第219話 動機の予想

 目蓋を突き刺すような眩しい朝日に目を開けると、視界に入る見覚えのない部屋に、一瞬どこにいるのか分からなかった。寝ぼけた頭で室内を見渡しながら、昨日の記憶を思い出す。


「……そういえば家族旅行の最中だった」


 ここはレズリーさんの屋敷で、オレ達は家族旅行中だ。一般的な家族旅行からはかなりズレた気がするけど。まあ、出先でトラブルがあるのはよくある話だろう。


 欠伸を噛み締めながら視線を巡らせると、同じベッドで眠るロゼとリーゼが目に入る。オレとロゼの間にリーゼが寝ている形だ。


「……リーゼはどういう寝相なんだ?」


 何故かリーゼの顔の横に小さな右足がある。毛布をめくってみれば、Y字バランスのような恰好だった。器用な寝相だな。疲れないのだろうか。


「子供は体が柔らかいなあ……」


 そう思いながら毛布を直すと、その気配を感じたのかロゼが目を開けた。


「……コウ、早いな」


「おはよう、ロゼ」


「ああ、おはよう」


 ロゼが身を起こして伸びをする。その動きにも、リーゼは眠ったままだ。寝る子は育つと言うし、このまま健やかに成長して欲しい。


「さてと、朝ごはんの準備をしてくるよ」


「うむ、頼んだ」


 軽くリーゼを撫でてからベッドを降りる。オレ達が今いる場所は、レズリーさんの屋敷の離れだ。


 リーゼがいるから食事は自分達で作りたい、と伝えた結果、離れを丸ごと使わせてもらえることになった。見た目はおしゃれな一軒家だ。キッチンが使い易いのが高評価だな。


 さて、顔を洗って朝食の準備をしよう。今日はやることが多い。





 家族で朝食を摂り終わり、オレとロゼは居間で紙の束を相手にしている。カーツさんがまとめた事件の調査資料だ。

 宝玉が盗まれた時期に街へ出入りした商人や、その当時の住民のアリバイなどが几帳面に書かれている。


 住民に事件を知らせずにこれだけ調べるのは、かなり大変だっただろうな。


「ん~、商人に怪しい人はいないみたいだね」


「そうだな。新しく取引に来た商人などもいないようだ。盗みが起こった付近で取引をしたのは、どれも古くから取引をしている商会だと書いているな」


 ロゼの言った通り、調査記録に載っているのは、どれもこの街と馴染みのある商会らしい。お酒の取引が出来なくなって、得をするような商会はないだろう。

 そもそも商人の世界では信用が大切だ。取引先を裏切るような行動はリスクが大きすぎる。


「とりあえず商人たちについては、いったん脇に置いておこうか。次に行こう」


「うむ。次は街の住人だな」


 商人については、行き詰ったら考えることにしよう。だいたい、この記録を見る限り、一番取引が多いのはリリーナさんのリューリック商会だ。リリーナさんが宝玉を盗ませるなんてあり得ないし、リューリック商会は末端まできっちりと教育をしているところだ。事件に関わりはないだろう。


 というか、リリーナさんならこの街の異変には気づいていそうなものだけど。何も手を打ってなさそうなのが不思議だ……って、んん……?


「あっ」


「む? どうしたコウ? 何か見つけたか?」


 急に声を上げたオレに、ロゼが不思議そうに聞いてくる。あー……。


「いや、事件とは関係ないことを思い出しただけだよ。うん、勘違いだと思いたい」


「……? 良く分からないが、今は事件の捜査に集中するべきだぞ」


「うん、真面目にやるよ」


 オレが頷いたのを見て、ロゼは書類へと視線を戻す。


 オレも住民の調査資料へと目を通らせながら、少しだけ別な考え事をする。この街の異変に、リリーナさんなら気が付いていそうだ、とオレは考えた訳だが……。良く考えてみれば、この街をオレに勧めたのはリリーナさんだ。


 ……もしかしてこの状況、リリーナさんからのキラーパスなのではなかろうか。


 いや、さすがにドS疑惑のあるリリーナさんでも、オレに丸投げなんてしないだろう。オレが苦労するのを楽しむなんてことは、責任ある商会長としてしないはず。しない、よね? しない……と、思うけどなあ……。


 ……帰ったら一応聞いてみるか。うん、一応な。


 さて、少し釈然としないけど、リリーナさんの件は後回しだ。今は事件の捜査に集中しよう。




 ロゼと2人で住民の調査記録についても目を通した。


「う~ん、良く分からないね」


「怪しい者はいないように見えるな」


 アリバイと言っても、夜間の犯行ならほとんどの住民にはアリバイなんてない。カーツさんの調査資料には事件後の素行なんかも乗っているが、金遣いが荒くなったような人もいないようだ。


「一応、屋敷の地下に入ったことがある人についてはまとまってるし、調査するとしたらそっちからかな?」


「そうだな。この街の住民であっても、地下の間取りが分かっていなければ盗みに入ることは難しいだろう」


 まあ、とは言っても、地下にあるワインセラーへの搬入やらで、けっこうな人数の職人が出入りしているみたいなんだけどな。まだまだ範囲が絞れない。


「とりあえず、調査記録から読み取れるのはこれくらいかな。動機がある人はいないよね」


「うむ、どうしても怪しい者はいない、と言う結論になってしまうな」


 そりゃ怪しい人がいたら、レズリーさんが先に捕まえてるよな。となると、


「やっぱり外から来た盗賊とかの可能性もあるかな。街に怪しい人間は出入りしていないって言っても、確認しているのは街の入り口だけだし」


「ああ、兵の巡回の時間さえ把握できれば、人に見られずに街へ侵入するのは難しくはないだろう」


 この世界では魔物が存在するため、街の入り口には基本的に兵士が立っている。いざと言うときの伝令役だな。それに加えて、この街では兵士による巡回も行っている。


 とはいえ、これはあくまで魔物を想定した警備だ。兵士の行動を観察する頭があれば、バレずに街中へ侵入するくらいは誰でも出来る。

 この屋敷にも警備は門番くらいしかいない訳だし、盗みに入ること自体の難易度は低いと思う。


「でも外部犯だとすると、宝玉だけ盗んでいったのがやっぱり謎だね」


「うむ。他の美術品には目もくれず、というのは盗賊の行動としては違和感があるな。それに、屋敷に侵入できるのであれば、地下の希少な酒でも盗んだ方が簡単だったはずだ」


 そういえば、ロゼは酒瓶のラベルを見て驚いてたな。


「やっぱり高価なお酒が多かった? オレには良く分からなかったけど」


 オレの言葉に、ロゼは大きく頷いた。


「ああ。軽く見ただけでも、希少な年代ものが数多くあった。酒好きな貴族にでも売り付ければ、かなりの額になるだろう」


「なるほど」


 盗賊だとしたら、高価な美術品も希少な酒も無視して、あまり価値のない宝玉だけを盗んで行った訳だ。やっぱり変だよな。


 となると、他に考えられるのは……。


「この街か、レズリーさんへの私怨で盗まれたとかはどうかな? お金が目的じゃなくて、ただ街に害を与えたいだけだったとか」


「ふむ……。それはあり得るかもしれないな。確かにそれならば、宝玉だけが盗まれたことにも納得がいく。そもそもこの街の酒造りを妨害することが目的か」


 あれ? でもその場合……。


「……もしかして犯人って、もう宝玉を壊したりしてないかな? 邪魔したいだけなら、宝玉を持ってる意味って、ないよね……?」


「……むう。それは、そうだな。祭りを妨害するならば、宝玉を割ってしまうのが確実だろう」


 嫌な予想に、ロゼと2人で顔を見合わせる。


「……精霊と交渉する手段があって良かったね」


「……そうだな。コウが精霊と契約していなければ、取り返しのつかない事態だったかもしれない」


 最終手段、『“山水の精霊”への直談判』の出番は、思ったより早いかもしれないな。


 まあ、どの道犯人は捕まえなければならない。“山水の精霊”がどんな性格かは知らないけど、何回も宝玉が盗まれたら怒るだろう。

 仏様でさえ3度までだ。すでに怒っていると思われる精霊を、これ以上刺激したくはない。


「とりあえずレズリーさん達への聞き取りのときには、恨まれている相手に覚えがあるか聞いてみよう」


「それに加えて、商売仇がいるかについても聞いた方が良いな。酒造りをしている他の街から逆恨みをされている可能性もある」


「確かにそうだね」


 状況確認と捜査の方針はこんなものかな。カーツさんに声を掛けて、まずは関係者から詳しい話を聞いていこう。

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