第203話 都市の代表

 暴食蟻との戦闘が発生している同時刻。自由貿易の中枢である都市会館の一室では、都市の代表の4人が顔を合わせていた。それぞれの背後には、数人の商会員が待機している。


 いつものように、司会を進めるのはウェイブ商会のカルロスだ。


「状況の確認と行こうか。ギルバート、兵の配置は完了でいいのか?」


 質問に答えるのは、グラスト商会のギルバートだ。迫力のある顔で言葉を紡ぐ。


「ああ、終わっている。最外周の防衛拠点に配置済みだ。どれだけ暴食蟻が来ようと防ぐことは出来る。だが……」


「いつまで待っても暴食蟻が襲って来ない、ね。どうやら、コーサクさん達が頑張っているようね」


 ギルバートの言葉を継いだのは、この場で最も若い人物。リューリック商会のリリーナだ。


 貿易都市には、緊急時に備えて作った防衛計画がある。その計画に沿って、兵の配置は完了している。非戦闘員の避難も終わり、いつでも戦闘を開始できる体勢だ。


 だが、兵が展開している場所まで暴食蟻は来ていない。それは、冒険者たちが森の中で暴食蟻を押し留めているからだ。


「まったく、無茶をするのが好きなヤツだな」


 本人が聞いたら否定しそうな言葉を発したのは、職人連合の長、ガルガンだ。呆れたような言葉とは裏腹に、目には心配そうな色が浮かんでいる。


「ふふふ、コーサクさんですもの」


 リリーナが可憐に微笑み、言葉を続ける。


「このまま兵を遊ばせておくのは惜しいわ。だから、私は防衛計画の破棄と、森への進軍を提案するわ」


 美麗の才媛は、微笑みながら「どうかしら?」と他の3人を見渡す。


 その問いに、最初に口を開いたのはギルバートだ。


「……一応、言っておくが、防衛計画通りに戦えば、都市は確実に守ることができる。農場への被害も外縁の一部だけだ。だが、計画を崩して兵を進めた場合には、現場の判断で戦うことになる。不測の事態が起これば、暴食蟻が都市まで到達する危険があるぞ」


 陸の開拓者たるグラスト商会は、魔物の恐ろしさを十分に理解している。ギルバート自身、若い時代に行商に向かった村が、魔物によって滅ぼされていた経験もある。魔物との戦闘経験も豊富だ。


 故にギルバートは堅実に策を作る。常に地に足を付け、確実な一手を旨とする。


「現地で戦っている奴らは心配ではあるが、確実に都市を守るべきだ。リリーナ、新しく始めた事業を守りたい気持ちも分かるが、俺は不利な博打をするつもりはない」


 ギルバートが口にした厳しい答えに、それでもリリーナは、余裕のある微笑みを見せた。


「ええ、そうね。新しい事業を守りたいと言う気持ちはあるわ。でも、それで目を曇らせてはいないわよ。ギルバートさんの言うことも理解した上で言いましょう。大丈夫よ」


 リリーナの口から出た「大丈夫」という言葉に、ギルバートは眉を寄せる。


「何がだ?」


 その短い問いに、リリーナは歌うように答えた。


「現場で戦っているのはコーサクさんよ。やると決めたのなら、何をしても成し遂げるわ。コーサクさんがいる限り、暴食蟻が抜けてくることはあり得ないわよ」


 その顔に、可憐な笑みが咲く。


「ふふ、だってコーサクさんは、私に嘘をついたことはないもの」


 それは少女だけが知っている約束だ。未来を売り込んできた男の熱量を、リリーナだけが見ていた。


 そのあまりに自信満々な言い分に、ギルバートは押し黙る。代わりに口を開いたのはカルロスだ。


「俺はリリーナに賛成だな。時には賭けに出ることも必要だろう。全てを守れる選択肢があるのなら、それを選ぶのも悪くはない」


 未踏の海を行くために、己の命すら賭ける男がギルバートとは正反対の意見を出す。


「それと、兵を進めるかどうかに関わらず、俺は自分の商会員を派遣するつもりだ。コーサクには世話になったからな」


 他の3人を見渡して、カルロスは隻眼で笑みを作る。


 最後に、じっと意見を聞いていたガルガンが口を開いた。


「……俺ぁ、戦いは専門外だ。口は出さねえ。どっちの意見が選ばれようが、職人たちと全力で支援をさせてもらう。……だが、まあ、今戦っている奴らの手助けができるなら、してやりてえと思う」


 そう言って、ガルガンは口を閉じた。


 リリーナとカルロスの目がギルバートを見る。その視線を受けて、ギルバートは数瞬だけ目蓋を閉じて、再び口を開いた。


「……分かった。リリーナ、お前の見る目を信じよう。ただし、動かす兵は半分だけだ。もう半分は非常時に備えて待機させる。そして、現場の指揮は俺が執る」


 その言葉に、リリーナは満足気な笑みを浮かべた。


「ええ、ギルバートさん、どうもありがとう。それじゃあ、始めましょうか。マイク、私の商会からも好きに連れて行ってちょうだい。指揮は任せたわ」


 リリーナが、背後に立っていた護衛へと声を掛ける。


「へい、分かりやした」


 商会長による指示に、すぐさま行動を開始する。



「リック。俺も現場へ出る。伝令は頼んだ」


「はいっす!」


 ギルバートの言葉に応えるのは、この都市で最速の青年だ。「運び屋」の綽名を持つ青年の瞳は、やる気に燃えている。



「俺たちも動くか。アーノルド、船に乗ってない奴らに招集を掛けろ。ビリーは伝令として補佐に付け」


「おう」

「了解です」


 カルロスさんの指示を受けた2人が、船乗りらしくキビキビと動く。



「必要な物があったら言え。すぐに用意してやる」


 動き始めた全員に、ガルガンが声を掛けた。



 こうして、都市が誇る4つの商会が動き出した。紡がれた縁は巡り巡って、一つの戦場へと収束する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る