第147話 帝都の賑わい

 龍を倒した2日後、レックスに担がれた状態で、遠目に帝都の壁が見えた。


「やっと……戻ってきた……」


 ボソリと呟く。


 行きは3日。帰りは2日。身体強化を発動したレックスは恐ろしいほどに速い。オレの体重なんてないように跳んでいく。


 移動時間が短いことはいいことだ。だけど、揺れる。めちゃくちゃ揺れる。かき混ぜられた三半規管は、休憩のときでも回っているように錯覚するほどだ。

 目を閉じると、世界はぐるぐる回っている。普通に気持ち悪い……。


 だけど、酔ったような気持ち悪さの代わりに、胸の痛みは引いていた。この2日で大分マシになったのだ。

 違和感はあるが、魔核に痛みはない。


 ただ、痛みはないが、魔力もないのだ。


 依然として、オレの魔核は割れたまま。感じる魔力は雀の涙ほど。まともに身体強化も使えない。

 そのうち治ると言ったボムも、どのくらいの時間が必要かは分からないらしい。


 というか、精霊は時間の感覚がよく分からないそうだ。悠久の時を生きる精霊にとって、1年も100年も、そんなに違いはないらしい。


 ボムが語った『そのうち』の信頼度が大きく低下した。100年後に治ってもどうしようもない。もう、寿命を迎えてるよ。


 そして、そのボムについてだが、どうやらオレ以外には見えないし、声も聞こえないようだ。

 精霊は、縁を結んだ者にしか知覚できないらしい。オレも他の精霊の姿が見えるようになったりはしていない。


 ボムは気まぐれにオレに話しかけてくるのみだ。普段は静かにしている。生まれたての精霊は、あまり体力がないとのことだ。


「お?」


「どうかした?」


 レックスが何かに反応した。目線の先は帝都。変なものでも見えたのだろうか。


「なんか帝都が騒がしいぜ」


 騒がしい?何か事件でもあったのだろうか。


「危なそうな感じ?」


「いや、どっちかっつうと、祭みてえな雰囲気だな」


 ……祭?





 帝都の中に入ると、確かに賑やかな様子だった。何だか盛り上がっている。みんな明るい顔をしているので、何か良いことがあったのだろう。


 ……ちょっと聞いてみるか。


 ふらりと歩く。まだ三半規管にダメージがある。地面が揺れているように感じる。


 目指すのは、帝都の門の近くにいた子供のところ。レックスと一緒に向かう。


「やあ、こんにちは。ちょっと聞いてもいいかい?」


 銀貨を1枚投げ渡しながら聞く。門の傍にいる子供たちは案内人。有料で、都会に不慣れな者を導く働き者だ。


 銀色の輝きを、すばやくキャッチした子供が目を見開く。まあ、普通より多いからな。


「まいどあり!何でも聞いてくれよ!」


 いい笑顔だ。強かな生き方には好感が持てる。今日はなんか良いものでも食べるといい。


「5日ほど帝都から離れていてね。戻ってきたら賑やかな様子だったから、何があったのか知りたいんだ」


「ああ、それなら簡単だよ!次の王様が決まったんだ!みんなが喜んでるのは、お城がそのお祝いに酒代を持ってくれたから!もう少ししたら、お披露目のパレードもあるらしいよ!」


 元気でよろしい。それにしても、5日の間にそんなことになっていたとは。どうなっているのやら。

 甦った悪龍を討伐する~、とかどこ行ったの?動き早くね?


 そもそも。


「次の皇帝って、誰になったの?」


 オレの質問に、案内の子は高い声で答えた。


「二番目の王子様だよ!」


 なるほど~。


 ……全然分からねえ。いったい何があったんだろうか。分からなすぎる。そもそも、悪龍を甦らせようとしたのがどの陣営なのかも知らないんだよなあ。


 後で知ってそうな人に聞いてみるか。


「分かった。教えてくれてありがとう」


「こっちこそありがとう!」


 お金の効果により、笑顔で見送られながらその場を後にした。


「んで、これからどうする?」


 隣を歩くレックスが聞いてくる。次の皇帝になんて興味がなさそうな顔だ。


「とりあえず、仮拠点に戻って、体を綺麗にして、寝る」


 かなり疲れた。3日間走り続けて、魔境を踏破して、龍と戦って、魔核の痛みで眠れなくて、ひたすら荷物みたいに運ばれて、と、この5日間は本当に大変だった。


 三半規管のせいだけじゃなく、体がふらふらする。もうこのまま寝たいくらいだ。


「その後は……。治療院かな?一応、魔核を診てもらう。で、冒険者ギルドに行って依頼料を支払って、最後に情報屋」


 うん。そんな感じ。


「りょーかい」


 のんびりとレックスが返事をする。その姿に疲労は見えない。体力お化けだな。


 ああ、そうだ。食事は……食べに行こうか。馴染みの店を回ることにしよう。


 店のメニューを思い出しながら、仮拠点である家へと歩いた。





 翌日、治療院に来ている。鼻を突く薬品の匂いが懐かしい。最近怪我してなかったし。


 今いる場所は、治療院の診察室だ。目の前では、年配の男性がオレの胸に手を当てていた。この治療院を運営する先生だ。冒険者時代はお世話になった。あの頃は、毎日生傷だらけだったからな。


「ねえ、コーサク君。君、なんで生きてるの?」


 急に酷い言い草だ。


「死んでないからじゃないですかね?」


 なんでって聞かれても、生きてるものは生きてるよ。


 オレの言葉を聞いた先生は唸っている。


「君、元々変な身体しているのに、更に変になったねえ。普通、魔核が割れたら死ぬよ?」


「はは、そうですよね」


 普通の人は魔力がなくなったら死ぬからね。


「う~ん、困ったねえ。さすがに私も死者蘇生に挑んだことはないからねえ。魔核の治し方は知らないよ?」


「まあ、ですよね」


 う~ん、まあ、予想通りというか、やっぱり駄目か。


「とりあえず、身体の様子を見ながら治癒術をかけてみるから、ちょっとじっとしててよ」


「はい。お願いします」


 という訳で、治癒の魔術を受けてみた。まあ、結果的に言うと、あまり効果はなかった。

 これは、時間を掛けるしかなさそうだ。





 さらに次の日。荷物を持って寂れた通りをレックスと2人で歩いている。


「重い……」


 荷物の中身はお酒だ。最近、身体強化に慣れてしまったせいで、より荷物が重く感じる。困ったものだ。

 レックスの方が多く持っているので、代わりに持ってとも頼みづらい。


 向かう先は情報屋だ。分からないことが多すぎる。少なくとも、龍を甦らせようとした陣営は知りたい。

 責任はとってもらうつもりだ。手元には、『白の蛇』から没収した大量の爆弾があるしな。


 色々と責任をとってもらう方法を考えている間に、情報屋の建物の前に着いた。相変わらずボロボロだ。


 軋む扉を開けて中に入る。


「こんにちはー」


「お、ちょうどいいところに来たぜ」


 薄闇の中から情報屋のおっちゃんの声がした。ちょうどいいところに?

 というか、他に誰かいる。直前までその人物と会話をしていたようだ。


 うん?この魔力は……。


「デュークさん……?」


「やあ、コーサク君」


 薄暗い室内にいたのはデュークさんだ。


 情報屋の寂れた建物の一室で、何故かオレは貴族である義父と出会った。

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