第63話 鹿肉とトマトのロースト トマトサラダつき

 いつものように農場に顔を出し、近況を聞いて帳簿を預かったあと、アンドリューさんから呼び止められた。


「ああ、コーサクさん。これ、持っていってくだせえ」


 指し示す先には、太陽の日差しを反射する鮮やかな赤。山のようにトマトが積まれていた。


「こんなにいっぱい、いいんですか?」


「ははは。こちらこそ、いつも世話になっとりますから。どうぞ、家で食べてくだせえ」


「そうですか。ありがとうございます。美味しく食べさせてもらいますね」


 という訳で大量のトマトが手に入った。しばらくトマト尽くしだな。新鮮な、みずみずしいトマトだ。今日はシンプルにサラダにしようか。


 旬のトマトだ。使い道は多い。パンにも合う。ただ、量が多すぎるので保存方法を後で考えよう。


 借りた荷車を牽いて家に向かいながら、いろんな料理を思い浮かべた。


「ただいまー」


「おかえり」


 家に帰るとかすかな薬品の匂い。ロゼッタが買ったばかりの剣と鎧を手入れしていた。オレは詳しくないのだが、剣も鎧も日々のメンテナンスが大事らしい。

 タローは匂いが嫌で庭に逃げたようだ。


「うん?すごい量だな。買って来たのか?」


「いや。アンドリューさんからもらった。いつもお世話になってるからって」


 そのうち、お返しで何か差し入れしようと思う。


「そうか。ふふ、コーサクの日頃の行いのおかげだな」


「別に、普通だよ。普通」


 ただの近所付き合いの延長だ。感心されることでもない。


「せっかくトマトもらったから、今日の夕食はトマトのサラダとローストトマトを作るよ」


「ほう!楽しみだな!」


 うれしそうでなにより。アンドリューさんが作った新鮮なトマトだ。あまり手を加えなくてもいいだろう。他のメニューはどうするか。パンとスープを作るとして、ロゼッタとタローのために肉が欲しいところだ。

 うん。スライから分けてもらった二刀鹿の肉の熟成が良い頃合いだったはずだ。メインはそれを焼いたものでいいだろう。


 先に冷蔵室から鹿肉だしておくか。常温に戻さなきゃな。


 鹿肉を冷蔵室から持ってくると、ロゼッタが片付けを始めていた。


「装備の手入れは終わったの?」


「うむ。これで私はいつでも戦える。護衛なら任せておけ。コーサクの剣となり盾となろう」


「うん。その時はよろしく」


 ロゼッタに守られることに、オレの男の部分が微妙な感情を吐き出すが、うん、仕方ない。普段貧弱だしな。魔道具による強化も制限時間付き。まあ、適材適所だ。心には蓋をしておこう。


 代わりにオレは、ロゼッタに美味しいものを提供するとしよう。


 さて、少し早いが夕食の準備でもしますかね。先にスープ作るか。




 野菜スープは作り終わった。日も傾いて来たし、いい時間だろう。肉も焼き始めるか。


 鉄皿に下処理をした鹿肉を乗せる。うん、いい赤身だ。そしてその鹿肉の横に、半分に切ったトマトを並べる。ほんの少しだけ塩を振りかけた。


 後はそのままオーブンに投入。じっくり焼いていく。


 その間にサラダだな。葉野菜をちぎり、トマトは輪切り。あとは市場で売っていた、たぶんパプリカ?を細く切る。皿に盛って完成。カラフルだ。


 ドレッシングも作るか。オリーブオイルに酢と塩、潰した香辛料と、ちょっとだけ醤油を入れて混ぜる。こんなものだろう。


 料理と食器類をテーブルに並べる。庭で遊んでいたタローも戻ってきた。


「もう少しだから待ってな」


「わふ!」


 鹿肉もいい頃合いだろう。オーブンを開く。おいしそうな香りが広がった。肉の焼き加減も良さそうだ。一緒に並んでいるトマトは外側がしわしわになって焼き色がついている。美味そう。


 取り出した鹿肉とトマトを皿に並べていく。湯気の立つそれに、オレ以外が反応する。


「美味しそうだな!」


「わふ!」


 腹ペコ2人はスタンバイ済みだ。目線は鹿肉。肉好きだよなあ。


「じゃあ、食べようか」


 オレも席に着いた。では。


「「いただきます」」


「わふ」


 せっかくだから、トマトから食べようか。ドレッシングをかけずに、まずはそのままトマトを食べてみる。

 甘い、酸味は感じるが、甘味が強い。みずみずしいトマトの味が広がる。いいトマトだ。美味い。


 ローストトマトはどうだろうか。一口大に切り、熱の入ったトマトをこぼさないように口に運ぶ。

 途端に広がるトマトの風味。生より香りが強い。焼かれて水分が飛び、濃縮されたトマトの果汁が溢れる。うん、こっちも美味い。


 鹿肉もいい火加減だ。脂を感じない濃い赤身。熟成された肉の旨味を噛み締める。うん。いいね。肉食ってる!って感じがする。


「うむ!美味しいな!」


「わふ!」


「はは、そりゃ良かった」


 一言だけ感想を言って、あとは食べ続ける。言葉よりも、美味しそうに食べるその姿こそが賛辞だろう。


 サラダまできれいに食べ終えた。


「「ごちそうさまでした」」


「わふ」


 片付けを終え、ソファに体を沈めて談笑する。タローはロゼッタの膝の上だ。背中を撫でられて気持ち良さそうに丸まっている。


「ふふ、今日の料理も美味しかったな。さすがコーサクだ」


「食材が良かったからね。ほとんど手を入れてないし。明日も別のトマト料理作るよ」


「そうか。ふふふ。楽しみにしている」


「うん」


 楽しそうに笑うロゼッタの横顔を見る。明日は何を作ろうかな。

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