第65話 護衛依頼
リューリック商会から依頼が入った。商会というかリリーナさんの名前での依頼だった。家に来た商会員の人曰く、魔道具の作成依頼らしいが、どの魔道具かは不明。
詳細は直接会って話すとのことらしい。概要すらなし。どうしたんだろうか?
思い当たる節がない。オレの売っている魔道具に機密性の高いものはない。取引をしている商会なら、どこでも全て購入できる。
やばいものはそもそも売りに出してないし。
新しい魔道具の作成依頼でも、概要すら伝えられないのは不自然だ。リューリック商会では、必要な情報はすぐに伝達するのが基本のはず。
極秘で進めたい案件でもあるのだろうか?リューリック商会の規模で、他の商会にバレないように準備をするのは、物と人の動き的に無理だと思うが。
良く分からないな。
「まあ、いいや。とりあえず行ってきます。そんなに遅くなることはないと思うけど」
「ああ、分かった。いってらっしゃい」
「わふ」
ロゼッタとタローに見送られて家を出る。外は日差しが強い。今日も暑いなあ。
対面にリリーナさんが座っている。可憐な姿に完璧な所作。いつも通りのプレッシャー。
「コーサクさんに売ってもらいたい魔道具があるの」
リューリック商会に着くと、すぐにリリーナさんの元に通された。高価そうな部屋の調度品たちもオレを威圧してくる。紅茶も高いやつっすね。
「どの魔道具ですか?注文書をもらえれば、すぐに作って納品しますよ」
むしろ注文書だけでいいです。呼び出さなくてもいいです。
「欲しいのは毒見の魔道具よ。あれは、コーサクさんに調整してもらわなければいけなかったでしょう?」
「……ええ、そうですね。なるほど?」
マジかー。毒見の魔道具かー。まさかだね。想定してなかった。
毒見の魔道具。オレが今までに開発した魔道具の中でも5本の指に入る傑作だ。どれほど助かったことか。まあ、今日まで売れたことはなかったんだけど。
作ったのはかなり前だ。作った理由は死にかけたから。
あれは、海の魚が食べたくなって港町に行ったときだ。そこで色々な魚や貝や甲殻類を食べた。新鮮な海産物を食べるのは久しぶりだったから、しばらく滞在して堪能した。とても美味かったです。
その中で、ある貝を勧められた。店の人によると、貝殻ごと焼いて食べるのが美味いと。毒の有無も聞いたが、今まで誰も体調が悪くなったことはないと言われた。
なので、安心して食べた、らしいんだが……気が付いたら3日後だった。薬品の匂いがするベットの上で起きたときは、訳が分からなかったな。
オレには貝を食べる直前から記憶がないのだが、生死の間を彷徨っていたらしい。かなり危ない状態だったと言われた。
あまり自覚はないのだが、3日間寝ていた付近の記憶を思い出そうとすると、すさまじい悪寒がして脂汗が噴き出すので、本当にやばかったのだろう。
うん。その後すぐに毒見の魔道具を作った。かつてないほど集中したね。
出来上がった毒見の魔道具は、とても良い性能だ。ほぼ万能と言っていい。だけど人気はない。その魔道具をリリーナさんが買う、と。
「え~と、在庫はあるので、調整はいつでも出来ます。使用者はリリーナさんで良いんですよね?」
「ええ、私が使うわ。調整はそうねえ。明日の朝でいいかしら?出発が10日後だから、準備は早く終わらせたいの」
「ええ、はい。分かりました。毒見の魔道具を持って、明日の朝に来ますね」
ああ~、なんか気になる情報が出たけど無視だ。この世界の人が毒見の魔道具を必要とする場所はロクなところじゃないだろ。どこに行くのとかは聞かない。だいたい首を突っ込むと面倒なことになるのだ。
毒見の魔道具が売れない理由は3つある。
1つ目は値段だ。バカ高い。上級の魔石を使わなければならないからだ。
そもそも、オレの作った毒見の魔道具は毒を検知する訳じゃない。精霊に『毒入ってるか教えて』って頼んでも、『人間の毒ってなんだよ』って感じでまともに動作しない。
人体に害となる毒を1つずつ指定するのも無理だ。オレが知らない毒には反応しなくなる。
だから、毒見の魔道具は、その上級魔石の容量を使い、使用者の体の情報を取り込ませ、本人と同期させることで毒の有無を判断する。
毒の判定は、目の前の物体を食べた場合に体に異常が出るかを演算することで行うのだ。つまり限定的な未来予知。10分後、1時間後、1日後の体の状態を確認することができる。
2つ目の売れない理由は、調整の手間だな。
最初だけとは言え、使用者の情報の取り込みと同期をオレがやる必要がある。この世界の人には、指紋と同じように個別に魔力の波長がある。だが、それを他の人は知らない。
魔力の波長を調べることができないオレ以外には、魔道具の調整ができない。調整できるのはオレだけ。つまり、オレの近くにいる人以外には売れないのだ。
3つ目の理由だが、そもそもこの世界の人は毒に強いのだ。
魔力のおかげだろう。どうも毒が体に入ると、無意識的に魔力で内臓を強化するらしい。その結果、毒の無毒化と排出が早く、すぐに回復する。
森で活動する冒険者も、危なそうなものは食べないしな。毒見の魔道具をわざわざ買う人はいなかったのだ。
まあ、つまりリリーナさんは、毒耐性を超える毒を摂取する可能性のある場所に行く訳だ。どこの魔境だろうな。オレなら生き残れなさそうだ。
なので、さっさとお暇しようと思う。思った。
思ったのに、リリーナさんに先手を取られた。
「ええ、助かるわ。王国へ商談に向かうの。備えはしないといけないわよね?」
「ああー、そうですね……」
その詳しい情報いらないです。王国での商談って、相手貴族じゃないっすか。しかも毒見が必要系の。オレは貴族案件に関わりたくないです。
くそ、隙を見て帰るって伝えないと。
「ああ、そうそう。今、王国での護衛も探しているのよ?でも上手く集まらなくて。コーサクさんは護衛どうかしら?報酬はとてもいいものよ?」
いやです!無理です!いらないです!
「っ、はっはっは。オレは魔道具を作る仕事がありますからね。王国まで行く余裕はないですよ」
我ながらいい返し!なんだ!?リリーナさんは何を狙ってるんだ!?オレが護衛に向かないことくらい知っているはずだ。だいたい、リューリック商会で護衛が集められないなんてあり得ない。護衛用の商会員もいるし、冒険者ギルドに依頼を出せば、手を挙げる奴は多いだろ。
「あら?10日もあれば、コーサクさんなら2ヶ月分くらいの仕事は終わらせられるでしょう?」
ぐうっ!考え込んでいる時間がねえ!くそっ、落ち着けオレ。確かに10日あれば魔道具を作り終わるのは余裕だが、王国に行く余裕がある=護衛をしても良いじゃない。
というか、この前の氷龍対策で、オレの魔道具作りのスピード完全にバレたな。ああ、さっきの返しミスった。戦えないとか言っておけば良かった!方針転換!
「い、いやあ。魔道具は何とかなるかもしれませんけど、オレは護衛で役に立ちませんからね。他の人を当たった方がいいですよ」
「そうかしら?この前の誘拐事件はコーサクさんが活躍したと聞いているわよ?それに、コーサクさんは綽名が付くほど活躍した元冒険者でしょう?役に立たないなんて、とても思えないわ」
ぬぐぐ。反論が潰された。もういいや。どうせリリーナさんに口で立ち向かうのは無理だ。目の前にいる美貌の少女は会話の専門家なんだから。困ったときは素直にゲロるに限る。正直に心境を伝えよう。
「ええ、そうですね。確かにオレは戦えなくはないですが、貴族は嫌いなんです。巻き込むのは勘弁してください。」
最初からこうすれば良かった。何が狙いかは知らないが、オレが護衛を受けないと言えば済む話なのだから。
「そう。それは残念ね。コーサクさんが護衛を受けてくれれば、特別な報酬を渡そうと思っていたのだけど」
「特別な、報酬、ですか……?」
リリーナさんはまだ引っ張るらしい。特別報酬?お米の情報収集は既に依頼済みだ。その手札は使えない。
嫌がっているオレに護衛をさせるほどの報酬なんて他にないはずだが。
「ええ、とても特別な報酬よ。」
リリーナさんが可憐な笑みを浮かべる。完璧な微笑み。誰もが見入ってしまう、その微笑みで、オレに手札を叩きつける。
「『天秤の悪魔』の宝玉を1つ」
笑みで細まった蒼い瞳に浮かぶのは確信。自分の提案が受け入れられるという確信だ。
「コーサクさんが護衛を受けてくれるなら、報酬で渡すわ。探していたでしょう?悪魔を呼ぶ宝玉を」
「本気、ですか?」
目の前の美しい少女に、オレが感じるのは重圧と恐怖だ。どこからバレた?
「ええ、もちろん。私は商人ですもの。嘘をついたりはしないわ」
いや、商人は普通に嘘つくけど。契約は守るだけだ。まあ、この立場ある少女は軽々しく嘘をつけない。それにしても。
「どこで手に入れたんですか?」
「ふふ。私の商会は、この都市ができる前から続いているのよ?色々なものが眠っているわ。例えば、そう。借金を返せなくなった貴族のコレクションなんてものもね?」
「……なるほど」
怖えな、リューリック商会。
「それで、護衛の依頼は受けてくれるかしら?」
それは聞かれるまでもない。受けるに決まっている。悪魔の宝玉だ。昔話に出て来る『天秤の悪魔』を呼ぶための秘宝。それが欲しい。オレには叶えたい願いがある。
3つ集めることで悪魔を召喚できるその宝玉は、この都市以外では所持することも許されない。もっているのがバレると捕まる。
下手に使うと国が沈むから当然だろうけど。
だから、大っぴらに探したことはないつもりだが、どこでリリーナさんに気付かれたのだろうか?
あとで聞いたら答えてくれないかな?無理か。無理だな。さっさと回答しよう。
「受けます。けど、オレの護衛も連れて来ていいですか?」
「コーサクさんの護衛?ええ、いいわよ。だけど、私の護衛をするコーサクさんの護衛だなんて、面白いわね?」
「ハハハ……そうですねー」
本当に面白いと思ってます?まあ、いいや。言質はとった。ロゼッタとタローも連れていこう。帰って相談だな。
「ふふふ。コーサクさんが護衛を受けてくれてうれしいわ。詳しい日程なんかは、明日ジルに説明させるから、また明日ね」
受けてくれてうれしいとか。絶対に護衛させるつもりだったろうに。
「ええ、分かりました。では、また明日の朝に来ます。失礼します」
豪華な部屋を出る。疲れた。早く家に帰りたい。帰ったらタローをもふもふしよう。タローは最近いいものを食べているおかげか、毛並みがレベルアップした。手触りがすごい。
それにしても、悪魔の宝玉を出すなんて、リリーナさんの考えが良く分からないな。明日ジルさんから情報を収集しないと。全部答えてはくれないだろうけど。
護衛にオレは必要じゃない。リリーナさんはオレに何をさせたいのだろうか?情報が足りないな。
そもそも、リューリック商会に悪魔の宝玉があることにビックリだ。悪魔の宝玉は禁制品だ。悪魔が求める願いの対価は重く、願いを叶えた後の被害は大きい。
この都市では明文化されていないが、他の国では宝玉の所持と悪魔の召喚は禁止されている。
まあ、手に入れようと思って、手に入る代物でもないんだけど。
オレが所在を知っている宝玉は9個だ。今日10個になったか。持っているのは、だいたい王国と帝国の貴族。悪魔を呼ぶ者が出ないように、主要な貴族が1個ずつ厳重に保管している。
オレが宝玉を探しているのは、当然ながらお米のためだ。帰るつもりはない。この世界と地球が同じ時間軸である保証もなし。それにこの世界で得たものもある。悪魔には、お米の場所だけ教えて欲しい。
対価は……多分なんとかなるだろう。『天秤の悪魔』の言う天秤は、伝承から見るに、どうにも主観的だ。ならば渡せる対価はあると思う。
「まあ、今から召喚した後のことを考えても仕方ない。まずは帰ってロゼッタに相談だな。それと、旅の準備……。」
……良く考えたら、オレ、大急ぎで他の商会に納品する魔道具作らないとなんねえわ。あと、しばらく不在になる旨も取引先と知り合いに報告しないと。冷蔵室の食材の整理も必要じゃね?
「……あれ?余裕なくない?」
うわあ、時間ないわ。やべえ、さっさと行動しないと間に合わない。今日から魔道具作らないと。
考え事をしながらの遅い歩みを、早歩きに切り替えて家に急いだ。
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