第205話 多くの工程

 暴食蟻との戦いから日々は過ぎ、季節は秋になった。オレの目の前には、一面黄金色に染まった田んぼがある。


 今日は稲刈りだ。





 稲作仲間の若者たちが、横に並んで稲を刈っていく。水が抜かれた田んぼの中に、ザクリ、ザクリと小気味よい音が響く。


 当然ながらオレも参加している。鎌を片手に中腰で進み、稲の束を左手で掴む。そして右手の鎌で引き切る。ザンッ、と繊維を断つ感触。なんの引っ掛かりもなく刈り取れた。

 オレも含めて、使っている鎌はガルガン親方から譲ってもらったものだ。とても切れ味の良い逸品である。使い勝手が非常にいい。親方には後でお礼に何か持って行こう。


 鎌の使い心地に笑みを浮かべつつ、稲刈りを進める。いつのように、オレの両隣には半透明の魔力アームが飛び交っている。

 魔力アームにも鎌を持たせ、一人で複数人分働いているところだ。前に試作して失敗した収穫機よりも、こっちの方が速いな。


 次々と稲を刈っていく。刈った稲の束は、魔力アームで根元を結んで水田の脇へと運ぶ。


 水田の脇には、木の柱と横に渡された木がある。その横木へと、稲の束を掛けていく。


「コーサクさん! 速過ぎだろ!」


 少し離れた場所からアルドが叫んでくる。とりあえず、手を振り返しておいた。そっちも頑張ってくれ。あと、アルドも十分速いよ。


 引き続き、同じ作業を繰り返す。収穫した稲の先には、見事に膨らんだ実が生っている。水田での稲作は大成功だ。



 昼過ぎには稲刈りが終わった。目の前には、逆さまに吊るされた稲束がズラリと並んでいる。気持ちの良い光景だ。


 稲はこの状態でしばらく干しておくことになる。雨が降らないといいな。





 幸いなことに雨は降らなかった。乾燥はそろそろ十分だろう。脱穀の開始だ。


「みんな、手を巻き込まれないようにね」


 自作の脱穀機を準備しながら、周囲に声を掛ける。使用するのは、前回の失敗を踏まえて改良した脱穀機試作2号だ。脱穀した実が飛び散らないようになっている。これを3台用意した。


「おう!」

「了解です」

「気を付けます」


 その返事を聞き、全員で脱穀作業を始める。脱穀機の回転するドラムに稲が当てられ、その実が勢い良く外れていく。


 周りを見渡しても、特に危なげはないようだ。まあ、この世界の人は力が強いからな。油断していなければ大丈夫か。


 順調に進んでいく脱穀作業を横目に眺めつつ、オレは別な装置を準備する。稲から実を外したら、次に行うのは籾殻の除去だ。籾摺りというヤツだな。


 という訳で、使用するのは自作の魔道具。籾摺り機試作1号だ。作るのは苦労した。だって、籾摺りの方法なんて全然知らないし。


 設計を始めた当初、そもそも仕組みが分からないという壁にぶち当たった。そこで、脳を魔力で強化して、過去に記憶をひたすらに漁ってみた。元の世界の記憶は、精霊に捧げてなくなっている部分も多いので大変だった。


 ようやく見つけた記憶から、過去は石臼で籾摺りを行っていたというのが分かった。摩擦で籾殻を外していたらしい。


 石臼をそのまま使ってみようかとも考えたが、籾摺り中に割れるお米も多かったらしいので止めた。


 要は、籾殻が取れるだけの摩擦があれば良いのだろう。そんな訳で作ってみた試作機。中で使っている素材は、摩擦の大きい魔物の皮だ。相談した親方によると、水棲魔物の皮らしい。滑り止めや、衝撃の吸収などに使われるのだとか。ゴムみたいな感触だ。


 その皮をローラーに巻き付けたものと、板状に加工したものが、籾摺り機の中には入っている。板と回転するローラーの間にお米を通し、籾殻を除去するという設計思想だ。


 まあ、まずは少量で試してみよう。


「初の籾摺り開始っと」


 脱穀が終わったお米を持って来て、籾摺り機を起動する。内部から、ローラーの回る作動音が響いて来た。


 では、投入。


 ザザザッ、と、籾殻付きのお米を入れる。装置の中からは、お米の跳ねまわる音が聞こえる。どうだろうか。


 籾摺り機が、吐出口からお米を吐き出す。装置を通ったお米の様子は……。


「3割くらい……? あんまり取れてないな」


 ちょっと板とローラーの隙間が大きかっただろうか。少し詰めてみよう。


 籾摺り機を調整し、再度挑戦する。


「2回目。開始っと」


 再びの作動音。次に出て来たお米は、6割ほどが籾殻から外れていた。うん。もう何回か調整すれば行けそうだな。回転の速度も変えてみるか。



 なんだかんだと10回ほど微調整を行い、籾摺り機は完成した。今は、綺麗に籾殻が外れたお米を吐き出し続けている。これで大丈夫だ。


 さて、籾摺り機から出て来たお米は、取れた籾殻と混ざっている状態だ。次は籾殻の除去をしよう。はは、お米を食べるまでに、やることはいっぱいだ。



 次に使う装置を準備する。これを作るのは意外と簡単だった。仕組みを載せてくれていた小学生の頃の教科書には感謝だ。使う装置の外見は、いわゆる唐箕とうみと呼ばれるものだ。


 上部の口からお米と籾殻を入れて、横から風を送ることで、軽い籾殻を飛ばす装置である。籾殻が取り除かれれば、下部の吐出口から出て来るのはお米だけになる。


 簡単な構造なので、魔道具としては作らなかった。動力は手動だ。横に出たハンドルを回せば、中の板が回転して風を起こしてくれる。早速使って行こう。


「アルド、回す係よろしく。オレは上からお米を入れるから」


「おう! 気合入れて回すぜ!」


「いや、風が強すぎるとお米も飛んでいくから、ほどほどでね?」


 ちょうどいい風をお願いします。



 アルドが唐箕のハンドルを回す。ゴロゴロ、ゴロゴロと、中から木製部品の回る音が聞こえて来る。


 その音を聞きながら、唐箕の上部からお米と籾殻を入れていく。風に飛ばされて出て来る籾殻が、視界の端に入り込む。

 オレの視線は下。ずっと出て来るお米を見つめている。籾殻が取り除かれたお米はまだ茶色だ。今は玄米の状態。この作業が終わったら、ようやく精米へと入る。





 籾殻の除去も一通り終わり、田んぼの近くに建ててもらった倉庫にやってきた。精米はここで行う予定だ。


 倉庫ではリューリック商会のレイモンドさんとエイドルが、先に準備をしていてくれた。


「コーサクさん、お疲れ様です」


「コーサク殿。準備はできておりますぞ」


 色々と苦労してもらった2人も、今日は待ち切れなかったようだ。


「レイモンドさん、お疲れ様です。準備ありがとうございます。エイドルも助かった」


 2人に声を掛けて、精米を行う準備をする。


 精米機もオレが自作したものだ。あっちの世界では、個人用の精米機を持っていた。その仕組みはミキサーと変わらないものだ。


 網目のある籠に玄米を入れて、回転する羽でかき混ぜることで、玄米同士をぶつけて糠を取るのである。


 大量に精米を行う場合は別な仕組みだった気がするが、その内容までは記憶になかったので、この方法にした。今後は色々と試作してみたいと思う。


 では、精米を始めよう。


「よし、じゃあ、まずは少ない量で実験してみようか」


 全員に声を掛けて、精米機へと玄米を入れる。強化ガラス製の蓋を閉めて、精米機を起動。

 その瞬間、精米機の中でお米が踊り出した。高速でかき混ぜられたお米が、精米機の中で飛び交っていく。


 そして、時間が経過するほどに、お米の色が薄くなっていく。どんどん白へ近づいていく。その様子を、全員でじっと見つめていた。



「……もういい、かな?」


 精米機を止める。蓋を開けて動きの止まったお米を見てみれば、そこにあるのは綺麗な白米だ。白い肌が美しい。


「はははっ、できた!」


 ああ、懐かしい。この姿を見るのは7年ぶりだ。ようやく、オレはようやくここまで来た!


 抑え切れない笑顔のまま、精米したての白米を見つめていると、背後のエイドルから声が掛かった。


「コーサク殿。あとは我々でも可能ですので、先に帰宅されてはいかがですかな?」


 うん?


「コーサクさん、帰ってもいいぜ! 一回見たからあとは大丈夫だ!」


 アルドも声を上げる。なんだ?


 2人の方を見て首を傾げていると、レイモンドさんも話し掛けてきた。


「この事業はコーサクさんがいなければ成り立ちませんでしたからね。ええ。一番尽力されたのはコーサクさんでしょう。なので、コーサクさんが一番に食べるべきだと思いますね」


 その言葉と同時に、横から小さな麻袋を渡される。中にはたった今精米した白米がある。


 つまり……先に帰って、先に食べていいよ、ということらしい。周囲を見渡せば、異存のある人はいないようだ。


「ええと……みんなありがとう」


 本当に嬉しい。この恩をどう返そうか。ええと……。


「先に食べて、完璧な炊き加減を調べておくから、みんな楽しみにしててくれ」


 オレの言葉に全員が笑った。ウケは狙ってないけど、良い雰囲気だからいいか。


 さあ、家に帰ろう。





 お米を持って、自宅へと走る。足が軽い。家まではすぐに到着した。逸る心のままに家へと入る。


 玄関の扉を開ければ、タローが内側で待っていた。


「ただいま、タロー」


 その頭を撫でていると、ロゼとリーゼもやって来た。


「コウ、おかえりなさい」


「あ~」


 ロゼは微笑みを浮かべて、リーゼは無邪気に笑って出迎えてくれた。


「ただいま」


 オレの顔を見たロゼの笑みが深まる。


「その顔を見るに、今日の作業は成功だったようだな」


 そんなに嬉しそうな顔をしているのだろうか。


「うん、ちゃんと成功したよ。ようやく白米ができた」


 助けてくれたみんなのおかげだな。それに感謝をしつつ――


「さっそく、お米を炊いてみるよ」


 7年ぶりの炊飯だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る