第69話 領地入り

 土がむき出しのデコボコの道を馬車で走る。両脇には荒れた麦畑。踏み荒らされた跡がある。魔物に襲われたんだろうか。


 見かける農家の人の顔も沈んでいる。幸せそうには見えない。


 さらに進むと街の中心に大きな屋敷が見えた。あれが領主の館だろう。無駄に豪華だ。その屋敷から誰か出て来た。使用人っぽいな。


「屋敷から人が出て来たね。オレ達の案内かな?」


「そうだろうな」


 前方で使用人さんとリューリック商会の商会員が会話をしている。そういえば、護衛のオレ達はどこに泊まればいいのだろうか。気持ち的には宿屋に泊まりたいところだけど、全員領主の屋敷かなあ。

 嫌だなあ、貴族の屋敷に泊まるの。


 前方の雰囲気から話は終わったようだ。マイクさんが下がって来た。


「どうでした?」


「貴族様が屋敷で歓待してくれるってんで、全員で行くことになりやした。ここままついて来てくだせえ」


「了解です」


 やっぱりか。そうだよなあ。馬に頼んで前の馬車を追いかけてもらう。


 街の中を進んで行く。やはり活気がない。疲れた顔をしている人が多い。


 右に見える広場に人が集まっていた。服装から全員平民だろう。なんか揉めている。遠くて聞き取れないけど。うん?


「ん~?」


「どうかしたか?」


 ロゼッタが急に唸り始めたオレに聞いて来た。変だな。


「ロゼッタ。右の広場に貴族っぽい人は見える?」


「うん?ちょっと待て……いや、見えないぞ?」


「だよね?」


「それがどうかしたのか?」


 やっぱりおかしい。


「あの人達の中に貴族並みの魔力を持つ人がいる。貴族っぽい人はいないのに。変だよね?」


「確かに。それはおかしいな。平民の恰好をする貴族なんていないと思うが」


 よく分からないが、確かめに行く余裕もない。馬車が進み、広場も見えなくなってしまった。

 う~ん。いくら魔力が多くても、リリーナさんに危害を加えなければオレには関係ないけど。ちょっと気になるなあ。一応気を付けておこう。


 そのまま馬車の列は進み、手入れの行き届いた屋敷の門に辿り着く。領主がまともな人間であることを祈りたい。





 屋敷に迎えれたオレ達は、一先ず風呂に案内された。風呂っていうかサウナだけど。どちらにせよ、旅の汚れを落とせるのはありがたい。

 体を洗って服を着替えるとさっぱりした気分になった。


 オレを含めた男性メンバーは全員身支度が終わって談笑している。これからの流れをマイクさんに聞いてみることにした


「マイクさん、この後ってどうなるんですか?」


「このあとですかい?うちの商会長の準備ができたら、ここの領主様と顔合わせになると思いやす。そんで一緒に飯食って、今日は終わりでしょう。商談は早くても明日からになるはずです」


「顔合わせと食事の間って、護衛はどうするんですか?」


「どっちも護衛は付けますが、たぶん2人。多くて3人ってとこでしょう。さすがに貴族様の屋敷で10人も並ぶわけにゃあ行かないですからね。他は待機です。人選は商会長が来てから相談するつもりですぜ」


「そうですか。分かりました。ありがとうございます」


 護衛が2、3人なら、商会の護衛から選ぶだろう。オレとロゼッタは待機かな。オレはこっちの礼儀作法に詳しくないから呼ばれても困る。



 女性の身支度には時間がかかるもので、リリーナさんの準備が終わったのはずいぶん後だった。


 姿を見せたリリーナさんの服装は淡い青のドレス。髪を結いあげている。いつも美人だが、今日は危ないレベルだ。国とか傾けられそう。


 身に着ける宝飾品は多くないのに、リリーナさん自体が輝いて見える。少しだけした化粧は、少女の美貌を際立たせているようだ。


 リリーナさんがマイクさんと護衛の打ち合わせを始めた。声を紡ぐ鮮やかな唇に目が引かれる。


 とても気合が入っているみたいだ。商人としての戦闘態勢というところか。同じ部屋にいるのも恐れ多いような感じがする。

 このリリーナさんの相手をしなきゃないとか、他の商人も大変だよなあ。オレは無理だな。まともに商談できる気がしない。魔道具職人で良かった。


「じゃあ、護衛はマイクとコーサクさんにお願いするわ」


「はい?」


 やべっ。全然聞いてなかった。え、護衛に指名された?いつの?


「これから領主様と会う間、護衛をよろしくね?コーサクさん」


「え、あ、はい」


 マジですか?


 オレの驚愕に関係なくリリーナさんが移動を始める。マイクさんに手招きされて後ろを歩き始める。声を上げる暇もない。

 え、本気?オレなの?やべえ、礼儀作法とか分かんねえのに。


 急いで小声でマイクさんに聞いてみる。


「マイクさんっ。護衛の作法とかあるんですか!?」


 「おかしな真似をしねけりゃ問題ねえですぜ?俺の隣で姿勢良く立っててもらえりゃいいです。特に護衛が話すこともねえですから。ああ、何かあったら商会長を守ってくだせえ」


「分かりました」


 とりあえず、気配を殺して気を付けの姿勢でいようか。それにしても、リリーナさんのキラーパスが酷い。やはりリリーナさんはS気質か。いや、この場合は依頼を受けたオレが護衛の勉強をしておくべきだったのか?

 でもオレ冒険者じゃないしなあ。普通護衛される方なのに。しかし報酬をもらう以上、礼儀作法も業務に含まれているのか?……ちょっと後でロゼッタに相談してみよう。


 考え事をしている間に、重厚な扉の前に着いた。扉の向こうにここの領主がいるのか。


 2人の使用人によって扉が開かれる。隙間から見える室内は豪華だ。目に痛いほど煌びやか。オレに審美眼はないが、全体的にうるさく感じる。


 扉が完全に開き、リリーナさんが足を踏み出した。優雅に歩いていく。オレからは顔が見えないが、たぶん完璧な微笑を浮かべていることだろう。


 あからさまにならない程度に部屋を見渡す。装飾の多い服を着たガタイの良い男が2人。この領地の騎士か?片方は無表情だが、もう片方は酷いな。こっちを見下す表情をしている。せめて隠せよ。


 壁際にメイドが2人。気配を消してお辞儀をしている。特に問題はなさそう。


 暫定騎士の隣に、男が1人。服装からして執事だろう。疲れた顔をしている。ストレスが酷いのか、頭部が少し残念だ。


 そして最後に一番目立つ人物がいる。その人物がリリーナさんを見て口を開いた。


「ワタシがウィブリシア領の領主、ピリグマンである!よく来た!」


 しゃべる豚がそこにいた。



 間違った。豚みたいな人間がそこにいた。びっくりしたわ。なんで豚が服を着てるのかと思ったよ。


 落ち着いて、冷静に観察してみる。装飾でごちゃごちゃした服を脂肪でパンパンにし、ハムみたいな手を広げてリリーナさんに話しかけている。どうやって服を着たんだろうか。

 顔も肉が付いて顎は見えない。紫色の髪は油で固めてあるのか、豪華なシャンデリアの光を反射している。テカテカだ。


 顔の比率に比べて目が小さい。その濁った茶色の目に善性は浮かんでいない。リリーナさんをねっとりと見ている。


 総評すると気持ち悪い。この領地の問題は知らないが、コイツを爆発させれば7割方解決しそうな気がする。


 この手の貴族はロクなことはしない。関わりたくないが今は護衛だ。勝手に帰る訳にもいかない。


 ああ、面倒臭そうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る