第105話 それぞれの思想

 今日も引き続き移動中だ。聖都が近づいてきたためか、すれ違う馬車も増えてきた。たまに歩いている人もいる。徒歩は大変そうだな。

 他の馬車がいるので、オレの改造馬車も少しスピードダウンだ。まあ、それでも普通の馬車並みだけど。

 既に日数的な余裕はある。そこまで急ぐ必要もないだろう。


 道中の暇つぶしは、ほとんど雑談だ。マリアさんが増えたことで話題の幅が広がった。マリアさんは、どうやら聖典の内容を暗記しているらしく、その言葉には淀みがない。


 巡礼中は各村に光の神の教えを説いて回っていたので、話すのは得意らしい。


「そういえば、マリアさん。真面目な話、美味しい物を食べるのは、そんなに駄目なの?」


 直前までの話に一区切りが付いたので聞いてみた。食事が美味しいに越したことはなくない?


「そうですねえ。それには『何故、清貧を重んじるか』と言うところから話さなければなりません」


 慎ましく、あえて言うなら貧乏に生きる理由とは?


「人には生来、欲と言うものがあります。そして、その欲には限りがありません。欲しい物を手に入れても、それはいつしか普通になり、次に欲しいものが現れます。全ての人が秩序なく、欲しい物に手を伸ばしたらどうなるでしょうか」


 まあ、酷いことになるだろうね。


「ふむ。欲しい物が重なってしまえば、争いになるだろうな」


 ロゼッタに言われた。あとは、仕事に偏りも出来るんじゃね?


「誰も我慢しなくなったら、辛い仕事には誰も就かないかな」


「ええ、その通りです。だからこそ、私達は自身の欲望を律しなければなりません。『清貧を重んじる』とは、人の持ち物を羨まず、必要な物を見つめ、足ることを知ると言うことなのです」


 ふへえ。


「実際、この国では犯罪はほとんど起きません。皆が光の神の教えの元に自身を律するからこそ、この国は平和なのです」


 平和であるのには同意しよう。


「なるほどなあ。つまり普段から、欲を刺激することは避けていると。それって楽しい?」


「少なくとも私は幸せですよ。小さな幸福が、私達の周りには溢れています」


 マリアさんの瞳には一点の曇りもない。本気でそう思っているらしい。


 確かに、それは一つの理想ではあるだろう。全ての民が穏やかに、争いなく生きていくのは素晴らしいと思う。それでも。


「マリアさんの生き方は尊敬するけど、やっぱりオレには受け入れられないよ」


「それは何故かお聞きしても?」


「人に限らず全ての生命は、より良く、前に進むよう、その命に刻まれているから。オレ達は前に進むようにできている。それを抑えようとすれば、いつかどこかで反動が来るよ」


 この国の平和は、停滞の裏返しだ。


「それにオレの欲が、この熱が消えたら、それはオレじゃないしね」


 お米を探す。オレはそのために人生を懸けている。その欲が消えてしまったら、オレは何者でも無くなってしまうだろう。


「例え、それで争いが起きてもですか?」


「うん。それでも前に進むのが、人の正しい姿だとオレは思うよ」


 誰も彼もが自分のために、あるいは誰かのために戦っている。一切の争いや競争の無い世界では、人は生きているとは言えないと、オレは思う。傷付き、もがきながら、人は前に進むのだ。





 マリアさんと討論している間に時間は過ぎ、次の街に着いた。かなり大きい。


「着きましたよ。ここが聖都に一番近い街、ケオイルオスです」


 聖都イルオスの衛星都市という意味らしい。街だけど。今日の宿泊場所だ。


「おお~。なんか白いねえ」


 立ち並ぶ建物は、全て白い石材でできている。綺麗な街並みが目に映る。ちょっと眩しい。


「この白い石は、近くの採石場で採れるのです。国の名産品なのですよ?」


「美しいものだ。壮観だな」


 汚れが目立つから、掃除大変そう。


「マリアさんは、この街の教会に顔を出すんだよね?」


「はい。知り合いがいるので、少し用事を済ませてきます」


「今日の夕食は?一緒に食べる?」


「いえ、教会でいただきます。宿泊もそちらでするので、お二人は気にしないでください」


「そう、分かった。じゃあ、明日の朝に門の前で集合でいい?」


「はい。それでお願いします。それでは、また明日お会いしましょう」


 去っていくマリアさんを見送る。


「オレ達は宿屋だね。行こうか」


「うむ」


 ゆっくりと、改造馬車を走らせる。道行く人は、みんな穏やかな顔をしている。この街では、緩やかな時が流れている。

 真っ白な街並みは、影との2色でモノクロだ。ここでは色が少ない。


「なんだか、静かだね」


「うむ。やはり国によって、民の生活も大きく違うのだな。柔らかな顔の者が多い」


 人通りはそれなりに多い。住人の声も聞こえる。それでも熱がない。


「貿易都市とは大違いだよ。あっちは毎日騒がしいし。オレは……あっちの賑やかさの方が好きかな」


「ふふふ。実は私もだ。あちらでは、誰もが前を向いて必死に生きている。そのひたむきさを、私は好ましいと思うよ」


 やっぱり、この国で暮らすのは無理そうだ。





 宿の手続きをし、改造馬車を預けてきた。この街では、窃盗の心配もないだろう。


 少し、街をぶらぶらと歩いてみる。異国情緒溢れる街を歩くのは、結構楽しい。う~ん。でもなあ。


「屋台、全然無いね」


「うむ。そうだな」


「わふう」


 旅先では、その場所の名物を食べるのがオレ達の楽しみなのだが、そこはやはり法国、食欲をそそるものが無い。というか、屋台そのものが無い。みんな、どこで飯食ってんの?


 まあ、無いものは仕方ない。このまま少し観光しようか。見てるだけでも楽しいよ。


「おお~!すごい!真っ黒!」


「ん?」


 横から幼い声がした。真っ黒というのは、たぶんオレのことだろう。


 視線を向けると、そこにいたのは小さな子供達。10歳にもなっていなさそうな3人組だ。

 珍しそうに、オレを見つめている。


「こんにちは」


「「「こんにちは!」」」


 うむ。元気な良い挨拶だ。


「どこから来たの?」

「白いわんちゃん!かわいい!」

「それって剣?はじめて見た」


 いい感じにまとまりがない。男の子2人と、女の子1人だ。タローに反応したのは女の子。オレに話し掛けてきたのは、最初に声を上げた子だ。活発そうな目をしている。


「自由貿易都市からだよ。場所分かる?」


「わかんない!」


 そんな気はしてた。知ってたらすごいな。


「馬車で1ヶ月くらいかかる場所だよ」


「すげー!遠いね!」


 遠いよー。


「お姉さんは、神官様なの?」


 ロゼッタの方でも話が進んでいた。剣に興味を持った子と話している。少し利発そうな男の子だ。


「いや、違うぞ。私は冒険者だ」


「冒険者?」


 法国には冒険者がほとんどいない。魔物と戦うのは、戦いを専門とする神官だ。武器を持っているので、ロゼッタのことを神官だと思ったのだろう。


「ふむ……魔物と戦う職業のことだ。他の国にはたくさんいるな」


 だいたい合ってる。


「そうなんだ」


 小さな子にちゃんと説明するのは難しいな。


「白いわんちゃん!お名前は?」


「わふ!」


 タローと戯れる女の子は、なんというかマイペースだな。タローは喋れないぞ?


「名前はタローだよ。あと犬じゃなくて狼」


「ふうん?よろしくタロー!」


 全然気にしていない。まあ、タローは賢いので噛んだりしないけど。もう少し警戒心が必要だと思うよ。


 3人の質問に答えつつ、少し観察する。発育は、あまり良さそうには見えない。少し痩せている。この国で、太っている人はそもそも見たことがないけれど。


「3人はどこに住んでるの?」


「きょうかいー!」

「家族なの!」


 なるほどなあ。仲が良さそうな訳だ。


「教会って、寄付は受け付けてる?」


「きふ?」

「?」

「うん。誰でも大丈夫だよ。物でもいいよ」


 それなら大丈夫そうだ。


「分かった。ありがとう。ロゼッタ、教会に少し食材を置いていこうか。マリアさんから貰い過ぎて余ってるからね。運ぶの手伝ってくれる?」


「ふふ、もちろんだ」


 さて、この子達には道案内を頼もうか。





 教会に着いた。ここも同じく白い。聖都に近いだけあって、大きな建物だ。3人に案内されて中に入る。


「あら?お二人ともどうされたんですか?」


 中にはマリアさんがいた。何やら年配の女性と話していたようだ。ここの責任者だろうか。


「マリアさん、さっきぶり。偶然この子達に会ったから、少し寄付して行こうと思って。まあ、ほとんど、マリアさんから貰った食材だけどね」


 オレの言葉を聞いた年配の女性が、すっと前に出て来る。少し皺にある顔には、柔らかな笑顔が浮かんでいた。


「まあ、どうもありがとうございます。とても助かります。お二人の善行は、光の神もご覧になっていることでしょう」


「いえいえ、お気になさらず」


 背負った食材を渡す。結構な量だ。今日はお腹いっぱい食べられるんじゃないだろうか。


「それでは失礼します。マリアさんはまた明日」


「はい。ありがとうございました」


 用事を済ませて、すぐに教会を出る。


「そろそろ、宿に戻ろうか」


「ふむ。そうだな。これで良かったのか?」


「いいんじゃない?あまり人の暮らしに首を突っ込むものじゃないし」


「そうか」


 本音を言えば、子供達には美味しい物を食べさせたいところではある。だけど、オレはこの国から離れる。その後のフォローは出来ない。

 一度、上の味を知ってしまった子供達に、元の暮らしはきついだろう。

 マリアさんとのあれは、大人で自制があるからこその戯れだ。


 せめて、しばらく満足に食べてもらえればそれでいい。


「そういえば、宿って食事付きなんだよね。今日はちょっと食べてみる?」


「ふむ。そうだな。どんなものか興味はある。食べてみようか」


 もしかしたら、美味しいかもしれないしね。オレも聖都の近くまでは来たことがない。美味しい可能性もあるだろう。





 夕方。宿で食事を摂っている。


「なんというか……薄いね」


「うむ……。色々と足りないな……」


 言葉を飾らずに言うならば、不味い。美味しく食べようという思想が欠如している。これでは食材が可哀そうだ。

 持った木匙が中々進まない。食事はもっと楽しいもののはずなのに。食べるのが少し辛い。意地でも残したりはしないけど。


 やっぱり、この国で暮らすのは無理そうだ。

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