第226話 犯人捜索
翌朝。オレ達が起きた頃には、レズリーさんとカーツさんは精霊の元へと出発していた。レズリーさんは昨日かなりの量を飲んだわりに、二日酔いになることもなかったようだ。意気揚々と出掛けて行ったらしい。
そのことを、住民の適性をまとめた資料を持って来てくれたカーツさんの部下から聞いた。
資料を準備する時間を考えると、カーツさんはほとんど寝ていない気がする。レズリーさんもカーツさんも元気なものだ。
まあ、この世界の人は魔力のおかげで体力はあるし、そんなに無理はしていないだろうけど。
さて、“山水の精霊”を宥めるのはレズリーさん達に任せて、オレ達は犯人の捜索だ。まずは資料から地属性の適性を持つ人の整理、なのだが……。
「街の住民で地属性の人って、あまりいないんだね」
「うむ。そのようだ。大半の適性が水だな」
テーブルの対面に座るロゼが、資料に目を通しながら言う。
「酒造りには水を使うし、水が得意な人が集まったのかな?」
「そうだろうな。酒造の工程で、水の魔術を使うものがあるのだろう」
この世界では、魔術の適性は基本的に遺伝する。そして、職業もまた親から子へと引き継がれるものだ。
そのため、魔術と職業の関係は深い。魔術を使うことが前提の技術も存在することから、自分の適性と相性が良い仕事に就く人が多いのだ。
ロゼの言った通り、この街の酒造職人は水の魔術を使用しながら作業を行っているのだろう。
「適性なしだと、地属性は土を軽く動かせる程度だっけ?」
「魔力の量にもよるが、普通の人間なら指一本分の溝を土に掘れるくらいだな。手を使った方が早いぞ」
「そっか」
適性がなくとも魔術は発動できるが、その威力は非常に小さい。まあ、レックス並みの魔力量があればゴリ押しで使えるだろうけど。少なくともこの街にそんな魔力の持ち主はいない。考えなくてもいいだろう。
「町長一家も全員適性が水だね」
「うむ。主適性が水で、副適性が風と書いてあるな」
どちらにしても地属性ではないらしい。適性を見る限り、町長一家は犯人ではなさそうだ。
紙の束をめくっていたロゼが顔を上げる。
「少ないと言っても、街の住民で地の適性を持つ者は数十人はいるようだ。だが、日常的に屋敷に出入りする者では一人だけだな」
一人だけ?
「ちなみにどんな人?」
「バンという名の人物だ。私達は昨日会ったな」
「おお~……。なるほど?」
バンさんと言うと、カーツさんの部下で借金が多い問題人物か。カーツさんはバンさんが犯人の可能性はないだろう、と言っていたけど……。まあ、犯人の可能性がある人物として覚えておこう。
カーツさんに用意してもらった資料の整理を終えたオレ達家族は、犯人捜しのために屋敷を出発した。先頭を歩くのはもちろんタローだ。
地属性の適性を持つ人の情報は1枚の紙にまとめたので、もし怪しい人物を見つけてもその場で確認が出来る。
まあ、街の住民が犯人かどうかは、未だに判断できていないけど。とりあえずは、犯人が内と外どちらの人間かだけでも早く掴みたいところだ。
タローの嗅覚に期待させてもらおう。
ピクピクと鼻を動かしながら進むタローを邪魔しないようにロゼと会話する。
「そういえば、この街の人達の魔術適性って、カーツさんに頼んだらすぐに情報をもらえたけど、普通把握してるもんなの?」
「統治側としては、把握しておくべき情報だな」
領主の娘として、元は統治側にいたロゼが説明してくれる。
「魔術の適性は基本的に親から子へと引き継がれるものだが、稀に珍しい適性を持つ子供が産まれる場合がある。“精霊使い”“精霊の愛し子”と呼ばれる強い適性を持つ者達だな。レックスなどがそうだ」
「うん。そこら辺は何となく知ってる」
レックスの両親は普通の人だったらしい。ちなみに、オレは後天性の精霊使いだ。
「レックスのような精霊使いは魔物に対する強力な戦力となる。そのため、領主側としては早い内に取り込んでおこうと考えるのだ」
まあ、魔物の脅威があるこの世界では、戦力と言うのはどこでも貴重だ。
「また、精霊使いは魔力を多く持つ者が多い。その魔力を自らの血に取り入れるため、貴族が精霊使いを一族に迎い入れる場合もある。領地を守るために活躍した精霊使いが、その功績から領主一族に迎えられる、というのは、古くから良くある話だ」
「なるほど……。領主側としては、精霊使いの存在を見つけるために、領民の魔術適性を把握している、ってことか」
「うむ、その通りだ」
なるほどなあ……。ん? あれ?
「でもオレ、魔術適性とかほとんど聞かれたことないような……」
定住しない人間は除外かな?
「それはたぶん冒険者だったからだろう。冒険者の情報は、ギルドの方で管理しているものだ。コウも登録するときには適性を聞かれただろう?」
ロゼの言葉に記憶を掘り返す。
「ん~? あ~……。確かに聞かれたね。『適性はありません』って受付の人に伝えたら、すごい顔をされた記憶があるよ」
懐かしい。魔力も持ってないって伝えたら、理解できない不思議生物を見るような目で見られたものだ。
「ふふ。それは確かに、急に言われたら驚くだろうな」
「魔力が無かったら、普通の人は死んでるもんね」
そう考えると、当時の受付の人の気持ちも分かるな。軽くホラーだろう。
「ヴォフッ」
前にいるタローが小さく吠えた。顔をこちらへと向けている。しまった。話しに夢中になって、タローの邪魔になってたか。申し訳ない。
「ごめんよ、タロー。うるさかったか。オレ達も集中するよ」
オレが謝ると、タローは前方に一度顔を向け、再びこちらへと視線を戻した。
「ヴォフ」
そして再び吠える。これは……。
「何か見つけたようだな」
ロゼがタローを見ながら言った。
今いるのは、街の中心から少し外れた場所だ。並ぶ建物には年季が入っており、人通りは少ない。
タローが見つけたなら間違いはないだろう。この近くに犯人がいる。またはその痕跡がある、ということだ。
こちらの判断を待っているタローへ声を掛ける。
「よし、いいぞタロー。匂いの元に案内してくれ」
オレの言葉にタローは前を向いて歩き始める。その進路上にあるのは一軒の建物だ。家、というよりは店のような外観をしているが、看板などは特に見当たらない。
カーツさんが一緒に行動をしていれば、何の建物かすぐに分かったかもしれないが、今はいないので仕方ない。無理のない範囲で探ってみよう。
そう考えて玄関前の階段へ足を掛けたところで、中から人が出て来た。見覚えのある人物。カーツさんの部下のバンさんだ。
昨日もこんな出会い方をしたな。
バンさんはオレ達を驚きと不審が合わさったような表情で見ている。
ええと……。とりあえずタローに匂いを嗅いでもらうか。
「おはようございます。バンさん、で良かったですよね」
挨拶をしながら、チラリとタローに目配せをする。頼んだ。
「え、ええ。そうです。あなた方は町長のご客人っとうお!?」
バンさんが驚いた声を上げたのは、タローに急接近されたからだ。見慣れたオレ達にとっては怖がる要素もないが、タローは既に成人男性ほどの体長まで大きくなっている。見た目もガッツリ狼だ。
魔物に慣れていなければ、怖がるのも無理はない。
「ああ、噛んだりしないので大丈夫ですよ。匂いを嗅ぐのは親愛の証みたいなものです」
「そ、そうですか」
バンさんが、自分の匂いを嗅ぐタローにビクビクしている。ごめんなさい。嘘です。
さて、タローが匂いを判別するまで時間稼ぎをしよう。
「すみません、バンさん。街の中を見て回っているのですが、ここって何かのお店ですか? うちの白狼が気になったようで」
オレの質問に、バンさんは軽く顔を引き攣らせる。何かヤバいところなのか?
「こ、ここは質屋ですよ。色々な物が集まるので、うおっ、な、何か興味の引く匂いを出す品でもあるのかもしれません」
……質屋。バンさんは借金があると言うし、返済のために何か質に入れに来たのだろうか。
オレが質屋へと視線を向けると、バンさんが話を変えるように口を開く。
「そ、そういえば、街の異常をこの短時間で解決されたとか。素晴らしい働きですね」
正確にはレズリーさんの祈祷が終わらないと解決はしないけど……。ああ、事件に関する情報が伝えられているのは一部の人間だけだったか。
カーツさんも、バンさんは詳しい情報を知らないと言っていた。
「そんなに大した働きはしていませんよ。運が良かっただけです」
タローの活躍のおかげだ。で、当のタローはと言えば、匂いを嗅ぐのを止めてオレを見ている。そのまま首を上下に振った。肯定の合図だ。
つまり……宝玉を屋敷の庭に埋めたのはバンさんということか……。
――バンさんは屋敷に自由に出入り出来る人間であり、実際に宝玉を庭に埋めている。ついでに借金もあって金銭的に困っている。
ここまで揃えば犯人で間違いない、と言いたいところだが……違和感があるな。カーツさんによる人物評もあるが、宝玉を庭に埋めた意味が分からなすぎる。
……ちょっと話を聞いてみようか。
「バンさんは、今回の事件の原因を知っていますか?」
「いえ……。自分までは情報が来ていないので……」
表情は……特に変化なし。何でこんな質問をされるのか、分かっていないような顔だ。
「そうですか。大変な事件ですよね。街全体に迷惑を掛けるなんて、犯人がいるなら許せないです」
さて、犯人を悪く言ってみたが反応は?
「ええ、そう、そうですとも! 日々の安らぎである酒に被害を出すなんてあり得ない! ああ、酒場で酒が飲めなくなってどれほど経ったことか!」
……あれ?
バンさんが酒を飲めないことに憤りを感じている様子は、どうにも演技には見えない。
というか、カーツさんの話を思い出してみれば、バンさんが借金をしている原因は毎日お酒を飲んで周りに奢りまくったから、みたいなことだったはずだ。
酒好きが酒造りに被害を出すのは、やっぱりおかしい。つまりどういうことだ? バンさんは犯人じゃない。もしくは、宝玉の重要性を知らなかった?
隣を見れば、ロゼもよく分からない、という顔だ。だよね。
……仕方ない。核心を攻めてみようか。
そう決めて、荷物から宝玉の入っていた木箱を取り出す。いつでもタローが匂いを嗅ぎ直せるように、わざわざ持って来たものだ。
取り出した木箱を、バンさんに見えるように掲げる。
「バンさん、この木箱って見覚えがありますか?」
「そ、それは! 何故それがここに!?」
反応は劇的だった。バンさんは木箱を凝視して狼狽した表情だ。
「屋敷の庭から掘り返しました。埋めたのはバンさんですよね?」
バンさんが目まぐるしく顔色を変える。
「な、なにを証拠にっ」
「うちの白狼に匂いを追ってもらいました」
バンさんが音を立てそうな勢いでタローに振り返る。愕然とした表情だ。さっきまで嗅がれていたことを思い出したらしい。
「埋めたのは、バンさんで間違いないですよね?」
「た、確かに埋めたのは俺だが、アンタ等には関係ないだろ!」
慌てているのか、口調が変わってしまったな。それにしても、関係なくはないだろう。オレ達は、今回の事件の解決を頼まれたのだから。
「……関係はあると思いますが?」
「それに関係あるのは、俺と依頼人だけだろ! 余計なことをしやがって!」
……依頼人?
「バンさんにこの木箱を埋めるように依頼した人がいるということですか? それは誰です?」
「うるさい! もう話すことはない!」
そう言ってバンさんは道の真ん中まで跳躍し、そのまま駆け出した。身体強化を発動したのだろう。あっという間に背中が遠くなる。
「追うか?」
ロゼがオレに聞いて来た。タローも指示を待つようにオレを見上げている。
「……いや、やめておこう。事件の解決は頼まれたけど、街中で騒ぎを起こすのは良くないからね」
オレ達はあくまで部外者。この街で勝手に人を捕まえる権利は持っていない。
「そうか……。ならば、レズリー殿が戻って来てから報告か? 雇い主からの質問なら、同じような態度は取れないだろう。木箱を埋めるよう指示した人物が聞き出せれば、それで事件は解決だ」
「そうだね……」
バンさんから依頼人を聞き出せれば、それで犯人が判明する。オレ達の役割は終わりだ。
終わりだ、けど……。
「……やっぱり、話を聞きに行こうか」
「む? やはり追い掛けるのか? 今から追うのは少し手間だが……」
ロゼがバンさんの逃げた方向に視線を向ける。その姿は既に見当たらない。オレとタローがいれば、例え隠れていても探せるとは思うが、話を聞くのはバンさんにじゃない。
「話を聞きに行くのは別の人だよ」
「……いったい誰にだ?」
首を傾げるロゼを見ながら、この街に来てからのことを思い出す。
「オレ達がこの街に来てから、唯一嘘を吐いた人に、だよ」
たぶんその嘘が、事件に関係があるはずだ。その心の内を聞きに行こう。
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