第204話 決戦

 傾いていく陽の下で、ひたすらに暴食蟻を叩き続ける。その数は確実に減っている。


 だが、不味いことがある。時間の経過とともに、暴食蟻の群れが少しずつ横に伸びて行っているのだ。


 こちらの手が届く範囲には限度がある。オレ達の人数は、暴食蟻に比べて少ない。オレ達を迂回して背後に進まれるのが一番困るのだ。


 暴食蟻には、オレ達に注目し続けてもらう必要がある。どうする。駄目元で女王蟻に爆弾でも撃ち込んで挑発してみるか?


 酷使している頭の片隅で対策を考えていると、背後から風を感じた。同時に、オレの感知範囲に、猛スピードで何かが突っ込んで来た。


 その反応は、高速でオレの元までやってくる。


「コーサクさん! 見つけたっす!」


 聞こえたのは、良く知っている声だ。飛んで来たリックが、地面を削りながらオレの横へと着地する。


 急停止したリックが、オレの顔を見ながら早口で話す。


「コーサクさん! 商会長から連絡っす! 今から兵を連れて加勢に行くから、もう少し耐えろ! とのことっす! あとコーサクさんからの伝言もあればどうぞ!」


 おお、本当かよ! 正規の兵が来てくれるなら、ありがたいことこの上ない。


「リック、連絡ありがとう! ギルバートさんには、暴食蟻が左右から抜けそうだから、オレ達の両側から包囲してくれると助かるって伝えてくれ!」


「両側からの包囲っすね! 了解っす! コーサクさん、頑張ってくださいっす!」


 そう言って、再びリックは風のように飛んで行った。相変わらずの速さだ。


 ありがたいことに援軍が来てくれる。気を抜かずにいこう。





 戦闘を続けていると、暴食蟻の群れを包み込むように近づいて来る魔力を察知した。都市の兵たちだろう。来てくれたようだ。本当に助かる。


 そして、オレの背後からも複数の魔力が近づいてくる。


「コーサク、無事か!」


 振り向けば、先頭にいるのはギルバートさんだ。


「ギルバートさん! 無事ですよ! ありがとうございます!」


 近づいてくるギルバートさんは、初めて見る戦闘の装備だ。背中で揺れる武骨なハンマーがチラリと見えた。強面とハンマーの迫力がすごい。頼もしい姿だ。


 隣まで来たギルバートさんが、オレの背中をバンッと叩く。いてえっす。


「コーサク、左右の包囲は任せろ。俺たちが一匹たちとも逃がさん」


 さすがギルバートさん。言葉の安心感がすごいな。


「ええ、よろしくお願いします」


 助かります。


「ああ、それと……よくここまで耐えた。良くやったな」


 ギルバートさんが笑みを作る。かなり怖いが、優しい笑顔だった。何だか嬉しい。


「……はい、ありがとうございます」


 最後にもう一度オレの背中を叩いて、ギルバートさんは兵と共に前線へと向かった。


 そして、ギルバートさんが進んだすぐ後に、別な魔力の反応が近づいて来た。振り返れば、見覚えのある顔が多い。リューリック商会とウェイブ商会の戦闘員たちだ。一番前には、リューリック商会のマイクさんがいる。


「コーサクさん! 加勢に来やした!」


「マイクさん、お久しぶりです! 他の皆さんも、来てくれてありがとうございます!」


 本当に、大助かりだ!


「コーサクさん。自分らが前線に出ますんで、他の冒険者の人達と一緒に休憩してくだせえ」


 マイクさんの提案がありがたい。ずっと戦ってくれている冒険者たちは疲労も溜まっていることだろう。


「すみません。ありがとうございます」


 お礼を言いながら、オレは走って行く商会員たちを見送った。




 冒険者たちも戻ってきて、しばしの休憩だ。それぞれ干し肉やクッキーを齧りながら水分補給をする。ちなみに干し肉もクッキーもオレが配った。持ってて良かった非常食。


 休憩とは言うが、この世界の人々は回復力も強い。栄養を摂って少し休めば、あっという間に元気だ。


「がっはっは!! この干し肉は酒が欲しくなるな!!」


 いや、ゴルドンなんかは、休憩に入る前から元気だったな。というか、今まで疲れたゴルドンとか見たことないわ。


「それにしても、たくさん助けに来てくれたね。本当に助かったよ」


 隣に座るロゼへと話す。


「ふふ、コウの日頃の行いのおかげだな」


 ロゼが誇らしそうに笑っている。それは、どうだろうな。別に善行を積んでいる気はしないけど。


「まあ、これで暴食蟻の討伐は楽になったね」


 援軍のおかげで戦闘員が大幅に増えた。オレ達が戦いに戻れば、女王蟻までもう少しだろう。




 まあ、残念ながら、そんなに甘くはなかった。


「なんだコイツ! 硬いぞ!」

「くそっ、速い!」

「さっきまでとは違うぞ!」


 オレ達は再び戦闘に戻った。人数が増えたおかげで、暴食蟻はみるみるうちに討伐されていき、黒い群れは規模を減らした。


 そして、群れの中央へと近づいた結果、各段に強い個体が出現した。女王蟻を守る、兵士階級の暴食蟻だ。


 通常の個体より巨大な体。より硬い甲殻。弱点だった節の部分までもが装甲に隠されている。巨体と強靭な肉体によるゴリ押しは脅威だ。単純故に強い。


 そして、女王蟻までもが戦闘に参加して来た。地属性の魔術を使い、こちらを潰そうとしてくる。


 魔術を警戒しながら兵隊蟻と戦うのは、かなり難易度が高い。今は一匹に人数を掛けることで対応しているが、怪我人も出始めている。あまり良くない感じがする。


 どうにかして、女王蟻を叩けないだろうか。群れの頂点である女王蟻さえ討伐できれば、あとの兵隊蟻は個別に撃破できるはずだ。


「……女王蟻までの道を開ける必要があるな」


 女王蟻は厳重に守られている。護衛している暴食蟻たちを排除しなければ届かない。防壁で足場を作って近づく手はあるが、止めた方が良い気がする。

 なんか女王蟻のすぐ近くに、羽があるヤツらがいるのだ。もしかして、飛ぶんじゃないだろうか。


 空から近づく手が使えないのなら、地上を行くしかないが、それだと火力が足りない。一気に暴食蟻たちを押し退けるのは無理だ。


 打つ手が思いつかない。


「……それでも、多分このままだと不味い」


 ここままでも、時間を掛ければ暴食蟻を全滅させることはできると思う。ただし、きっと犠牲をゼロにするのは難しい。

 敵が強くなったことで、危うい場面も増えてきた。戦闘時間が伸びるほどに、事故が起きる可能性は高くなる。


 オレは誰も失いたくない。そのために全力を尽くすと決めた。何か手はないか……。


 奥歯を噛み締めながら思考を回していると、微かな音が耳へと届いた。


 オオオォォォン。


 遠吠えだ。聞き覚えのある遠吠えが、森の中に響いてくる。


「タロー……?」


 声を頼りに振り向けば、こちらに走って来るタローの姿がある。そして、タローを置き去りに、こちらに跳んでくる赤い影――


 認識した次の瞬間には、ドンッと、その影がオレの手前へと着地した。真っ赤な髪が風に揺れる。



「よお、コーサク。楽しそうなことになってるじゃねえか」



「レックス!」


 オレの知る限りで最強の冒険者が、いつも通りの笑みを浮かべて立っている。


「なんでここに?」


 結構前に旅に出たはずだけど。


「都市の近くまでは来てたんだが、そこでタローに呼ばれてな」


 レックスの後を走ってきたタローが、オレの足元へと座る。どうだ! という顔付きだ。ああ、タロー。良くやった。


「すごいな、タロー。お前は天才だぞ」


 わしわしとタローの顔を撫で回す。レックスがいるのなら、なんとかできる。


「レックス。周りの暴食蟻を吹き飛ばして、女王蟻を仕留めたい。力を貸してくれ」


 オレの言葉に、レックスはニヤリと笑う。


「おう、当然だろ」


 その笑みが、なによりも頼もしい。




 暴食蟻の群れの前で、レックスと2人並び立つ。背後には、オレ達を守るようにロゼが控えていた。


 目の前には、巨大な蟻の群れ。奥には小山のような巨体。女王蟻が、無機質な目で周囲を睥睨している。


「よし、レックス。始めようか。オレが会わせるよ」


「おう、なら行くぜ!」


 隣が燃え上がったのかと錯覚するほどに、レックスの魔力が迸る。強大な魔術を発動するために、魔力が練り上げられる。


 オレも準備だ。行くぞ、ボム。


『うん、いつでもいいよ』


 ボムに呼び掛けて、オレも魔力を汲み出す。多く、激しく。オレの障害を全て壊せるほどに強く。


 隣で、レックスの魔力がひときわ燃え上がった。その口が開く。喉が鳴る。


「『精霊よ、全てを切り裂け!!』」


 暴食蟻の群れの中心に、無数の斬撃が走る。軍隊蟻の装甲すらも紙のように切り裂いて、レックスの魔術が突き進む。


 オレも行くぞ!


「ボム、オレに力を貸せ!! 『爆破!!』」


 レックスの斬撃の軌跡を追うように、オレの全力の爆発が、暴食蟻たちを飲み込んでいく。潰され、砕かれ、弾き飛ばされて。衝撃が収まれば、そこには道が出来ていた。


 女王蟻までの直通路だ。邪魔者はいない。


「ははは!! 行くぜ!!」


 レックスがその道へ飛び込んでいく。オレもその後を追った。ロゼも背後をついてくる。


 身体強化は全開。体は軽く、力強い。その体で地面を蹴る。自分を弾く。転がる蟻の甲殻すら踏み砕き、女王目掛けて加速する。


 全力の疾走に、女王蟻は急速に近くなる。攻撃を受けたばかりの暴食蟻たちは動けない。被害を受けていない蟻たちも、倒れる仲間の体が邪魔ですぐには助けに来られない。


 近づいてくるオレ達に、女王蟻が反応する。使われるのは地属性の魔術。オレの感覚が魔術の発動を捉えた。


 オレ達を迎え撃つように、無数の棘が地面から生える。生身で当たれば致命傷だ。


 だが、その光景を前に、ロゼがオレ達の前へと出る。その体には、溢れるほどの魔力が漲っていた。


「悪いが、私も地の魔術は得意だ! ――――『精霊よ、地を崩せ!』」


 言葉と共に、ロゼが全力で足を地面に叩き付ける。


 ロゼの魔力が大地を揺らし、女王蟻が作った棘は根元から砕け散った。障害物がなくなった先に、ギチギチと口元を鳴らす女王蟻の姿がある。


 二度目の魔術を使わせる余裕は与えない。


「レックス!!」


「おう! くはは!! 『切れろ!!』」


 レックスが至近に迫った女王蟻に向けて魔術を使う。女王蟻の頭部へと、縦に白く斬線が走った。


 次の瞬間に、ドッと溢れる体液。ズレた甲殻がバキバキと音を立てる。女王蟻が、音にならない悲鳴を上げる。その甲殻の隙間に向けて、オレは魔術を行使する。


 熱い魔力を胸の奥から汲み出す。座標を指定。熱量のままに最大火力を。魔力よ燃えろ!


「ボム! オレに力を! 『爆破!!』」


 爆発が咲く。女王蟻の甲殻を引き千切り、体内で衝撃が荒れ狂う。


 頭部を半ば失った女王蟻は、それでもその生命力でギチリと動き、ついには地面に崩れ落ちた。


 その重量に大地が揺れる。女王蟻の討伐は完了だ。だが、達成感に浸っている暇はない。


「2人とも、戻るよ!!」


「おう!」


「うむ!」


 オレとレックスが作った道を塞ぐように、無事な暴食蟻たちが迫っている。このまま囲まれるのは不味い。すぐに離脱だ。



 暴食蟻の群れを抜けると、兵も冒険者も商会員たちも大盛り上がりだった。女王蟻が討伐されたことで、士気が多いに上がったらしい。


「確実に、一匹ずつ対応しろ!!」


 遠くで、ギルバートさんが指示を出す声が聞こえた。


 女王蟻がなくなった以上、他の暴食蟻たちの動きも鈍るだろう。さあ、最後まで気を付けて戦おうか。




 こうして、オレ達は暴食蟻の群れを討伐した。怪我人は出たが、死人はなし。水田にも、もちろん他の農場にも被害はない。


 まあ、森は盛大に荒れたが……。そのうち元に戻るだろう。


 全員で、全てを守り切った。結果は上々だ。オレ達の勝利である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る