第7章  名酒醸造街_禁酒騒動編

第207話 焼きおにぎり

 季節は実りの秋。雲一つない空は高く、気持ちのいい青色だ。吹き抜ける風も心地良い。


 そんな秋晴れの空の下、お米用に建てた倉庫の前で、オレたちはせっせと料理を作っていた。

 今日はお米の収穫祭。初めての稲作の成功を祝う、仲間内だけの小さな打ち上げだ。


 倉庫の前には即席のかまどがいくつも並び、かまどに載せられた釜からは白い湯気が零れている。今は炊飯中だ。お米を炊いているのは、一緒にお米を作った仲間たち。オレが炊飯のために作った砂時計を睨みつつ、火加減を調整している。


 その真剣な様子を眺めながら、オレも自分の料理を続ける。みんなには練習も兼ねて炊飯を担当してもらい、その間にオレはおかずを作っている。

 思う存分にお米に合う料理を作れる楽しさに、さっきからオレの頬は緩みっぱなしだ。みんなで食べるのが楽しみで仕方ない。


「醤油も味噌も、ガッツリ使うのは久しぶりだな~」


 どっちもパンには合わないからな。ははっ。


 一人笑いつつ手を動かしていると、かまどの前にいたアルドがぐるりとオレに振り向いた。

 ん? なんかあった?


「コーサクさん! めちゃくちゃ美味そうな匂いなんだけど!」


「お~?」


 問題が発生した訳ではないらしい。ええと、アルドが担当しているのは……ああ、炊き込みご飯か。鮭と茸のやつだな。そりゃあ、いい匂いもするだろう。


「美味そうな匂いがしてきても、炊きあがるまでは蓋開けるなよー」


「おう! 分かってる!」


 そう言って、アルドはかまどへと視線を戻した。いい匂いだと伝えたかっただけらしい。


 お米が炊けるまではもう少し。火加減が手動だから全員同じようには炊けてないだろうし、もう少ししたらフォローに行こうか。ちゃんと“おこげ”も作らないとな。





 ちょっとバタバタしつつも、無事にお米は炊き上がった。並べられた木製のテーブルの上には、炊き立てのご飯と湯気を上げる料理たちが載っている。ゆるく吹く風が、さっきから美味しそうな匂いを運んでくる。腹減ったな。早く食べたい。


 まあ、始まりの挨拶が終わらないと食えないんだが。


 そんなことを考えつつ、全員から見える位置に移動する。始まりの挨拶をするのはオレだ。そりゃそうだな。


 乾杯用のコップを持ってみんなの前に立てば、この数ヶ月よく見た顔が並んでいる。みんな仲良く日焼けしていた。稲作を行ったメンバーはみんな若いが、その中でも若い10代の数人が、チラチラと料理に目を向けているのが見える。早く食べたいらしい。正直でよろしい。


 長々と話す必要もないな。せっかくの炊き立てのご飯だ。冷めないうちに食べるとしよう。


 声を張るために、少し息を吸う。


「みんなお疲れ! そして、ありがとう! かんぱーい!」


「「「かんぱーい!!」」」


 元気な声とコップのぶつかる音が響き渡る。そして、各々気になった料理を取りに動き始めた。


 これでよし。長い話や硬い話は落ち着いてからでいいや。今はみんなで美味しく食べようか。


 オレも料理の大皿が載ったテーブルへと移動する。目当ては豚肉の料理だ。薄切りの豚肉と玉ねぎが、太陽の下で艶やかに照っている。豚の生姜焼きだ。買い出しに行ったら豚肉が安かったので作ってみた。


 思い返せば、この世界に迷い込んだのは、夕食の豚の生姜焼きのことを考えていたときだ。あれ以来、なんとなく豚の生姜焼きは作っていなかった。だから、食べるのは少なくとも7年ぶりだ。


 久しぶり過ぎる生姜焼きに期待を膨らませながら自分の皿へと盛る。あとは、炊き立てのご飯と豚汁をお椀に盛ってテーブルに着いた。


「いただきます」


 豚の生姜焼きを持ち上げ、そのままかぶりつく。舌の上に広がる醤油と生姜の風味、豚肉の脂。歯を立てて噛み千切り、咀嚼する。


 口の中に広がる濃い味に、急いで白いご飯を頬張った。豚肉とお米を一緒に噛み締める。咀嚼する。豚肉とお米が混ざり合う感覚に、自然と頬が持ち上がった。


「ん~! 美味い!」


 やっぱり生姜焼きにはお米だなあ! なんでこんなに合うんだろうか。すげえよ。


 豚の生姜焼きと白いご飯の組み合わせに感動していると、周りも盛り上がってきた。


「うおっ! ウマ!?」

「こっちも美味いよ!」

「おおー!」


 周囲を見渡せば、みんな笑顔でお米と料理を食べている。とてもいい光景だ。


「コーサクさん! これ、めちゃくちゃ美味いぜ!」


 アルドがお椀を片手にテンション高く突撃してくる。見開いた目が、全力で驚きを表していた。

 お椀の中を覗けば、美味しそうに色付いたお米と、色合い鮮やかな具材たちが見えた。アルドが担当した、鮭と旬の茸を使った炊き込みご飯だ。おこげの部分が美味しそうだな。


「うん。いいよねえ、炊き込みご飯。出汁の染みたご飯が美味いよなあ」


 秋と言ったら炊き込みご飯だ。オレも後で食べに行こう。


「むぐ、具材入れて炊いただけなのに、むぐ、すげえ美味いぜ」


 アルドが炊き込みご飯をかき込みながら感想を話す。行儀が悪いという指摘は、今日はいいか。


 オレが見ている内に、アルドはあっという間に炊き込みご飯を食べ終えてしまった。


「よしっ! 次行ってくる!」


「行ってらっしゃーい」


 アルドは勢いよく別なテーブルへと走って行った。食欲あるなあ。




 生姜焼きを食べ終えて移動していると、エイドルがのんびりと食べている姿が目に入った。

 近づいて声を掛ける。


「エイドル、ちゃんと食べてるか?」


「これはコーサク殿。ええ、じっくりと味わっておりますぞ」


 そう言うエイドルの前には、塩むすびと野菜の浅漬けだけだ。そう言えばエイドルは、普段体を動かさないせいかあまり食べないんだったか。


「育てるのは苦労しましたが、素朴な味わいが良いですなあ」


 目を細めた表情を見るに本心らしい。確かに、塩むすびと漬物だけでも美味しいと思う。というか、海苔作ろう、海苔。おにぎりには海苔が必要だ。こっちじゃ作られてないから、あとで挑戦してみないと。まあ、それはともかく。


「エイドル、今回は助かったよ。ありがとう。これからもよろしく」


 オレの言葉に、エイドルは大仰に腕を広げる。


「いえいえ、こちらこそ。これからも、雇い主殿のお望みのままに働きましょう」


 エイドルの芝居がかった台詞に2人で笑い合う。お米に関することだけでも、まだまだやるべきことは多い。頼りにさせてもらおう。




 テーブルの間を雑談しながら歩いていると、リューリック商会のお米担当であるレイモンドさんに声を掛けられた。


「コーサクさん、お疲れ様です。コーサクさんが作った料理はどれも美味しいですねえ。それにオコメに合う! いやあ、実は投資した分の元が取れるのかと不安もありましたが、これなら売れますよ。ええ、この味なら様々な料理に合わせられますし、調理の簡単さがいいですねえ」


 テンションが上がっているらしく、レイモンドさんの勢いがすごい。まあ、商人だしな。稼げるなら嬉しいのは当然だろう。


「レイモンドさんにそう評価してもらえるなら良かったですよ。これからもよろしくお願いします」


「ええ、もちろんです。今後もよろしくお願いします。この結果に、商会長もお喜びになるでしょう。更なる水田の拡大も夢ではありませんね」


 レイモンドさんが誇らしげに話す。田んぼが広がるのはオレも嬉しい。


 リリーナさんにも、稲作の成功をちゃんと報告に行かないとな。まだお米の試食もしてもらってないし、後で面談の予約を取っておこう。





 太陽が真上を通り過ぎ、段々と下がっていく。大量に作ったと思った料理はかなり減った。むしろなくなりそうだったので補充している。特に肉系の料理が減るのが早い。

 さすが若者。肉が好きか。まあ、そうだよな。


「コーサクさん、こっちの牛肉のヤツも美味いぜ!」


 会場の隅で作業をしているオレの所にアルドがやってきた。手には大盛りの牛丼を持っている。牛丼も人気だなあ。そしてみんな食欲旺盛だ。若いわ。


「なら良かった。本当は糸コンニャクも入れたいんだけどね」


 コンニャク芋も探さないとなあ。そういえば“糸コンニャク”と“しらたき”って違うんだっけ? もう覚えてないな。


「へえ? このままでも美味いぜ?」


 元の料理を知らないアルドは、特に気にならないらしい。


「それで、コーサクさんは何作ってんだ? オニギリ?」


 アルドがオレの手元を見つつ聞いてくる。アルドと会話しつつも、オレはさっきからご飯を握っていた。いつもより力を籠めて、しっかりと握っている。

 作るのはただのお握りじゃない。


「“焼きおにぎり”を作ろうと思ってね」


 せっかく屋外で料理をしているのだ。肉を焼くために炭もおこしている。これはおにぎりも焼くしかないだろう。


「ヤキオニギリ……?」


 日本語で言ったので、アルドには意味が伝わらなかったようだ。鉄網に油を塗りつつ解説する。


「おにぎりを焼くんだよ」


「ん~? 炊いた後にわざわざ焼くのか? なんで?」


 ……ん? いや、言われてみれば確かに、2回も加熱するのは不思議な感じがする。だけど、なんでって言われると……。


「……美味しいから?」


 うん、これ以外に理由はないな。


「ふうん?」


 アルドは不思議そうな顔だ。まあ、食べてみれば分かるだろう。焼きおにぎりの美味しさに驚くといい。


「よし、焼き始めるか」


 焦げ付かないように炭の位置を変えて弱火に調整。鉄網が温まったら、真っ白な丸いおにぎりを載せていく。おにぎりに具材は入れていない。焼きおにぎりに具材は不要だろう。


 時折パチリと爆ぜる炭の上で、おにぎりがじっくりと焼かれていく。焦げたり焼きムラができたりしないように注意しつつ、オレは魔力アームを使っておにぎりの位置を変えていく。


 それにしても、焼きおにぎり作りに魔力アームが便利だ。固めに握ったと言っても、おにぎりは柔らかい。崩れないようにひっくり返すのは中々難しいのだが、魔力アームは普通の手と同じ感覚で、繊細におにぎりを掴むことができる。失敗せずに上手くできそうだ。


 まあ、熱でダメージが入っているせいで、消費魔力量が増えてるけど……許容範囲だな。


「さて、こんなもんかな」


 おにぎりには軽く焼き色が付き、所々は小さく焦げてきた。そろそろいいだろう。


「もうできたのか?」


 オレの呟きにアルドが反応する。残念だけどまだ終わりじゃない。


「いやいや、ここからが本番だよ」


 アルドに答えつつ、オレは魔力アームを操作して深皿を手元に持ってくる。皿の中で揺れているのは黒い液体。焼きおにぎり用に作った醤油ダレだ。本来なら醤油とみりんで作るのだが、残念ながら、本っ当に残念ながら、みりんはまだ開発できていない。これから日本酒と一緒に挑戦する必要がある。

 とりあえず今は、癖の少ない芋のお酒に砂糖を混ぜて醤油と併せている。代用にはなるだろう。


 みりんの開発を急ぐことを心に決めつつ、料理用の刷毛を手に持ち、醤油ダレへと浸す。


 そして、鉄網の上のおにぎりへと丁寧に塗った。じわじわと、焼き目の付いた表面から、おにぎりの中へ醤油ダレが染みていくのが見える。


「で、これをひっくり返すと」


 魔力アームを使っておにぎりをひっくり返す。その途端に、バチバチと音が鳴り、鉄網で熱せられた醤油の香りが急激に広がった。


「ああ~~、美味そう!」


 焦げた醤油と炭火の匂い! 胃袋をダイレクトに刺激してくる感じがする。また腹減ってきたな~。


「おお~、何か美味そう!」


 近くで見ていたアルドもテンションを上げている。そして、他のメンバーも寄ってきた。


「美味そうな匂いがする!」

「コーサクさん、次は何ですか?」

「まだまだ食えますよ!」


 期待してくれるのは嬉しいが、まだ早いよ。


「もう少しで出来るから待っててー」


 元気な返事を聞きながら、焼きおにぎりに醤油を塗ってひっくり返していく。徐々に濃く色付いていく焼きおにぎりは美味しそうだ。



 醤油を塗ってひっくり返してを数回繰り返し、焼きおにぎりが完成した。ちょうど良い焦げ色が付いた焼きおにぎりは、我ながら良い出来だ。


「みんな熱いから気を付けろよー」


 出来立てを配っていく。熱々だけど、みんな農作業で手の皮は厚くなってるし、身体強化を発動すれば熱への耐性も上がるから大丈夫だろう。


「あちっ、あちっ、でもうま!」

「ほひひいへふ!」

「むぐぐー!」


 ……少し冷ましてから食べてもいいんだよ? まあ、美味しそうに食べてくれるからいいけど。


 全員に配り、オレも焼きおにぎりを手に持つ。配っている間に、ちょうど良い温度になったな。


 焼きおにぎりの表面はカリカリだ。程よく付いた焦げ目が指先に硬さを知らせてくる。立ち昇る湯気からは、柔らかい醤油の香りがした。美味しそうだ。


「いただきますっと」


 口を開けて、焼きおにぎりへとかぶり付く。歯に当たった表面が、パリッと割れた。そのまま噛み進めれば、柔らかな内側のお米が迎えてくれる。


 かぶり付いた一口分をゆっくりと噛み締める。鼻に抜けていく焦げた醤油の香り。しっかりと味の付いた噛み応えのある外側お米。その濃い味を包み込むような内側のお米。熱さも香りも楽しみながら咀嚼する。


「あ~、焼きおにぎりが美味い!」


 本当に美味いなあ。けっこう腹いっぱいだけど、まだまだ食べられそうだ。



 全員であっという間に焼きおにぎりを食べ終えてしまった。軽く周りを見渡せば、まだ腹には余裕がありそうな顔だ。もう少し作るか。


「次は味噌の焼きおにぎりを作るけど、みんな食べる?」


「食べます!」

「もちろん!」

「まだまだ食えるぜ!」


 みんな良く食べる。まあ、自分たちが作ったお米の食べ方を知るのはいいことだ。





 みんなで焼きおにぎりを食べ続けた結果、余裕を持って炊いたはずのご飯がなくなった。


 食い過ぎだろ! と笑い合いながらもう一度お米炊いた今日の出来事は、そのうち大事な思い出に変わるだろう。


 来年もこうして収穫を祝うために、次も頑張ろう。

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