第187話 反省と手紙

 夏も終わりに差し掛かり、最近は日差しも落ち着いてきた。それでも、まだ空は綺麗に青い。そんな青空の下で、オレはガルガン工房の敷地の一角にいた。親方も一緒だ。


 試作した大型の機械を前に、2人揃って唸っている。


 一通り動作を確認したガルガン親方が、口を曲げながら結論を出した。


「……こいつは使えねえな」


 オレも苦い顔で応える。


「……そうですね」


 太陽の下で鈍く外装を輝かせているのは、お米の収穫用に試作した機械である。分かりやすく言うとコンバインだ。秋には田んぼを走り回るアレだ。


 オレの改造馬車の仕組みを流用して、自走できるようになっている。親方と頭を捻って考えた収穫のための機構は、まだまだ改善点が大量にあるが、問題はそこではない。


「……こりゃあ、手で収穫した方が早えな」


「……ええ、ですね」


 使えない原因は、親方の一言で説明が終わった。


 地球とは違い、この世界には魔力がある。そして、魔術は生活の一部だ。農家の人も普通に身体強化を使いこなすし、魔術を使って作業の効率を上げたりもする。


 今回作った試作機は、地球の物と比べて動作がゆっくりだ。あと、魔力の消費もけっこう多い。改良を続ければマシになるとは思うが……実際に活躍するには、数年は掛かりそうだ。


 現時点では手作業に早さで負け、魔力の効率でも負けている。ついでに、これを配備するよりは、人を雇った方が圧倒的に安い。うん、駄目だな。


 試作機を前に、親方が腕を組みながら話す。


「まあ、いい経験にはなったな。けどまあ、とりあえずは倉庫行きだな。俺んところも、売れねえもんを開発するほど暇じゃねえ」


 ごもっともです。


「……ええ、そうですね」


 ……まあ、仕方ない。見込みが甘かったな。


「……コーサク。切れ味のいい鎌でも用意してやる。出来たら取りに来いよ」


 少し優しくガルガン親方が話す。親方らしい分かりづらい励まし方だ。いつもながらありがたい。


「はい、ありがとうございます」


 オレはオレで、ちょっと反省しよう。




 ガルガン工房から自宅へ向かって歩きつつ、思索にふける。


 最近はやる気が溢れすぎて、少し空回りしている気がする。お米が近くにありすぎて、テンションが上がったままだ。少し落ち着いて方針を考えよう。


 まずは、何でもかんでも機械化するべきじゃない。


 この世界の人は強い。肉体の性能が高く、魔術も使える。道具を作るのなら、あくまで手助けをする程度の物でいいのだと思う。


 一人一人が小型の重機のように動けるのだ。取り回しの悪い機械は、邪魔にしかならない。


 それに、この世界では人手が足りない訳でもない。機械化を進めれば必要な人員は減る。それは職にあぶれる者が増えるということでもある。その受け皿は、今のところ冒険者くらいしかない。


 人手が足りるなら、急いで機械化を進める必要もないだろう。この世界は、この世界らしい進み方をすればいい。


 オレが作るべきなのは、“人ができることを代替する道具”ではなく、“人を補助する道具”または“人には難しいことができる道具”だろう。


「うん、それを目指そう」


 オレの望みは美味しいお米を食べることであって、向こうの世界の農業を再現することではないのだから。


 今回のコンバインもどきの件は、オレの自戒として覚えておこう。前に進むのはいいが、暴走は良くない。地に足をつけて、周りを見ながら歩いて行こう。





 家に着くと、何やら玄関の内側が騒がしかった。なんだろうか。とりあえず開けてみる。


「ただいまー……うわっ」


 扉を開けると、玄関を埋めるように数種類の野菜が置いてあるのが目に入った。芋に豆にトウモロコシ、ピーマンとパプリカ、キャベツもゴロリと。いつからうちは八百屋になったのだろうか。


 野菜を整理していていたロゼとミザさんが顔を上げた。


「コウ、おかえり」


「おかえりなさいませ」


 タローが開いたスペースを器用に踏んでオレの足元まで来た。その白い毛をわしわしと撫でつつ、どういう状況なのかを聞いてみる。


「ただいま。どうしたの、これ?」


 アンドリューさんからのお裾分けだろうか。でも、アンドリューさんの畑では、トウモロコシは育ててなかったよな。


「ほとんどのお野菜は、アンドリュー様からいただきました」


 ミザさんが冷静に話す。それをロゼが引き継いだ。


「ああ、持ってきたのは息子のアルドだったが。お礼に梅のジャムをいくつか渡しておいた」


「そうなんだ。ありがとう」


 アルドはアンドリューさん家の3男だ。確か18歳。3人兄弟の末で、好奇心旺盛な青年だ。


 それにしても、最近は野菜をもらい過ぎな気がする。もらった野菜のお礼に別な物を渡し、そのお礼にまた野菜をもらい、その野菜のお礼をまた渡す。アンドリューさんの家とは、終わらない贈り物のスパイラルに入っている。


 後で、アンドリューさんにはもっと少なくても大丈夫だと伝えておこう。それで、トウモロコシはどこから来たのだろうか?


 その答えは、ロゼが教えてくれた。


「トウモロコシは、王国のヒュー殿から届いたものだ。コウ宛てに手紙もあるぞ」


 ロゼが手紙を渡してくる。領主からの手紙だけあって、高価そうな紙の手触りだ。


「おおー、手紙が来るのは久しぶりだね」


 懐かしい。さっそく開けて読んでみる。手紙には、ヒューらしい綺麗な文字が並んでいた。


 中には、領地の経営が順調だという知らせと、今年もトウモロコシが良く育ったので贈る旨が記載されていた。


「……そういえば、ヒューの領地に行ったのは、ちょうど一年くらい前なんだね」


 去年のトウモロコシの収穫時期だったな。


「そうだな。あれから色々なことがあったものだ」


 オレの言葉を聞いたロゼが微笑む。確かに色々あったなあ。


 2人で共通の記憶を思い出して笑い合う。大変なこともあったけど、今は幸せだ。


「さて、オレも片付けを手伝うよ。それが終わったら、夕食の準備だね。せっかくだからトウモロコシを使おうか」


 何を作ろうかな。


「そのまま茹でるか、焼いて食べるか。コーンスープもできるね。芋も貰ったから、トウモロコシ入りのコロッケも作れるし。パスタの具にしてもいいかも。ああ、天ぷらもいいなあ。トウモロコシの天ぷら、塩で食べると美味しいんだよね」


「ふふっ」


 候補を上げていくオレを見てロゼが笑った。視線を向けるとなんだか楽しそうだ。


 オレが首を傾げると、ロゼは笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「ふふふ、どれも美味しそうだな、コウ」


 ロゼが楽しみなら何よりだ。


「そうだね。どれにしようか悩むよ」


 ロゼと夕食のメニューを話しつつ、玄関を片付ける。今日のご飯も、きっと美味しいね。

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