第66話 魔道具の設定
リリーナさんの護衛をすることになった翌朝、オレは再びリューリック商会に来ている。今いる場所は商談用の個室。ロゼッタも一緒だ。護衛はロゼッタが専門だしな。
そして、目の前にいるのはリューリック商会の副商会長ジルさん。相変わらず渋くて恰好いい。
ジルさんから護衛依頼の詳細を聞かなければならない。できれば、リリーナさんの狙いについても探りたい。
「おはようございます。ジルさん」
「ええ、おはようございます。今回は商会長の護衛を受けていただき、ありがとうございます」
「ははは。受けたというか、受けさせられたような気持ちですけど。報酬分はきっちり働きますよ。ああ、こっちは一緒に護衛をしてもらうロゼッタです」
「冒険者のロゼッタだ。よろしく頼む」
ロゼッタが帝国式の綺麗な礼をする。ジルさんの目が、ほんの少しだけ見開かれた。
「これはこれは。当商会の副商会長をしております、ジルと申します。よろしくお願いいたします」
挨拶が終わったタイミングで、商会員の人がお茶を運んできた。昨日とは、また違う紅茶のようだ。どちらにしても高級なものだろう。香りがいい。
オレ達にその紅茶を勧めながら、ジルさんが話しだす。
「さて、では今回の護衛依頼について、詳細を説明させていただきます。向かう先は王国の辺境に位置するウィブリシア領です。そこで商談を行います」
名前に覚えがない。つまり、まともな貴族じゃないな。リリーナさんが毒を警戒するくらいだから当然だろうけど。
ロゼッタは分かるかな?
ちらり、とロゼッタを見る。視線に気づいたロゼッタの目がこちらに向く。目が合った。ちょっとアイコンタクト。
『聞いたことある?』 『いや、知らない名前だ』
だよなあ。とりあえず、警戒は最大にしておこう。
「出発は9日後の朝です。移動には片道7日ほどを見込んでいます。現地での商談は、相手方の都合にもよりますが、長くても10日といったところでしょう」
「はい」
片道1週間。遠いなあ。でも、王国の領地にしては近い方か。移動は基本、馬車だしな。時間かかるのは当然だ。
持って行く荷物にボードゲームとカードを追加するとしよう。人間、ずっと気を張っていられるわけじゃない。
「移動の馬車とテント、食事は当商会で準備する予定ですが、コーサクさんはいかがされますか?」
あ~。使い慣れたものがいいな。疲労が違う。改造馬車の出番だ。
「馬車と寝床は自分で用意しますよ。食事はお世話になりたいと思います。足りなかったら、自分で作るかもしれないですけど。他の護衛の方もいるんですよね?」
「ええ、分かりました。護衛は、当商会から5名出す予定です」
「そうですか」
冒険者はいないか。多分、5名の護衛には元冒険者もいるだろうけど。優秀な冒険者のスカウトもやってるからな、リューリック商会。
さて、その護衛の人達と仲良くなるためにも、飯は一緒に食べよう。連携の取れない護衛に意味はない。
「では、一番大切な部分ですが、護衛対象は商会長と随行の商会員4名です。問題が発生した場合は、商会を最優先でお願いします」
「分かりました。ジルさんは行かないんですか?」
「ええ、私はこの都市で商会長の代行を行います」
ふむ。まあ、当然か。ジルさんまで行ったら、都市の商売が回らないもんな。
「そして、コーサクさんへの報酬です。商会長からお聞きになったと思いますが、『天秤の悪魔』の宝玉を1つ、となっております。お間違いありませんか?」
「はい。それでお願いします」
その宝玉のために、オレはこの護衛依頼を受けるのだから。
「では、こちらが契約書になります。どうぞ、サインをお願いいたします」
「はい」
オレの名前を記載する。これで契約は成立だ。オレはお米のために、リリーナさんを全力で守る。
「ありがとうございます。では、コーサクさんはこの後、商会長と魔道具の調整ですね」
「あ、その前に。ジルさんちょっといいですか?」
「はい、なんでしょうか」
聞きたいこと聞かないと。
「商談で向かう領地の貴族の人柄と、あとリリーナさんがオレを護衛にした理由って知ってますか?この護衛、オレである必要はないですよね?」
オレの疑問を受けたジルさんが……まったく変わらないな。表情は自然体のままに見える。ピクリとも反応しなかった。
「ふむ。ウィブリシア領の現当主は、とても貴族らしいお方だと聞いています。それと、商会長の考えは、残念ながら私には分かりかねます」
ジルさんの様子を見るが、その言葉が嘘か本当かまったく分からない。やっぱり商人相手に情報戦は無理だな。
というか、貴族らしい貴族って、それはクズ野郎ってことじゃない?
「そうですか、分かりました。ありがとうございます。では、リリーナさんの毒見の魔道具を調整させてもらいますね」
「ええ、ご案内します。こちらへどうぞ」
先導するジルさんの後ろをロゼッタと歩く。ちょっと小声でロゼッタに聞いてみた。
「ロゼッタは何か気になることあった?」
「ふむ?特にはないな。普通の護衛依頼の内容だ。報酬以外は、だが」
「そっか」
う~ん。まあ、分からないのは仕方ない。真面目に護衛するか。ちょっと多めに魔道具持っていこう。
「では、こちらの部屋へどうぞ。商会長がお待ちです」
リリーナさんの執務室に着いた。ジルさんに従い中に入る。
「失礼します」
「いらっしゃい、コーサクさん。あら?そちらの方は?」
出迎えてくれたリリーナさんの目がロゼッタに向かう。
「今回一緒に護衛をするロゼッタです」
「冒険者のロゼッタだ。よろしく頼む」
リリーナさんの目線が動く。ロゼッタを観察しているようだ。
「そう。私はリューリック商会の商会長リリーナよ。私、コーサクさんの護衛が、こんなに綺麗な女の人だとは思わなかったわ。よろしくね?」
「ああ、剣にかけて、私は守るべきものを守るつもりだ」
「ふふふ、頼もしいわ」
ロゼッタもリリーナさんも綺麗に微笑んでいる。
「……?」
んん?プレッシャーを感じる?なんだ?部屋の中は和やかに見えるのに。目の前の美人2人から圧を感じる。
お互い初対面だから、別に因縁もないだろうに。何で?ちょっと背中がざわざわするから止めて欲しい。
「あ~、リリーナさん。魔道具の調整をさせてもらってもいいですか?」
「ええ、よろしく。コーサクさん」
良かった。圧が減った。さて、毒見の魔道具を取り出して、と。
毒見の魔道具は、演算する魔石本体と、表示部である腕輪に分かれている。オレなら直接魔石にアクセスして結果を確認できるが、普通の人は見れないからね。
毒がある場合、腕輪に嵌った魔石の欠片が光るようになっている。
「どっちでも良いので、手を出してください。魔道具の初期設定のために触れる必要があります」
「……ええ」
差し出されたリリーナさんの左手をとる。白く細い手には、少しペンだこの感触があった。
さて、左手に魔道具を、右手にリリーナさんの手を。そして、身体強化『頭:強』で起動。
脳の機能が拡張される。感じる魔力も鮮明だ。強化された脳で、リリーナさんの魔力波長を解析する。
……見つけた。解析した魔力の波を魔道具に同期させる。使用者の紐づけ完了。
「よし。リリーナさん。使用者の設定が出来ました。後は魔道具を握っててもらえますか?」
「分かったわ」
リリーナさんに魔道具を持ってもらって、情報の取り込みを開始する。5分くらいで終わった。身体強化も解除する。
「これで調整は終わりです。食べる対象に腕輪を近づけてもらえれば、毒の判定を開始します。有毒だったら腕輪の魔石が光りますから、食べないでくださいね?」
「ええ、ありがとう。これで少しは安心ね。助かったわ。お代はいつも通り、口座に振り込みでいいかしら?」
「はい。それでお願いします」
リリーナさんは興味深そうに、魔石の嵌った腕輪を撫でている。ちょっと疲れた。用事も終わったし帰ろう。
「では、今日はこれで失礼します。また、9日後に」
「ええ、さようなら。9日後を楽しみにしているわ」
リリーナさんの執務室を出る。特に楽しみなことはないよな?
帰り道、市場に寄っている。夕食の買い物だ。いい食材はあるだろうか。ロゼッタと2人で見て回る。
「そういえば、リリーナさんの部屋に入ったときに、2人で威圧してなかった?」
ちょっと怖かったんだけど。あれ。
「ふむ。いいか、コーサク。ああいうのは最初が肝心なんだ」
「そう、なの?」
ああいうのって、なんだろう。
「うむ」
「んー?」
ロゼッタは、自分で頷いている。よく分からん。
まあ、いいか。今はそれより、少し前に見える魚屋が気になる。前にムニエルにしたら美味しかった、少しナマズっぽい顔をした魚が大量に並んでいた。
最近、肉ばっかりだったからな。魚食べたい。寄って行こう。
たっぷり食べて、仕事しないとな。
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