第91話 戦いの後
討伐した化け亀の元を離れ、街の方角に移動する。魔力が足りないので歩いてだ。
精霊の加護はまだ残っている。森の中で見つけた魔物は、全て破裂させた。
あの化け亀は肉食だった。他の魔物はアイツから逃げて来たのだと思う。化け亀を討伐してからは、森の奥から出て来る魔物はほとんどいなくなった。
後は、森から出てしまった魔物を討伐すれば、今回の騒ぎは終了だろう。
森を抜けた。視界が開ける。見える範囲の魔物は多くない。
大半は既に討伐されたようだ。動いている魔物は数える程しかいない。
その数少ない魔物を切り裂いて、ロゼッタがオレに気づいた。こちらに走ってくる。というか、飛んでくる。
……あ~、魔力足りるかな?
全身に魔力を回して、身体強化を発動する。それと同時に、ロゼッタがオレに抱き着いて来た。
「コーサク!無事か!?怪我はないか!?」
抱き着くというか、タックルだった。内臓に衝撃が走る。身体強化を発動してなかったら、たぶん骨が逝ってたな。
「あー、うん。大丈夫」
いや、大丈夫じゃないかも。体が軋んでいる。痛い。犯人はロゼッタだ。力加減をミスってる。
ロゼッタは魔力の鎧を起動したままだから、ゴリゴリ当たって痛いし、魔物の返り血がへったり付いたし、背中に回された腕で、腰がヤバい。
戦闘が始まってから、一番ここでダメージを受けている。
「ぐう……。ロ、ロゼッタ、ちょっと手伝ってくれる?残りの魔物を一掃しよう」
「むう。それは手伝うが、私は無理は駄目だと言ったはずだぞ?」
ロゼッタの空色の目がオレを非難している。
「いや、無理はしてないよ。無傷だし」
今、ちょっと傷を負ったけど。
「1人で特級の魔物を討伐するのに、無理はしなかったはずがないだろう」
バレてる。
「い、いや。非常事態だったし。え~と、先に魔物倒そうよ。ほら、ヒューも疲れた顔をしてるし」
広範囲で魔物を抑え込んでいたはずのヒューは、かなり疲労している様子だ。
「むう。仕方ない。話は後で聞こう。魔物の足を止める」
「うん。お願い」
ロゼッタの詠唱を聞きながら、幻視の腕を分割する。増えた腕を魔物に向けて飛ばした。
「『揺れろ!』」
足元に揺れに動きを止めた魔物を、腕が掴む。魔力を引き出す。
体の異常に悲鳴を上げる魔物たち。数秒後に、血色の爆発がいくつも起きた。
「ふう。これで良し。全部狩ったね」
「うむ。そうだな。怪我人もほとんどいないようだ。良いことだな」
本当にね。
「ロゼッタ。魔物の処理は任せていい?オレはヒューと話してくる」
「うむ。任された」
ヒューの元に足を進める。聞きたいことがある。その結果次第では、まだやることがある。
「やあ、コーサク。無事で良かった。君が森に入ってから、大きな光や魔物の鳴き声が聞こえていたから心配していたよ」
「こっちは何とかなった。ヒューも無事で何よりだ。それより、1つ聞いてもいいか?」
「なんだい?」
「お前は領主の兄と弟、どっちだ?」
「……ははは。君にはバレたか。僕が兄だよ。僕の方が年上だ。僕が先に産まれていなければ……もう少し、穏便に過ごせたかもね。孤児院も無くならなかったかもしれない」
「ヒュー。お前はこの街を守る義務があると言った。この街を背負う覚悟はあるのか?」
「あるよ。当然だ。僕はそう育てられた。この血には義務がある。そして、僕もこの街を守りたいと思っている」
「ならいい。一緒に領主の屋敷に行こうか。この事態に引きこもった豚に話を聞いてみよう」
ヒューと2人で屋敷に向かう。義務を果たさない貴族は魔物よりたちが悪い。オレは間違っているかもしれない。正しくはないだろう。だけど、見過ごすことは出来ない。
屋敷の周囲を兵士が囲んでいた。無駄過ぎる。構わず中へ入る。
ヒューの顔を見て驚く兵が多い。
「僕の顔は先代の当主にそっくりらしいんだ」
ヒューはそう言って笑っていた。そのおかげか、兵士に止められることも無かった。
領主の部屋の前まで来た。扉の前には騎士が立っている。態度の悪い騎士、ヴィクトルだ。
「おい、お前等。誰の許しを得てここにいる」
既に剣に手を掛けている。遠慮はいらなそうだ。
「『魔力腕』」
「それ以上進むことはゆる、ぐはあっ!!」
思いっきり殴り飛ばした。ついでに首を絞めて意識を落とす。力の抜けた体を廊下の端に寄せた。
「……鮮やかだね」
「それほどでも」
ヒューが顔を引きつらせている。気にすんなよ。
「一応、僕の従弟に当たるんだ。まあ、いいけどね」
そう言って、ヒューが扉を開ける。
痛々しい程に豪華な部屋の中には、領主の豚と執事のハイドさんだけだ。
部屋に入って扉を閉める。
ハイドさんはオレ達の姿を確認して、目を見開いた。
豚は装飾の多い椅子の上で頭を抱えている。
「くそっ、くそっ、くそっ、なんでこんなことに。おい、ハイド!早くなんとかしろ!」
豚はこちらに気づいてもいない。ヒューがハイドさんに声を掛けた。
「やあ、ハイド。久しぶりだね。少し老けたかい?」
「ヒューバート様……。お元気そうで何よりでございます」
その会話に、豚がようやく顔を上げた。
「お前……。お前!何故ここにいる!?ワタシの邪魔をしに来たのか!?」
「そんなつもりは無いよ。ただ、僕は僕の役目を果たしに来ただけさ」
「どいつもこいつも、ワタシの邪魔をする!お前も!あの小娘もだ!」
豚が話す内容は支離滅裂だ。
「早くワタシのものになれば良いものを!!そうだ!あの小娘を魔物の群れの前に放り出してやろう!命を助けてやると言えば、ワタシの言うことを聞くはずだ!」
聞くに堪えない。
「おい豚。領民を守らずに部屋に引きこもって、恥ずかしくはないのか?」
「なんだ貴様?何を言っている……?領民など、ワタシのおかげで生きているモノだ。何故、ワタシが領民を守らなければならない?守られるべきはワタシだろう」
そうか。時間の無駄だな。
腰の銃型魔道具に手を伸ばす。
「思い出した!貴様、あの小娘の商会の者だな!ちょうどいい!金をやろう!あの小娘にこれを飲ませてこい!すぐに意識を……」
「もういい。もう喋るなよ」
豚の頭に銃口を合わせ、引き金を引いた。
豚が椅子から落ちる。大量の血が頭から溢れた。
「な、なにを!?」
ハイドさんが驚きの声を上げる。
「ハイドさん。あんたは街のために身を捧げると言った。豚がいなくなった今、あんたはどうする?」
ハイドさんは口を開け閉めするだけで答えない。代わりにヒューが口を開いた。
「ハイド。僕が領主になる。この街を守る。協力してくれ」
ハイドさんが床に膝を付く。長い沈黙の後、口を開いた。
「…………分かりました」
オレは間違っている。きっと正しくはない。それでも、豚の元で、無残に人が死んでいくことを許容できなかった。
今回もオレ達がこの街にいなければ、街は壊滅していたはずだ。
日々を精一杯生きている罪のない人達が、犠牲になることを許せない。
誰に非難されようと、オレはこの判断を恥じることは無い。
ヒューが、キリィが、他の人達が健やかに生きて行けることを祈りたい。たとえ、オレに祈る資格が無いとしても。
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