第159話 海への対策
魔境の海に潜む問題の前に、投資した商会長たちも沈黙している。
まあ、そうだろう。姿を見せただけで船を沈めてしまう魔物なんて、想像するだけでも恐ろしい。
そして何より、その頭の中では、投資した金が回収できるかどうか、冷徹な計算が渦巻いているはずだ。
ただ夢のためだけに、自らの血とも言える資金を注ぎ込む商人は、そう多くはいない。
無理だと判断すれば、手を引く者も出ると思う。
そんな沈黙の中、カルロスさんの声だけが響く。
「初の航海は躓いた。だが、経験を積んだ船乗り達は欠けることなく戻り、新たな地への地図を得ることができた。これは大いなる進歩だ。今、俺たちこそが世界の先頭にいる」
カルロスさんの片目が光る。不屈の意思が、熱を伝えて来る。
「2回目の航海は行う。次こそは成功させてみせる。ぜひ、力を貸して欲しい」
自信満々なその態度に。実績のある者の宣言に、何人かの商会長が顔を上げた。
だが、大多数は思案顔だ。問題への対策が立てられない限り、完全な協力は得られないだろう。
魔物そのものへの対策と、現れただけで生まれる大波への対策。両方を考えなければならない。
カルロスさんの話を耳に入れながら、小声で隣のガルガン親方に聞いてみる。
「……とりあえず、大波への対策をしないと、どうしようもないですよね」
「……ああ、その通りだな」
難しい顔をして、親方が言葉を続ける。
「壁を作って波を防ぐか、水を操って波を抑えるか……。どっちにしろ、乗ってる奴らだけの力でどうにかすんのは無理だろ。防壁用の魔道具か、魔術の増幅用の魔道具が必要だろうよ」
親方に案はあるようだが、その顔は浮かない。
「だが、出力が足りねえ。複数の船を守るとなりゃあ……それこそ、特級の魔石が必要だな」
苦い顔をして親方が言う。
「そう出回ってるもんじゃあねえぜ」
特級の魔石は貴重だ。そもそも、特級の魔物はそうそう姿を見せない。狩りに行くのなら、魔境の奥に潜る必要がある。
魔境は奥に行けば行くほど、魔力の濃度が濃くなる異界だ。人がまともに活動できる場所ではない。
だから、特級の魔石は非常に貴重なのだ。普通に市場に流れたりはしない。今ある物は、既に都市の守りなどの重要な機能に使用されている。
そんな特級の魔石だが……。
「ああ~……1個提供できますって言ったらどうします?」
「……おめえは、いったい何をやったんだ……」
親方が呆れた顔でオレを見て来る。まあ、色々あったんですよ。
オレは特級の魔石を持っている。どこで手に入れたかと言えば、王国だ。前の夏に、ヒューの領地を襲おうとした化け亀の魔物の魔石を持っている。
オレが討伐したあの化け亀、ヒューによって“砲撃皇帝亀”と名付けられた魔物は、特級の魔物だった。
その魔物を討伐した名声と素材は、ヒューの領主への就任祝いにあげた。だが、魔石だけはオレがもらってきたのだ。
サイズ的にも、価値的にも、普段使いできるものではないので、家の地下室に眠っている状況だ。
ここで使うのは、別に惜しくはない。
ただ、それで大波を防げても……。
「……魔物の方もどうにかしねえとなんねえぞ」
親方の言う通りだ。海上に出て来るだけで船を転覆させる巨体。戦うのは難しいだろう。
出会っても、見逃してくれればありがたいが。
……そもそも、何故この魔物は襲って来なかったんだ?
もう少し身じろぎすれば、簡単に他の船も転覆させられたはずだ。自らの縄張りに近付いた者達を見逃す理由はあったのだろうか。
『それはきっと、管理者だったからじゃないかな?』
「うおっ!」
急に頭に響いた言葉に、驚きの声が漏れる。
ついでに、周囲の視線がオレを向いた。不審そうな眼差しが痛い。
「……ええと、何でもないです」
愛想笑いを振りまきつつ、心の中でボムと会話する。管理者ってなんだよ。
『世界の安定を保つ者達だよ?』
……全然分からない。
『う~ん?分からない?』
分からない。ボムには精霊としての知識がある。それは人の知らない領域の話だ。
『魔力は物質になる。そして、物質は魔力になる。お互いの量は釣り合わないといけないんだ』
……物って魔力に変換できるの?
何か重大なことを言われた気がするが、ボムは構わず話を続ける。
『そのバランスを取るのが管理者たちだよ。龍とかもそうだね。生き物と言うよりは、僕たち精霊に近い存在さ』
世界の深淵に触れた気がする……。これは個人が聞いて大丈夫な話なのだろうか。
『管理者は魔力だけで生きていけるからね。自分から争いを起こしたりはしないさ。たぶん彼も、興味本位で近づいただけじゃないかな?』
興味本位で、船は沈められたのか……。
『後は、そうだね。管理者は精霊に近い存在だから、僕なら会話ができるよ。ちょっと通りたいだけって言えば、通してくれるんじゃないかな?』
「うえぇ?」
やべっ。変な声が出た。
さっきより強い視線を感じる。その方向に目を向ければ、カルロスさんの隻眼がオレを見つめていた。
……ちょっと不味い気がする。
カルロスさんによる状況の説明会が終わった。
結論から言えば、対策を講じた上で2回目の航海を実施するということになった。
まあ、それで、話も終わったし帰ろうかと思ったのだが、カルロスさんに捕まってしまった。
今は商会の個室で話し合いの最中だ。
メンバーは、カルロスさんとガルガン親方、オレの3人。
「それで親方、特級の魔石があれば、何とかなりそうなのか?」
「……色々と考えることは多いが、まあ、出来るとは思うぜ。もちろん、コーサクにも協力はしてもらうがな」
「はい。それはもちろん」
オレも成功を望む1人なので、魔道具職人としての協力は惜しまない。
「そうか。それは助かる」
1つ目の対策が何とかなりそうな雰囲気に、カルロスさんも安堵した表情だ。
まあ、それも一瞬だったけど。キロリと、その隻眼がオレを見る。
「それで、コーサク。魔物への対策について、何か案があるのか?」
バレたか……。
さっき声を上げたときの表情を読まれたのだろう。最近、緊張するような商談をしてなかったから、鈍ってたな。
商人相手に、簡単に顔に出すもんじゃない。
さて、どうしようか。誤魔化すのは無理だ。一流の商人相手に、オレは腹芸なんて出来ない。
……いつも通り素直に話すか。カルロスさんにプレッシャーを掛けられ続ける方が面倒だ。
「ああ~と、案というか……やれそうなことはありますね」
「聞かせてくれ」
……どこから話そうか。
「ええと……この間、帝国に行ったときにですね。意思を持った精霊の宿主になったんですよ」
「……そうか」
「……いや、そうか、で済ます内容じゃねえだろ」
オレの話に、カルロスさんは動じない。それに、常識人な親方が突っ込みを入れる。たぶん、親方の方が正しい反応だな。
「それで、オレに憑いている精霊が、その海の魔物と会話が出来るそうです。何か、魔物というよりは、精霊に近い存在らしいですよ。海を通りたいだけと伝えれば、襲っては来ないと思うと、オレの精霊は言っています」
一息に伝えた。
オレの発言に、親方は眉を寄せて情報を飲み込もうとしている。
そして、カルロスさんは、オレをじっと見つめていた。その口が開く。
「……コーサク。お前が新婚なのは知っている。もうすぐ子供が産まれるのも知っている。その上で頼みたい」
決意と真摯さが、その片目の中で光っている。
「俺と一緒に、海に出て欲しい。頼む」
都市を統べる代表の1人が頭を下げる。商人らしからぬ、ただただ真っすぐな頼み方だ。
……ああ、これは、困ったな。
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