第64話 トマトケチャップ
ここ数日トマト料理を続けているが、トマトが減らない。生で食べるにも料理に使うにも限界があるからな。
まだ大丈夫だが、痛む前に保存用に加工したいと思う。そう、ケチャップ作りだ。
大量に作るので庭でやる。魔道具のコンロを設置し、大きな寸胴鍋を倉庫から引っ張りだした。寸胴鍋、重いなあ。
「運ぶのは私がやろう」
「え、うん。お願い」
ロゼッタが寸胴鍋を軽々と持ち上げる。頼もしい。
……一応、ロゼッタから少し距離を取るか。一応な。うん。オレはロゼッタを信じてる。
「よし、と」
「ありがとう」
何事もなく寸胴鍋が設置された。いや、大丈夫だと思ってたけど。さて、ミキサー持ってこよう。
オレ特製の魔道ミキサー。久しぶりの出番だな。ちなみに、一番高額なのは刃の部分だ。冒険者の剣にも使われる素材で出来ている。野菜や果物程度では、どれだけ使っても刃こぼれなんかしない。
そのミキサーに、洗ってヘタを取ったトマトをどんどん入れていく。あとはリンゴもどきとニンニクも少し投入。
「よし。じゃあロゼッタ、起動してくれる?」
「うむ、任せておけ」
ロゼッタがミキサーの魔石に触れて、魔力を注ぎ込む。その魔力を受けて、ミキサーが勢い良く唸り出した。入れたトマトがあったという間に液状に変わっていく。
ロゼッタと一緒に暮らし始めて、とても助かっている部分だ。魔道具に自分の魔力を注いで起動するという普通のこと。その普通がオレにはできないからな。燃料用に消費する魔石が減るのがありがたい。
ミキサーの中に塊はなくなった。これでいいだろう。
「ロゼッタ、この布持っててくれる?」
「うむ」
寸胴鍋の上で、料理用の清潔な布をロゼッタに広げてもらう。その真ん中にミキサーの中身を注ぐ。
重量で布がへこみ、濾された液体が鍋に滴り落ちる。さらに、布に残る液状化したトマトたちをロゼッタに絞ってもらった。新鮮なトマトジュースが布から溢れ出す。
「そのくらいでいいよ。布の中身はこっちのタルに入れて」
「うむ、分かった」
布の中に残ったのは、トマトの皮の破片や種、布で濾せなかった果肉だ。これはエイドルに持っていって、肥料に加工してもらおう。
「じゃあ、これ何回か繰り返すよ。よろしく」
「ああ、分かった」
そして何回か繰り返し、寸胴鍋の中には滑らかなトマトジュースが溜まっている。ちょっと泡立ってるな。赤よりピンクっぽく見える。
「よし!後は水分を飛ばしていきます。ロゼッタ、コンロの起動よろしく」
「うむ。これだな?起動するぞ」
ロゼッタにコンロを起動してもらって、中火に設定。あとは、この寸胴鍋用の長い木のヘラで焦げないようにかき混ぜていく。最初は水分が多いから、放って置いてもいいな。
「で、この鍋の中が半分くらいになるまで水分を飛ばすよ」
「分かった。かき混ぜるのはあとで交代させてもらおう」
「あ~、うん。よろしく」
ただ鍋の中をかき混ぜるだけだ。大丈夫、だと思う。
夏の空気の中で、トマトジュースをかき混ぜながら談笑して過ごす。話の内容は、お互いがいなかったときのことだ。
ロゼッタは王国での話を。オレは氷龍対策のときの話をした。
今はロゼッタが木のヘラを手に、オレの話を聞いている。
「うん。それで寝不足の状態で氷龍を見たんだけど。すごく綺麗だったよ。白い鱗が朝日を反射して輝いてた。でも、綺麗だったけど、あり得ないくらいの魔力量だったね。まさに生きた災害だった」
「そうか。私も見てみたかったな。龍種なんて、ほとんどの人は生涯で見る機会もないだろう。まあ、見ることができる距離にいるということは、その災害のただ中にいるということだから、見たいと思う人は少ないかもしれないが。それでも、私は見てみたかったな。せっかく帝国を出たのだ。いろんなものを見てみたい」
オレは二度と龍種に会いたくないけど。オレはお米と平穏が欲しい。
「ロゼッタは冒険者だから、いつか遠目に見る機会もあるかもね」
「ふふふ。そうだな。あるかもしれない」
そう言って、ロゼッタが楽しそうに笑う。その視線は未来に思いを馳せているようだ。どこか遠くを見ている。うん。いつもなら別に良かった。だけど今は危なかったな。
ガンッ、と。
視線を外したロゼッタの持つ木のヘラが、鍋の内側に音を立ててぶつかった。
「「あっ」」
傾く鍋。中の液体が揺れる。慌てたロゼッタが木のヘラを反対側にぶつけた。その振動で鍋がコンロからズレた。落ちる。ロゼッタ、力加減ミスったろ。
「危ねえ!」
うおお!!『魔力腕』起動!!
ガシッと2本の半透明な腕が鍋を空中に固定した。セーフ。中身もこぼれてない。ファインプレーだ。落ちたら大惨事だったな。心臓が今になってバクバク鳴ってる。
そっと元の位置に鍋を戻した。
「ふぅー」
危なかった。ナイス、オレ。
「あー、すまない。助かった。つい考え込んでしまって、その、失敗した……」
一転してロゼッタが落ち込んでいる。う~ん。話しながら作業するべきじゃなかったかな。会話始めたのオレだしなあ。悪いことをした。
「大丈夫、大丈夫。ほら、鍋は無事だし、こぼれてもいない。問題ないだろ?次は気を付ければいいさ」
「う、うむ。分かった」
うんうん。
「それはそれとして、あとは仕上げなのでオレがやります。ヘラ貸して?」
「う……うむ。分かった……」
ロゼッタから木のヘラを受け取って鍋の前に立つ。ごめんな。この量のトマト使って失敗する訳にはいかないんだ。美味しく作るから、それで元気だして?
水分が減ったトマトジュースは赤が濃い。そして粘度が高いため、沸騰すると、とても良くはねる。手にはねると超熱いです。
さて、少し火を弱め、濃縮されたトマトジュースにケチャップ用の香辛料を入れる。そして少しかき混ぜると、トマトジュースが一気にケチャップの香りになる。うん。いい香り。
少し煮込んだら、酢と塩、胡椒、砂糖を投入。さらに煮詰める。オレは濃い方が好みだ。
モクモクと水蒸気が上がる鍋をひたすらかき混ぜる。濃縮されたそれは最初より重く、すぐに沸騰する。熱い。そして暑い。
木のヘラを動かし続ける。そして。
「よし!完成!」
できた!火を止めて冷ます。うん。良い感じ。トマトを凝縮した鮮やかな濃い赤が、太陽の下で輝く。
「ロゼッタ」
「……なんだ?」
ちょっと落ち込み気味のロゼッタを呼ぶ。取り出したのはスプーン。試食だ。
「はい、試食。どうぞ」
「あ、ああ。いただこう」
まだ少し湯気の立つ、出来立てのケチャップをロゼッタの口に入れる。
「お、おおお!すごいな!美味しいぞ!コーサク!」
「だよね?今日の夕食はオムレツにしようか。シンプルに作って、今日作ったこのケチャップかけて食べるの」
「それはいいな!楽しみだ!」
ロゼッタの顔に笑顔が戻った。オレには太陽より眩しい。さて、オレは何回か味見したが、最後に一口だけ食べてみよう。
出来立てケチャップを口に運ぶ。
ん~~~~!
「ああ~、濃い~!美味い~!」
いいな!凝縮されたトマトの旨味が体に染みる。とても濃いのにいくらでも食べられそうだ。これ単体でも美味しい。
あ~、ピザでも作ろうかなあ。ピザ生地にこれ塗って、ベーコンとチーズ散らして焼く。美味そう!
くああ~。でもオムライスが食いて~~。さっきロゼッタにオムレツって言ったら思い出した。
ケチャップでチキンライス作って、トロトロの卵被せて、さらにケチャップかけたい。家庭で作るやつでいい。ちょっとべたつくチキンライスをふわふわの卵と掻き込みたい。
あ~!お米が欲しい!
身悶えしていると、ロゼッタが話し掛けてきた。
「コーサク?どうかしたのか?」
お米のない現実と戦っていただけです。
「い、いや、なんでもないよ。ケチャップが冷めたら、ビン詰めしようか。けっこう長く保存できるよ」
「ああ、手伝おう。次は失敗しない」
「うん……気を付けてね?」
「うむ!任せておけ!」
一応。念のため、『魔力腕』を待機状態にしておこうか。
さて、ケチャップをビン詰めしよう。そして夕食はオムレツだ。今日のご飯も楽しみだね。
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