第67話 トマトソーススパゲティ
ガタガタと、街道を3台の馬車が進む。左右には、まばらな木々と低い草だけ。その奥には森が見える。人工物は何も見えない。
日差しは強く、気温が高いが、馬車の速さのおかげで風が心地よく、それなりに快適だ。
今日で、王国へ向かうために都市を出発してから6日目だ。明日中には目的地に着くらしい。
「一応、ここはもう王国領なんだっけ?何もないね」
「そうだな。ここは辺境だ。人の数に対して土地は広いのだろう。帝国もそうだった」
「へー」
オレの改造馬車の御者台の上で、隣に座るロゼッタとどうでも良い会話をする。
暇だ。
護衛役ではあるが、まだ特に仕事はしていない。元々、街道まで出て来る魔物は少ない。出るときは出るが、今回は遭遇しなかった。
盗賊にも会わなかった。もしかしたら、盗賊の斥候くらいは遠くにいたかもしれないが。リューリック商会の旗を見て襲ってくる賊はあまりいない。手を出したら、全滅するまで追いかけられるからだ。
大手の商会であるほど、顔に泥を塗られて黙っていることはない。ちょっかいをかけられたら、商会の威信にかけて潰しにいく。
ということで平和だ。そして暇。
タローは初めて来る場所に興奮して、馬車の横でうれしそうに並走しているが、オレには代わり映えのしない景色が映るだけだ。
ロゼッタと談笑したり、魔道具を開発したりして時間を潰しているが飽きて来た。ケツも痛い。
数少ない楽しみは食事だ。なのだが……。
食料品を扱う商会だからか、リリーナさんがいるからか、食事は旅の中にしては美味しいのだが……パンが硬すぎる。
最初の2日間は普通のパンだったが、それ以降は保存用の硬いパンが提供されている。スープに浸して柔らかくしてから食べようとしたが、硬すぎてパンがふやけるまでにスープが冷めた。硬すぎだろ。見た目石だぞ。
ロゼッタに聞いてみたが、硬いパンは身体強化をして噛み砕くのが普通らしい。いや、オレできねえじゃん。飯食うときに身体強化使いたくねえよ。疲れるんだよ。
パンは炭水化物。エネルギーの元だ。長時間馬車に座っているだけでも体は疲労する。そして、オレはどこにいても美味い飯が食べたい。
ならば、自分で作るしかないだろう。
昨日から、パンの代わりに炭水化物のメニューを作っている。ちょうど、今日もそろそろ移動は終わりだろう。まだ夕方にもなっていないが、野営には時間を要する。商会長で年若いリリーナさんがいるのもあって、休息は長く設定しているようだ。
その代わり、朝は早いけど。もう少し寝たい。
馬に乗った護衛の1人が馬車に近づいてきた。大剣を背負った男性だ。
「今日の移動は終わりだ!左前方に見える野営地に停めろ!」
「分かりました!」
馬車と風の音に負けないように返答する。
確かに左の方に、地面が露出している場所がある。あそこか。馬に水とご飯をあげて、オレも料理だな。
諸々の雑用が終わり、夕食の準備だ。料理は、リリーナさんの補佐をする商会員4人が作っている。夜は硬いパンに、焼いた肉、野菜のスープが基本だ。
護衛の5人は、周囲の警戒やテントの設営などで動き回っている。オレ達は改造馬車の中で眠れるのでテントはない。手の空いたロゼッタは馬の世話に行った。
そして、周囲の警戒は適任がいる。
「よし、タロー。魔物か人が近づいてきたら知らせてくれ」
「わふ!」
よし、任せた。1日中走り回ったはずだが、まだまだ元気そうだ。幼くても魔物だな。
さ~て、炭水化物は必要だが、屋外でパンを焼くのは難しい。風で小麦粉とんでいくからな。向かい風だと全身真っ白になるぞ。
ということで、作るのは麺。パスタだ。スパゲティ。
乾燥麺というのは非常に便利だ。長期保存ができ、嵩張らない。水があれば出来る。そして、この世界では水は魔術で出せる。旅にぴったりだな。
……まあ、お米があるなら、オレはお米を選ぶけど。保存性、携帯性、味、栄養。お米は完璧じゃない?
まあいいや、麺を茹でよう。鍋に水をもらって火にかける。塩も入れておく。
沸騰するのを待つ間に、ソースの準備だ。玉ねぎ、ベーコンを細切りにし、にんにくを刻む。
熱したフライパンに、オリーブオイル、刻んだにんにくを入れ、火を通す。うん。油が弾ける音と一緒に、食欲をそそる香りが広がる。
そこにベーコンを投入。熱せられたベーコンから油が抜けだし、自身の油で揚げ焼きになっていく。玉ねぎも投入。軽く炒めたら火を弱める。
これだけでも美味しそうだが、そこに追加するのは先日作ったトマトケチャップ!
投・入!はっはー!にんにくとベーコンとトマトの良い匂い!美味そう!
ソースはそのまま少し煮詰め、その間に麺を茹でる。たっぷりお湯の張った鍋に乾燥麺を投入。吹きこぼれないように注意しながら茹でていく。
硬かった麺が水分を吸って柔らかくなる。そろそろいいだろうか。1本食べてみる。うん。大丈夫だな。
「うし。『魔力腕:2』、『防壁』発動」
皿状にした防壁を展開する。透過する対象を水だけに設定。魔力アームを使い、そこに鍋の中身を注ぎ込む。
お湯だけが落下し、防壁の上には茹でた麺だけが残る。そして鍋を防壁の下に移動させて、防壁を解除し麺をキャッチ。
湯切り終わり!
さて、ソースだ。そろそろ良い具合に水分が飛んだ。味見をしてみる。美味い。ベーコンから出た塩分で味は十分だ。少し胡椒を振りかけて完成。
今日の主食はトマトソーススパゲティだ。美味そう。
向こうも食事を作り終わったようだ。皆で食べるとしよう。
というわけで食事中だ。12人全員でまとまって食べている。近くに異常がないのは偵察済みだ。
塊のまま焼いて、削ぎ落して食べる肉も、野菜のスープも美味い。さすがリューリック商会、食材の鮮度を保つのは得意だな。
「今日も美味いね」
「うむ。美味い。旅の途中でこれだけ豪華なものを食べられることはそうそう無いぞ」
ロゼッタが、そう頷きながら食べていく。相変わらず、いっぱい食べるね。
まあ、冒険者だと、鈍器のようなパンに、塩の塊みたいな干し肉で食事、みたいなことあるからね。絶対体に悪いよね。
「そうですぜ。護衛にまでちゃんとした飯が出るとこなんて、この商会くらいでさあ」
話し掛けてきたのは、護衛のまとめ役のマイクさん。大柄な大剣使いだ。元冒険者らしい。
「いいところですね。リューリック商会」
「それはもう!給料がいい!飯が美味い!とくりゃあ最高ですぜ!護衛中は酒が飲めねえのが残念ですがね。はっはっは!」
酔ってないのに陽気な人だ。
「いやあ、コーサクさんが作った料理も美味えですね。特にこの肉がいい味出してますよ!」
「ははは。どうも」
マイクさんだけじゃなく、他の人も美味しそうにトマトソーススパゲティを食べている。やはり、硬いパンは美味しくなかったのだろう。
「ええ、本当に美味しいわ。コーサクさん」
「……!」
会話に入ってきた柔らかな声にビクっとした。
「ははは。ありがとうございます。リリーナさんに褒めてもらえるとはうれしいですね」
「ふふふ。お世辞ではないわよ?美味しいわ。この麺も、ソースも初めて食べる味よ。ふふふ。私の商会でも扱わせてもらいたいものね?」
食事の間くらいは、商売の話止めません?
「ええ、はい……都市に戻ったら相談させてください」
だけど、言えないオレは弱いなあ。でも仕方なくない?だって、リリーナさん目が笑ってないもん。
「うふふっ。よろしくね?コーサクさん」
「はい」
商売の話をするときのリリーナさんは迫力が凄い。初めて見る食品があるときは特にだ。美味しいベーコンも乾燥麺もオレの自作。流通しているものではない。
リリーナさんには、食料品最大手のトップである自負からか、自分の知らない食品があることを許容できないという意思を感じる。
さっきの会話の副音声は、『私の知らない食品を、なぜ秘密にしていたの?』かな。
特に意味はないです。強いて言うなら、あまり関わると、知っている料理や食材の情報を全部吐くまで逃がしてくれなさそう、だからですかね。
ちょっと怖いんだよリリーナさん。チラリと様子を伺う。うわ、目があった。
微笑んでいるが、相変わらずリリーナさんから感情を読み取るのは難しい。もう食べるのに集中しよう。うん。それがいい。
スパゲティ美味い。ソースにベーコンの旨味が良く出ている。濃縮されたトマトとの相性がいい。
やっぱり、トマトと肉は合うよな。チーズもあれば完璧。都市に戻ったらピザ作ろう。昼からロゼッタと2人でピザを片手にビールを飲むのもいい。
まあ、それも帰ってからだ。領地に着くのは明日。何もないと良いな。
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