自重しないけど。


 さて、料理の開始だ。牛乳はシチューに使おう。野菜たっぷりのホワイトシチューだ。

 それと、芋が大量にあるから、マッシュポテトでも作ろうか。


 マリアさんはどんな反応をするだろうか。楽しみだ。テンションが上がる。ふふ。はっはー!レッツ・クッキング!



 改造馬車から必要な食材を降ろして準備は完了。シチュー用の人参からやるか。


 人参を大き目のサイズに切り、沸かした鍋に投入。火が通るのに時間が掛かるからな。早めに茹でておこう。

 あとは一緒に一口大に切った豚肉も一緒に鍋に入れて煮込んでいく。貰った生姜も少しすり潰して入れておこう。


 豚肉の灰汁を取りつつ、芋の処理だ。皮が付いたままゴシゴシ洗う。そして、そのまま蒸す。

 茹でた方が楽だけど、蒸した方が栄養的にはいいかな。


 蒸している間に、他の食材も切っておこう。いいキャベツだな。



 さて、芋はいい頃合いだろう。魔力アームを使って皮を剥いていく。熱を感じないのでとても楽だ。皮が剥かれた熱々の芋をそのまま、魔力アームで握り潰す!マッシュ!


 うん。いい感じ。潰されて湯気を立てる芋に、バターを投入。じわじわとバターが溶けていく。バターのいい香りがする。そこに牛乳を注いで混ぜていく。滑らかになるように。最後に、塩と胡椒で味を整えて完成。


 よし。シチュー作りだ。ルーから作るのは大変なので、今回は変則レシピで行く。


 フライパンにバターを入れる。バターが溶けたら、切ったキャベツと玉ねぎを炒めていく。しんなりしたら、そこに小麦粉を振りかける。

 そのまま炒めて、小麦粉の粉っぽさがなくなったら牛乳を注ぎ入れる。それを混ぜると。うん。ドロドロだ。


 重くなった白いフライパンの中身を、人参と豚肉の鍋に投入。お玉で混ぜていけば、いい感じのとろみだ。見た目はもうホワイトシチュー。こっちも塩と胡椒で味付けして、もう少し煮込んでおく。


 あとは、貰った葉野菜でサラダでも作ろう。良い緑の葉をさっと茹でて水にさらす。水気を切って、ちぎって皿に並べる。これだけでは少し寂しいので、もうちょっとトッピングを増やそうか。


 ベーコンを薄切りにしてフライパンで焼いていく。油は不要だ。ベーコンからどんどん出て来る。

 自分の油で焼かれるベーコンをカリカリになるまで焼いて、サラダに載せる。うん。サラダもこれでいい。


 さて、フライパンに残ったベーコンの油がもったいないので活用しよう。

 油の残るフライパンにバターを一欠片。さらに赤ワインを少し注ぐ。醤油もほんの少しだけ。

 アルコールを飛ばしつつ、煮詰めていけば、簡易グレイビーソースの出来上がりだ。マッシュポテトに掛けるのが好みです。


 煮込んでいたシチューもいい感じだ。今日のメニューは、キャベツと豚肉のホワイトシチューにマッシュポテト、温野菜サラダだ。


 さあ、みんなを呼んで夕食にしようか。




 夕食時。目の前でマリアさんが震えている。プルプルしてる。その震える手を胸の前で組み。


「ああっ……!神よ。弱い私をお許しください……」


 急に懺悔し始めた。面白いな。


「コーサク、今日も美味しいぞ」


「うん。ありがとう」


 ロゼッタは既に慣れたようだ。気にせず食事を続けている。オレを食事を進めるとしよう。


「う~ん。パンとシチューが合う」


 ちょっと行儀が悪いかもしれないけど、パンをシチューに浸すと美味いよね。両方小麦粉を使ってるから相性がいい。豚肉のいい旨味出てるよ。

 大き目の人参も、しっかり火が通っている。ほのかな野菜の甘味が嬉しい。煮込まれたキャベツもいいな。

 旅の最中は栄養が偏ることが多い。緑黄色野菜は大切だ。


「マリアさん、食べないと冷めるよー」


 まだ止まっていたマリアさんに声を掛ける。温かい方が美味しいので、早く食べて欲しい。


「ううぅ……。はい、いただきます。うぅ……美味しいです。お芋、こんなに滑らかになるんですね……」


 葛藤しながらも、マリアさんはしっかりマッシュポテトを食べている。おかわりもあるよ。


「わ、私、皆の見本にならないと、いけないのにぃ……」


 何かを呟いているが、食べる手は止まっていない。いいことだね。順調に食欲に負けている聖職者の姿がそこにあった。やばい、楽しい。


「マリアさん、マッシュポテト用のソースもあるよ。どうぞ」


 はい。使ってください。


「え、はい。ありがとうございます」


 少し混乱しているのか、素直に受け取ったマリアさんが自身の皿のマッシュポテトにソースをかける。

 そして一口。


 目を見開くマリアさん。美味しかったかな?


「コーサクさん……」


 わなわなと、マリアさんがオレに話し掛けてくる。なんでしょう。


「これ……!ダメなやつじゃないですか……!!」


 迫真。


 駄目じゃないよ。料理に罪はない。


「美味しい?」


「ううぅ。とっても美味しいですうぅ……」


 口に合ったようでなによりです。


 自責の念を浮かべ、震えながら食べるマリアさんは面白い。でもやっぱり、美味しそうに黙々と食べるロゼッタの姿の方が、見てて嬉しいかな。

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