第146話 それそれの結末
沈んでいく龍を眺めながら、オレはずっと動けないでいた。
「痛え……マジで痛え」
胸の奥が痛い。魔核が鋭い痛みを訴えている。痛すぎて動けない。
『魔核が割れたからね。当たり前だと思うよ』
これ、魔核割れてんの?
『うん』
オレの思考にボムが反応した。もしかして、心が読めるのだろうか。
『分かるよ。僕たちは繋がっているからね』
……まあいい。便利な機能だと思おう。でも、今は声を出していたい。その方が痛みが紛れる。
「なあ、ボム。魔核って治るのか?」
『たぶん?そのうち治ると思うよ』
あやふや過ぎる……。
自分の内側に意識を向ける。魔力をほとんど感じない。魔核はただ痛むのみだ。
「……困った」
オレの魔核を代償に龍を討伐できたのだから、安いものだったとは思う。
でも、それはそれとして非常に困った事態だ。
「身体強化が使えない……」
オレの体は、少し前のように外部からの魔力を受け入れない。そして、今は自分の魔力がほとんどない。
「どうやって帝都まで帰ればいいんだよ……」
強化なしで魔境を踏破するのは厳しすぎる。ほとんど戦えなくなってしまった。常人の身体能力と思考速度では、魔物の動きについていけない。
「やべえ……改造馬車の魔力補給もできねえ……」
考えれば考えるほどに不味い。これからどうしようか。魔核って、治癒魔術で治るんだろうか?
雑草一つない地べたに座り込んで唸っていると、背後から足音が聞こえた。その音に振り向く。
「ああ、レックスか」
「よお、コーサク。無事か?」
レックスが、いつもと変わらない様子でそこにいた。いや、心なしか嬉しそうな表情だ。翼竜と戦って戦闘欲が収まったのだろうか。
「無事だけど、無事じゃないかも」
魔核が割れて、超痛いし。よく考えたら、この世界の人だと死んでるくらいの重症だ。こっちの人は、魔力がなくなったら死ぬからな。
「ははっ。生きてんなら無事だろ」
「……まあ、そうだね」
確かに、その通りだ。オレは生きてる。魔核が使えなくなったこの状況も、この世界に来たばかりの状態に比べれば、かなりマシなものだ。
そう考えれば、何とかなりそうな気がしてきた。
「にしても、良く龍を狩れたじゃねえか。今度から
い、いらねえ……。
「嫌だよ。面倒事ばっかり来そうじゃん」
「ははは。そうかよ」
実際に名乗ったら、笑いごとにならないくらい大変だと思う。変な奴らが寄ってくる。たぶん貴族も。だから、誰にも話さなくていいだろう。
「はあ。それにしても疲れたよ。あと、魔核がすごい痛い」
「俺が来るのを待てば良かったじゃねえか。むしろ俺にも戦わせろよ」
「いや、レックスでも厳しかったと思うよ?周りから魔力を吸い取るとか、ふざけた能力を持ってたし。あらゆる生き物の天敵みたいな龍だった」
近づいただけで、普通の人なら濃すぎる魔力に気を失う。さらに近づけば魔力を吸い取られて動けなくなる。
ひどい性能だった。
「いいじゃねえか。戦いってのは、生きるか死ぬか分からねえもんだ。その方が遣り甲斐があるだろ」
それでもレックスは笑う。戦闘が好きな人は言うことが違うな。
「オレは危険が少ない方がいいよ。そういえば、レックスの方はどうだったの?」
怪我がないのは見れば分かる。
「はっはっは。1人逃した。あの白い奴だ。他は全部狩ったぜ?」
「バイサーのこと?レックスが取り逃がすなんて珍しいね」
あいつ逃げたのか。面倒だな。どうしようか。今の体じゃ追い掛けられない。
「おう、白い翼竜と、もう1人の奴を囮に逃げやがった。だけど、大丈夫だろ」
ああ、そういうことか。なるほど。1回姿を隠してしまえば、何とか逃げるくらいは出来るだろう。レックスは追跡とか得意じゃないからな。
「で、どこら辺が大丈夫なの?」
「はは。そのうち分かんだろ」
何がだよ。
「それより、立てねえなら運んでやるよ。まだやることはあるか?」
やること……。
龍の素材は別にいらない。魔核は割ったし。鱗とか、その辺の肉体には、龍の魔力が残っている。
オレは近づいても少し不快に感じる程度だが、他の人は近づいただけで体調を崩すだろう。
まさに呪いの品だ。頼まれてもいらない。
となると、あとは……。
「なあ、レックス。見える範囲で生きてそうな植物はある?」
「いや、ねえぜ?むしろ何にもねえだろ」
周囲を見渡す。何もない。禿げた山と荒野が広がるのみだ。緑はかなり遠い位置にある。
龍によって命を奪われた草木たちを、オレの爆発で吹き飛ばしてしまった。見事に何もない。
「そうだよなあ……」
ゴソゴソと、荷物から魔境の地図を取り出す。ちょっと潰れてしまっていた。
「場所、ほとんどここなんだよなあ」
地図を見る。現在地に当たる場所には、新種の植物を見つけた印が描かれていた。赤い丸印がある。
丁度、今いる場所だ。お米の情報があった場所はここなのだ。
「はは、何もねえ……」
乾いた笑みがこぼれる。どう見ても稲はない。下手をすると、オレがとどめを刺したかもしれない。
少なくても、この場所に生きた植物はない。魔境中を探せばあるかもしれないが、今の体の状況では探せない。
ここでお米を見つけるのは無理そうだ。
「はあぁ~……。うし、帰ろうか」
「おう、運んでやるぜ」
レックスに持ち上げられる。いつもの肩に担がれるスタイルだ。体勢に関係なく魔核は痛い。
そもそも、なんで魔核に神経通ってんの?
「ぐふ、よろしく。ああ、そういえば、ルヴィ見た?」
「いや、見てねえぜ」
「そっか」
大丈夫だとは思う。たぶん。狩人としてのルヴィの腕はいい。ちゃんと逃げてくれたとは思う。
魔境の中でルヴィを探すのは無理だ。帝都で再会できることを祈る。
「よし!じゃあ、飛ばしていくぜ!」
「あー、安全走行でよろし、ぐええっ……!!」
レックスがオレを担いだまま加速する。その慣性に、肺から空気が漏れた。景色が高速で流れていく。
体を強化しない状態での高速移動は本当に怖い。酔いそうなので目を閉じる。
……疲れた。馬鹿な貴族のせいで龍と戦うはめになったし、お米は吹き飛ぶし散々だ。
ああ、早く帰ってロゼに会いたい。
森の中を白い人影が走る。
「はあっ、はあっ、予想以上の化け物だったぜ。はあっ、本当に人間かよ、『斬鬼』の奴」
『白の蛇』のリーダー、バイサーが森の中を走っている。
頼みの翼竜は狩られ、その身を守る護衛も斬られた。その手には何も持っていない。
「くそっ、適当な魔物を捕まえて、しばらく隠れるか」
バイサーは再起のために思考を巡らせる。『斬鬼』に見つかるのは危険だ。安全のために、身をひそめる方策を考える。
「はあ、はあ~。さすがに、ここまでは追い掛けては来ねえか」
森の一画でバイサーは立ち止まる。荒れた息を整えて思考を整理する。
「ふうー、この借りはいつか返さねえと、が……っ!?」
突如、バイサーの言葉が乱れる。その白い手が、自身の首元に伸びる。
そこには、1本の矢が突き立っていた。
バイサーが、驚愕にその目を見開く。呆然と、視界に映る矢を見る。そこに、別の声が響いた。
「お前に、次はないよ。バイサー」
「……ル……ヴィ……」
そこにいたのは、弓を構える狩人。森を縄張りとする職人が、鋭い目をして立っていた。その目には、獲物を見定める冷たい意思が光っている。
「……っ!……ぁ……」
バイサーが使用できる魔術は1つだけ。治癒の魔術は使えない。自身に刺さった矢を、どうすることもできなかった。
そして、狩人の目に睨まれたまま、白い蛇は森に沈んだ。
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